第四十二話「炎魂の扉」
「ところで、一つ質問をしていいか?」
あぁ、なんでも答えてやるさ。といっても俺は話すことができない。せいぜい顔を横に振るか、縦に振るかの二択なんだが。
さてはこの女、わかっててわざとおちょくってんな。
しかし彼女の眼差しは真剣そのものであった。
それどころか、氷のような冷たさが増してるようにも感じる。
「君は何のためにここへ来た?」
何のためって、そりゃ……
そりゃ・・・
あれ? そういえば俺、何でここにいるんだっけ。
さっきまで、ここにいる目的を覚えていたのに。
落ち着け。冷静になれ。
俺は何かを止めるためにここへ来て。
そんでもって、誰かを探していて。
でも、それが思い出せない。
「フッ……困惑している様子だな」
視界が、心が、真っ白になっていく。
気がつけば、洞窟の壁の凹凸は消え、地面は更地となっている。
砂の質感、泥の肌触りは一切無く、世界から色が消え、まるで無機質な夢を見ているよう。
何も、何も思い出せない。
待てよ。この感覚……前にも。
「ここって……」
不敵な笑みを浮かべるユートフィア。
「ようやく気がついたか」
見渡す限り、無限に広がる純白の世界。
「まさか……俺の声も戻ってる!?」
「そう。ここは深層世界。聖域の中でもある」
あの神層世界と同じ場所。
「ど、どうして……」
魔術なんて使っていないのに。
そもそも、ほとんど魔力は残っちゃいない。
「何故、"また"この場所に……」
「おや、妙なことを言うね」
「お前は何者だ! 答えろ!」
ため息を吐き、ユートフィアは語る。
「さっきも言っただろう。私の名前はペネフュリタス・ユートフィアと。そうだ、昔はこう呼ばれていた――預言の君臨者とな」
「預言の君臨者だと!?」
コイツが君臨者!?
しかし、そんな奴ヘヴゲにはいなかったはずだ。
いや、間違いなくペネフュリタス・ユートフィアというキャラは存在しない。
ましてや、預言を冠する君臨者もいない。
君臨者とは力の象徴。
プレイヤーを助ける存在。
故に、非戦闘職業のキャラは一人もいない。
「まぁ、私は地上世界では遥か昔に死んだことになっている。つまり、"元"君臨者と言うべきか」
ったく、何なんだよ。
死んだと思っていた神が生きていたり、知らない君臨者がいたり。
今度は死んだとされる君臨者が生きてんのかよ。
俺のゲーム知識にはない出来事が起こりすぎてやがる。
もう、わけわかんねぇよ。
「まぁ、話せば長くなる故、ここでは割愛させてもらうがな」
状況が理解できず困惑する俺をよそに、彼女は余裕そうに腕を組み、笑みを浮かべていた。
さも神層世界へ来るのが当たり前かのように。
さも、この瞬間を待ち侘びていたかのように。
その表情は、落ち着きと高揚が混ざり合っているようでもあった。
「ここは現実世界と聖域のちょうど中間に在る架け橋。言わば、意識の内側の世界。君に炎魂の扉を見せるために、私の意識に君の意識を繋げたと言えば、わかりやすいかな?」
「わかるか!」
ついこの前まで日本の健全たるネカフェ引きニートだった俺が、そんな難しい話を理解できるはずない。
「おや、もう少し理解力があるかと思っていたんだがな。要するにここは私の夢と君の夢が繋がった世界。とはいえ、君の意識に乗っ取られたのは想定外だったがな」
「もっとわかりにくくなったわ!」
でも確かに、気づいた時には別の空間にいた。
そういう意味では、夢の中にいるって表現はわからないでもないが。
「さて、本題に戻そう。君はどういう経緯でここに辿り着いたのだ?」
「経緯……」
思い出すんだ。
俺がここへ来た理由を。
廃校舎でアイツが最後に残した言葉。
『ヌフラムの門で待ってる』
ヌフラムの門を見つけ出すために俺はヘヴゲにのめり込んだ。
そして、気づいたらゲームの世界にいて。
ヘヴリア大陸に迷い込んで、アイズに出会ったんだ。
そして、風の神フュンディーニと戦う羽目になった。
片腕を失った俺は、回復術師を探しにオアシスに来たんだっけ。
そこでもまた戦いに巻き込まれて、色んな人と出会って、最終的に大地の神に腕を治してもらったんだ。
それから……。
「そうだ! 俺は地震龍を止めるためにここへ来た!」
ここへ来た目的も、みんなのことも全て忘れていた。
「最低のクズ野郎だ、俺は……」
みんなの想いを背負って、世界を守るために来たのに。
自分の情けなさと不甲斐なさを嘆いていると、ユートフィアはそっと語りかけてきた。
「忘却魔術を知っているか?」
「忘却魔術?」
「人の最も大切な記憶を一時的に封じる魔術だ」
「ああ知ってはいるが、それがどうした?」
「君は忘却魔術によって、記憶を失ったのだ」
そんな魔術を受けた覚えはない。グラムヘルの中では俺はユートフィアにしか会ってはいないんだぞ。
「このグラムヘルの中に、良からぬことを企む連中がいる。其奴らの仕業だ」
他にも人がいるってのか。
一体何のためにそんなことを。
「そうだアイズは!? 彼女は無事なのか!?」
「安心しろ。君の想い人は生きている」
「本当か!?」
「あぁ、私を誰だと思っている?」
「超絶変態爆痴女?」
「預言の君臨者だ」
冷静にスルーされたな。これが大人の余裕って奴なのか?
現実世界では俺の方が歳上なんだがな。
「私がここにいるのも、君がここへ来たのも、全ては預言の通りだ。死神の刃は、まだ我々には向けられていない」
「でも元・預言の君臨者だろ? もうそんな力無いんじゃないか? もしかしたら最初からなかったりして」
俺の軽口を耳にしてか、若干の苛立ちを露わにした彼女は、一呼吸置いて口を開いた。
「預言は強制できるものではない。どう捉え、どう行動するかはその人次第」
そんな不確かな言葉をどう信じればいいってんだ。
「遥か昔、私の想い人も君と同じようなことを言っていた。神とか預言は信じないと。そして私たちは二度と会うことはなかった」
彼女の表情は暖かさと悲しみが入り混じっていた。
「話がまた逸れたな。炎魂の扉を探し出せれば、少しは私のことを信じれるだろう。今私に言えるのはそれだけだ」
気がつくと、辺り一帯の地面に古今東西、ありとあらゆる武器が突き刺さっていた。
そのどれもが、まるで呼吸をしているかのように熱い鼓動の波を放っている。
「これは……」
「全て、炎魂の扉だ」
「マジかよ!」
扉と言うからに、てっきりどこかに出入りする大きな門を想像していた。
だが、これが全て炎魂の扉だっていうのかよ。
「君の未来はここに示されている」
俺の未来。
一体、どんな未来が記されているんだ。
「しかし、選択を誤れば待ち受けているのは――"死"だがな」
「んだよそれ!?」
大体こんな無数の武器、いや、扉って言ってたよな? でも見た目は武器だし。
まぁ、この際どちらでもいいが、こんな大量の中から一つ選んで、それが間違ってたら死って、そんなクソデスゲームあるかよ。
大体、俺は炎魂の扉を見たいと思っただけだ。
そりゃぁ、万が一炎の神に認められたりなんかして、聖域共鳴を会得したら、俺もユートフィアみたいにカッケー技が出せるかも、とか思ったりしたけどよ。
話が違い過ぎる!!
「どうやって選べってんだよ」
大剣に太刀、日本刀、大槌、長槍。
素人にもわかるほど、そのどれもが洗練されている。
変わり種で言うと、盾や棒状のもの、火縄銃なんかもある。
しばらく辺りを見渡していると、とある一振りが視界に飛び込んでくる。
俺は、その剣に心を奪われていた。
かつて、俺がまだ俺だった頃に愛した刀。
ノクターン・ザ・ライトニングだった時の愛刀。
暗く、深く輝くそれは――黒刀・闇影だった。




