第11話 なくしもの
ごとと、ごとと。ぎーぎー。
ごとと、ごとと。ぎーーぎ。
思った以上にきれいに刷れている。数百年前の印刷機とは思えない仕上がりだ。新しいインキの相談をして、早めに用意することにしよう。
「ないないさん、なくしものの記事はこんな感じでいいでしょうか?」
ミリルさんに呼ばれて来ていたロスファさんに聞いてみる。みんなは親しみを込めてないないさんと呼んでいる。
「ええ、ええ、もうこんな風にしてもらって何とお礼を言っていいやら。ほんとにほんとに」
最近島に来たばかりのないないさんは、とにかく遠慮深い人だ。先に住んでいる人に迷惑をかけないようになんでも自分でやろうと一生懸命にがんばっている。それなのにこの島はないないさんにやさしくないようだ。
「ないないさん、島はいい人ばかりですから、心配しないで大丈夫ですよ」
面倒見のいいミリルさんがやさしく声をかける。
「ええ、ええ、とてもとても助かってます。もう、わからないことだらけな上になくしものばかりで。ご迷惑ばかりおかけして」
「とりあえず、枕だけでだいじょうぶですか? もし他にもあれば……」
なくしものがたくさんあると聞いていたので一応確認してみた。
「いえいえ、もう枕さえみつかれば、あとは自分でなんとか探し出しますので。心配しないでください。きっと風でどこかに飛ばされているに違いありませんから」
刷り上ったものを見ながら、ないないさんは何度も何度も頷いている。
「島便りという名前好きです。これをメーンランドの人が見れば、きっとすぐに旅支度をはじめるでしょうね。ほんとに、ほんとに。ここに書かれている水玉模様の鳥がいることすら知らない人も多い」
ないないさんも新聞を気に入ってくれたようだ。
「じゃあ、さがしものがあるので、このあたりで失礼させていただきます。ほんとに、ほんとに、ありがとうございます。枕はみつからなければ、それはそれでなんとでもしますので。お気持ちだけでありがたいことです」
ほんの10分ほどいただけで、またなくしもの探しに出かけてしまった。あんなに一日中さがしものをしていたんじゃあこの島のゆったりした時間なんて楽しめないのではないかと心配になってしまう。
「ミリルさん、これなかなかいい出来ですね。とても年代ものの印刷機で刷ったものとは思えない仕上がりですよ」
「私は言われたとおりにやっただけなので、印刷機のおかげですね。この印刷機は島になくてはならないものになりそうですよ。コピちゃん、どう思う?」
「なくてはならないもの? なくてもなるもの?」 コピにはよくわからない。
「あはは、ないと困るものだから、ないといけないものだな」
椅子の上にハンカチが置いてあるのに気づいた。ないないさんが汗を拭いていたハンカチだ。ないないさんはよくものわすれをする人かもしれないと思った。無意識のうちに枕をどこかにおいてきてしまったのかもしれない。
「ないないさん、今度はハンカチがないないって探してるかもしれないな」
「え?」
ミリルさんが不思議そうにこちらを見るので、椅子の上を指差すと、すぐに気づいて笑いをこらえていた。
「コピはもうくばるの?」
「もう少しまってね。インクが乾いたらお願いするわね。それより、乾くまで発行記念のお茶パーティーはいかが? 草屋さんでおいしいハーブティーをいただいてきましたよ」
「それはいいね。ひと仕事した後のお茶は格別です」
「コピにもおちゃちょうだい」
「はいはい、配達さん。たくさん飲んでいってくださいな。みんなに幸せを届けてあげてね」
新聞発行をした数日後の赤い満月の日に、ないないさんその人の行方を尋ねる島便りを出すことになるとは、このときは思いもしなかった。枕がみつかったという連絡を最後にその姿を見かけなくなってしまった。島を突然出て行く人はたくさんいるけど、食べかけのパイをテーブルに置いたままで消えてしまった人はいない。地面が少し揺れたときだったので、大潮に流されてしまったのではという人もいたけれど、それにしては食事途中の台所は不自然だ。みんなで探したけれど、その消息を知るものはなにもみつからなかった。メーンランドのほうに戻ったのであればいいのだけど。