51drink「最後の夜」
「……と言うワケで、今日はまず実験としてヒゲ子だけに接客してみます」
俺の目の前にはいつものメンバーが集まってくれている。
フクロウさんは用事があるらしく今日は居ない。ゲスデゲスさんは来る気満々だったのだが、ヒゲ子が来るなと言ったら大人しく自室に引き帰ってくれたらしい。
中からはすすり泣くオッサンの声が聞こえていたようだが。
「……そ、それは我ではダメなのか!?」
「え? あ、え〜と、ハガネの酒気はもう満タンだったよね? 計測しても分かんないし。だからヒゲ子にしてもらおうかなって」
あの後で分かった事だが、体重計で調べてみたハガネの酒気は105だった。扉に触った時に光った石の数は2つ。
つまり、石ひとつに対し50の酒気に反応していた事が分かる。
ハガネの酒気は105が限界なのでこれ以上は増えないらしいが。
まぁでも、それが分かった所で扉の石が全部光っても帰れなかったのだから、意味は無くなってしまったけどな。
「くっ! ……確かに! 酒気を常に温存しておけば、きば美と一緒に居られると思ったのだが……しくじった!!」
「あ、あはは……」
独り言だと思うが、ハガネの俺にたいするアピールが激しくなってきてるな……。
いっそ付き合っちゃうか? いやでも、女同士なワケだし……対応に困るな。
「だったらぁ、酒気減らせば良いだけじゃん? そしたら、きば美も……ねぇ?」
いや、ねぇじゃねぇーよ!
こいつ……絶対分かっててやってんな?
「! そうだな! ちょっと酒気減らして来る!!!」
いやいや。
酒気を減らして来たとしても、ハガネじゃ実験にならないんだけどな。
なんせこれからやるのは、『接客をする場合』と『される場合』の比較だ。
片想い中のハガネだと、データに偏りが出てしまう。
……まぁ取り敢えず話を進めよう。
「まず私が20分間ヒゲ子を接客して、その後で20分間ヒゲ子が私を接客。それでどのくらい酒気の貯まる量が違うのか試します!」
「……うん。分かった」
** ** ** ** ** **
「……おどろいたな。こんな方法で酒気を貯められたとは……」
帰ってきたフクロウさんは、俺の報告を聞いて驚いている。
そりゃそうだ。今まで、接客をする事が酒気を貯める1番効率の良い方法だと思っていたのが、接客をされる方が貯まると知ったら驚くに決まってる。
俺だって、『らぶりん』さんの事が無ければ気づかなかっただろう。
「だが、13500は無理だろうな……」
そう。いくら通常の3倍以上の早さで貯めれたとしても、期限の明後日までには13500の酒気にはとどかない。
けど……。
「……そうですね。でも、やるだけやってみます」
「そうだな。そうすると良い」
フクロウさんも店の解体が間近に迫っているので、色々忙しいハズ。
なのに、俺のわがままに付き合ってくれている。
感謝してもしきれない。
「き、きば美は、……やはり帰りたいのか?」
振り向くと、いつものメンバーが立って居た。
いつもの笑顔とは違い、かげりが見えるのは俺の本音を聞きたくないからだろうか。
「……うん。やっぱ故郷だからかなぁ。ここでの生活は何ひとつ知らないし……」
「わ、我が教えるぞ!!」
「……うん」
「そーだよ。あたい達が居るじゃん?」
「……そうだね。じゃあ、もし帰れなかったら教えて?」
……そうだ。
ここには、元の世界20年通っても出来なかったキャバ嬢の仲間がいる。
帰れなかったら、皆んなにここの生活がどんなものか教えてもらいながら過ごすのも良いかも知れない。
「か、帰れなかったら……じゃなくてだな!」
「ハガネっち、やっぱ、今日はやめとこ? ね?」
「し、しかし……」
食い下がろうとくるハガネをギャルるんが止める。
気持ちは分からなくもない。
短い間だったが、これまでずっと一緒にやってきた仲間が、ひとりだけ別の世界に旅立とうとしているんだ。
俺だったら許さない。
ギャルるんに押し返されながら、俺に何かを言おうとするハガネ。
いつもの無表情とは違い、恨めしそうな表情を浮かべながらこちらを見るヒゲ子。
俺に気を使おうと周りを止めるギャルるん。
はじめにこの店で出会った時は、これだけ仲良くなる事は想像すらしなかった。
今はもう誰が見ても友達と分かる間柄だ。俺はこの歳にしてはじめて恋愛感情抜きの女性の友達が出来たのだ。
ギャルるんは好みだけど……。
「きば美っち〜! 明日も手伝うからね〜〜!!」
ギャルるんが、2人の手を引っ張りながら、店の外から声をあげる。
「うん! ありがとう!!」
……皆んな、ありがとう。
** ** ** ** ** **
そして日はまたぐ。
店の解体が明日に迫る中、この日も皆んなは、文句ひとつ言わずに俺の酒気を貯める為に手伝ってくれた。
朝早くから集まり、休憩をはさみつつも一日中接客に付き合ってくれた。
今は皆んな、接客の疲れでソファー身体を寄せ合いながら、死んだように眠っている。
俺は接客を受ける側だった為、思った程の疲れは出なかったのか、夜中に目が覚めた。
結局、初日とこの2日間の酒気を合わせても1000にとどくかどうかと言った所だろう。
目標の13500はどう足掻いても貯まらなかったと言うワケだ。
……分かってた。
そんな事はやる前から分かってた。
けど、一生帰れない可能性が高いんだから、やるだけの事はやっておきたかった。
ただ、それだけだ。
皆んなも、帰って欲しくないと言いつつ、疲れて寝てしまうまで頑張ってくれた。見返りなど、みじんも無いのに最後まで手伝ってくれた。
皆んなと一緒なら、帰れなくても、女性の身体のままでも楽しくこっちの世界でやって行けるかも知れない。
けど……。
明かりの消された店内を歩き、扉までたどり着く。
俺のいた世界。
毎日、何も代わり映えの無い日常。
いつもの通勤電車に乗り、仕事をし、家に帰るだけの毎日。
楽しみといったら、地元に着く時間に開店するキャバクラと、深夜のテレビくらい。
休みの日には、何処へ出掛けるでもなく家で半日以上寝て過ごすだけ。
……けど。
そんな日常だけど……最後に1度だけでも良いから、帰ってみたかった。
そう思いながら扉に手を触れ、軽く開く。
すると……。
開いた扉の隙間から白い光りが、こぼれ出す。
そしてその先には、見飽きた汚らしい壁がぼんやりと映し出される。
……え?
それは、元の世界で『コスキャバ・ピョンピョン』に行く時によく使っていた、ビルのエレベーターの室内に瓜二つ。
いや、そのものだ。
……おいおい。
おいおいおいおいおい!
俺……帰れるのかよ!?
光りは収まり、今やはっきりとエレベーターの室内を見る事が出来る。
20年間ほとんど変わらない、その室内が今はスゴく懐かしい。
今すぐにでも飛び込んで行きたい気分になる。
転移に必要な酒気って、足りなかったのは、あとほんの少しだけだったって事か……。
しばらくぼんやりと、エレベーターの室内を見つめる。
……そして、ゆっくりと扉を閉める。
今はよそう。
今帰ったら、恐らくもう戻っては来れないかも知れない。
明日の朝、皆んなにお礼を言って、ちゃんとお別れをしてから帰るんだ。
俺は皆んなの寝ている場所に、静かに戻り、そして皆んなの側に寄って寝た。
そして、
この世界での最後の朝を迎える……。
……ズシン!
……ドン……!
ドタドタドタ……。
「……うん? なんか騒がしいな……」
なまじ深夜に起きてしまった為、寝不足気味に感じる目を擦りながら身体を起こす。
まだ朝にもなっていない時間だと思うが、やけに騒がしい。
もしかして、もう解体を始めているのか……?
だとしたら……扉が壊されるのも時間の問題じゃないか!
焦って飛び起きる俺の方へ、フクロウさんが走りながら大声をあげる。
「敵襲だ!! お前ら起きろぉーーー!!!」
……え?




