薄幸転生侍女と兄妹関係
その日は唐突にやって来た。
お披露目パーティという名の舞踏会を一週間後に控えていた私が、今日も今日とて陛下に教わった訓練をこなしていたときのこと。
「アルヴィー殿下、困ります」
「私が構わないというのだから構わないだろう」
そう、何だか廊下が騒がしいなと目を向けたそのとき。
「貴女がサラセリーカか?」
「殿下……」
丁度扉が開いて、美しいプラチナブロンドの髪と青い瞳を携えた少年が部屋に入ってきた。そして、その人を止められなかったと思われるアーノルド卿も。
「サラセリーカ様、こちらは」
「そなたの兄だ」
誰、だろう。という戸惑う私の心を悟り、アーノルド卿が紹介する前にその美少年は名乗った。
「アルヴィー王太子殿下でいらっしゃいましたか。失礼致しました、サラセリーカと申します」
数日前に弟君と共に城にお戻りになったとは聞いていたが、タイミングが合わずこれまで会うことがなかった為に気付くのが遅れてしまったことを謝罪しつつ、挨拶の礼を取る。
「良い、楽にしろ。押し掛けたのは私なのだからな」
「お気遣い感謝致します」
言葉のみを切り取れば威圧的に見えるのに、何処か緊張が滲むその姿を不思議に思いながら、柔い表情を浮かべつつ殿下の行動を窺う。
「……」
「…………」
互いに沈黙が満ち、困って殿下の後ろで待機しているアーノルド卿へと視線を向ければ、卿は暖かい目で殿下を見つめていた。
どうしてそんな目をしているのだろうか、と当然の疑問を持ったところで、卿と目が合う。
「アルヴィー殿下、サラセリーカ様。お時間がありましたらお茶でも如何ですか?」
「……!そうしよう、どうだ?」
「光栄にございます」
そして、ふっと柔らかく表情を崩した彼がそんなことを言い出す。いや、王太子殿下と捕虜王女がお茶など、と思考したところで本当に何故か明るい表情の殿下がアーノルド卿の言葉を受け入れ、私をお茶に誘ってくださった。
「ごほん。サラセリーカ、だったな」
「はい、殿下」
殿下のお言葉を受け、後ろに控えていたメイドが総動員で動いた結果、数分後には私の部屋に茶会の準備がされていた。
お姉様とは違う紅茶が好きなのだなとそんな目線で殿下の手に収まるティーカップを尻目に、話を切り出した殿下を見上げる。
「えーと……サラ、と呼んでも?」
「勿論です。お好きなようにお呼びください」
「サラ」
「はい殿下」
恐れ多くも愛称で呼ばれた私は先程から何かを言いたそうにされている殿下をただ待つ。幸いにも存在が気に障る、鬱陶しいといった話ではないことに安堵しながら。
「君が、父上の隠し子だという話は聞いた」
「はい……は?」
「戴冠以前に愛し合っていた方との子だったが、市井の出である自分と父上とでは釣り合わないと身を引き、隣国のナウェルで暮らしていたと」
「ま、待ってください殿下……」
「そのことを父上は知らず、もう知ったときには母君は亡くなっており、君が一人で生きていたということを漸く知れた父上が戦争の合間で君を探していたことも」
「あの、殿下……」
「君は父上の血を引く唯一の実子だ。王位を望むのは当然のことだと思う。だがしかし、ここは私に譲ってくれないか。絶対にこの国をより良く導いてみせると約束する」
「唯一の実子……?いえ殿下、それよりも私は」
「この通りだ!頼む!!」
殿下が口火を切り、話されたことにただただ呆然と呆気に取られている私に構うことなく頭を下げられることで更に惑う思考回路。ひとまずこんなお姿にはさせておけないとだけ理解した私は殿下に頭を上げていただくよう懇願する。
「殿下、お顔を上げてください」
「アルヴィー殿下、サラセリーカ様のお話をお聞きください」
「……ああ、そうだったな。捲し立ててすまない」
「いえ、それは構わないのですが……」
それでも尚止まらぬ殿下を私とアーノルド卿で協力し、何とか一旦頭を上げていただくことに成功した。となれば次はそもそも何処から何を訂正したら良いかわからない誤解を解くため、私は口を開いた。
「誠なのか……?」
「はい」
まず始めに陛下の実子ではないということ。
そして次にナウェルにいたことは事実だが一応あの国の王族であったこと、王位を望むつもりはないことなどを一通りを説明した後、訝しむようにこちらを見つめる殿下。
まあしかしそれもそうかと行き当たり節は多々あるが故にただ頷けば、殿下は逆に押し黙ってしまう。
「それはすまなかった。こちらの勘違いであのようなことを……忘れてくれ」
「殿下が謝られるようなことではございません。寧ろ、私のような存在のせいで余計なことを考えさせてしまったようで申し訳ありません」
そして暫しの沈黙の後、謝罪の言葉を口にした殿下へ、逆に謝罪する私。いや、本当に外部の人間が正当な後継者の邪魔をして申し訳ないと。
「それでは、本当に王位を望むつもりはないと?」
「はい。最低限の技量を身に付けた暁には侍女として国に仕える次第です」
「そうか……」
壮大な誤解を乗り越え、多少落ち着いてきたこの場。その後いくつかの質問の返答を聞かれた殿下は硬かった表情を崩し、安堵されたのが窺えた。
「突然すまなかったな」
「いえ、殿下。同じ時間を過ごせて光栄でございました」
その後、ぎこちないながらも短い時間のお茶会を開き、次の予定があるからとお戻りになられる殿下を見送る。
「サラ」
「はい」
扉が開かれ、一歩廊下へと足を出していた殿下がふと止まり、私を振り返った。何か忘れ物だろうかと部屋を確認しようとしたところで、ぽつりと殿下が言葉を溢す。
「仮にも私は兄だろう?もう少し砕けたらどうだ?」
「妹と認めてくださるのですか?」
ぱちぱちと、そんな言葉を掛けていただけると思っていなかった私は瞬きを繰り返す。そして反射的に疑問に思っていたことが口から滑り出した。
「当たり前であろうが。どんな事情があれど、父上が君を娘としているのだからな」
「アルヴィー殿下」
「む?」
ああそうか、陛下のお言葉には誰も逆らえないか、とうんうん殿下の言葉に納得していれば、アーノルド卿がこそこそと殿下のみに何かを耳打ちしている姿が見えた。
「ごほん、サラ」
「はい」
秘密のお話ならば出ていくのにな、なんてそのやり取りを眺め、お話が終わった殿下は一度咳払いをし、私を呼ぶ。
「すまない、言葉が足りなかった。父上が決めたことに異論はないし、私も君のような賢い妹が出来て嬉しく思っているんだよ」
そして、そう先の言葉に付け加えるようにして頭を撫でてくださった。
「始めの方は変な態度を取ってすまなかった。父上の御子だと思っていたものだから、緊張して仕方なかったんだ。何とかそれを悟られないようにと思っていたらああ出るしか浮かばなくてね……」
一度、二度、三度と頭上を行き来する温もりに触れていたら、殿下は……お兄様は、そんなことを苦笑しながら教えてくださる。
「サラ。これからもよろしくな」
「はい……お兄様」
いくら優れていようと、未だ十三に満たぬ少年なのだというお兄様の一面に触れた私は、当初よりも解れているであろう顔を向けて、今度こそその背を見送った。
「まだまだ可愛らしいですね、アルヴィー殿下も」
お兄様の姿が完全に見えなくなったところで、終始柔らかく微笑んでいた卿を見上げる。ずっとそんな顔をしていたのはお兄様の背伸びをした対応と実際の姿が微笑ましかったからかということはそう問題ではなくて、私はずっと気になっていたことを問う。
「アーノルド卿。お兄様達が、陛下の御子ではないとは?」
話の最中、確かに聞いた知らぬ情報。周りの反応から察するに秘匿されているようなものではなさそうだと判断した私は、素直に知らぬことを尋ねていた。
「……ご存知なかったのですか?てっきり、陛下がご説明なさっているかと」
「はい、歴史の本にも未だ今世の話は乗っていなかったものですから」
国の成り立ち、歴代の王、活躍。そういったものには勿論最初に目を通しはしたが、存命である陛下とお母様関連の話はまだ乗っていなかった。故に、本日初めて陛下に実子がいないということを知ったのである。
「……特に隠されている訳ではありませんが、陛下がサラセリーカ様にお話になっていないことを私が説明する訳にもいかないでしょう。ご用命とあれば、陛下に……」
私の願いを受け、陛下の時間をいただこうかと提案する前に、それ自体を卿の袖口を掴むことで制止する。
「大丈夫です。ありがとうございます」
陛下があえて話していないであろうことを、探るような真似はしたくない。誰だって一つや二つの触れて欲しくないものを持っているのだから。
「……サラセリーカ様のように聞き分けが良すぎるのまた心配ですね」
「はい?」
そもそも私だって命を救ってくださった陛下に話していないことなど山程ある。それなのに一方的に陛下のテリトリーに入るのは違うと思うから引き下がるだけであるのに、卿は痛ましげな表情で私を見つめる。
「そのお年の頃でしたら、まだまだ我儘盛りですよ。今は落ち着いていらっしゃるアルヴィー殿下でさえ……」
そして、何かを思い出したように呟いた言葉を不意に切った。
「……少し休憩を取ります。外をお願いしても?」
「勿論です」
その不自然な間は聞いてはいけない話題に繋がっているような気がしたから、私は無理矢理にでもその場を流すために卿を室外へと促す。
「……」
閉まり行く扉を見つめながら、陛下がお話にならないことをちょっとだけ考えてしまった。
私が生き残ったことと、養子として受け入れてくださったことと、宰相様が仰っていた身代わりという言葉が関わってくるのだろうか、と。




