第四十一話「戦闘流派」
「戦い方には幾つかの流派が存在する。流派はそれぞれの神の名に因み、炎神流や風神流、地神流などと呼ばれる」
流派だと?
ヘヴゲは剣術、武術、魔術のいずれかで戦うゲームだ。戦闘システムなんて数多あるゲームと大差ない。
事実、ヘヴゲが過疎った理由の一つは、このありきたりな戦闘システムだとも言われている。
ありきたりといっても俺は結構気に入ってたんだけどな。
ユートフィアは拳に包帯を巻き直しながら続けた。
「私の流派――炎神流は、炎神の業火のような闘気と殺気を纏い、相手の"闘争本能"をへし折る戦術だ。知能のある生物と戦う際に特に効果を発揮する」
確かに炎の神は常日頃から荒々しい熱血っぷりを剥き出しにしていたが、果たしてそんな簡単に再現できるものなのか?
「炎神流の優れている点はそれだけじゃない。その最たる所以は使用者の魔力量や戦闘能力に依存しないこと。事実、私のような"非戦闘職業"でも格上の相手と渡り合える」
喧嘩において力の強さは差程関係ないと聞いたことがある。それよりも「コイツには勝てない」と思わせる気迫が勝敗を決める。
喧嘩とは、生物の闘争本能のぶつかり合い。
炎神流とは、その本能そのものを支配する戦い方ということなのかもしれない。
だからさっき彼女から魔物のような雰囲気を感じたのか。
だが、本当に闘争本能をへし折ったくらいで格上の相手と渡り合えるものなのか?
「納得していない様子だな」
ユートフィアは顔を近づけて来ては、軽く頬を上げた。
「なら実際に試してみよう。手を出せ」
言われるまま右手を前に出すと、ユートフィアは大きく拳を振り上げた。
そして、全力で俺の手のひらに殴りかかってきた。
ペチンーー
……全くもって痛くも痒くもない。
子供でももう少し力があると思うが。
ユートフィアは自身を非戦闘職業といっていた。
だとすればこれが彼女の本気?
「これが素の私の全力だ」
それは真剣な眼差しだった。
うむ、冗談を言っているようには思えない。
「次は"タオ=バオ"を使う」
たおばお? 聞き慣れない言葉だ。
彼女が目を閉じると、一瞬にして洞窟内は静寂に包まれた。
静まり返ったかと思えば、包帯がひとりでに緩み、黒く染まった拳が露わになる。
魔力は一切感じ取れない。
なのに、どういうわけか息が詰まる。
ゴクリーー
喉は渇き、胸の奥がざわつく。
まるで本能が警鐘を鳴らしているよう。
逃げろ……
逃げろ、
逃げろ!!
頭の中で何度も声が響いている。
ユートフィアが目を開いた、その瞬間だった。
ズンッ。
空気そのものが全身に重くのしかかる。
視界が狭まり、
足が震え、
呼吸が止まる。
心臓だけが耳障りなほど大きく鳴り響いていた。
気づけば、黒い拳が俺の目の前で止まっていた。
いつ拳を振った?
全く見えなかった。
いや、違う。
見えなかったんじゃない。
恐怖で俺の脳が勝手に思考を遮断したのだ。
絶体絶命の状況下に置かれた人間は、その現実を受け入れられず、本能が思考をシャットアウトする。
曰く、防衛本能。
曰く、生存本能。
俺が感じたのは、まさにソレだった。
「これが炎神流闘気具現化術、通称"聖域共鳴"だ」
ユートフィアが静かに拳を下ろすと、殺気にも似た闘気はみるみる内に収まっていった。
しかし俺の心は絶えずざわめき、身体は今も尚小刻みに震えていた。
「炎神の聖域がどこにあるかわかるか?」
わかっているはずなのに思考が上手くまとまらない。
炎の神グレン・ラースーーディアウルの地で、数多の魔物を従え、種族を問わず古今東西の強者の頂点に君臨している武神。
ディアウル火山は炎の神の聖域にして、最強を目指す者の聖地。
しかし、アイツだけはその説に懐疑的だった。
◇
いつものように、俺たちは憂鬱な休み時間を持て余していた。
「あのグレンって野郎、火力高すぎんだろ! どうにかして、あのイカれチート神を聖域の外へ引きずり出せねぇかなぁ?」
俺が愚痴をこぼすと、アイツは少し考え込むように呟いた。
「本当にディアウル火山が炎の神の聖域なのかな?」
「そんなの当たり前だろ。NPCもそう言ってるし、それに強化バフと全属性耐性まで自分に付与してんだぞ。挙げ句の果てには炎の魔物まで味方につけてるし、疑いようがねぇよ」
アイツはしばらく黙り込んだ後、静かに口を開いた。
「でも、それなら全て魔術の効果で説明がつくと思わない?」
「マジュツのコウカ?」
「うん。バフも耐性付与も魔物の支配も、全部魔術の延長線上にあると思うんだ。確かにめちゃめちゃ強力だけどね。一般的に言われている神の力は、人が扱う魔術の域を越えている。だから”神域魔術”って呼ばれているんだよ」
確かにアイツの言う通りだった。
ガルファラ渓谷の翼竜化も、ヘヴリア大陸全土に降り注がれる治癒術も、人間が扱える魔術の域を遥かに超えている。
その点で考えれば、ディアウル火山の恩恵だけでは”聖域”と呼ぶには少し弱い気もする。
だが、それだけではディアウル火山がグレン・ラースの聖域ではない証明にはならない。
「炎の神ってさ、他の神々と違って存在そのものが神なんじゃなく、ヘヴリア大陸で最も強い者がその座を継承すると言われているよね」
「そうだけどよ。グレン・ラースより強い奴なんて聞いたことがないぜ? オルフェウスだって勝てるか怪しいしな」
「こう考えてみて。ディアウル火山は現炎の神グレン・ラースの聖域ではなく、先代炎の神の聖域って」
「なるほど……確かに。……って、だからってディアウル火山が炎の神をバフってることには変わりねぇだろ!」
「あはは……それはそうなんだけどね」
アイツはよく、俺では気づけないような些細な違和感に気づく奴だった。
◇
アイツの考察とユートフィアの話を合わせると、炎の神の聖域とは場所ではない。少なくとも現炎の神においては。
だとするとグレンの燃え盛る魂そのものなのかもしれない。
そして、その魂と共鳴することで炎の神の力を引き出せる。
もしそうだとしたら――
俺にだって扱える可能性がある。
聖域共鳴。
「ヘルブライト鉱石のように目を輝かせて、どうかしたか?」
どうもこうもない。俺にやり方を教えてくれぇぇえええ!
「炎神流武術を会得したいのか?」
いや、俺に近接戦闘は向いていない。
ヘヴゲではゴリゴリの剣士だったが、実際に命のやり取りをするとなると怖くて足がすくむ。
「違うか。じゃあ……聖域共鳴を会得したいのか?」
俺はお菓子をねだるガキのように何度も頷いた。
「あれは一朝一夕で身につく代物じゃない。そもそも、炎の神と戦い、ある程度実力を認められた者でなければ”炎魂の扉”に触れることすらできない」
炎魂の扉? 触れる?
そういう儀式のようなものがあるのか。
正直、炎の神と戦うなんて二度と御免だ。
だが、聖域共鳴を会得するには、それしか方法がないらしい。
……諦めるか。
俺にはやるべきことがある。
熱くなって忘れかけていたが、そもそも俺はグラムヘルの侵攻を止めるためにここに来た。
それに一刻も早くアイズを見つけ出さねばならない。
新技の会得に時間を割いてる暇はないんだ!
「炎魂の扉を見てみたいか?」
見たいです!!!!




