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姫騎士は、異世界人の少女と血の約束を交わす  作者: null
七章 異世界人の私と、貴方の約束

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異世界人である私と、貴方との約束.2

綺麗な思い出を刻むに相応しい、厳かな夜だ。

 王子や大臣との顔合わせは、想像していたよりもずっと上手くいった。


 てっきり、得体の知れない深白を邪魔者呼ばわりしてしまうかと思ったが、王子は彼女を歓迎した。


 それはきっと、魔族を討伐した証としてエキドナの分厚い鱗を見せたこと、今まで一度でも自分に嘘を吐いたことのない妹の言葉があったことが大きな理由だろう。


 使えるものは使う。それが兄のやり方だ。


 …まぁ、大臣は予想通り深白の実力を不審がっていた。だが、深白が、あまりにしつこく揶揄する大臣に対し、その目の前に置いてあるターキーに向かってあっという間にナイフを何本も突き立てたことで大人しくなった。


『深白、お前もか』とかつてのオフィールを思い出して頭痛がしたものの、少しばかり胸がすっとしたのも本音だ。


 晴れて今日より、深白は自分の臣下――親衛隊となった。


 これで良かったのだろうか、と思わないでもない。自分は深白の弱みにつけ込んで、その力を我が物にしようとしているだけなのではないか…と。


 しかし、それを深白に尋ねたところ、彼女は徐々に現しつつある本性を示すかの如く、下弦の月を作ってこう言った。


『アリア様も、人間に見つかったゴキブリ同然の生活を体験してみると分かりますよ。そんな生活と飼い殺し、どっちが幸福なのか』。


 自身のかつての生活をゴキブリに例えるあたり、実に彼女らしい気はした。ただ、あの可愛らしく可憐な唇が、何の躊躇もなく不快害虫の名前を口にしたことには驚きを禁じ得なかった。


 ため息を吐きつつ、照明を消したアリアは、ゆっくりと天蓋付きの自分のベッドに移動した。


 ぎぃ、と音を立ててマットに体が沈む。野宿が続くと恋しくなる高級なベッドだ。


 そこから彼女は、月を見上げた。


 開け放たれた窓の向こう、高々と昇る蒼月は不思議とアリアをノスタルジックな気持ちにさせた。


「…ずっと、憧れていたんだ」


 ぼそり、と独り言を漏らす。


 自身のアイボリー色の髪を櫛で整えながら、瞳を閉じる。


 誰もが内側に飼っている、目蓋の裏の深淵。そこに投影されるのは、物心ついた頃から飽きることなく読み込んだ伝承の綴られた本。


 ――『竜星の流れ人』。かつて、ローレライ王国を救ったとされる異世界の英雄。


 刀と呼ばれる剣を手足の如く操って舞う姿は、まさに、『陽炎、稲妻、水の月』。何人たりと触れることの叶わない、古今東西、比肩する者のいない剣豪だったと聞く。


 文章をそらんじることができるほど、魅入った物語だ。


 いつか、同じように人を、国を救いたいと思いながら生きてきた自分にとって、深白という流れ人との邂逅は大きな意味を持つ。


 彼女がかの英雄とは全くの別人であることぐらい、弁えている。だが、いつも胸に描いていた存在が血肉を伴って目の前に現れた、その感動が一体、誰に想像できるだろうか?しかも、深白もまた、魔族を屠るに値するほどに強烈な力を持っていたのだ。


 そっと、胸に手を当てる。心臓が高鳴っているのが容易に分かった。


 恋に落ちたのでは、とプリシラは言った。


 オフィールは、友だちが欲しいのだろう、と言った。


 未だ、自分のことながらその真偽は分からない。ただ、深白が流れ人であるために、それだけではない想いが湧いているのは確かだった。


「…私の心臓はもう、この感情が何かを知っているようだな…」


 物思いに耽っていると、突如、コンコン、とノックの音が鳴った。


「アリア様、私です」夜闇を切り裂く美しい旋律。深白のものだ。「入っても構いませんか?」

「…ああ。入ってくれ」


 ぎゅっと胸を抑えながら答えれば、すぐに扉は開いた。


「失礼します」と中に入ってきた深白は、一瞬、アリアの姿を見て硬直した。だが、すぐにドアを後ろ手に閉めると、無言のままアリアのいるほうへと進んだ。


 深白は、アリアが月を眺めている窓の枠にそっと手を置くと、月光を飲み込んだみたいに、静かに喉を動かした。


「そうしていると、お姫様以外の何でもありませんね」


 ネグリジェ姿で足を揃えたアリアを横目にして深白が微笑むから、アリアは少しだけむくれたような表情で返す。


「皮肉か?」

「え、違いますよ?その、今までは鎧姿かシンプルな肌着姿しか見たことがなかったので…意外と高級嗜好なんだなと」

「おい、誤解するな。いつもはこんな格好で寝ていない」


 少しでも民に近い姫でありたい。そう願う彼女は過度にきらびやかなものはまとわないようにしている。例外は、王女を示すティアラと厳選した武具だけだ。


 すると、どうしてか深白が驚いた顔をしてみせた。ぽかんとした表情は年相応に見えたのだが、その後に見せた、きゅっと口角を上げたいたずらっぽい面持ちのほうがよっぽど子どもっぽかった。


「なんだ、そのだらしない顔は」

「いえいえ、別に」

「別に、なんてことはないだろう。気になるから教えてくれ」

「…いやぁ、言ったら、絶対にアリア様怒りますよ?」

「そう言われると、余計に気になる。説明しろ」


 アリアが食い下がると、深白は怒らないという約束を交わしてから、月を背にして小首を傾げた。


「『いつもはこんな格好で寝ていない』ってことは…その可愛らしいネグリジェ、私との時間のために用意してくれたのかなぁ、って思っただけです」


 その指摘に、かあっ、と頬が熱くなった。しかも、重ねて深白が、「少しだけ、目のやり場に困るくらいには…セクシーですね」などと儚い微笑みと共に言うから、背中に変な汗が浮いてしまう。


「な、何を言っているんだ」

「えぇ?でも、言葉通りに受け取れば、そうですよね?私のためにそんな恰好になってくれているんですよね?」


 無論、彼女の言う通り、このときのためにアリアがわざわざ選んで着たものだ。


 オフショルダーだから、多少の露出はあるし、胸元の部分はシースルーになっていて、大人っぽいデザインである。


 そこに変な意味はないが、少しでも美しく、と思ったことは間違いない。


 とはいえ、それを素直に認められるほどアリアは場馴れしていなかった。


 アリアは、顔を真っ赤に染めているくせに険しい顔をしてみせると、「違う」とぶっきらぼうに告げた。


「ふふ、そういうことにしときましょうか。ね?アリア様」


 こちらをからかうような、大人びた微笑。これでは、どちらが歳上なのか分からなくなりそうだった。


 悔しいが、感情をコントロールするという点で、自分は深白の足元にも及ばないらしい。顔にはまるで出ない人間だと昔から評判なのだが…。


 それからは、深白がスマートに話題を変えてくれたおかげで、変に緊張せずに会話が行えた。


 昼間とは逆に、今度は深白のほうがこちらの世界のこと――とりわけ、アリアの周りのことを聞きたがった。


 部屋に置いてある道具から、どういう子ども時代だったのか、家族はどうしたのか、なぜ、高い身分を持ちながら野宿上等の活動をしているのか…。


 聞くところによると、驚いたことに深白はこちらの世界の文字がまるで読めないらしい。少し学んでみようとシスター・ノームに師事したそうだが、異常なまでに上達しなかったとのことだ。流れ人は、どうやらそういうふうにできているようである。


 だからこそ、事情を知る人間から多くを学びたいと彼女は語った。そこに欺瞞はあるまい。知性の銀河が瞬く黒い瞳を見れば、深白が知識の収集に対しどういう価値観を持っているのか簡単に分かる。


 価値ある時間が流れていた。


 綺麗な思い出を刻むに相応しい、厳かな夜だ。


 アリアは、ふと、エキドナに言われたことを思い出した。ショックを受けたわけではないが、引っかかってしまう言葉だ。


 それを深白に説明すると、彼女は少し思案げに俯いた。


「――正しく、綺麗なままで誰かを裁こうとする…ですか。なるほど、エキドナさんは言葉での表現が巧みな方でしたね」

「それは感心するところか?」

「ええ、まあ。私も同じことをアリア様に思ったので」


 無視できない発言に、アリアは早口で反応する。


「どういう意味だ?」

「そうですね…エキドナさんが言ったこととそっくり同じではないと思いますけど…?」


 それでもいいか、と言外に問われたので、首を縦に振って先を促す。


「どんな人間であっても、きっかけさえあれば、悪に堕ちる。私がそう言ったこと、覚えてますか?」

「もちろんだ。納得はしてないがな」

「ふふ、エキドナさんが言ったのはそういうところですよ」


 深白の言ったことの意味が分からず、怪訝な顔をしてみせれば、彼女はぽん、と窓枠に飛び乗り、座ったままで月を仰いだ。


 危ないことをするな、と口にしかけるも、深白にとってこの程度、危ないことのうちに小指の先も入らないのだろうと思い直し、その幽玄な後ろ姿を眺める。


「魔が差す、なんて言葉があるくらい、この世は『正しさ』からはみ出てしまう落とし穴だらけ。そのせいで、正しさは人それぞれであっても、自分のそれすら守れない人間ばっかり」


 不意に、深白の声音が変わった。明るい声を出しているけれど、どこか無感情、無関心。それはきっと、彼女自身が世間から受けた扱いと似ているに違いないと思った。


 口を挟もうかと考えたが、アリアはすぐにその考えを改める。今は、深白の言葉を心のノートに綴るべきだ。


「でも、貴方は違うみたい」


 肩越しに深白と目が合う。


 深い、黒の瞳だ。


「自分のエゴで道を選んでるくせに、それを正しいと信じて疑わず、真っ直ぐ背筋を伸ばしたまま生きている。私は一ヶ月くらいしか一緒に過ごしてないけれど…どうせ、私に会う前からそんな生き方なんでしょ?」


 言葉遣いが変わったことなどどうでもよかった。むしろ、心根を語ってくれているようで、嬉しささえあった。プリシラがいたら、カンカンになって怒るだろうが。


「自分が『正しい』と思ったことを信じ貫くことは、間違っていると言うのか?」

「そういう問題じゃないかなぁ。…普通ね、信じ貫くなんてできないよ。そんな融通の利かない不器用な生き方してたら、損するばっかりだし、人によっては死んじゃうもん」


 実際、エキドナと戦うことを決めた件についても同様だと、深白は語る。命令違反した部下二人のために命を賭けるという行為が、それに値するのだと。


 だが、アリアはそのような話を聞いても不可解な思いに顔をしかめるばかりだった。


「…普通じゃないってこと。異常だよ、貴方」


「異常かどうかなど、どうでもいい」貴方、という他人行儀な呼び方が今さらながら癪に障って、アリアはむくれた顔で続ける。「お前の言う通り、どうせ私はこの生き方しか知らない」


「…ねぇ、貴方は、自分に何があってもそれを選び続けられる?」


「当然だ。私は、愚直に続けることに関しては一家言ある人間だからな」


 間髪入れずに答えて見せれば、深白が、ふふ、と笑う。


 どういう感情なのか、その子どもっぽい表情からは読み取ることができないうちに、彼女は再び正面を向き、大いなる月を仰いだ。


 長い沈黙が横たわる。嫌な感じではない。むしろ、何かを噛みしめるようなひとときであった。


 やがて、深白がその沈黙を破った。


「私、決めた」


「何をだ」


 アリアがたっぷり間をおいて静かに返せば、深白は両手を天に向かって広げ続ける。


「アリア・リル・ローレライ」


 福音にも似た調べが、アリアの耳朶をくすぐる。


 自分の名前にこれほどの輝きを覚えたのは、生まれて初めてのことだった。


「見届けさせてもらうね。貴方の生き方が、選んだ道が、いつまで汚泥に塗れずにいられるのかどうかを」

後数回の更新で、一応の終わりとなります。

よろしければ、最後までお付き合い頂けると幸いです。


読みづらかったり、もっとこうしたほうが良い、という意見がありましたら、是非お寄せください!


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