第9話 印刷機
ミリルさんが驚いたのも当然だった。船長が持ってきた荷物はとんでもなく大きいものだったのだ。それは本棚ほどの大きさだった。
「コピちゃん、荷物に足をはさまれないように気をつけてね」
「だいじょうぶ。せんちょおといっしょ」
「もう少しだ、ほらこのコロの上にゆっくり下ろせ。おちびさんは気をつけてな」
荷物の下にコロを置いてやっと店内に運び込まれた荷物は大きいだけでなくて、重さも人2、3人分もありそうに見える。船長は何を持ってきたのだろう。
「よし、ここらでいいだろう。梱包を解くから爺さんも手伝ってくれ」
「また、しっかり梱包してきたものだね」
「そりゃあ、そうだろ。なかなか手に入らないからな」
最初、本棚かと思ったものは、開梱しはじめてみると機織り機のようにも見えた。
「これ、本を読むための机じゃないですか?」ミリルさんが言った。
「ほら、これを取り付けてみろ。その大きなねじの下に。そうだ、それでいい。それがつけばわかる人にはわかる」
「なーに、これ?」コピも見たこともないものに目をくりくりさせている。
「ああ、そうか、これは歴史ものの印刷機だ。それもかなりの骨董品だ」
「さすがお目が高い。じいさんの言うとおりだ。かなり昔の印刷機だな。というか、おそらく活版印刷がはじまったころに作られたものだろう」
「えー、そんなに古いものなんですか?」
「そうともよ、こいつはなかなか手に入らないものだ。市場で知り合ったの骨董屋の納屋で偶然みつけたんだ。もちろんその場で買い取った。誰かに買われる前にな。使うには古すぎると言いくるめて破格の値段でいただきよ」
「それを何でここの本屋に?」
「こんなでかいもの置くところなんて俺のちっぽけな住処にあると思うか? すぐに思いついたね。ここに置けばいいって」
「あら、今回は本じゃないんですか?」
「そうとも言えるし、印刷機は本の素と考えれば本と言えなくもない」
「すごいこじつけ……」ミリルさんが笑いながらこちらを見ている。
「それは冗談としてな、じいさんがいつも読みふけっている例のあのノート、あれを印刷しておいたほうがいんじゃないかと思ったわけよ。あれには、こういう歴史ある印刷機が似合うだろ?」
船長の発想にはいつも驚かされる。あれを本にしようなんて思いもしなかった。
「それを、あの『青い扉に』綴じ込むんだ。そうすりゃ、世界最高の一冊ができるってわけだ。どうだ、おもしろくねぇか?」
「それじゃあ、物語がひとつだけになっちゃいますよ?」
ミリルさんが怪訝な顔をした。
「それがひとつの話になるのかどうかなんて誰にもわからないだろ? あのノートも全部がそろっているわけじゃないしな」
そう言われてしまうと納得せざるを得ない。ノートのすべてなんてだれにもわからない。残りのページが見つからない限りは未完の本とも言える。
外で赤く錆びた運搬船が船長の話にうなづくように波に揺られてぎっしぎっしときしむ音を立てている。船長と話していると潮の流れに乗ってノートの作者の書いた物語に流れ込んで行くような気がしてきた。
「それとよ。ノートを本にするだけじゃなくて、印刷機を使って島の新聞でも作ったらどうかとも思ったわけよ。この島の魅力をメーンランドの人にも教えたいと思ってな。こんないいところはどこの国に行ったってみつかりゃしないぜ。俺の知る限り最高の島だ。水はいいし、見たこともない自然がたくさんあるし、時間も止まってしまうんじゃねぇかと思うほどゆっくりだ。その上、住人がみんなとびっきりのお人好しばっかりときちゃあ言うことないだろう」
「島の新聞をつくれということかな?」
「チラシか手紙のようなものでもいい。このところのメーンランドは忙しすぎる。実際に来られなくったっていいじゃねぇか。そんなところから届く新聞でも手紙でも読んでりゃあいっときでも忙しい時間から離れられるだろ? その上、本代代わりに燃料代も稼げるとなれば一石二鳥ってわけだな。わはは」
そんなことは考えたこともなかった。自分たちで楽しむことだけを当たり前のように思っていたけど、神から与えられたこの島を独り占めにしてしまう理由なんて何もない。ノートの主も仕事に忙殺された生活から離れるというのが旅に出た理由のひとつだった書いていた。これもなにかの縁かもしれない。何よりも本を無償で届けてくれている船長への御礼になるなら断る理由もない。お人好しにの心はすぐに決まった。
「もちろん、そういうものをつくっていれば、ノートの残りに関連した情報が入ってくる可能性もある。どうだ、いい考えだと思わないか? じいさんがくたばるまでにノートの謎も明らかになるってわけだ」
「おいおい、まだくたばるつもりはないよ」
「まぁ、その後は俺が引退してここに来るから心配しないでいい」
「まあまあ、二人でなんの話をしているんですか。それで、これはどうやって使いましょうか? よかったら私が印刷係を買って出てもいいですよ」
「おお、そりゃ心強いな。じいさん、話は決まった。次からは戻りの積荷もできるってことだな。売り上げの半分は店に落とすから心配しないでいい」
船長がにやりとしてこちらを見る。
「みんなの負担を考えただけで、商売のことなんて考えないよ。船長の話にはいつもうまく乗せられてしまうけれど、冥土の土産にちょうどいいかもしれないね」
「あら、オルターさんもご冗談を。そんな話ばかりしてないで早く印刷機の話を聞きましょうよ。コピちゃんがもう興味深々ですよ」
今回も船長の思いもかけない掘り出し物で話がはずんだ。なんだかまた面白いことが始まりそうな気がしてきた。明日からは島を見る目も変わりそうだ。そして、持ち主だった人がメーンランドに持って行ったかもしれない残りのノートのページもほんとうにみつかるかもしれない。
船長の説明と試し刷りは夕方まで続いた。黒い印刷インキが夜の帳と重なって仕入の日のあわただしい1日が暮れていった。




