第一話
一悶着あったものの門を無事潜り抜け、シヴァは一旦エリアスの家へ連れて行かれることとなった。
王都に入ってから馬車へと乗り換え、数十分走ったところにエリアスの家はあった。
シヴァは期待に胸を膨らませて馬車を降りる。
アーシェをして、次元が違うと言わしめる貴族の邸宅。
いったいどのような豪邸なのだろうか。
きょろきょろと周りを見回す。
丁寧に手入れされた庭園と畑らしきものがあり、屋敷は少し年季を感じさせる二階建て。
二棟に分かれた屋敷は確かに広い。
だが、どちらかと言えばアーシェの屋敷の方が大きかったような気がする。
とても次元が違うような差は見受けられない。
もしかして、魔法で空間を拡張しているのだろうか。
でも、もし違った場合随分と失礼なことを聞くことになる。
どうしようかと、シヴァはエリアスを横目で伺い見た。
エリアスは視線を感じたのかシヴァの方を見ると、どうしたのというように首をかしげた。
シヴァが黙ったままでいると、エリアスは合点したように手を打った。
「ああ、屋敷が小さくてがっかりした?」
「え、あ、いや、そんなことは…」
否定するにも視線はさまよい、言葉は尻すぼみになっていく。
「ごめんね。ここは別邸だから、かなり手狭なんだ。僕自身はまだ爵位を持ってないから貴族ではないし、最低限の広さがあればいいんだよ」
「いや、断じて手狭という広さではないと思いますが。それより、エリアス貴族じゃなかったんですか?」
そういえば、エリアス自身が貴族だと明言したことはなかったかもしれない。
シヴァが勝手に勘違いしていただけだ。
なんというか、恥ずかしい。
「うん。でも父親が死んだらその爵位が僕のものになるから、そうしたら貴族だね。こちらの世界ではほとんどの国の貴族が世襲だから」
「爵位を授かるまで社交会とか無いんですか?」
「正式なものには出席できないから、内々のものだけだね。あとは貴族の子女が通う学校があるから、そこで交流を深めたりするかな」
「なるほど」
「だから両親が住んでるところは、もう少し広いよ。今度機会があったら連れて行ってあげる。本邸は領地の方にあるから、見せてあげられるかわからないけど」
まだ二つも邸宅があるらしかった。
軽く眩暈がして、シヴァは目頭を押さえた。
○●○●○
「シヴァの部屋はここで良いかな。必要なものは使用人に言えばいいから」
この世界で生着ると決めたものの、シヴァには収入が無いためエリアスに頼るほかない。
道中でもたいして役に立たなかったうえに、これからも彼の負担になるのはシヴァにとって心苦しいことだった。
「ごめんなさい、なるべく早く職場を見つけて自立できるよう努力しますから」
シヴァが頭を下げてそう言うと、エリアスは首を振った。
「別にずっといて良いんだよ。シヴァの生活を奪ったのはこちらだし、ひと一人を養うくらいの余裕はある」
流石お貴族さま。だが重要なのは彼の経済力ではなく、シヴァの自尊心とでもいうようなものだ。
「こちらに残るのを決めたのは私です。エリアスは選択肢をくれました」
「んー、僕はシヴァがそばにいてくれた方がうれしいんだけどな。まぁ、その話は職が決まってからにしよう」
純粋な好意はとても嬉しいものだ。甘えることを許されているようで、シヴァの顔は自然とほころぶ。
元の世界では生来の気の強さと立場から、人に甘えることができなかった。
なぜか目の奥が熱くなるような感じがしてシヴァは俯いた。
「はい。ありが、とう、ござい、ます」
分からない、なぜ思うとおりに声が出ない。
なぜ、自分は泣いているんだ。
シヴァはごしごしと目をこする。
目がおかしい。涙が止まらない。
「シヴァ?どうしたの」
エリアスがシヴァの顔を覗き込む。
「何でも、ありません。なんか、目が、おかしい、だけで」
「もしかして、僕と暮らすのがそんなにいやだった?」
エリアスの眉尻が、ほんの少しだけ下がる。
「ちがっ、違います。うれしい、嬉しい、のに、なんで」
なんで涙が止まらないのだ。
エリアスが困ったような表情のまま、シヴァの頭を撫でる。
「ならいいんだけど」
頭を撫でていた腕に力が入り、シヴァはエリアスに抱き込まれた。
子供をあやすように背中をゆっくりとたたかれ、シヴァはますます涙腺が緩むのを感じた。
エリアスは優しい。
この優しさを失いたくない。
けれど私はきっと、エリアスを裏切っているから。
だからそれを知られる前に、彼から離れなくてはいけない。
もう言い訳もできません・・。
遅くなってごめんなさい。