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第4話 とりあえず要相談。

職員室くらいの広さがありそうな一室。

ふかふかの絨毯と上質な毛皮のソファ。

目の前にはティーセットとお茶菓子。


「とりあえず寝るしかないのぅ」

「もぅ、おじいちゃんたら。まずは話し合いでしょう?」


部屋には彼女たち3人しかいない。

だから誰に猫を被っているわけでもなく、千秋は上品に微笑んだ。


「……そうしとると、黒魔女にしか見えんぞ、千秋さん」

「まぁ、嬉しい。純黒のドレスを用意してもらわないとね」


翠は遠い目をした。

純黒のドレス……確かに似合うだろう。自分たちと同じ高校の制服を着ていてもなお、現在の状況に見事にマッチしているのだから。黒くて艶のある真っ直ぐな髪と、黙っていれば上品にも清楚にも見える細い面立ち。大人の色気にはまだほど遠いが、黒の毛皮のソファに黒いティーカップと、オプションを黒で統一すれば……腹黒そうな魔女のできあがりだ。


「千秋さん最強じゃな。腹黒魔女なうえに怪力って……」

「誰が怪力だって?」

「ティーカップ割れそうじゃぞ!!」


見るからに陶器だろう。

それが特に力んだ様子もないのに、僅かにヒビが入ったように見える。


「まぁ、そんなことはどうでもいいじゃない」

「これを放っておいたら、そのうち城が崩壊するんじゃろうなー……」


千秋本人は決して認めようとはしないが、彼女の怪力は彼女の妄想壁並に厄介なのである。

その辺りを除けば清楚で知的な印象を与える千秋は、勿論翠の言葉なんて綺麗にスルーした。


「それより、現状把握の方が先よ。そのために、この部屋を用意してもらったんでしょう?」


あの衝撃の爆弾発言の後……

『とりあえず喉渇いたから客間でも貸してちょ』

と、気軽に部屋を借りてみせたのは翠なのだから。


「今はお昼寝タイムなんてしていないで、これからの方針を……」

「美里さんはもう夢の中じゃぞ?」


ほれ、と指を差した先にはソファの上で丸まって眠る美里の姿。

ぎゅっと抱いているのは、ずっと背負っていたもこもこのリュックだ。

リュックではあるが、どう見たってピンクのうさぎのぬいぐるみである。

そしてぬいぐるみを抱きしめてふみふみ言いながら眠る姿はどう見ても幼児だ。


「みーさーとー?!」


愛らしい幼児にだって容赦のない黒魔女、もとい千秋はずんずんと彼女に近づいた。

むんず、と愛らしい抱き枕を取り上げる。

しっかり抱きしめていたはずのそれがなくなって、美里はころんとソファから転げ落ちた。


「はぅぁ?!」

「寝てる場合じゃないでしょう?!話し合いでしょう?!軍法会議でしょう?!」


突然転がされた美里は眠そうな目をこすりながら、千秋を見上げた。


「ちーちゃん、軍法会議は大昔にあった軍の裁判所のことだよー。機関の名前であって話し合いの場という意味なら不適切かと~」

「いいのよ!私たちの間ではそれが会議名になるのよ!!」


無茶苦茶な暴論である。

が、案外物知りだった美里も「ちーちゃんがそーゆーならー」と気にした様子もない。

翠にいたってはこの隙にお茶菓子をばくばくと貪っていた。


「何を話し合うんだっけ~?」

「これからどうするか、じゃな」


口いっぱいに頬張っていても普通に喋れている、という特技を発揮している翠が答える。

これからどうするか、漠然とした課題だが言いたいことは伝わったらしい。

千秋にうさぎのリュックを返してもらった美里は、それを抱きしめてにへらっと笑った。


「んとねー。魔王様の娘になるのー」


いい夢みれたのー、とでも言っているようである。

向かい側で茶を飲み干した翠が思わず身を乗り出した。


「おぬし、それで本当にいいのんか?!」

「うんー。新しいパパができちゃったねー」


アイス買ったらチョコもついてきたねー、とでも言っているようである。

翠は思わず噴出して笑った。

異世界に召喚された挙句に世界征服済みの魔王様に娘になれとか言われたのに。

脳天気すぎる。


「あれ?みどちゃんはイヤなのー?」

「まぁ、こんな面白そうな展開見逃せないしのぅ」


言いながら翠は思い起こしていた。

赤い瞳。つまらなさそうに世界を映していた瞳が、自分たち3人を映すたびに苛烈に輝いていったその様を。

お互い面白がって親子になる、というのもいいかもしれない。


「ちーちゃんはどうするのー?」


翠の答えをにこにこしながら聞いていた美里が、次の矛先を千秋に向ける。

先ほどまで1人夢の中にいたというのに、気がつけば会議を進行しているのだから不思議なものだ。

そして進行役をいつの間にかとられていたことにも気付かず、千秋は鼻息荒く答えた。


「そんなものウンテイでしかないわ!!」

「「ウンテイ?」」


はて、と2人は首をかしげて拳を握って立ち上がった千秋を見上げた。


「世界征服済みの魔王様?相手にとって不足なしだわ!!私たちは世界最強の後ろ盾をもってミカゲくんを救出できるということでしょ?!ダバダバ団ももう怖くないし、ミカゲくんの夢だって魔王様にかなえてもらって、それでミカゲくんに『陛下の姫君ともあろう方がなんとお優しい』なんて言われちゃったりして?もうイヤだわ、ミカゲくんたら。低音ボイスで『姫』だなんて呼ばないで!え?姫?あぁ、そうよねお姫様になれるのよね!ということは、ミカゲくんは名実ともに王子様に……」


この世界に『ミカゲ』がいると疑いもしていない妄想娘がぐふぐふと笑う。

それを目の端に映すだけにして、美里はポンと手を打った。


「あ、分かった~。前提、って意味だ」


どうやら、千秋は『ミカゲ』に出会って結ばれるには魔王様の娘という身分を手に入れることが『前提』だと言いたかった、らしい。


「さすが美里さん。よく分かったのぅ」

「ちーちゃんの間違い直しってハマると楽しいよ~」


つまりそれだけ、言い間違いが多い、ということである。


「かっこよく言ってもどうも決まらん。やっぱり『才媛』にはむかんのぅ」


自分が言い間違いをしたことにも気がつかず、『ミカゲくんとの甘い日々』を声に出して熱く語っていた千秋は、翠の苦笑交じりの言葉にピタリ、とその動きを止めた。

聞こえてた、と翠が顔をひきつらせた瞬間、千秋の白魚の手(自称)がガシッと翠の枯れ木のような首(自称)をつかむ。


「ひ、ひどいわ!!向き不向きがなんなの?!『才媛』の才能がないなら、私は努力でそれを勝ち取ってみせるのよ!!!」


涙ながらに翠の首を絞める友人を、美里は後ずさりしながら少しの間放置した。

千秋の地雷を踏んだ彼女が、悪い。

下手に止めて自分まで首を絞められたら大変だ。……というよりも、単純に怖かったからなのだが。

それでも翠の顔がだんだん蒼白になっていくのを見て、美里は彼女なりに慌てた。何か近づかずに止められる策は……と考え、ふと千秋の制服の胸ポケットが目に入った。


「ち、ちーちゃん!!あんまり興奮すると熱でチョコレート溶けちゃうよ?!ミカゲくんカード(仮)がチョコまみれになっちゃうよ?!」


『こっくりさん』の前に千秋にあげたチョコレートはまだその胸ポケットに入ったままだった。

彼女が『こっくりさん』を優先したがためにまだ封の開いてないそれのオマケカードの正体はまだ分からないが……効果抜群だったようだ。


「あぁぁ!ミカゲくん!ごめんなさい!!貴方をチョコまみれにするつもりは……で、でもチョコまみれのミカゲくんって!全身チョココーティング……『オレを食ってみるか?どうなっても知らないがな』なんて、そんな、あぁん、もうっ!!」


ちーちゃんに、困ったときは、ミカゲくん。

思わず一句詠んでしまった美里は、頬を薔薇色に染め己を抱きしめてクネクネしている友人からそっと目をそらした。その先に鬼から解放されてぐったりとひれ伏した翠を見止めて、てててっと駆け寄る。


「あわわ、みどちゃんだいじょぶ?!」

「く、わしに茶を……砂糖たっぷりミルクティーを……」


指先をふるふるさせて茶を求める友人にキャーと言いながら美里は机に駆け戻った。

テーブルの上の3つのティーカップ。そのうち2つは飲み干されていて、美里のしか残っていなかった。幸い、彼女のもミルクティーだ。猫舌のため置いておいたそれを掴んで翠のもとに戻る。


「はい!ミルクティー!!」

「砂糖が足りん……」


美里はハッとした。

紅茶もコーヒーも美里はミルクたっぷりの微糖を好むが、翠は激甘を好むのである。砂糖は最低3さじ入れないと気がすまないのだ。ちなみに、千秋はストレートかブラックである。


「さとーーー!!ハッ!シュガーポット空っぽだよ?!」

「パタリ」

「きゃー死んだらだめなのー!!」


かろうじてあげてた手まで床に落とした翠に美里はムンク顔で叫んだ。

ちなみに、千秋は全く気付かず妄想の中のミカゲくんといちゃいちゃしている。


「あ、新しいシュガーポット発見!!」


机の脇に置いてあったワゴン。

その中段にシュガーポットを見つけて取り上げる。僅かな重みに安心して、美里は冷めたミルクティーの上で逆さまにする。翠の危機に慌てて、中身を確認しないまま蓋を開けて。


砂糖の紅茶漬けができあがるところだった。その中身が正真正銘の砂糖であるならば。


ボトリ


「にょわっ?!」


黒い塊が、ミルクティーの中に落下した。

小さな胴体と二対の翼が見事に小さなティーカップの中に納まっている。それが生まれたばかりの小鳥であったなら、落下の拍子に小さな羽根が舞ったかもしれない。でもその心配はなかった。翼を形成しているのは羽でなく膜であったから。ミルクティーにつかって溺れてしまう可能性もあったが、幸いなことに黒い耳と鼻と、ついでに閉じられた目もカップからでていた。最も、ふわふわの胴体の落下により大半のミルクティーはこぼれてしまっていたが。

だがしかし、これは砂糖ではなかった。どう見ても……


「こ、こうもり~~~~!?」


目の前には蝙蝠の紅茶漬け、足元には友人の半死体、ちょっと離れたところには妄想の住人。

脳天気だともポケポケ娘だとも言われる美里にだって頭が痛くなることもあるのだ。

美里は頭を抱えてよろめいた。そしてワゴンの上に呼び出し用のベルを見つけると彼女にしては素早くつかみ、これでもかという程鳴らしまくった。


「だれか~~!!砂糖たっぷりミルクティーを持ってきてくださーい!!」


砂糖が蝙蝠に化けたことよりも、友人を生還させることの方が大事だった。

幸い、あまりの大音量にさすがの千秋も妄想から帰還してポカンと美里たちを見つめ、床に伏した翠も咳き込みながら身体を起こし……ティーカップの中の蝙蝠はうっすらとその目を開けた。


「……んあ?もう朝か……?」


あれだけベルを鳴らしたのだから、もうすぐ誰かやってくるだろう。

だがその前に、眠たげに呟く低い声がどこから発せられたのか。探すまでもなく、美里も千秋も翠も、その口が動いたのを見てしまっていたのである。

声を発したのが蝙蝠である、と気付き、3人の娘はベルにも負けない悲鳴を上げた。


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