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姫騎士は、異世界人の少女と血の約束を交わす  作者: null
四章 貴方が欲しくて

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貴方が欲しくて.1

この人たちは、なんて愚かなのだろうか。

 この人たちは、なんて愚かなのだろうか。


 強大な敵を前に、武器を手にして構えを取った三人の背中を見て、深白は呆れと驚きからそう思った。


 アリアを筆頭に、彼女たちは戦いの素人ではない。自分が言うのもなんだが、歳の割にはその道に精通しているほうだろう。


 つまり、エキドナと名乗った怪物がどれほど危険な存在なのか、肌を通して、戦う者として直感できているはずなのだ。


 それにも関わらず、彼女らは歯向かおうとしている。それは、底の見えない穴の淵から、命綱も持たずに飛び降りることと同義であった。


「深白、お前は洞窟から出ろ」細長い両手剣を霞に構えたアリアが言った。「私は、ここで馬鹿な部下の世話をする。エスコートができなくてすまないが、許してくれ」


 抑揚に乏しいが、凛とした綺麗な声だ。冷徹に見える容姿とは裏腹に、青く燃える高潔な魂を胸に宿すアリアにぴったりだった。


 深白はその言葉を受けて、間髪入れずに声を発する。


「あの人は危険です、アリア様。当初の予定通り、逃げるべきだと私は思います」

「分かっているさ。だが、聞かん坊が多すぎてな…許せ」


 苦笑してみせる彼女に、深白は冬の水みたいに澄んでいて、そして、酷く冷たい声音で告げる。


「アリア様――みんな、死にますよ」


 ちっ、とオフィールが舌を打ったのが分かった。プリシラもわずかばかり顔をこちらに向けて、不服の感情を露わにしていた。


 そんななかでもアリアは、ふっ、と小さく笑いながら深白の言葉に返す。


「…なんとかするさ。私には、まだやるべきことがある」


 忠告虚しく、アリアに構えを解く気配は一切ない。エキドナも彼女らの意志が固いことを理解したのだろう、寝かせていた体をゆっくりともたげると、三人の前へと身をくねらせて進み出た。


「…貴方は、話せる人間だと思っていたのだけれど、私の思い違いだったようね。残念だわ」


 エキドナが言う。本当に残念がっているように深白の目には見えた。


「お前の言い分を否定するわけではない。だが、お前が人を襲うという事実を無視することはできないのだ、エキドナ」


 アリアの携えた切っ先がきらりと光った。まるで、彼女の闘志を反射しているような輝きに、プリシラたちは百の兵を得たかのような安心感を覚えた。


「行くぞ。――あれから、どれほど腕前が上がったのか、確かめさせてもらう」


 タッ、とアリアは一気に間合いを詰めた。


 白銀をあしらった深い青の鎧が、彼女の動きに合わせて闇を切り裂いていく。鎧の腰部分から伸びたコートがひらひらと、流星の尾のように揺らめいた。


 それに対しエキドナは、丸太三本ほどはあるのではないかという太い尻尾で応戦した。


 空間を薙ぐ一撃は、触れれば人間の体など粉砕してしまいそうな勢いだった。


 アリアは、眼前に迫る死の大鎌を棒高跳びの要領で、剣を支えに大きく跳躍してかわすと、くねくねとしたエキドナの体を駆け上がった。


 躊躇のない疾駆。


 ただ一点を、天上の星を掴むためだけに駆ける夜風の如き動き。


 それに、オフィールやプリシラも一拍遅れて続いた。彼女たちがのろまだったわけではなく、それほどまでにアリアの動きに迷いがなかったのである。


 エキドナは鬱陶しい虫を振り落とすみたいに、胴体を激しく波打たせた。その余波で親衛隊の二人は立ち止まらざるをえなくなったが、アリアは違った。


 振り落とされるより先に、相手の胴を踏み台に一際高く跳躍する。


 エキドナの頭から生えた青い小さな蛇が、一斉に姫騎士を狙う。


 アリアは、空中でくるりと縦に回ってみせた。それから、自分に伸びてきている蛇の群れを、ただ一閃、それだけで尽く薙ぎ払う。


 エキドナの赤い瞳が丸く見開かれる。その一瞬の隙を突いて、アリアはエキドナの上半身のすぐ目の前に降り立った。


 刹那、下から縦に一閃が走る。


 青く澄んだ刃が描く、美しい弧月。


 ぱっ、とエキドナの皮膚の下から何かが飛び散った。驚くべきことに、彼女の体から出たのは血ではなく、小さな蛇だった。


 しかし、アリアはそれを一切に意に介することなく、剣を振るうと同時に後方宙返りを行いつつ、「浅いか」と他人事のように呟きをこぼしていた。


 背後から、大きな尾を使った反撃の一撃が彼女の身に迫った。


「アリア様っ!」とオフィールが叫ぶより早く、アリアはまた高く跳ぶと、二人のそばで着地した。


 ゆらりと身を起こす彼女を、親衛隊の二人は驚きと尊敬の込められた瞳で見つめる。それは、深白も、そしてエキドナも似たようなものだった。


「どうした、エキドナ。何も驚くことはないぞ」

「貴方のように手強いお人形さんは、見たことがないわ」


 確かに、エキドナの傷は浅かった。効いたかどうかも曖昧だ。だが、その一撃は、今彼女と対峙する者に大きな勇気を与えていた。


 再び、アリアが間合いを詰める。今度はオフィールも一緒だ。


 飛んでかわさせないためか、次は高めの位置を薙ぎ払った尻尾だったが、そうなれば、身のこなしが軽い二人はスライディングして下をくぐる。


 死線が頭上を過ぎる。恐怖を弾き返す屈強な精神が、二人の顔から滲み出ている。


 さらに、アリアたちは前進した。尻尾や胴体は未だ彼女らを叩き潰さんとうねるが、紙一重で当たらない。


 深白はそんな二人を見て、少しばかり彼女らの力量を――特に、オフィールの力量を見誤っていたことを認めざるをえなかった。


 オフィールの剣はアリアのものと違い、エキドナの鱗の上からではまるで傷をつけられていない。だが、少なくとも当てる技術と、当てさせない技術は持ち合わせていた。


『蝶のように舞い、蜂のように刺す』という言葉があるが、まさにそれはオフィールのためにある言葉のようだった。


 とはいえ、エキドナだってもう容易くはその本体らしき上半身に近づけさせてはくれなかった。縦横無尽に体をくねらせ、長い道と高い壁を作り続けている。



 しかし、ふとした拍子に均衡は破れた。


 ひっそりと近寄っていたプリシラが、毒瓶をエキドナの上半身に向けて投擲したのだ。


「食らうのです、蛇女っ!」


 気合のこもった攻撃は、身を引かれ、かろうじて回避されてしまった。


「くっ…可愛くない子ね!」


 不意を打てるときに声など出すからだ、と深白が辟易とする傍ら、アリアとオフィールが同時に敵へと肉薄する。


 彼女らの道を遮っていたうねり狂う壁は今、その勢いを失っていた。


 誰がどう見ても、好機だった。


 エキドナの本体に急接近した二人は、同時に剣を振りかぶった。


 魔族とはいえど、もろにその剣撃を受ければ無事では済まないのではないか。


 その場にいる四人ともが、確実な攻撃を叩き込める、そう確信した次の瞬間だった。


 バサッ、と二人の姿が濃い影に飲み込まれた刹那、アリアの体が大きく跳ね飛ばされた。高い金属音が鳴ったことから、彼女が己の身を長剣で守ったらしいことが想像できた。


 そして、オフィールはというと…。


「ぐ、うっ――」


 彼女は決して悲鳴を上げなかった。


 たとえ、エキドナの上半身をフードのように覆った蛇の顎、その牙に自分の腕が挟み込まれようとも。



「お、オフィールっ!」


 歯を食いしばり、悲鳴を抑え込む相棒の代わりを務めるように、プリシラが大きな声で悲壮な叫び声を発した。


 一瞬、何が起きたのか理解できなかった。だが、夜目の効く深白には事態がすぐに把握できた。


 エキドナの体は、女性を模した上半身以外は蛇そのものをしている。彼女が初めて一同の前に姿を現したときだって、その頭部は閉じられていて、蛇そのものであった。


 つまり、予測はできたのだ。フードのように後ろへと格納された蛇の頭部が、再び折りたたまれることぐらいは。


「あら、一匹だけしか捕まらなかったのね」エキドナが、閉ざされた頭の向こうから語りかける。「まあ、まずは貴方から死んでもらいましょう」


 剣を腕ごと挟まれ、動けずにいるオフィールが何か罵る言葉を口にしているが、そのうち、挟む力を強くされ、苦悶に満ちた声を上げた。


「っ、ああああ!?」

「お前、オフィールから離れるのですっ!」


 プリシラが慌てて毒瓶を放る。しかし、ヘルムの役割を果たす頭部に弾かれ、本体には届かない。


 アリアの助けも期待できなかった。彼女はかろうじて剣を使い攻撃を防いでいたようだが、太い尾が荒波のようにうねる場所に叩き落されて、自分を守ることで精一杯になっていた。


 エキドナは、自分の周りを包んだプリシラお手製の毒霧に咳き込むと、ほんの少しだけ顎を開き、中から恨めしそうな顔を覗かせた。


「――あぁ、本当に嫌な臭いね。貴方のそれはドブみたいな臭いがするのよ。それを浴びせられてから殺された私の子どもたちが可哀想でならないわ」

「いいから、オフィールを離すのです、離してですぅ!」


 プリシラは、今にも腕を引き千切られそうなオフィールを思い、金切り声を発する。それを見て、エキドナは鼻白んだ表情を浮かべた。


「ふぅん、随分と仲間思いなのね。でも、駄目よ」


 開いた隙間から、何本も髪の毛みたいな青く小さな蛇が伸びてきて、オフィールの体に噛みつく。致命傷にはならないだろうが、彼女の体力と血を奪うのには十分な痛みだろう。


「てめぇ…っ!」


 相当な痛みがあるだろうに、オフィールはなおも抵抗した。


 残った左手のバックラーで、自分に噛みつく蛇を叩き潰していく。


 深白は、彼女の精神力には目を見張るものがあることを認めていた。根性、と表現すればチープに聞こえるが、それ以外、適当な言葉が見当たらない。


「そのしつこさには、さすがの私も不愉快さを感じずにはいられないわ。終わったのよ、貴方は…!」


 エキドナが、冷徹な死刑宣告と共にさっきよりも大きく顎を開いた。中から伸びてきた腕の先には、信じられないくらい鋭く尖った爪が見えた。


「オフィールぅっ!」


 プリシラが、叫びと共に毒瓶を投擲する。


 大事な相棒を救うための、乾坤一擲の一撃だったのだろうが、エキドナは嫌悪を丸出しにした顔で、軽く身を引き、それをかわした。


 あてのない放物線を描いたフラスコ瓶を見て、プリシラが絶望の表情を浮かべる。


 頼れる主の助けはなかった。荒れ狂う尾の波の中にある彼女は、状況の把握すらまともにできていなかった。


 そんな状況下において、深白だけは表情一つ変えずにいた。


 荒れ狂う尾に耐えきれず、アリアが弾き飛ばされたときも。


 素性の知れない自分に比較的寛容な態度を見せたオフィールの腕が、引き千切られそうになっていても。


 パニックに陥りかけているプリシラの悲鳴が、金切り声となって四方に反響していても。


 深白は――凪いだ水面の如く、平然としていた。


 ただ、誤解してはいけないことがある。


 それは、深白がただ棒立ちしていたわけではなかったという点だ。


 彼女は待っていた。


 逃げ出すことと戦うことを天秤にかけたとき、わずかに後者へと傾くことになった、『それ』を。


 待つのは得意な人間だと、深白自身、自分のことを評価していた。勝てる戦いしかしない人間だとも。


 そして、待ちに待った千載一遇の時が来た。


 指先をいつものように動かす。


 袖の下から手繰り寄せる銀の刃。それを、頭に思い描いている動きとほとんど相違ない感覚で構え、そして、放った。


 彼女が一番に狙ったのは、エキドナではない。


 くるくると、中の液体を波打たせながら宙を舞う、フラスコ瓶。


 アリアの斬撃を受けてもなお、余裕の笑みを浮かべていたエキドナが、唯一顔をしかめたもの。

 それは、二人の剣士が操る刃ではない。


 プリシラが丹精込めて作っているらしい、毒の瓶だった。


 強大な敵を倒す鍵となるだろう、大切なピース…利用しない手はない。


 投げたナイフは寸分違わずフラスコ瓶を貫き、そして、その背後の牙と牙の隙間を縫い、エキドナの青い体表に深々と突き刺さる。


 直後、耳をつんざく悲鳴が辺りに木霊した。


 よほど、彼女らの体にとって『毒』なのだろう。エキドナは一心不乱に身をよじり、あちらこちらの壁に身をぶつけながら、なおも悲鳴を上げ続ける。


 洞窟そのものが揺れているような激震のなか、オフィールの体が解放され、地面へと落下する。


 プリシラが歓喜か悲壮かも分からない声と共に、その身を受け止めた。受け止めた、というには些か不格好すぎる気もしたが。


 深白はそんな二人を脇目に、一つ、高く跳躍していた。その拍子にヘッドドレスが脱げ、彼女の美しい黒髪が闇に溶け込もうとするみたいに踊った。


 手には黒の短剣。いつも投げているナイフより刃渡りが1.5倍近くあり、そして、先端が鋭く尖り、両刃だった。いわゆる、ミセリコルデと呼ばれるものである。


(…取れる)


 滅茶苦茶に振り乱される尾が目の前に迫るも、深白はむしろそれを踏み台にし、いっそう加速してエキドナに迫った。


 頭を抱える彼女の前に、死を携えてふわり、と着地する。


 頭が閉じられても、間合いを詰めれば問題ないと確信があっての行動だ。


 ようやく深白の存在を感じ取ったエキドナが顔を上げるが、もう遅い。


 深白は何の躊躇もなく、ミセリコルデの先端で激しくエキドナの胸の間を刺突した。


 今度は、確かに鮮血が舞った。毒のためかもしれない。


 しかし…。


(…あれ)


 手にずぶりと響く感触に、頭の中でクエスチョンマークを浮かべる。


 苦しみから解放させるような確かな一撃だったが、いつもの感覚がなかった。


 心臓を穿ち、命の息吹、その息の根を止めた感覚が。


「あ、貴方っ…!そんな格好をしているくせに、なんて真似をっ!」


 怒りに染まったエキドナと目が合う。


 これはまずいな、と冷静に分析しながらも、深白は感嘆の思いを言葉にせずにはいられなかった。


「へぇ、これでも死なないんだ。――すごいね、魔族って」

ちらりとでもお目通し頂いている方、本当にありがとうございます!


本日より、平日も毎日更新しますので、ご興味ある方はブックマーク等よろしくお願いします!

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