薄幸転生侍女とお披露目パーティー前
「ご緊張されているのですか?」
「はい、とても」
いよいよ迎えたパーティー当日。私は夜に行われる舞踏会のために昼間から仕立屋のマーサさんと共に身を飾っていた。
「失礼な物言いですが、サラセリーカ様もそんな感情を覚えられるのですね」
「勿論ですよ。もう心臓が今にも飛び出しそうで……逃げたいです」
何人もの手伝いの人を横に置き、次々と準備されては身に付けられていく装飾品を眺めていれば、随分と仲の良くなったマーサさんと軽口を交わし合う。
手際良く動かされる手と共に実は彼女は多弁であると知ってこちらから何度も話を振っているうちに、こうして私的な会話を交わすまでに至ったのだ。
「お髪はどうなされますか?このまま下ろしていても充分に美しさを醸し出されていると思いますが」
「……そうですね。異国の生まれともありますから、出来れば親しみ易さを持つような姿よりも、近付きがたい感じを演出した方が良い気もします」
夕方に差し掛かり、漸くドレスやら装飾品やらを装備し終えた私が仕上げとして座るのは、鏡台の前。
年頃の令嬢であればここからヘアメイクを始めて本気の装いをするそうだが、私は未だ五歳の幼女である。流石にそれは辞退させていただき、髪をどうするかという話へ持っていった。
個人的には、私の子供らしい顔立ちとは言えぬ雰囲気をより強調するのならば髪を下ろした方が良いと思う。整っていると言えるこの顔立ちと一般とは離れた髪色や目の色とも相俟って、まるで人形みたいに見えるだろうから。
「うーん……こんなにも愛らしいサラセリーカ様なのですから私的にはもう少し柔らかい感じに仕上げさせていただきたいところではありますが、主の要望に応えましょう」
「ありがとうございます、マーサさん」
「いいえ。しかし、先程お約束させていただいた通り、後日サラセリーカ様がドレスを仕立てられる際はお髪に触らせてくださいね」
「……はい」
鏡に映る私を名残惜しそうに眺めるマーサさんには、後日別件でドレスを仕立てるという約束を交わして離れてもらう。
以前お姉様が私のためにドレスを見立ててくれるというというお約束もしていることだし、それならばそのお返しとして、お姉様へ送るドレスに関しても相談させてもらおうと思った次第でもある。
「お綺麗ですね」
「マーサさん達のおかげです」
「ふふ。そんなこともありますけれど、やはり一番はサラセリーカ様の素材が良いからですよ」
などと、頭から爪先まで装備を身に付けた私を褒めちぎってくれるマーサさん再度礼を言って、仕上がった自分の姿を鏡で確認する。
髪はいつも通り、真っ白いのを背中の半ばくらいまでそのまま垂らし、顔の左方に金細工で出来た宝飾を差して完成。
今日は髪結いの方が懸命な手入れをしてくださったからか、ちょっと気になっていた毛先のボサボサ感が見事に解消されていてつるりと纏まっている。やたらと艶感のある表面と無な表情が何だか私の人形染みた雰囲気を強くしていて、個人的には結構お気に入りである。
顔は何も変わらず顔色だけが良く見えるという粉だけ叩いてもらい、必死に無の顔を作ればこれまた作り物感が醸し出せる。
次にドレス。他の色を薦めてくれるマーサさんをどうしてもこれだけは、といって自分の意見を押し通したその色味は黒。舞踏会なのだからもう少し明るい色の方が良い、サラセリーカ様にはもっと似合う色があるとあれこれ提案してくれたマーサさんには大変申し訳ないが、個人的に人形感を演出するのなら選択肢には黒しかなかった。
何故なら、前世お人形ぽいものといえばゴシックのファッションしか浮かばなかったからである。
お姫様、お嬢様の印象に加えて人形感のあるそのドレスを身に纏えばより良く演出出来るのではないかと考え、マーサさん含めデザイナーさん、他お針子さんの意見を蹴ってまで叶えてもらった。
お母様お抱えのお針子さんとだけあって、マーサさんは自分の意見が通らずともきっちり私のためにお仕事をしてくださり、プリンセスラインを描く形に適度にあしらわれたレース、フリル、リボン、そして裾に散らす金の刺繍が美しい。
体型を出来る限り拾わず、袖口等にもレースを飾ることによってなるべくボリュームを持たせながらも着膨れた印象にはならないそのバランスは、流石プロといったところである。
「すごく素敵です、本当に。……ありがとうございます」
ざっくりこんなイメージ、をきっちり落とし込んで更に私の負担が少しでも少なくなるようにと考えられたそのドレスは、仮縫いで見たときからずっと惚れている。だから、全身のチェックを終えた私はマーサさん達に振り返って正式に礼の形を取る。
それに対して綺麗な礼を返してくれたマーサさん達から目を逸らし、部屋に備え付けられている呼びベルを振って外で待機しているアーノルド卿達を呼んだ。
「失礼致します」
支度が終わったのなら遂にホールで開かれるパーティーへ赴く時間である。本来ならば婚約者か親族に入場のエスコートを頼むものだが、それをしては視線が散るだろうという陛下のご用命で私の同伴相手はアーノルド卿となったのである。
しかし、卿と入場した方がより視線が散ってしまいそうな気もしたのだけど、陛下がそう仰るのならそれで良いのだろうと理解し私は改めて卿にエスコートをお願いしていた、のだが。
やはりそれは、懸念ではなかったかもしれない。
「普段からも充分お美しいですが、こうした場のために飾るサラセリーカ様もお美しいですね」
「……ありがとうございます。アーノルド卿も、とても素敵ですよ」
「はは、ありがとうございます。参りましょうか」
ベルに反応して入室した早々にそう褒めてくださる卿。優しく微笑まれ、然り気無い言葉に一瞬反応が遅れるも後は対応出来たと思う。
けれど、今日は横を歩いているアーノルド卿をちらりと横目で見上げると、先程覚えた懸念の通り人目を惹くであろうその姿を眺めた。
普段は無造作に散らされた漆黒の髪は後ろへ軽く撫で付けられていて形の良い額が露に。そのせいで夜明け前、私が一番好きな時間帯であった色を携える薄藍の、切れ長な双眸がすごく印象的に見える。
それだけでさえも色々な意味で目を引くだろうに、制服であると思われるいつもの軍服を社交界向けに華やかにした衣装、歩く度に靡く騎士の証であるマントが、よりアーノルド卿の男性らしい魅力を高めているような気がしてならない。
そんな方の隣を歩いて果たして私はきちんと役目を遂行出来るのかと不安になるのだが、当の本人は私の心情など知る由もないので小さい歩幅を合わせてくれながらも立ち止まりはしない。
「よろしいですか、サラセリーカ様?」
「逝く覚悟は出来ております」
自室を出て十分か十五分程。歩き続け、漸く辿り着いたその扉の前に赴いた私は気を遣ってくださる卿に頷いて衛兵の方に扉を開けてもらう。
開かれたその先、そこは有力な貴族から末端の貴族までが集まる、魑魅魍魎の世界。意を決して、私はアーノルド卿とその死地へ足を踏み入れた。




