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薄幸転生侍女は陛下に仕えたい  作者: 高槻いつ


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20/42

薄幸転生侍女とお披露目パーティ

心臓が跳ねたのはほんの一瞬。足を踏み出して、周りの目が集まったのを自覚したとき。


前世でもこういった人目を一身に浴びるような経験はなくて、更には値踏みするような視線に足が竦みそうになった。


けれど、懸命に上げた目線の先、この場所で誰よりも高い場所におられる陛下に気が付けば、不思議とこの背は伸びて迷いなくそちらへ進むことが出来た。


「忌まわしき血の娘……」


開けた道中、何処かでそんな声が聞こえていたとしても私は振り向くことなく陛下の元へ歩む。


「サラ、こちらへ」


既にホールの最奥、この場で一番高い位置で私を見下ろす陛下へお母様直伝カーテシーで挨拶をすれば静かながらも良く通る声が名前を呼び、傍へ来るようにと招かれる。


「お父様」


それに従って本日は禁止されている陛下呼びを封印して恐れながらも父と呼ばせていただきつつ横へと控えると、陛下の手が私の肩に置かれた。


「今宵は我が娘、サラセリーカの披露目に良く参列してくれた。長年探し続けた娘が無事見つかり、今日この場で皆に紹介出来ることを心より光の女神に感謝する」


そしてありもしないことをさらりと顔色一つ変えず演説される陛下の横、その偽りに胃がきりきりしていることを悟られぬように完璧な微笑みを浮かべる私は既にこの場から逃げ出したい。


何せ、自分を見つめる高位貴族の目が、まるで獲物を狩る肉食獣の色をしているから。


「今宵はサラとの再会を祝う大切な宴。皆、節度を持って楽しんで行ってくれ」


そんな貴族方の視線を知ってか知らずか、緋の眼を眇めて辺りを見回して乾杯の言葉を発した陛下。


正直な話、ああもわかりやすい貴族方よりも一見こちらに好意的に近付いてくる人間の方がより危険な気もするがそれの判別を未だ出来ないから、今回は誰にも近付かないに限るだろう。


「……あの、へい……お父様」


挨拶中、ただただ陛下の横でお人形となっていた私は陛下の乾杯の挨拶と共に解放されるかと思いきや、パーティが始まってもその場に留まるように指示を受けていた。


私的に陛下の挨拶が終わればお姉様達と合流して談笑でもと思っていたのだが、思慮深い陛下には何か思惑があるそうで、着飾ったアーノルド卿と共に私は誰一人として近寄って来ない陛下のお傍にいる。


「なんだ?」

「私のような者がこの場にいて良いのですか?」

「私が構わないと言えば誰も構わない」

「……仰る通りですが」


奇異の眼、好奇の眼を一身に浴びる私は、袖口で口元を隠しつつ陛下に問う。


高貴な身分の女性の必需品であるという扇子はきっとこういう場で使うのだろうなと思いつつも、この国ではあれはどうやら社交界デビューをした女性にしか持つことは許されないものらしく、生憎と私の手は空いている。


故にレースが美しい袖でそれとなく口元を隠して他人には絶対に聞かせられない話を切り出した訳なのだが、陛下は私の些細な疑問など気にするなと仰る。


「お前は私の娘。……そうだろう?」


対外的には以前王太子であるお兄様が聞いたような話となっているから、陛下のお言葉は決して偽りではない。しかし、絶対に真な話でもないのである。


「……はい、お父様」


けれど、絶対王政なこの国ならば陛下が一般的に白とされる色も黒と仰れば黒に見なければならない。なので、私は思考を放棄してただお人形になることに徹した。


どの道、私は庶子である故に遠くないうちに侍女となりこの世界から消える。厄介な政事もそのときには全てなくなるのだから、今こうして考えるのは無駄なことだと言い聞かせて。


「それにしても、面白い程に誰もサラセリーカ様の元へ参りませんね」

「ああ、私の近くにいる者は後に個別で私が紹介する機会があるのだろうと思っているだろうし、関わりのない低位から中位の貴族がここに来るとは思えないからな」

「そういう意味では確とサラセリーカ様の立場を示しつつ余計な関わりを増やすことのないこの場所は、これ以上ない安全地帯ですね」


横に立っているのも何だから、と一度やけに煌びやかな椅子を持って陛下の横へ置いた卿がそちらへ私を誘導し、誰一人として近付かない陛下の周りを見回す。


お母様と共にいるお姉様、お兄様達の元には近い年齢であると思われる、エミリーを含んだ貴族の子供達が集まっているのが視認出来るが、一方で陛下のお傍にいる私には何一つ言葉が掛からない。


場所が場所であるし、まあそうなるかと納得していれば、ふとそんな貴族達の態度を面白そうに眺め、珍しくシニカルな笑みを浮かべているアーノルド卿が視界に入った。


「……卿は、お嫌いなのですか?」


いつも柔和で、陛下の腹心的な立場であろう彼がそんな表情をするのは何処か引っ掛かりを覚え、単に疑問に思ったことを吐き出した。


近くに他人がいないことに加え、今度は卿が椅子と共に持って来てくれた飲み物で口元が隠れているから良いかと思って口にした言葉。


「はい、とても」


気楽で、何一つの覚悟もなしに滑り落ちた言葉を後悔する程に冷えた卿の声。嗤っているのに、冷えきったその薄藍の瞳の奥に煮える感情は、私の背を凍らせる。


「アーノルド」

「……申し訳ありません」


既視感のある色に息を呑み、それを怯えだと勘違いさせてしまった陛下が、卿を咎める。振ったのは自分、なのに謝罪をさせてしまった卿にふるりと首を振って意を伝えても、彼は以降口を開かず申し訳なさそうに私を見ていた。


ざわざわと騒ぐ胸に、辺りの精霊さんが呼応して私の周りを行き交う。そんな彼らに引き摺られないように一息吐いて感情を落ち着かせれば、感じた既視の正体を思い出す。


「……」


あれは、前世。


糞みたいな場所に生まれて、どうやっても逃げ出すことの出来ない環境に囚われていた自分の、鏡に映る黒い眼。


「…………」


誰かを、アイツらを、この手を汚してでも逃げてやると思っていた頃の、逃げることすら出来なかった自分の、眼。


そうして行き着いた馴染みのある感情はじわりと私の胸を黒く染めて行くから、私はそれを悟られないようにぎゅっと感情に蓋をする。


思い返したところで、もうどうすることも出来ない。今世は陛下が自国を滅ぼしてくれたお陰で大分鬱憤は晴れたにせよ、前世に関してはもう、存在しないのだから。


「サラ?」

「……陛下。申し訳ありません、少し外へ出ても?」

「ああ……そこのバルコニーなら」

「感謝致します」


けれど、容器に蓋をしても既に溢れてしまった分は何とか薄めてポイするしかない。


とりあえずこの色んな策謀が渦巻いて淀む空気の中よりも外の方が落ち着くだろうと判断した私は、陛下の許可を得てアーノルド卿と共に陛下から一番近いバルコニーへと繋がる窓へ赴く。


「申し訳ありません、サラセリーカ様。ご気分を害されてしまいましたね」


誰かに声を掛けられる前に颯爽と会場を抜け、バルコニーへと出た私の前に卿が跪いて再び謝罪の言葉を口にした。


「いえ、卿。立ってください、そもそもは私のせいではありませんか」


頭を垂れる彼にそう声を掛けても、卿は謝罪を繰り返すだけで面を上げない。


「よいしょ」

「なりません、サラセリーカ様!」


ならば仕方ないと私が逆に卿と目線を合わせるために屈めば、卿はさっと立ち上がって私の膝を真っ直ぐにする。


王族程、そう気軽に膝を折って良いものではない。ましてや、家臣などに。そういった理由から屈んだ訳だが、その効果は絶大だったようで卿はいつも通り私を見下ろす立場となった。


「本当に、卿のせいではないのです」

「しかし」


再度跪こうとする卿を手で制し、本心を語るもそれだけでは信じてもらえなさそうだと察した私は、誰にも語ったことのない話を一つ、卿に告げる。


「……内緒ですよ?」

「名に誓って」


卿が、私の許可なくおいそれと誰かにこの話をするとは思えない。けれど、私よりも私の話を重要としてくれた卿は、女神の縛りを除いて最も重い誓いを私に捧げてくれた。


「戻りましょう」

「もう少しだけ」

「お身体が冷えてしまいますよ」


それから暫く、薄雲の掛かる夜空を見上げていた私を促す卿の声は、大分元の通りに戻って来た。


こうして身を気遣ってくれるその声、その言葉。その裏にどれだけの嫌悪があるかなど感じさせないくらい穏やかな表情にあと少しと駄々を捏ね、完全に身体が冷えてから陛下の元へと戻る。


未だ少し心を濡らす、()()の心を抱えて。


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