逆恨み
第二騎士団の研修が終わった。
朝の書類地獄も、昼の食堂も、午後の訓練も、夜の特別訓練も。
あの理不尽な剣も……全部、日常みたいに馴染んでいたのに、急に途切れる。
見習いの規定で、次の騎士団が決まるまで数日の休暇が与えられた。
休暇。
騎士団の休暇は、俺の人生で初めてだ。ただ、休んでるだけじゃ落ち着かない。
身体が、剣を求めている。
頭が、戦場の匂いを求めている。
だから俺は、冒険者として外に出ることにした。学生時代に登録はしてある。
あの頃は、リナの研究材料を集めるために必死だった。
俺の戦闘スタイルが確立できたのは、様々な魔物を倒して、素材を集めるためだったからな。
そこに団長から叩き込まれた生存戦術を試す場所として、ここほどふさわしい場所はない。
剣だけじゃない。
魔法も。
俺のできる全てを使ってみたい。
♢
朝の王都は冷たい。
宿舎を出て、裏路地を抜けて、冒険者ギルドへ向かう。
いつもより軽い装備。剣。短剣。革鎧。小袋。
中身は、火種と、布と、縄。それに水筒に軽食。冒険者として必要最低限の俺は知っている。
生き残るのは、派手な剣じゃない。小さな工夫だ。
ギルドで依頼を選ぶ。
「ラムネ。ほら、走ると危ないぞ」
「はっ、はい!」
俺が依頼を選んでいると、獣人の女性が小さな女の子に声をかけていた。
女の子は、魔法使いに憧れているのか、杖を持ってローブを纏っている。
「二人とも、静かに」
後からエルフの女性が優しく二人を嗜める。
女性三人の冒険者パーティーは珍しい。周りの男たちからの視線が集まっていた。
俺には関係ないと判断して、討伐依頼の中から低危険度を選ぶ。
森の魔物間引きは単純で、ちょうどいい。
王都の外へ。
木々の匂いが濃くなってくる。土が柔らかくなる。鳥の声が遠くなる。
緊張感のある空気は訓練場の静けさを思い出させてくれる。獣が身を潜め、ピリピリとした肌に俺は足を止めた。
喉の奥が乾く。視線が、背中に刺さる。
……来る。
次の瞬間、空気が裂けた。
ヒュン――!
俺は反射で身体を沈めた。
獣の気配に混じって、矢が俺の肩のすぐ横を抜けていく。どこかの木に刺さった乾いた音。呼吸が、一拍遅れて戻ってくる。
「……っ」
矢? 魔物じゃない。人間だ。しかも、俺を狙っている。俺はその場で走らない。走れば背中を射られる。
逆に森の中で襲撃を仕掛けてきたということは、相手も後めたい何かがあるからだ。俺は木陰へ滑り込むように入り、剣を抜いた。
短剣も、逆手に呼吸を落とす。耳を澄ませる。
草を踏む音。
靴底が土をこする音。
重い呼吸。
怒りに濁った足音。
距離は、二十歩ほど。
俺は木の影から、声だけを投げた。
「誰だ!? 恨まれる覚えは山ほどあるが、いきなり殺されるような恨みはないと思うが?」
リナの側にいた時も誰かに恨まれることはあったが、殺されるほどじゃなかった。
返事は、獣みたいだった。
「うるさい! うるさい! うるさい!」
木々の間から、男が現れる。
外套に見覚えがある。第三騎士団の色、目が血走っている。
矢筒。弓。腰には剣……ああ、こいつか。
第三騎士団で、団長に文句を言いにきた男。訓練場で団長に折られて、逃げていった。あの卑怯な笑いを浮かべていた奴だ。
今は、笑っていない。顔の筋肉が引き攣って、怒りだけが残って歪んだ顔をしていた。
「貴様のせいで、俺は第三騎士団での地位を失った。貴様だけは許さん!」
森の空気が、ぴり、と震えた。
俺は息を吐いた。……逆恨み。わかりやすい。そして面倒だ。
だがこれも俺が行なった結果の一つなんだろう。
「地位を失ったのは、お前が仕事をしなかったからだろ」
「うるさい! うるさい! うるさい! 黙れえええ!!」
弓が引かれる。狙いは胴。
矢が放たれる。俺は木の陰を蹴って横へ跳んだ。
矢が地面に刺さる。
すぐに二射目。
角度を変えてくる。狙いは足。
俺は短剣で矢を弾いた。
金属の甲高い音……速い。だが、焦っている。
矢の軌道が雑だ。
「近づかせねぇ!」
男は後退しながら矢をつがえる。
距離を取って射殺するつもりだ。
なら、距離を狂わせる。俺は掌を地面へ向けた。
「ミスト」
薄い霧が、森の足元に広がった。視界を奪うほどじゃない。だが、狙いは距離感だ。弓は距離が狂うと外れる。
「小細工を……!」
男が苛立って踏み込んだ。
踏み込んだ瞬間、俺は足元へ弱い風を流した。
「ウィンド」
霧が流れ、葉が揺れ、音が散る。
男の耳が迷う。どこから来る? どこにいる?
俺は見える場所にはいない。木の影を使って回り込む。
団長の剣は真っ直ぐだった。
だけど、正面からぶつかれば、俺は負ける。
だから、生き残るために工夫を覚えた。
俺は走らない。気配を消す。
歩幅を殺して、音を消す。
息を吸うのも、浅く。
男の背後に回り込む。
そこで止まる……ここで斬れば終わる。だが、終わらせ方を間違えれば、俺が殺しの側に落ちる。
俺は剣を振らずに声をかけた。
「やめろ」
「……どこだ!? 出てこい!!」
男が振り向く。その瞬間、俺は距離を詰めた。
弓を捨てるか、剣を抜くか。
判断が遅れた。俺は剣で斬らない。短剣の柄で手首を叩いた。
弓が落ちる。男が剣を抜こうとする。俺はすぐに掌を上げた。
「クリーン」
男の手袋と柄を、徹底的に綺麗にする。
油も汗も、摩擦も消してしまう。
剣が滑って持てない。
「なっ――!?」
剣が、抜けない。いや、抜けても握れない。
男の指が泳ぐ。
「ライト!」
「ぐっ、目が……!」
男の視界を奪う。俺はその瞬間、剣の腹で男の顎を打った。
骨に響く感触。男が膝を落とす。
それでも、男は倒れない。
歯を食いしばって、怒りだけで立っている。
「殺す……!」
俺は息を吐いた……まだやるか。
俺は足元へ視線を落とさず、手だけで地面へ魔法を流した。
「クリーン」
自分の足元。そして男の足元。
土と葉の表面を一瞬で整える。乾いた地面が、滑りやすくなる。
男が踏み込んで、足が半拍遅れて滑った。
体重移動が崩れる。
剣が振り下ろされるが、軌道が甘い。
俺は半身で避け、男の懐へ入った。
「騎士であっても訓練を怠る者に、強さは得られない。お前は団長に仕事を押し付けているようで、自分自身の能力も失ったんだ。バースト!」
殺さない。だが、痛い思いはしてもらう。
腹で爆発を起こした。
男は吹き飛んで、それでも顔を上げようとする。
「見習いに負けるような騎士に、資格なんてねぇよ。さっさと騎士を引退して田舎に帰れよ。おっさん」
俺は男の大事な部分を蹴り上げた。
「グウォっ?!」
泡を吹いて意識を手放した。
♢
俺は面倒だが、男を引きずって第二騎士団の訓練所に向かった。
どうやら団長はいないようで、バインド副団長を頼った。
「なんだそいつは?」
「実は逆恨みで襲われまして」
「……なるほどな。わかった。あとはまかせろ」
「いいんですか?」
「お前は、第二騎士団を変えてくれた功労者だ。これでも俺はお前に感謝しているんだ」
「感謝?」
スキンヘッドに二メートルを超える厳ついおっさんが笑う。
「クソガキだが、お前は見どころがある。研修が終わったら、第二騎士団に所属しろよ。シゴいてやるから待っているぞ」
「それはかなり嫌ですね」
バインド副団長が、男をどうするのかわからないが、俺を襲った男を預けることはできた。
これで本当に全て終わったんだと思い直すことができた。
どうも作者のイコです。
ここまで一気に書き上げてしまいました。
第一部 完結です。
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