第十四章:蛇使い座守護神
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「記憶が、ない?」
ソファに両親と僕、
反対側のソファにお兄ちゃんが座った。
時刻は21時。
朝、僕は両親に兄の帰宅を知らせてから
家の中は大騒ぎだった。
ずぶぬれの衣装じゃ風邪を引くだろうと
早朝にお風呂を沸かしお兄ちゃんに入ってもらい
着替えをとお兄ちゃんのタンスからパジャマを出したのだが
サイズが小さくなってしまっていて仕方がなく
多少ぶかぶかなお父さんの服を着せた。
お父さんは大事なオペが入っているとかで
仕方がなく出勤していったが
僕は学校を休んでずっとお兄ちゃんの傍にいた。
警察に捜索願を取り下げたり
病院で精密検査を受けたり
かなりバタバタしていた。
その間お兄ちゃんはほとんど喋らなかった。
ただ問いかけに最低限の返事を返すというような
状態が続く。
そして21時。
父が帰宅し食事を終え家族全員がソファに座り
やっとのことで落ち着き、
兄に話を聞きだしたところだった。
「記憶がないとはどういう事だい?」
父が聞く。
「はい…覚えてないんです。
気がついたら家の前に立っていました。
それまで自分がどこにいたのかも全く覚えていません。」
「…………」
僕は黙ってお兄ちゃんを見つめた。
顔に表情がなくどことなくよそよそしい。
折角お兄ちゃんが帰ってきたのにまるで他人のようだった。
それがなんとも歯がゆかった。
「無論私たちの事は覚えているんだよね?」
「はい。お父さんやお母さん、明人の事はちゃんと
分ります。
けれど…今までどんな風に過ごしてきたのかが
断片的で曖昧です。」
「そうか…精密検査の結果は異常なしとの事だったが…」
そういいながら父は腕を組んで見せた。
「時間がたてば記憶が戻るかもしれないしとにかく
今までどおりに普通に過ごすようにと病院でお医者様も言っていたわ」
母が父の顔をチラリと見る。
「そうか…。
まぁ…とにかくだ、
竹人。
竹人が帰ってきてくれて僕ら家族はとても嬉しいよ。」
「はい。」
無表情のまま兄は答える。
「復学はなんともなければ今の学校で考えてみよう。
勿論公立の学校でもかまわないがそれは様子見だな。
もう夏休みに入ることだし勉強云々の事は少し忘れて
明人と夏休みを満喫してゆっくり過ごすといい。
その間に何か思い出すかもしれないしね。」
「そうだよ、お兄ちゃん!!
また一緒にどっか行こうよ!!
海とか長野のおばあちゃんの家とか!!ね?!」
するとわずかに顔を僕に向けると微かに、だが
無機質な笑みを僕に投げかけて見せた。
そうだよ…時間がたてばまたいつものお兄ちゃんに戻ってくれるかもしれない!!
少し時間は掛かるかもしれないけど僕が今までどおりに普通に接すれば
きっと…必ず!!
とりあえず今日は遅いからもう寝なさいといわれ
僕とお兄ちゃんは二階に上がった。
「お兄ちゃん…僕お兄ちゃんが帰ってきてくれて本当に嬉しいんだよ?」
お兄ちゃんが自分の部屋に行こうとしたので僕はお兄ちゃんの腕を掴んで言った。
しかしお兄ちゃんは僕を見下ろすも何も言葉を発しない。
「今日は帰ってきたばかりだし疲れてるよね?
ゆっくり休んでね。
僕明日終業式だから早く帰ってくれるよ。
そしたら一緒にゲームでもしようよ!ね?」
するとお兄ちゃんは掴んでいた腕をそっとはがし僕の手首をじっと見つめた。
思わず手を引っ込める。
「酷い怪我だ…」
「大丈夫…大したことないから…じゃあ…お休み」
そう言って僕は逃げるように自室へと戻ったのだった。
しかし…布団にもぐりこんだはいいものの
興奮してなかなか寝付けずにいた。
だって夢が叶ったんだ!!
お兄ちゃんが帰ってきたんだよ!!
お兄ちゃんが!!
正直、もう2年も経つしもしかしたらって
最悪の事態だって何度も考えた事もあったけれど、
でも!
帰ってきたんだ!!
お兄ちゃんが!!!
お兄ちゃん!!
お兄ちゃん!!!!
気が付くと最上級ににやけている自分がいた。
ああ…眠れない!!
でも嬉しいよ!!
嬉しい!!
明日は何をしよう!
そうだ、この前買ったばかりのゲーム、
お兄ちゃんやるかな?
いつも一人でやってたけど
二人でやったらきっと楽しいだろうなぁ…。
ああ…明日が来るのがこんなに楽しみだなんて!!
嬉しいよ!!
嬉しい!!
…うれしい…
う…れ…
………
…
-2-
……ン…
……ィン…
…リィーン…
「リィーン」
名前を呼ばれ僕はゆっくりと目を開けた。
真っ先に目に入ってきたのは
その美しい宝石のようなアメジスト色のキラキラと輝く瞳…。
「……イネ=ノ先生……?」
「リィーン…目が覚めたかい?」
頭がぼんやりとする。
ゆっくりと上半身を起こして見せた。
巨大な部屋の中央に僕は寝かされていて
イネ=ノ先生やアキレス、ヒユや子供達が僕の様子を見守っていた。
一体どうしたというのだろう…。
僕は確か冥界に命を預けたのでは……。
「リィーン…聞いてくれ。
君にどうしても頼みたいことがあるんだ。」
「私は…一体どうしたのでしょう…」
「時間がないから手短に話すよ…。
蠍座守護神が死んだんだ。」
「え?」
「十二星座守護神の一人が欠けて今銀河系は大変なことになっている。
大神の許可により私は君を冥界より蘇らせた。
しかし私には蠍座守護神を蘇らせる力はない。
スコーピオンを蘇らせることができるのは、リィーン、
君にしか出来ないんだ。
どうか頼む。
銀河の平和のために君の力を貸してはくれないだろうか?」
生まれて初めてこんなに真っ直ぐな表情をしたイネ=ノ先生の顔を
見た。
どうやらかなり危機的状況に追い込まれている事は確からしい。
と、突如神殿に鈍い地響きのような音が響く。
「あまり時間がない…さぁ、リィーンこちらへ」
僕が歩き出す前にイネ=ノ先生は僕をお姫様抱っこのように抱え上げ
風の道を使い蠍座の宮殿がある場所まで飛んだ。
風が消えやがて気が付くとあの見覚えのある球体の箱の城が
目の前にあった。
僕がゆっくりと眺める間もなく
イネ=ノ先生は足早に宮殿の中へと僕を抱えながら駆け込んでいく。
その間にもどこか遠くで巨大な何かがぶつかるような破壊音が聞こえていた。
一体何が起っているというのだろうか…。
イネ=ノ先生が息を切らせながら宮殿の中を真っ直ぐに駆けてゆく。
こんなイネ=ノ先生を見るのは初めてだ。
やがて真っ直ぐな回廊を抜け巨大な鳥居の前にたどり着いた。
しかし変わったことに鳥居の先は闇のような真っ黒なガスが
ぐるぐると渦巻いていて
中が見えない。
その鳥居の前に少年が一人立っていた。
「イネ=ノ様!!遅いですぞ!!」
「すまない…だがリィーンをつれてきたよ。
さぁ、リィーン、
私は中に入れない。
この部屋の中にキク=カの遺体がある。
どうか君の力でよみがえらせて欲しい。
頼んだよ!」
抱っこから起こされ僕の背中をぽんと叩かれた。
イネ=ノ先生も大分焦っているようだ。
キク=カとは蠍座守護神の名前なのだろうか?
よく分らないが僕はスコーピオンをよみがえらせなければいけないらしい。
「ではこちらへ」
鳥居に立った少年が僕の先に立ち中へと入っていったので
僕もそれに続いた。
暗い闇の中を暫く歩く。
一体何処まで続くのだろうか。
一瞬前に歩く少年の姿を見失いそうになり
慌てて後に続く。
と、突如雲が一気に晴れ渡り
巨大な部屋へと抜け出た。
今までの暗闇が嘘のように白い太陽の光が
四方の窓からさんさんと降り注ぎ
とても美しい光景だった。
中央のベッドに小さな子供が寝かされている。
「蠍座守護神キク=カ様です。」
少年がベッドの横に立ち僕に傍に来るように促した。
そこで息を飲む。
ああ…間違いない。
この子はあの時僕が捕らえた意識の中にいた子供だ…。
ゆっくりと近づきその子供の顔を確認した。
とてもじゃないがヒユや子供たちに手を掛けるようには見えない…。
なんとも幼い子供の安らかな寝顔にしか…。
「では頼みました」
そう言って少年は僕の斜め後ろに下がった。
正直何が何だか分からなかった。
目が覚めていきなり事情も良く分らないまま死者を生き返らせてくれと
頼まれ困惑する隙さえ与えられていない状態だ。
しかしイネ=ノ先生にあのようにして頼まれたのだから
断るわけにもいかないだろう…。
まだぼんやりとする頭を何とか回転させる。
そして、そっと瞳を閉じ意識を蠍座守護神の中に集中させた。
-3-
一切の静寂が僕を包み込んだ。
そして暗黒の闇。
暫くその闇の中を漂っているが蠍座守護神の意識は掴めない。
以前もこんな感じだったと思う。
死んでいても生きていても…心がこんなに深い
闇で覆われているなんて…。
イネ=ノ先生からはとても心の優しい方だと
伺っていただけに驚くばかりだ。
庭の美しい花々を愛でる優しい目をした守護神…
そんなイメージを抱いていたのに…。
ああ…闇が深すぎる…。
僕まで飲み込まれてしまうそうだ…。
それに今回はフィディがいない…。
そう…。
以前蠍座守護神の意識の中に潜り込んだとき、
フィディはその意識の闇に飲み込まれてしまった…。
フィディ…。
ああ…
フィディといいヒユといい、あの井戸の子供たちといい…。
いや…ここで弱気になるのはまずい。
心を強く持たなければ僕も闇に飲み込まれてしまう。
今はとにかく蠍座守護神の意識を探すことに集中しなくては…。
と…目の前にふわりと白い光が生まれた。
この前と同じだ…。
やがて光の中から小さな男の子が姿を現した。
以前と同じく寂しげで、しかし何かを訴えるような強いまなざしで。
「あなたはだれ?」
男の子が僕に問いかけた。
「私はリィーン。
蠍座守護神様をお助けに上がりました。」
「蠍座守護神?
…守護神…。
違う…。」
「え?」
すると男の子は頭を抱え込んだ。
「僕は守護神なんかじゃない!!
だって何一つ守れなかった!!
何一つ…!!」
強い風が生まれた。
蠍座守護神の意識が乱れているのだ。
「落ち着いてください。
今銀河系は滅びの道を歩んでいます。
あなたの力が必要なんです。
さぁ、どうか私と一緒に戻りましょう。」
そう言ってそっと手を差し伸べたが、
思いきり振り払われてしまった。
「嫌だ!!
嫌だ!嫌だ!嫌だっ!!!
僕は戻らない!!
…戻れない……
戻れないんだよ…」
ひざを付きとうとう泣き出してしまった。
何処からか勢い良く水が湧き出てきて
いつの間にかひざくらいまで水位で満たされる。
「キク=カ様…」
僕がその名前を呼ぶとはっとした様子で僕の顔を見た。
「ちがう!!
「僕は…いや…
俺は…」
「?!」
「俺はキク=カなんて名前じゃ…ないっ!!!!!!」
キク=カの周りで突風が生まれ
思わず吹き飛ばされそうになるが
なんとか持ちこたえる。
あの時と同じだ。
人格が豹変していく。
そして光るあの紅い目…
!!!!
キク=カが僕に飛び掛ってきた。
「うわぁっ!!!」
思わず両手で構えるが
キク=カは僕に力強くしがみついた。
なんて力だ…!!
「俺だけでもいい!!
連れて行け!!
さぁっ!!
俺は死にたくなんてない!!
俺が…!
俺がスコーピオンだっ!!!」
キク=カが絶叫する後ろで…
頭を抱えて泣き叫んでいる、
もう一人の、
キク=カ?!
どういうことだ?!
「連れてけーっっっ!!!!!」
「わぁっっっっ!!!!!」
-4-
何の音だろう…。
何か激しく流れていく…。
水…
水だ…。
大量の水が流れる音…。
滝?
気が付くと僕は石造りの冷たい床に倒れていた。
ゆっくりと体を起こす。
だが体に思うに力が入らない。
何故だろう…。
一体僕はどうしたというのだろう…。
ああ…そうだ…
蠍座守護神を蘇らせるために意識を集中させて…
それから?
それからどうなった?
ゆっくりと辺りを見回しそれに気付く。
何処からか多量の水が流れる音がする。
巨大な石造りの円形の部屋。
天井は果てしなく高く、
そこから青白い月明かりが静かに降り注いでいた。
ここは!!
それに気付き
慌てて立ち上がろうとしたが
やはり体に思うように力が入らず
よろけて再び冷たい石の床に倒れ込んだ。
すぐ横に小さなベッドが一つ置かれていることに気が付く。
「それは私からの贈り物ですよ。」
遠くで声がした。
振り返ると石造りの壁が長方形に四角く切り取られ
そこに少年が一人立っていた。
まて…確か彼は鳥居の前に立っていた少年じゃないか…。
「君は…?」
「私の名前はスズ=タケ。スコーピオン様を助けていただき有難うございます。
心よりお礼申し上げます。」
「え?」
僕は無事蠍座守護神を助け出すことに成功したのだろうか…。
「あの…なぜ私はここに…」
「ご存知でしょう。
ここは墓場の井戸。
あなたも一度ここに来られた事がおありでしょう。
ここに捨てられた子供たちはあなたが蘇らせたので
今はいませんがね。
この部屋をあなたに差し上げましょう。
ああ…逃げようなんて思わないでくださいよ?
まぁ…今のあなたじゃ無理でしょうがね。
一応水で結界を張ってありますが。」
「え…ちょ…ちょっと待ってください…どういうことですか?」
「あなたはスコーピオン様を助けられた。
ですからご褒美を差し上げようと仰っているのですよ。」
「…褒美なんて…」
「いえ、受取っていただきますよ。
スコーピオン様に力を貸すお手伝いをしてもらいます。
それがあなたへのご褒美です。
どうです?嬉しいでしょ?」
彼の言っている意味が全く理解できないでいた。
「どういう事なんです?僕は射手座に帰るべきでは?
イネ=ノ先生だって心配されてると思うし」
「それには及びません。
イネ=ノ様にはあなたは再び死んだとお伝えしましたので。」
「え?!ちょ…どういう事?!」
「あなたはスコーピオン様を助けられた。
しかしスコーピオン様は完全には復活できなかったのですよ。
これはあなたのせいですね。
重い病気を抱えたままスコーピオン様は
永遠に生きなければいけない体になってしまったのですよ。
しかし守護神として星座を治めなければならない。
そこであなたのその人の心を読めるという力を拝借したいと思いましてね。
あなたも無理やり蘇った体。
食事などなくても生きていけるでしょう。
しかしその体は永久ではない。
体の筋力もほとんど使えないようですし
死んでいるのと大して変わらないでしょう。
ただまだ人の意識を読み取る力はあるようだ。
それを大いに活用していただきたくてね。」
「…………」
一体彼が何を言っているのか全く理解できない。
「冥界で守護神などともてはやされるのはいいですが
ここで少しの間仕事をしてもらいたいのですよ。」
「え…、ちょっと待ってください。
守護神ってどういうことですか?」
するとスズ=タケはおなかを抱えてケラケラと笑い出した。
「…………」
「ご自分の事だと言うのにご存知ないのですね?
いいでしょう、私が教えて差し上げましょう。
あなたは井戸の子供たちやスコーピオン様を蘇らせた功績として
星座守護神の名を大神より頂いたんですよ。
その名も蛇使い座守護神。
ああ…おかしい。
蛇など何処にいるのですか?
当にスコーピオン様の意識の中で消滅したというのに!!」
どういうことだ…。
はっとして自分の小指のそれに気が付く。
指輪…。
小さな透明の守護石が付いた指輪が小指にはまっていたのだ。
…僕が…星座守護神?!
何かの間違いだとも思いたいが
右手で触れたその指輪は確実に形状をもって存在している。
「まだ気がつきませんか?
分りやすく説明しましょう。
あなたは蠍座に囚われたんですよ。
これからはあなたは蠍座の使いっぱとして働いてもらいます。
ご理解いただけましたか?」
「………そんな…。
何故僕がそのような事を…。
僕を射手座に帰してください!!」
「いやいや…あなたのような惜しい人材を使わない手はないでしょう?
帰しませんよ」
そう言ってスズ=タケはまたげらげらと笑い出す。
その笑い声が井戸の石壁に反響して大きく響いた。
「人質にあなたの弟子の命を預かりました。」
「え?」
「ヒユ君とかいいましたっけ?
かわいらしい子ですね。
丁度この井戸の真上にある庭園にあなたの墓を用意しました。
あなたの墓の世話をお願いしましたよ。
お願いしたら喜んで引き受けてくれました。
どうします?
あなたが仕事を断るのなら
彼をもう一度井戸にお迎えしましょうかね?
もちろん、
上から飛び降りてもらって、ね。」
「な!!なんて事を!!」
「私の依頼した人物の心を読み取ってもらいます。
それがあなたの仕事です。
石の上ではさすがに寒いでしょう?
ベッドをご用意しましたから使ってくださいね。
では用事があるときに伺いますので
その時は宜しくお願いしますね、
蛇使い座守護神様。」
スズ=タケが部屋を出てからも暫くその笑い声は
井戸の中に響いていた。
そしてその場に取り残される僕。
一体どういうことだ…。
僕が蛇使い座守護神だと?!
そうだ!!
僕が守護神になったのなら使えるはず!!
手を組むと目を閉じて意識を集中させた。
僕自身の意識の中…
その意識の中で僕の指輪が白く光り輝いた。
そこから巨大な蛇がにゅるりと姿を現す。
「フィディ!!」
すぐさまフィディは僕の体にそっと絡みついた。
「ああ…!!フィディ!!良かった!!
良かった…!!」
思わず涙を流しながら優しくフィディの頭をなでた。
嬉しくて思わず目を開く、
と…
体に絡み付いていたはずのフィディは姿を消していた…。
目の前には先ほどと変わらぬ青白い井戸の底…。
ああ………。
そうか…
意識の中でしかフィディに会えないのか。
でもいい…。
それでもいいよ。
こんな冷たい井戸に僕一人きりじゃ
僕こそどうにかなってしまいそうだけど、
フィディが、意識の中にだけでもいてくれるのなら
それだけでも十分心強いよ。
「有難う、フィディ」
そう言ってそっと指輪の石を指先でなでて見せた。
よし、あとは…。
再び意識を集中させる。
もちろんその相手は、この井戸の上にいるであろうヒユだ。
ヒユに伝えなくては!!
早く逃げろ!と!!
…
しかし…
なぜだ?
意識を集中させるも
なかなかヒユを捕らえる事が出来ない。
ただただ暗い暗黒の闇が広がるばかりだ。
一体どういうことだ?
と…
ふわりと白い人影が現れた。
あ…良かった…
「ヒユ!!」
その名前を叫んだ後、ハッと息を飲んだ。
人影はヒユではなかった。
ヒユの代わりに姿を現したのは先ほど井戸から出て行った
スズ=タケの頭部だった。
「無駄ですよ。
意識は既に私が捕らえています。
庭の上にいるのは彼の体だけ。
分りましたか?
分ったら無駄な抵抗はやめることですね。
妙な行動を取ったらヒユ君の意識、握りつぶしてしまいますよ?」
ああ…長いため息をつき、
瞳を開けた。
なんてことだ…。
僕だけならまだしもヒユまでもが…。
ああ…一体どうしたら…。




