【第三章 消された記録】 『第11話 真犯人は学校にいる』
翌朝。
神谷美咲はほとんど眠れなかった。
非通知の脅迫電話。
神谷のノート。
朝倉結衣。
高坂遼。
頭の中で何度も同じ言葉が巡っていた。
そして一つだけ確信していることがあった。
夫は事故では死んでいない。
誰かに口を封じられたのだ。
午前九時。
美咲は青葉高校の前に立っていた。
久しぶりだった。
葬儀の日以来になる。
校門の向こうでは生徒たちが部活動をしている。
笑い声が聞こえる。
平和な光景だった。
だからこそ違和感があった。
本当にこの学校の中に何かが隠されているのだろうか。
受付で面会を申し込む。
相手は教頭だった。
神谷が亡くなった後、何度も連絡をくれた人物でもある。
丁寧で穏やかな男。
少なくとも美咲はそう思っていた。
「奥様」
応接室に入ってきた教頭は深々と頭を下げた。
「改めてご愁傷様です」
「ありがとうございます」
形式的な挨拶。
だが美咲は相手の目を見ていた。
わずかな変化も見逃さないように。
「今日は何か?」
教頭が尋ねる。
美咲は鞄からノートのコピーを取り出した。
神谷の遺品だった。
「主人が調べていたことについて伺いたくて」
一瞬だった。
本当に一瞬。
教頭の表情が固まった。
だがすぐに笑顔へ戻る。
「調べていたこと?」
「朝倉結衣さんです」
沈黙。
教頭の指先がわずかに動いた。
「知りませんね」
即答だった。
だが。
早すぎる。
考える時間すらなかった。
美咲は違和感を覚える。
「主人のノートには何度も名前が出ています」
「生徒は数千人いますから」
教頭は笑う。
「覚えていないだけでしょう」
その笑顔が妙に冷たく見えた。
美咲はさらに尋ねる。
「虐待案件を調べていたそうです」
今度ははっきり分かった。
教頭の顔色が変わった。
一方その頃。
神谷と結衣は応接室の隅に立っていた。
もちろん誰にも見えない。
「やっぱりだ」
神谷が呟く。
「先生?」
「あの顔」
神谷は教頭を見つめる。
「何か知ってる」
教師時代。
何百人もの生徒と向き合ってきた。
嘘をつく顔も見てきた。
今の表情は間違いなく。
隠している人間の顔だった。
「奥様」
教頭が声を低くする。
「亡くなったご主人のことは残念でした」
「ですが」
「無関係なことを詮索するのはおすすめしません」
美咲の背筋が凍る。
それは忠告だった。
いや。
脅しに近かった。
「無関係?」
美咲は教頭を見つめる。
「主人が死んだことと関係ないと?」
「もちろんです」
「ではなぜ主人は死ぬ直前まで調べていたんですか」
教頭は答えない。
沈黙。
重い沈黙だった。
その時だった。
応接室のドアが開く。
「失礼します」
若い女性教師だった。
二十代後半くらい。
資料を届けに来たらしい。
しかし。
彼女は美咲を見るなり動きを止めた。
「神谷先生の……奥様?」
「はい」
女性教師は何かを言いかける。
だが。
教頭が鋭い視線を向けた。
その瞬間。
彼女は黙った。
神谷はその顔を見て息を呑む。
「佐伯先生……」
結衣が振り返る。
「知ってるんですか」
「ああ」
神谷の声が低くなる。
「三年の時の学年主任補佐だ」
「信頼できる人だ」
その時。
佐伯は美咲へ資料を渡すふりをしながら。
小さな紙片を滑り込ませた。
誰にも見えないように。
ほんの一瞬で。
美咲だけが気付く。
紙には短く書かれていた。
『話があります』
『一人で来てください』
『神谷先生は殺されました』
美咲の鼓動が止まりそうになる。
神谷も。
結衣も。
言葉を失った。
そして教頭だけが。
まだ気付いていなかった。
学校の中に。
もう一人。
真実を知る人間がいることを――。




