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小説 王国一の美女と結婚してみせろと幼馴染に言われたので、 真面目に自分磨きをしていたら女性を沼らせてしまった件  作者: イコ


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騎士見習いとして

 姉の言葉が、頭の中で何度も反芻される。


 与えすぎない。

 選ばせる。

 いい人で終わらない。

 優しさ7、スパイス3。

 負担をかける。

 好意をダダ漏れにしない。


 ……剣の型より難しい。


 頭の中に刻むことはできる。


 俺は剣を腰に差し、馬の手綱を握って王都へ向かっていた。


 騎士見習いは、騎士団で配属が決まるまで訓練を続ける。


 そのため実家を出て、王都に戻る。


 俺は騎士見習いとして本当の一歩を踏み出す。


 まだ胸は苦しい。痛みもある。だけど、いつまでも悲しんでいてもリナに選ばれることはない。


 何よりも、俺は王国一の美女と結婚できるような男になるという目標を立てた。


 その道は長い。領地の畑と林が途切れ、石畳の街道に出ると、人の往来が増えてきた。


 ……そのときだ。前方から、悲鳴が響く。


「きゃああっ!」


 馬が耳を立て警戒を示し、俺も反射で姿勢を低くした。


 街道の先。曲がり角の向こうに、豪華な馬車が止まっていた。


 こちらに逃げてくる人々。俺はそれに逆らって前に進む。


 漆黒の車体。金の装飾。どこの家かわからないが、紋章がある。上位貴族の馬車だ。


 周囲を囲む魔物たち。


 小柄で醜い、緑色の魔物ゴブリンが三十体。

 大柄な体に、赤色の魔物オークが五体。

 

 どうやら魔物の集団に襲撃を受けたらしい。


「……」


 騎士たちは対応に追われている。


 街道を進む人々は逃げ惑っている。魔物の専門家である冒険者もいないようだ。


 俺は馬上で息を吐いた。騎士見習いになるために身体を鍛えてきたんだ。馬腹を蹴って戦場へ向かう。


「行くぞ」


 馬が地面を蹴り、距離を詰める。馬車の周囲には護衛の騎士が十名ほど。だが、魔物の数が多い。さらに魔物の後方には、別の影が隠れていた。


 太く、黒い筋肉。大きな牙。


 オークジェネラルが一体。指揮官がこの集団を従えていた。


 護衛の騎士たちが必死に押し返している。


 だが、ゴブリンが馬車に群がっていた。


「ファイヤーボール!」


 俺に魔法の才能はない。初級魔法しか使えない。だが、弓矢がない状況では使えるものはなんでも使う。


「助太刀する!」

「かたじけない!」


 騎士に声をかけ、俺は前線ではなく後方の馬車に向かう。


 向かっている途中でゴブリンが、馬車の扉を開いた。


 引きずり出されそうになっているのは、若い令嬢だ。淡い色のドレス。白い手袋。震える指。


 ゴブリンが腕を掴んで引っ張り、令嬢が必死に踏ん張っている。


「やめっ!」


 令嬢の声は掠れていた。


 俺は馬上から剣を抜いて、鞘走りの音が空気を裂いた。


 ゴブリンが俺に気づき、笑ったように見えた。だが、その醜い笑みを浮かべた口を俺の剣が裂いた。


 次の瞬間、俺は馬の速度を殺さずに横へ身を流す。


 重さが腕に乗る。切っ先が、狙い通りにゴブリンを刈った。


「ギャッ!」


 令嬢の身体がふらつき、俺は馬を寄せて令嬢の肩を支えた。


「大丈夫ですか?」


 口から出た声は、思ったより落ち着いていた。

 感情を動かす、だとか。スパイスだとか。今は関係ない。


 命が、目の前にある。


 令嬢は大きく息を吸い、涙をこらえるように頷く。


「……は、はい……」


 俺は令嬢を馬車の扉へ向け、背中を軽く押した。


「中へ。扉を閉めてください」

「え……あなたは……!」

「騎士見習いです。大丈夫……必ずあなたを救います。救っても良いですか?」

「お、お願いします!」

「はい!」


 一瞬、姉の言葉が脳裏をよぎって、問いかけてしまった。


 だが、即答してくれた。なら、やることは決まっている。まずやるべきことは、高位貴族への礼儀じゃない。討伐だ。


 俺は令嬢を馬車の中へ戻し、扉を閉める。


 その瞬間、背後から短剣が飛んできた。


 ゴブリンの投げたものだ。


 俺は身体を半歩ずらし、刃を避ける。


 ゴブリンは武器に毒を塗っている。だから、一撃でももらうわけにはいかない。


 こちらに迫るゴブリンが三体。


 牙を見せ、舌なめずりをするように近づいてくる。


 まずは数を減らす。


 俺は馬から降りて踏み込んだ。


 足元の石畳を蹴って、剣は無駄に振らない。


 一体目、喉。

 二体目、腹。

 三体目、膝。


 血が噴き、ゴブリンが倒れる。


 ……俺はまだ未熟だ。ゴブリンならなんとか相手にできるが、騎士たちのようにオークは厳しい。


 戦闘中、緊張で剣が重い。呼吸が浅い。それでも戦える。


 そのとき、護衛の騎士の叫びが聞こえた。


「オークが押してくるぞ! 退け!」


 オークが一体、こちらへ向かってきた。


 大きい。ゴブリンは俺の腰までの身長しかないが、オークは二メートルを超える。横にも縦にもデカい。鈍器のような棍棒を持ち、地面を揺らす。


 俺は一歩引いた。


 真正面から受けない。相手の力を、風に流すために魔法を発動する。


「ウィンド」


 俺の周りに風が起こり、オークが振り下ろす棍棒を受け流す。


 半身で避け、棍棒が石畳を砕く瞬間に懐へ入った。


 膝の内側。剣を深く差し込む。


「ギャッ!!」


 オークが吠える。いきなり命を奪えるほど剣も魔法も威力はない。


 だが止まらない。俺はすぐに二太刀目を放つ。


 鎧のような脂肪が厚い。だからこそ、首筋の太い血管を断つ。


 深く斬る必要はない。太い血の流れを斬るだけでいい。


「ッッッ!」


 オークが棍棒を地面に落として倒れた。


 腕が痺れる。肩が熱い。護衛の騎士が俺を見て驚いていた。


「まだです! ゴブリンが!」


 言いかけた瞬間、視界の端で動きを捉えた。


 ゴブリンが、森の方へ走っている。肩に何かを担いでいた。


 メイド服!


「……!」


 攫われた。俺は迷わず走り出す。


「待て! 馬車の護衛を!」


 護衛の騎士が叫ぶ。


「そちらは任せます!」

「おい、どこへ!!!」

「メイドが連れ去られました!」


 俺は振り返らない。


 今ここで俺が残れば、令嬢の命は守れる。だが、攫われたメイドは死ぬ。


 それに令嬢には護衛がいる。令嬢は騎士が命懸けで守るはずだ。俺を必要としているのは、今は森の中だ。



 森の中は薄暗かった。


 木々の間を縫うように走る。ゴブリンの足跡。折れた枝。引きずられた布の跡。


 すぐに追いつく。


 ゴブリンは二体だった。一体がメイドを担ぎ、もう一体が周囲を警戒している。


 メイドは気絶しているのか、動かない。


 ……ここで騒げば、彼女が殺されるかもしれない。


 俺は呼吸を殺し、足音を消した。


「ステルス」


 魔法で気配をできるだけ薄くして、隠密行動に入る。


 剣を構え、地面を蹴る。一気に距離を詰めて、警戒役のゴブリンが振り向いた瞬間、剣が喉を裂いた。


 声は出させない。だが、メイドを担いでいたゴブリンが仲間の倒れた音に気づき、慌ててメイドを落として短剣を抜く。


 半歩踏み込み、短剣の軌道を弾いて喉を突く。


「ギャっ!」


 ゴブリンが倒れた。


 静寂。俺は大きく息を吐いた。


 すぐにメイドの元へ膝をついた。


「大丈夫か?」


 メイドはうっすら目を開け、震える声を出す。


「……ひっ……!」

「大丈夫。もう終わったよ」


 俺は上着を脱ぎ、メイドの肩にかけた。


 寒い。森の空気は冷たい。恐怖で身体が震えているなら、余計に。メイドは涙を滲ませながら、俺を見上げる。


「……あ、ありがとうございます……」


 俺は首を振った。


「礼は、後で。今は戻りましょう」


 黒髪の綺麗な子だった。歩けない彼女を抱え、俺はメイドと共に森を抜けた。


 馬車へ戻る道は、来たときより短く感じた。焦りが残っているからだ。


 街道に戻ると、戦いは終わりかけていた。


 護衛の騎士たちが、最後のゴブリンを斬り伏せる。


 オークの死体が四体、地面に転がっていた。


 俺が倒した一体を含めれば、五体。


 だが、ほとんどの騎士はオークジェネラルとの戦いで疲弊したのだろう。座り込んでいた。


 馬車は無事だった。


 令嬢が扉を開け、震えた手で降りてくる。


「ジーナ……!」


 令嬢はメイドに駆け寄り、抱きしめた。


 メイドはジーナさんというらしく、泣きながら令嬢に縋りつく。


 ……よかった。護衛の騎士が俺に近づいてきた。


「助太刀感謝する。貴殿の名を教えてくれるか?」

「ホートです。騎士見習いのため、王都へ向かう途中でした」


 名は言った。最低限。護衛の騎士が深く頭を下げる。


「助かった。礼を言わせてくれ」

「いいえ、今は大変でしょう。皆さんが無事で良かった」


 自分でも驚くほど、断りをはっきり言えた。


 令嬢が目を見開く。


「そんな……命を救っていただいたのに……!」


 俺は令嬢を見た。


 綺麗な人だ。


 王国一の美女。そんな言葉が浮かんでは消えた。


 豪華な馬車に乗るだけの身分の令嬢が、俺の相手をするはずがない。関わると面倒なことになりそうだと思う気持ちの方が強い。


「あなたとメイドさんが無事なら、俺はそれでいいです。本当に助けられてよかった」


 彼女に笑顔を向けた。


 戦闘の高揚でまだ、気持ちが昂っている。カッコつけたという気持ちはある。


 だけど、これ以上は蛇足になる。俺は踵を返し、馬の方へ歩く。


「待ってください!」


 令嬢が一歩踏み出す。俺は振り返らないまま、手綱を掴んだ。


 馬に乗って、最後に一言だけ投げる。


「どうかご無事で」


 令嬢の隣に立っていた騎士が頷いてくれたので、俺は馬腹を蹴った。


 蹄の音が石畳に響き、街道の先へ駆けていく。


 背中に、令嬢の視線を感じるが、それでも、俺は振り返らなかった。


 騎士たちの功績の方が大きい。自分は少し手助けをしただけだ。

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