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姫騎士は、異世界人の少女と血の約束を交わす  作者: null
四章 貴方が欲しくて

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貴方が欲しくて.2

可憐な微笑が、どうしてだろう、今だけはどこか不気味に思えた。

 素早く短剣を引き抜き、後ろへと跳躍する。


 穿った穴から吹き出る血の飛沫が、深白を汚そうとその身を追うが、それよりも彼女の動きは機敏だった。


 絶叫と共にエキドナがいっそう激しく身をよじらせる。その拍子に彼女の体が強く背後の壁にぶち抜いた。


(隣に空洞があったんだ…。多分、ここは行き止まりじゃなくて、蛇たちだけが通れるような隙間がある部屋だったんだろうな)


 砂煙と共にゆらりと起き上がり、忌々しそうに顔を歪めて自分を睨むエキドナ目掛けて、再びナイフを二本、三本と投擲する。


 態勢の整わない空中からでも、彼女の投げたナイフは真っ直ぐ目標へと向かったが、惜しくも長く太い尾に阻まれてしまった。


「小賢しい真似を…っ!」


 エキドナが、尻尾の隙間からじろりと睨みつけてくる。その人間じみた感情のこもった眼差しを受けて、どうしてか、深白は少し高揚した。


「そんな怖い顔しないでよ…私も、生きるためなんだから」


 衝撃を感じさせない軽やかさで着地した深白は、そのまま流れるようにくるりと横に回転し、遠心力を利用して鋭く何本かナイフを投げる。


 再び、尾の盾に阻まれたが、今のは挨拶代わりくらいのものだったので、どうでもよかった。


「貴方と同じだよ。エキドナさん…だったっけ?」

「…ふん、可愛くないお人形さん。そんな恰好をしていても、神様は貴方のお祈りは聞かないのではなくって?」


 自分の服装に対しての皮肉だったのだろうが、思いのほか、胸に深々と突き刺さるものがあった。


 心のなかでは、『余計なお世話だよ』と毒を吐きつつも、ふっと口元を綻ばせて深白は返す。


「ふふ、いいの。これファッションだから」

「なんて、歪に笑う子なの。きっと、貴方は食べても美味しくないのでしょうね」

「そうかもね。でも、いいの?」と小首を傾げれば、エキドナは怪訝な顔をした。「私ばっかりにかまってて」


 エキドナがハッとした表情を浮かべたのも束の間、すぐに彼女の豊かな胸の辺りでフラスコ瓶が破裂した。


「うっ!?」


 激しく咳込みながら、エキドナが後退する。湖畔で相手取った魔物ほどではないが、やはり、平衡感覚を失うらしく、ふらふらと壁にぶつかっていた。


「オフィールの仇なのですっ!」と叫ぶプリシラのそばで、「勝手に殺すな」と疲弊した様子のオフィールが息も絶え絶えにぼやいた。


「深白さん!」


 プリシラが叫ぶ。自分のことを疑い、目の敵にしているようだったが、こういうときはやはり自然と仲間意識を持つらしい。


 名を呼ばれた深白は一瞬迷ったが、すぐに小さく、「いいよ」と呟くと、電雷の如く駆け出した。


 追撃することのリスクを計算してみたところ、半々だった。普段なら得られる成果より安全を取るが、今度は黙って攻撃したプリシラに免じて、言うことに従うことにする。


 ナイフからミセリコルデに持ち替える。心臓は駄目だったから、次は脳天だ。


 すると、エキドナがドスン、ドスンと何度も尾を地面に叩きつけた。


 舞い散る粉塵、小賢しい目眩ましに足を止めれば、すぐに空を裂いて何かが近づいてくる音が聞こえてきた。


(尻尾…!)


 迫る音に身を屈めようとしていると、不意に、誰かが自分の目の前に飛び出てきた。


 巨大な何かが何かと衝突する衝撃音。空間に溜まっていた塵が、衝撃波で一瞬にして四散する。


 砂塵が晴れる。


 そこに立っていたのは、身の丈以上の長剣で尾の一撃を受け止めたアリア・リル・ローレライだった。


「無事だな、深白」



 凄まじい衝撃に両腕が痺れるも、吹き飛ばされるようなこともなく、多少押し込まれただけで耐えきれたことに我ながらアリアは驚いていた。


 少しずつ感覚が戻ってくる両腕。執拗な尾の攻め手を防ぎきれず受けた肩口の傷から、血が吹き出ているのが分かる。


 痛みに歯を食いしばる。表情は冷然としているものの、彼女のなかでは表情を変えた形になる。


 無理をしてもいい状態ではない。自覚はあったのだが…。


(深白が危ないと思ったら、体が勝手に動いていたな…)


 痛みをこらえ、両腕に力を込めて尾を弾き返す。思ったより相手の力が弱い。プリシラの毒を受けているようだったから、それが原因で先ほどのような力が出せないのだろう。


 弾き飛ばした尾と自分の間に間合いが生じる。


 適切な間合い、この好機、踏み込まないという選択はない。


 一気に間合いを詰め、袈裟斬りに長剣を振り下ろす。


 鱗に阻まれて浅い傷にはなったものの、血は吹き出している。


「くっ…!」

「人間程度の攻撃でも、きちんとお前に届くようだな。…とはいえ、肩口の傷の礼には足りん。毒で前後不覚になっている間にトドメを刺させてもらうぞ!」


 しかし、アリアが気炎を巻き上げ、追撃に移ろうとしたそのとき、天井のほうからミシミシ、という乾いた音が聞こえてきた。


 反射的に顔を上げる。エキドナが暴れたせいだろう、天井に亀裂が入っていた。しかも、ひび割れた部分からは水が漏れ出ている。運悪く、湖の水が走っている箇所を傷つけてしまったようだ。


「姫様、蛇女が逃げます!」


 プリシラの言葉に注意を戻せば、エキドナは破壊した壁の先に逃れ、さらに上へと続くだろう坂道を素早く這いずっていった。


「天井の亀裂から水が入ってくる可能性がある!私たちもエキドナが通った道を上がるぞ!」

「ちっ、溺れ死ぬのだけは勘弁だ、さっさと行こうぜ」


 台詞はいつも通りだが、口調が弱々しくなっているオフィールを見て、アリアはプリシラにフォローするよう命じる。


「肩を貸すのです、オフィール」

「いらねーよ、この程度…」

「馬鹿っ!こんなときに強がらないでほしいのです!」

「…分かったよ」


 珍しく真剣に怒鳴られたオフィールは、大人しくプリシラに肩を支えられ洞窟の先へと進み始めた。


「深白、私たちも行くぞ」

「はい。でも、待って下さい」早口で返した深白が、さっとアリアの肩を支えた。「アリア様も怪我をされています。ご無理はなさらず」

「あ、いや、私は」

「行きます。私も溺死だけはご免です」


 有無を言わせない口調をした深白に支えられる形になりながら、二人を追う。


 水は少しずつ、その量を増していっていた。このままでは、本当にこの空間が水没してしまいそうな勢いだ。


 細く暗い道を上っていく。数十メートル先を行くプリシラと、深白の手にした松明だけが唯一の光源だった。


「わ、私はもう大丈夫だ、深白。この体は思ったより頑丈にできている」


 早足で歩きながら、自分よりも小さい深白に肩を借りる申し訳なさを改めて感じ、アリアは彼女から身を離そうとした。しかし、深白はアリアの発言に珍しく顔をしかめると、少しだけ語気を強くして言った。


「肩の傷、結構深いですよね。出血も治まっていませんし、というか、人の体に頑丈にできているも何もありませんよ。早く安全な場所に移動して、止血しましょう」

「し、しかし、今はそんなことより――」

「そんなこと?」


 突然、深白がアリアの肩を掴んだ。


「あっ…!」


 ぐりっ、と深白の白い指が肩の傷に食い込む。痺れるほどの痛みが肩から首、脳髄に走って、両足から力が抜けてふらついてしまう。


 そうしてアリアがしゃがみかけていると、深白の細腕からは想像もできないほどの力で引っ張り上げられ、そのまま無理やり前進させられる。


「深白、ちょっと待ってくれ」

 肩がビリビリする痛みのなか、かすれたような声で呼びかける。

「い、痛い。深白、指が…」

「痛いですよね。傷、浅くはないですもん」


 深白は傷口から指を離すと、明らかに怒気を含んだ視線をアリアへと向けた。


「うだうだ言わず、安全な場所まで来たら、ちゃんと止血させてくれますよね?アリア様」

「なんて、強引な…」

「アリア様?」

「…分かった」


 ここで下手に言い訳すれば、また容赦なく引きずっていきそうな目だった。ヘッドドレスが脱げた彼女からは、シスターとは程遠い冷徹さが発せられていた。


 弱々しく頷いたアリアに、ようやく深白は普段の儚げな微笑を見せた。仮面を被っていると理解できた今でも、やはり、彼女の微笑はとても美しいと思った。


(それにしても、情けのない声を出してしまった…恥ずかしい)


 頬を赤くして、顔を逸らす。松明なしではまるで見えない闇の中に自分の居場所を求めたが、何の意味もなかった。


 先を行くプリシラたちの姿が遠くなる。後ろから聞こえてきていた水の音も同時に遠くなってきた。


 ちらり、と深白を盗み見る。呆れた顔をされていないか、不安に思ったのだ。


 視界に飛び込んできたのは、赤い舌。


 ぺろり、と桜色の唇の間に吸い込まれていく舌が、艶めかしい、ぬるっとした輝きを放っている。


 深白の口元には、彼女の指。指先には、先ほど自分の傷をえぐったせいで真っ赤な血がついていたのだが、それが少しだけ薄まっているように見えた。


 ――まるで、たった今、深白が舐め取ったみたいに。


(…まさか、な)


 目が合った深白が、ふっ、と微笑む。


 可憐な微笑が、どうしてだろう、今だけはどこか不気味に思えた。

お目通しありがとうございます!

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