薄幸転生侍女の旅路15
ソルは何も言わない。
否定も肯定もせず、ただ静かに目を閉じてサラセリーカ様の枕元へ身を丸めた。
「あら、寝ちゃったかい?」
そこへ、以前用意してくれたものと似通った食事を手にした女将が戸を開け入ってきた。
「ええ、つい先程。申し訳ありませんが、私がいただきます」
「ああいいよ、また作るからさ。お姫さんが起きたら呼んでおくれ」
「……ありがとうございます」
折角作っていただいたものを、と躊躇っていると、女将は気にする素振りもなく膳を抱え込み笑う。
サラセリーカ様が慕うのもこのおおらかな人柄故だろうと感謝を告げれば、からからと笑いを残して立ち去っていった。
『童』
「はい?」
『……お前には感謝してる』
「はい?」
唸るように呼ばれ振り返れば、唐突な感謝を告げられ首を傾げる。
しかしどうやらそれ以上語る気はないらしく、ソルは変わらずサラセリーカ様の元で丸くなっていた。
やれやれと頭を振り、主が目覚めるそのときを二人で待つのだった。
「おいしい」
「それは良かった。まだあるよ、食べられるなら持ってくるけど」
「いただきます!」
その日の夕方、起床後に女将特製のスープを食すサラセリーカ様の様子には若干の疲れが窺えるが、それ以外に特筆するべきことはない様に見える。
三日程ほぼ昏睡の状態でいたとは思えない程には良く食事をお召しになっているし、目線や仕草にも違和はない。
「……兄ちゃん、そんなに見つめてたら」
「……卿、私が悪いのは百も承知しているのですが」
「……申し訳ありません」
主の体調を気にするあまり、女将に咎められる。
そんなに女の子のこと見るんじゃないよ、と軽く叩かれ、気持ちはわかるけれどねとも付け加えてくれた女将。
「お嬢ちゃん、本当に体調は大丈夫なのかい?無理はしてない?」
「大丈夫です。スープも本当に美味しくていくらでも入ります」
ならよかった、と追加でスープを持ってきてくれた女将の好意に甘え、果物まで腹に収めたサラセリーカ様。
「……どうぞ、胃薬です」
「すみませんありがとうございます……」
多分、こうなるだろうなと思って準備しておいた胃薬を夜間に渡したのは別の話ではない。
「ふう……」
明らかに普段のキャパシティよりも多かった食事、それも病み上がり。
意地でも戻さないサラセリーカ様を横目に、とっぷりと沈んだ空を窓越しに見た。
「……」
「……」
食事が終わり、女将も去り、夜も更けた。
お互い、そこはかとない居心地の悪さを感じているのは恐らく間違いではない。
「アーノルド卿」
「サラセリーカ様」
そしていつも、タイミングというのは被るものだ。
二人して切り出したいときは一緒で、隠すものも大きい。
じっと互いに視線をかち合わせ、どちらともなくふっと空気が緩んだ。
「……私の話を聞いていただけますか、サラセリーカ様」
「卿!でも私、まだ……」
話していないことが沢山ある、と続ける。
「私から話すと、約束したのに」
「……それ以上のものを、先程いただきましたから」
何事においても俯瞰して物事を見る節の強いサラセリーカ様が、ようやく自分を当事者として認識してくださったのだ。
それはきっと彼女の過去をほじくり返すよりもずっとこれから先に繋がるもので、何よりも望んでいたことに変わりない。
元より彼女の話を聞きたかったのは、少しでもここが居場所であると信じて欲しかったからに違いないのだから。
「……サラセリーカ様もご存知の通り、サウシェツゥラにカーティスという家名の家は存在しません」
じゃあ、と無理に口を開こうとした主の言葉を遮り、私は続ける。
「カーティス家は帝国の名ではありません。元よりはナウェルに属していた貴族の家名なのです」
「え……」
勤勉で聡いサラセリーカ様のことだ。帝国内の貴族名簿くらいは頭に入っているだろうが、もう資料として存在しないナウェルの貴族の名前など、知りようがない。
「およそ十五年程前、ナウェルから亡命し色々あって帝国籍をいただいております。といってもカーティスの名を持っているのは私だけなのですが」
つまりはそう、天涯孤独の身である。
「まだナウェルにいた頃は一応名ばかりではありましたが公爵の身であったこともあり、陛下とはその頃からの付き合いでございます」
「ナウェルの公爵で……陛下とはその頃からのお知り合い……」
「はい。スパイとして帝国内へ交流留学へ飛ばされまして。まあ結果としては二重スパイのようなことをしまして、その功績を買われ亡命が成功致しました」
「な、なるほど」
軍事に携わる帝国内の人間であれば、私が元より帝国の人間ではないということを知っている者はいる。
ただここまで深く知っているのはそう多くはないだろうが。
「……陛下とは、元より気が合いましてね。クソみたいなナウェルから逃げ出したら、傍においてくれなんて軽口も良く叩きました」
「あら、卿がですか」
「爵位的には同等……貴賓扱いでしたから。若かったこともありますし。お恥ずかしい」
「ふふ」
まあ、なんて目を輝かせるサラセリーカ様。その姿はそう、何度も思うが母君にそっくりだ。
「……我々にはもう一人、幼馴染がおりまして」
「あら。お母様でしょうか?それともランドルフ様……」
おや、そうなると二人になってしまうな。と言った顔でこちらを見上げるその眼は金色で。
髪色も、瞳の色も違うのにそうやって首を傾げる姿は、彼女の母親であるあの子をどうしても思い出させる。
「……あなたの、母君です。サラセリーカ様」
セレスティア・カーティス。
私の従姉妹であり、かつての婚約者。今は亡き、サラセリーカ様の母。
「お、かあさま……?」
ここで自身の血の繋がった母が出てくるのは本当に想定外だったのだろう。
ただ、これはこの旅路の中で伝えて置かなければならない物事の一つだった。
「……」
凄まじい速度で頭の中を情報が駆けているのが傍から見てわかる。
恐らく百はくだらない質問が脳を駆け巡っているのだろうが、サラセリーカ様は冷静に一つの質問を弾き出した。
「……母は、もういないのですね?」
「……はい」
恐らくは、あの地下牢で。
最期はきっと、サラセリーカ様の方がよく存じているのだろう。
「……母の、髪色は?」
「美しい銀の髪でした。従姉妹なのに、私とは全く似ていません」
「……母の、眼の色は?」
「陛下よりも鮮やかな澄んだ赤です。ルビーみたいでしたね、目に宝石が埋め込まれているかのような」
「……銀の髪に、赤い眼は珍しいですか?」
「そうですね。そもそもが珍しい色ですから、近くで見たのは陛下とソルくらいでしょうか」
「では、地下牢にいたのはやっぱり……」
そのまま、サラセリーカ様は閉口した。
乳母と慕っていた人間が母だった。その事実は、やはり重たいのだろう。
「え、従姉妹?ちょっと待ってください、じゃあ私とアーノルド卿って……」
「血縁ではありますね」
一瞬俯き、思案したかと思えばまさかの問いに面くらいながら首肯すれば、サラセリーカ様の瞬きが増える。
でも何かを見出したようにふとそれは止まり、零すように言葉が舞った。
「……じゃあ、ひとりじゃないんですね」
何処か慈しむように、何処か悲しげに。
サラセリーカ様は、微笑んだ。




