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小説 王国一の美女と結婚してみせろと幼馴染に言われたので、 真面目に自分磨きをしていたら女性を沼らせてしまった件  作者: イコ


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3/15

過去の自分を知る。

 姉さんからもらった剣は、俺の手に馴染んでくれた。


 今後、俺は騎士見習いとして、騎士団に所属して訓練を受けることになる。


 ディアスのように仕える騎士が決まっていれば、従士として見習いの形も変わるが、俺にそんな相手はいない。


 朝の訓練を終えて屋敷に入れば、居間には穏やかな陽が差し込んでいた。


 紅茶の香りが漂い、テーブルの上には焼き菓子が並んでいる。


 姉がテーブルでくつろいでいた。


「さて、ホート。朝の訓練は終わりかしら?」

「ああ、姉さんがくれた剣は凄くいいよ」

「それは良かったわね。あの人が選んでくれたから、お礼を言っておくわ」


 どうやら旦那さんが剣を選んでくれたらしい。


 姉は紅茶を一口飲んでから、ゆっくりとカップを置いた。


「それじゃあ、女性についての話をしましょうか」

「……よろしくお願いします」


 俺はこれまでリナ以外の女性と話したことがあまりない。


 そこで姉は、女性について講義をすると言い出した。


 緊張して思わず敬語になる。


 姉さんは満足そうに頷いた。


「まず、これは一番大事だから最初に言うわ」


 人差し指を立てる。


「女性に与えすぎないこと」


 俺は瞬きをした。


「……与えすぎない?」

「そう」


 姉は指を折りながら言う。


「まだ付き合ってもいないのに、毎回食事を奢る」

「プレゼントを頻繁に渡す」

「女性の予定を全部優先して、自分の都合を犠牲にする」

「ありがとうが欲しくて、小さな親切を連発する」


 胸が、ちくっと痛んだ。


 俺はリナに対して……全部、やってた。


「それね。最初は喜ばれるんだけど、そのうち当たり前になるの。人はね、無料のものに価値を感じなくなるの。無料は嬉しい。だけど人は慣れてしまう。優しさが悪いんじゃない。出し方が悪いの」


 姉はそこで一度、紅茶を飲んだ。


「だから次」


 コトン、とカップを置く。


「与えるんじゃなくて、選ばせなさい」

「選ばせる……?」

「全部用意しないってことよ」


 姉が立ち上がって指を立てた。


「例えば、食事」


「『どこでもいいよ』は最悪」

「『ここ行こうか』も微妙」


「正解はね」


 姉は俺を指差す。


「二択まで絞る」


「AとB、どっちがいい?」

「今日は甘いのとさっぱり、どっちにする?」


「すると相手は、甘い物かな? と選ぶの」


 姉は少し楽しそうに言う。


「そうすると、自分で選んだって思えるの」


 俺はなるほど、と小さく頷いた。


 いつもはリナの食事を俺が作っていた。


 どこかにいくときも、彼女は「なんでもいいわ」というので、俺が決めていた。


「人は、自分が選んだものに強く執着する。恋愛も同じよ」


 リナの心を遠ざけたのは、俺がダメだったからなのか?


「三つ目」


 姉は少し真剣な顔をして、テーブルを叩いた。


「いい人で終わらないこと!」

「……いい人」


 チクッと胸が痛んだ。


 優しいだけ、都合の良い人。リナにとって俺はそんな存在だったのだろう。


「常に穏やか。波風立てない。相手に全部合わせる。それ、安心はするけど、刺激がない」


 グサッ!!! 苦しい。


「最初はいいの。でもね。そのうちこう思われる」


 姉はリナの声色を真似して告げる。


「『この人、私に合わせてるだけでつまらないわね』」


 グサグサと何度も胸に痛みが走る。


「感情を動かされない男は、記憶に残らない」


 姉は指を鳴らす。


「次。四つ目」


「人はネガティブな感情でも、感情を動かしてくれる相手に強く惹かれる」

「怒らせるってこと?」

「違うわ」


 姉は首を振る。


「不安、焦り、悔しさ、ドキッとする一言。そういうのも含めて、感情なのよ」


 少し間を置いて、姉は言った。


「優しさ7、スパイス3」


 覚えやすい。


「全部優しいと、味がしないのよ」


 姉は焼き菓子を一つ口に入れた。


 甘いけれど、あとにフルーツの酸っぱさと、焼いた焦げの苦味を感じる。美味しい。


「五つ目」


 今度は少し声を落とす。


「気を使いすぎないこと」

「気を使わない……?」


 姉は俺を見据えた。


「恋愛では、相手に負担をかけることも大事なのよ」

「えっ? 負担をかけるのか?」


 意外だった。俺はいつも逆のことばかりを考えていた。


 リナは勉強を頑張っていた。


 宮廷魔導士になるのは大変で……だからそれを応援したくて、全てのことを俺が引き受けていた。


「負担をかけないって、一見優しいけど。相手にこう思わせるの。この人、私がいなくても困らないってね」

「あっ」


 俺はいてもいなくても必要のない存在。


「人はね。【時間】、【お金】、【労力】、これをかけた相手に、執着するのよ」

「時間、お金、労力?」

「ええ、自分が注いだ分だけ、相手に見返りを求めたくなる。だけど、与えられているばかりだったら、何もかけていないから、執着もしない」


 リナに全てを捧げてきた。


 俺の時間も、お金も、労力も。


 だけど、リナにかけてもらったものは? 時間? 労力? あまり思い出せない。


 一緒にいた。それだけだ。


「だから、相手にも決めさせるの。相手を待たせる。相手に頼る。相手に負担をかける。相手を必要としている姿を見せることが大事なの」


 俺はリナに何かをして欲しいと思ったことはなかった。むしろ、してあげることばかりだった。


「そして、ちゃんと『ありがとう』を言いなさい」

「言ってたよ」

「ううん、相手にありがとうと言えるようなことをしてもらって言うの。感謝は、礼儀じゃない。繋がりよ」


 胸の奥が、じんわりと温かくなる。


 リナとの繋がりを俺は持っていなかった。


「六つ目」


 姉は人差し指を立てた。


「好意をダダ漏れにしない。好きだってあなたからばかり伝えてはダメ」

「……それは、かなりやってた」

「でしょうね。人はね、不確実なものに惹かれるの。この人は私のことが好きなのかわからない? 不安で、確信が持てない」


 姉は指で円を描く。


「その時間が、相手の中であなたへの気持ちを育てるの。一番好きだと感じる瞬間は離れている間よ」


 姉は、少し意地悪な笑みを浮かべた。


「あなたが自分を好きかどうかわからないときに、相手はあなたのことを考えて、好きを増大させていく」


 俺は常にリナのことを考えていた。だけど、リナは違ったのかな。


「でも、隠しすぎもダメ。好意は伝える。でも、必要以上に毎回は伝えない。バランスが大事なの」


 そこで一拍。


「優しいだけの男に価値はない。時に意地悪に」


「冗談」

「軽い反論」

「からかい」


「それだけで、感情は動く」


 俺は深く息を吐いた。……今までの俺は。


 優しさ10。

 スパイス0。


 そりゃ、飽きられるのだろうな。


「覚えておきなさい、ホート」


 姉は真剣な顔で言った。


「あなたは悪い男になる必要はない。ただ、自分を安売りしないこと」


 その言葉が、胸に残った。


「大丈夫よ」


 姉は柔らかく笑う。


「あなたはもう、最初の一歩を踏み出した。あとは、選びなさい。自分が何を成すのか、あなたは完璧ではない。だけど、頭も悪くないわ」


 誰を選ぶのか。どうやって向き合うのか。俺は、静かに頷いた。


 王国一の美女を探す日々は、どうやら、剣の修行よりもずっと難しそうだった。

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