第2話 紙飛行機の夜
翌日の放課後、優翔はまっすぐ家に帰った。
友達に誘われたが、今日は断った。
理由は言わない。ただ「また今度」とだけ言った。
玄関の鍵を開けると、いつもの静けさが迎えてくれる。
両親はまだ帰っていない。
靴を脱ぎながら、胸の奥が少しだけざわついているのを感じた。
昨日の映像が、まだ頭の中で光っていた。
机に向かうと、優翔はスマホで「紙飛行機 よく飛ぶ 作り方」と検索した。
動画がいくつも出てくる。
どれも簡単そうに見えるが、実際にやってみると折り目がずれてしまう。
「……意外とむずいな」
苦笑しながら、何枚もコピー用紙を折った。
机の上には、形の違う紙飛行機がいくつも並んでいく。
窓を開けると、夜風が少しだけ流れ込んだ。
優翔は一番まっすぐ飛びそうな紙飛行機を手に取り、そっと投げた。
ひゅっ。
紙飛行機は、思ったよりも短い距離で落ちた。
床に落ちる音が、やけに大きく響く。
「……なんでだよ」
もう一度投げる。
またすぐ落ちる。
角度を変えても、折り目を直しても、結果は同じだった。
優翔は紙飛行機を拾い上げ、じっと見つめた。
翼の端が少し曲がっている。
折り目が甘い。
重心がどこにあるのかもわからない。
でも、わからないからこそ、面白かった。
「……もう一回」
紙を新しく取り出し、折り目を丁寧につける。
指先に集中すると、心が静かになる。
折り紙なんて久しぶりだ。
でも、紙が形になっていく感覚は嫌いじゃない。
三十分ほど経った頃、机の上には十数機の紙飛行機が並んでいた。
どれも微妙に形が違う。
優翔はひとつずつ投げてみた。
短く落ちるもの。
右に曲がるもの。
くるりと回転して落ちるもの。
その中で、一機だけ、ふわりと滑るように飛んだ。
「……おお」
たった数メートル。
でも、確かに“飛んだ”。
優翔はその紙飛行機を手に取り、そっと触れた。
翼の角度、折り目の硬さ、重さ。
何が良かったのかはわからない。
でも、飛んだという事実だけが胸に残った。
机の上に紙飛行機を並べたまま、優翔はスマホを手に取った。
画面に映る自分の部屋は、少し散らかっていて、生活感があった。
でも、それが逆に“本気じゃない挑戦の始まり”としてちょうどよかった。
録画ボタンに指を伸ばす。
一瞬、ためらった。
――誰が見るんだよ。
――笑われるかもしれない。
――そもそも、こんなの投稿していいのか。
胸の奥がざわつく。
でも、そのざわつきは、昨日の“飛びたい”と同じ場所から来ている気がした。
「……やってみるか」
小さく息を吸い、録画ボタンを押した。
カメラの前で、優翔は紙飛行機を投げた。
落ちる。
また投げる。
少し飛ぶ。
また落ちる。
その一連の動作を、ただ淡々と撮った。
声は入れなかった。
説明もしない。
ただ、紙飛行機が落ちる音と、優翔の小さな息遣いだけが入っている。
撮り終えた動画を見返すと、なんだか不思議な気持ちになった。
自分の手が、紙飛行機を投げている。
それだけなのに、胸の奥が少しだけ熱くなる。
投稿画面を開く。
タイトル欄に、指が止まった。
何を書けばいいのかわからない。
でも、昨日の映像が背中を押した。
「【初心者】鳥人間を目指す高校生の紙飛行機日記 #1」
投稿ボタンを押すと、胸の奥がじんわりと熱くなった。
誰が見るわけでもない。
再生数なんてつかないかもしれない。
でも、何かが始まった気がした。
窓の外では、夜風が静かに吹いていた。
優翔はその音を聞きながら、机の上の紙飛行機をもう一度手に取った。
「……次は、もっと飛ばす」
小さくつぶやいて、優翔は紙飛行機をそっと置いた。
その言葉は、誰にも聞こえなかった。
でも、確かに優翔自身の中で、何かが前に進んでいた。




