第3話 最初のコメント
翌朝、優翔はいつもより少し早く目が覚めた。
理由はわかっている。
昨夜投稿した動画のことが、胸の奥で静かにざわついていた。
布団の中でスマホを手に取り、画面を開く。
――再生数「7」
「……見られてる」
たった七回。
でも、ゼロじゃない。
誰かが、確かに見た。
胸の奥がじんわりと熱くなる。
けれど、コメント欄は空白のままだった。
「まあ、そんなもんだよな」
苦笑しながらスマホを置き、学校へ向かった。
授業中、優翔はいつものように窓の外を見ていた。
風に揺れる雲。
遠くを飛ぶ鳥。
その軌跡を目で追ってしまう。
「藤枝、聞いてるか」
また注意された。
クラスの何人かが笑う。
優翔も笑って返す。
でも、心はどこか落ち着かなかった。
動画のことが、ずっと頭の片隅にあった。
放課後、家に帰ると、玄関の静けさが迎えてくれる。
両親はまだいない。
靴を脱ぎながら、優翔はスマホを取り出した。
画面を開く。
――再生数「18」
増えている。
誰が見ているのかはわからない。
でも、確かに誰かが見ている。
そして、その下に――
「重心が後ろすぎるよ」
一行だけ、コメントがついていた。
優翔は固まった。
「……重心?」
言葉自体は知っている。
理科の授業でも出てきた。
でも、紙飛行機に重心なんて考えたことがなかった。
優翔は机の上に昨夜の紙飛行機を並べた。
一番よく飛んだ機体を手に取り、そっと指で触れる。
「後ろすぎるって……どこが“後ろ”なんだ?」
わからない。
でも、わからないからこそ、やってみたくなる。
スマホで「紙飛行機 重心」と検索した。
難しい図が出てくる。
全部は理解できない。
でも、なんとなく“前の方が安定する”らしい。
優翔は紙飛行機の先端を、ほんの少しだけ折り込んだ。
重さが前に寄るように。
部屋の中で投げる。
ひゅっ。
紙飛行機は、昨夜よりもまっすぐ飛んだ。
「……すげぇ」
たった数十センチ。
でも、確かに変わった。
胸の奥が熱くなる。
誰かの言葉で、飛び方が変わった。
それが、ただただ嬉しかった。
その夜、優翔は新しい動画を撮った。
昨日よりも少しだけ飛ぶ紙飛行機。
重心を変えたことは、声では説明しない。
代わりに、動画の冒頭で、手書きのメモを画面に映した。
「コメントありがとう。重心、前にしてみました」
文字は少し曲がっていた。
でも、それが優翔らしい“精一杯”だった。
録画ボタンを押し、紙飛行機を投げる。
落ちる。
また投げる。
少し飛ぶ。
また落ちる。
その一連の動作を、淡々と撮った。
タイトルはこうした。
「【初心者】鳥人間を目指す高校生の紙飛行機日記 #2」
投稿ボタンを押すと、胸の奥がまた少し熱くなった。
窓の外では、夜風が静かに吹いていた。
優翔はその音を聞きながら、机の上の紙飛行機を見つめた。
「……次は、もっと飛ばす」
その言葉は、昨日よりも少しだけ強かった。




