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仮想の水 - Waterland of Inworld  作者: uota
第1章 誘い
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第1章 第10話 島便り +

 船長の置いていった印刷機を使って、すぐにでもなにかを刷ってみたくてなかなか寝付けなかった。結局翌日も、大人気もなく朝早くから目が覚めた。これではまるで子供だと思いながらも、夜が明けるとすぐにだれもいないリブロールに行った。あらためて印刷機を眺めてみると、年月を経た木肌になんともいえない風格を感じる。最新の印刷機では見かけない独特の金属活字が味わい深い。この文字に惹かれたたくさんの人の手を渡ってきたのだろう。作業台の表面はつるつるで、インキのシミもあちらこちらにある。眺めているだけでも使い込まれた道具の温もりを感じる。ミリルさんが印刷係をやってくれるというのなら、船長が言うように島の新聞をつくるというのはいい考えかもしれない。


 使い古したポットでコーヒーを入れながら窓の外に目をやると、船長の船はまだすぐそこに見えた。もう10時間も前に桟橋を出たのに、いつものように外洋に出るのに手間取っている。こんな面倒な島に来てくれてほんとうにありがたい。もしかすると、この島を一番愛しているのは船長かもしれない。


「おはようございます」入り口のほうから声が聞こえた。


「あ、ミリルさん、おはよう。今日も早いですね」


「いえいえ、今日も特別ですよ。この印刷機が気になったので早く目が覚めちゃいました。もしかしてオルターさんも?」


「ほんとうに思ったように印刷できるものかどうか早く試してみたくてね。今、灯台から持ってきた機械油を差していたところです」


「これだけ古いものだと、飾るだけの骨董品として保存されていたのかもしれないですものね。ほんとうに何百年も前の人と同じように使えたらすてきですけど」


 ミリルさんも私に負けず劣らず好奇心が強い。


「こんな珍しいものを使わせてもらえるなんて、ほんとうに本屋冥利に尽きるね。これを納屋にしまい込んでしまっては作った人に申し訳ないというものだ」


「メーンランドの人に向けて新聞が出せるなんて考えただけでわくわくします。出版もする本屋に転業ですね。すてき」


 ミリルさんもすっかりその気になってるようで、気がつくと操作方法の確認をはじめていた。


 紙と鉛筆を持って、最近島で起こったことを思い起こしてみる。今週に入って、夏を告げるナツヨビが数羽飛来してきたのはもうみんな知っているだろうか。エモカさんの長時間発酵のパンの話しもいいかもしれない。エモカさんの了解が得られれば、あのおいしさをみんなに教えてあげたい。こうしてみると、この小さな島にもいろいろな話題がありそうに思える。


 ナツヨビは春の終わりのころになると南から渡ってくる。熱帯地方の鳥で白地に淡い水玉模様のあるとても珍しい鳥だ。ヒョウやキリン、牛のような模様ではなく、ほんとうに水玉の斑点なのだからおもしろい。この島に来るまで自然界にこんな模様の動物がいるとは思いもしなかった。水玉模様の動物はナツヨビに限らず他にもみられるから、この地域だけに生息する特異な種なのだろう。もし、水玉模様の動物を見ることがあったら、この島から渡って行ったと思っていいかもしれない。


「昨日、コピちゃんが配達を担当してくれるって言ってましたよね」


「あれはいい考えだね。あの子は島の隅々までよく知ってるから、配達さんとしてはうってつけだ。はじめは島内に向けてつくってみるのもいいかもしれないし」


「コピちゃんはみんなに好かれているし、配達先で記事になるいろいろな話題も集めてくれそうですしね」


「そうと決まったら、記念すべき第一号の記事をさっそく考えることにしましょう」


「そうだ、オルターさん、ちょっとお願いを聞いてもらっていいですか?」


「なんですか?」


「新聞になくしものの欄もつくってもらえないでしょうか?」


「なくしもの?」


「ええ。ずっと考えていたんですけど、この島って物がなくなることが多いですよ?」


「ああ、鳥のいたずらだね。しばらくするとちがうところでみつかることもあるけどね。それにしても多いことは間違いないですね」


「東浜に住んでいるお友達のないないさんは、いつもないないってなにか探していて……ものがなくなるのを気にしていると、この島には住めないですけど……」


「まあ、ものを持つことさえも忘れたような島だからね。島の掲示板に時々貼られている ”探しもの” の張り紙を欄外記事のようにしてあげればいいのかな?」


「そうしていただければ。ないないさんのほかにも困ってる人いるみたいなんです」


 ないないさんは物忘れをするような年とも思えないから、動物かなにかのいたずらだろうけど、これを毎号載せるのはさすがに気が引ける。きっと島の印象も悪くなってしまうだろう。とりあえず島の中だけの限定の発行のときだけにしておいたほうがいいかもしれない。島の人なら、なくなることをいちいち気にするような人もいない。のんびりしすぎかもしれないけど、そういうところもこの島のいいところだから。


「わかりました。ちょっとどうしたらいいか考えてみましょう」


「よかった。それで、新聞の名前はもう決められました?」


「新聞というのも大げさだから、とりあえず ”島便り” という名前にしておいたらどうでしょう。南のどこか遠くの島から届く季節の便り。のんびりとした島の生活をお届けします。というのはどうですか?」


「それいいかもしれないです。町の人たちもきっと遊びに来てみたくなりますね」


「お昼までにはなにか原稿を書いてみるので、午後からためしに印刷してもらっていいですか? 文字は少なめにしますから」


「まかせてください。第一号のお手伝いをできるなんてがんばらないと。リブロールのお店番をしていてほんとうによかったです。きっと、島の人たちやメーンランドの人たちをつないでくれるすてきな島便りになりますよ」


「それは私をかいかぶりすぎかもしれないですよ 。とにかくひとつ作ってみないことにはね」


 そのとき、2羽のナツヨビが風に流されるように海の上を横切った。考えてみれば、自分たちのほうが彼らの島に私たちが住まわせてもらっているのかもしれない。ふとそんなことを思った。

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