薄幸転生侍女の旅路16
「……ずっと、一人でいるしかないのだと」
月明かりに照らされているからか、銀に縁取られた目元に影が落ちる。
「陛下は元より、私を娘だと可愛がってくださるお母様も、私に心を砕いてくださるお姉様も、こんな私を見守るようにして接してくださるお兄様も」
本当は家族ではないと。
「わかっているんですよ。そうやって線を自ら引いているのは自分で、そうである以上それ以上になることなんで出来る訳ないと」
長い睫が小さく震える。
ぎゅっと握り込まれた手と、いつもよりずっと小さく見えるその姿から紡がれる言葉達は、サラセリーカ様がひた隠しにしてきた本心。
血の繋がりなどなくても家族である。
それはとても美しい言葉だが、目に見えない、形に残らない、何も保証されない概念は時にひどく、残酷なものであるから。
「……昔から。憧れてた。いってらっしゃいと、毎朝当たり前のように見送るってもらえて。家に帰ったらご飯が出来ていて、おかえりと名前を呼ぶ声があって。楽しいことは共有することが出来て、つらいときにはつらいと言えるその場所が、何も疑うことなく日常を過ごせる日々が」
ぽつぽつとサラセリーカ様は溢していく。
まるで自分はそうではなかったと具体的な想像を孕ませるような情景。
「ああ家族って、羨ましいなって。帰路に就いていれば香る夕御飯の匂い。網戸越しに聞こえてくる楽しげな会話とテレビの音」
時折耳馴染みのない単語を含みながら、足元に寄ってきたソルを抱え上げ膝に下ろし、撫で始める。
「……ソルは、大事な存在だよ?」
『フン』
「家族ってものよりきっと、大切なものだよ」
「フン……」
どうやらサラセリーカ様から家族ではないと線を引かれたことがご立腹のようだったが、微笑む姿に一瞬で納得し大人しく丸まる。
「でもね、たまに。本当にたまにだよ。ずっとずっと望んでいたものをさ……目の前に出されて、でも手に入れることは出来ないよってされるのはさ、苦しいんだよ」
何もない、静かな声。
ただ事実だけを述べたその言葉に温度はなくて、それが余計に普段どれ程反芻されてもう擦り切れてしまったのかがわかるから。
「……私がおりますよ」
だから唯一の血縁である自分に出来ることは、姪の手を取って傍にいると伝えることだけ。
「そう。だから私達は、一人じゃない」
手を取り緩やかに握られて、そっと開かれた金色の目に見下ろされる。
「……アーノルド卿も、ね」
ふんわり、本当にふわふわとしたその言葉が、何故か胸に刺さった。
この身の生まれに後悔したことは多々ある。
およそまともとは言えぬ親の元に生まれ、それなりにまあ苦労したこともあった。
自身で末代であるが戒めとしてカーティスの姓を残してきたこの生がなんとなく今、報われたような気がして。
「……サラセリーカ様?」
不意に何故か頭を抱え込まれ、首を傾げる。
「大丈夫。……大丈夫、ですよ」
先程とは真逆に、よしよしとまるで幼子をあやすかのように守るべき対象である主に撫でられている。
窓から吹き抜けた夜風に頬が少しだけ冷たくて、だけれどもそれと相反する温もりがとても懐かしくて。
『アル』
唯一、血を分け姉と慕った彼女の言葉を呑み込めたような気がした。
『……生きて、ね』
「ではアーノルド卿、おやすみなさい」
醜態を晒すこと数分。
感情の波も止み、風も止み、それを見計らったかのようにサラセリーカ様はぱっと離れてベッドに寝そべった。
「はい、また翌朝に」
「お願いします……ってソルどうしたの?」
何事もなくいつも通りにそう振る舞う主の傍から、珍しくソルが離れ窓際に立った。
『嫌な気配がする』
キンとした耳鳴りはいつかの日にソルが張った結界の影響か。
「おい童、嫌な気配のする二人組の男がいないか見てこい」
「嫌な気配とは具体的に」
「主や私と似通っているのに、気持ちが悪い気配のする二人組だ」
「……了解しました。サラセリーカ様をお願いしますね」
「誰に言っているんだ誰に」
大型犬くらいのサイズに変わり、ぱしぱし尻尾で卿を送り出したソルに埋もれながら尋ねる。
「……あの河原の?」
「ああ」
それは記憶に新しい出来事だ。
だけれど、彼等が何かを知ってしまった今と何も知らなかった頃では抱く想いも違う。
「……もうひとりの私なら、助けられるのかな?」
「いや。今の主達では、見送ることが出来ない」
「道標を作ってあげられないから?」
「ああ。……我が、知っていれば良かったんだがな」
生憎と継承が……と尻すぼみする言葉の意味をまだ知らない私に出来ることは何もなく、ただ卿が帰ってくるのを待っていた。
「恐らく見つけました」
「ふむ。さながら犬のようだな」
「貴方に言われたくはないのですが」
「我は狼だ」
「ははっ」
明け方頃、夜の香りがするアーノルド卿を出迎えたら、何故か軽口を叩き合う一人と一匹。
『……それで?』
「酒屋におりました。夜更け頃、しょう……宿へと移動し、そこで夜を明かしたようです」
『四角いガラスのようなものは確認出来たか?』
「はい。こちらですよね?」
すっと懐からさりげなく出てきたのは、あの河原でおぞけが走った四角いガラスに、黒い石が嵌め込まれたもの。
「これが一番サラセリーカ様の気配に近くて、相反するものだと思いまして持ってきました」
「もっ……えっ、きょ、卿??」
『おお良くやった。流石犬だな。鼻が利く』
「はは、ソル程では」
そんな窃盗なんて……いやでも精霊達を苦しめているような奴等に配慮する必要なんて欠片もなくってでもアーノルド卿が窃盗なんて、と頭が真っ白くなり何も処理出来ないでいる頃、また二人が何か火花を散らしていた。
『……もう、消えてしまったか』
鈍く朝日を受け流すガラスを見つめ、何も感じないそれを、ソルはそっと包み込んでぱきりと壊してしまう。
「……きえたって、どこに?」
『どこでもないさ。ただ、消えただけ』
堕ちた精霊は、輪廻に還れない。それだけなんだからと、ソルは唸った。




