薄幸転生侍女と王女
「サラー!」
「おね、おねえさま、くるし……」
「カトリーナ、サラが死にかけてるって」
「あれ、サラ!?」
お母様のおしりペンペンの後、通常通りレッスンを終えたお姉様は先程まで泣いていたのはなんだったのかと思う程に熱い抱擁で出迎えてくださった。
首という急所へぎゅっと抱き付き、何処にそんな力があるのかと疑問を呈したくなる抱擁加減に若干目眩を覚えるも、至極冷静なイルがお姉様をずるりと引き剥がして私は事なきを得た。
「ごめんサラ、怒ってる?」
「怒っていませんが、首を絞めて落とそうとするのは控えていただければと……」
「落とす?……うん、良くわからないけどもう首に抱き付くのはやめるね」
息を整え、サロンの椅子に腰を掛けた私を窺うように見るお姉様に絞め殺すのはやめてほしいとだけ進言した言葉は無事に受理されたから、もうきらきら光る妖精さんがより近しくなることはないだろう。
「ねえサラ?」
「はい、お姉様」
陛下の執務室で茶菓子をいただいた私の喉とお腹はそれなりに満たされており、逆にレッスン後でお腹を減らしているであろうお姉様がクッキー頬張りつつ私へ視線を向けた。
「最近ね、変な夢を見るの」
「夢、ですか?」
「うん……」
悩んでいる、というよりは気に掛かっている程度のものであるらしいそれは、お姉様の口から訥々と告げられる。
「知らない顔をしたね、黒い髪の、黒い目の女性が、手元にある何かを見て金髪お嬢様めっちゃ可愛いって何か言っていてね、その後に良くわからない言葉で捲し立ててるんだけど聞き取れないの」
「金髪お嬢様めっちゃ可愛い……?」
「うん……」
それは確かに変な夢である。黒髪黒目といえばまず始めにあの忌々しい自国の王族を思い出すが、あそこは私以外の直系は皆絶えたと陛下は仰っていた。傍系に関してはまともな奴だけ残してそれなりに粛清したとも仰っていたが、黒髪黒目は王族直系にのみ現れるという不可思議システムだから、この世界で黒髪黒目という血はそんなに残っていないはずである。
「知らない場所なの。女性がいる部屋も、その顔も、全部。でもね、いつも夢に出てくるからなんなんだろうって」
ふむ、と、私は一つの可能性に行き当たって頭を抱えた。
そういえば、生前の世界は黒髪黒目が普通だったなという、すっかり抜け落ちていた前世のことを思い出して。
「どのようなところなのですか?」
「ううん……?なんか、狭くて小さいところ。多分、ベッドとテーブルがあって、見たことのない服がいくつか飾ってあって……あ、なんか黒くて四角い何かはいつも何なんだろうって思っているの。女の人はね、いつもその黒いやつの前にいるか、ベッドの上にいたりするかな。あと、手にはいつもこう、黒くて四角いのを小さくしたやつを持ってる」
お姉様は、クッキーをもぐもぐしながら視線を上に向けつつそう説明してくれる。どうにもなんだか覚えのある情景が頭に浮かんでしまい、これはどうするべきかと悩む。
正直、私のような者が前世の記憶を持ったまま生まれ変わっているのだから、私以外にもそういった人間がいてもなんら不思議ではない。
しかし、それを敢えて呼び起こすようなことをして良いのかどうかがわからない。過去を思い出すことが、幸せなことだけではないだろうから。
「サラ?」
「ううん、不思議な夢ですね」
と、そんなことを深く考えていたからか、目の前には私に怪訝な目を向けるイルがいた。そんな彼の視線から逃れるようにぼそりと取り繕い、何事もなかったかのようにお姉様の方を見た。
「うん。でも、その夢を見たときはなんだか寂しいような、懐かしいような気がしてね。ちょっと気になる」
「……成る程」
即ちそれは、お姉様が私と同じような転生者という可能性が高いだろう。予期せぬところで悩みの種を手に入れた私は、その後もお姉様のことを考えながらお茶会を終えたのだった。
『なあ、主』
「なあに、ソル?」
お茶会後、すっかり夕方になってしまったので自室へと戻った私は、アーノルド卿から渡された本を読みつつ呼び掛けたソルに応える。
何故だか、もう超大型犬となっていて椅子に座る私の目線ぐらいの大きさにまで成長しており、そろそろ乗れるんじゃないかとまで思うソルの頭を撫でて続きを待つ。
『主。主は、この世界の人間ではないだろう』
「げほっ」
沈黙が長いから紅茶でも飲んで待とうと思ったのが良くなかった。突然のそんなぶっ込みなど想定していない私は、ソルに思いっ切り赤茶の液体を飛ばした。
「ごほっげほっ、げほっ」
『おお、大丈夫か主』
器官へ入り込んだ紅茶を懸命に吐き出し、噎せる私の背を柔らかい肉球でぽんぽんしてくれるソルを見上げる。
「なん、で……?」
その事実は、私の面倒を見てくれていた乳母にも陛下にも誰にも言っていないこと。言えば奇特の目で見られてしまうかもしれないから、一生誰かに話すことなどないと、決めていたこと。
それなのに、どうしてソルが知っているのかと、私は涙ぐむ視界で赤い眼を見つめた。
『すまぬ、主。知られたくないことだったか?』
「けほ、こほ……うん、あんまり知られたくなかったかも」
漸く落ち着いた咳を少し溢しながら申し訳なさそうな眼で私を見るソルの頭を撫でて、赤茶の液体を払う。
「ありがとう、妖精さん」
そうすればソルを水の球が包んで、ふわふわ浮かぶ妖精さんが綺麗にしてくれる。ぱちりと大気に溶けた水、濡れたソルも妖精さんが乾かしてくれて、目の前には綺麗になったソルがいるだけとなる。
「それで……どうしてソルがそのことを知ってるの?」
何か、他の人にバレてしまうような特徴があるのなら隠し通さなければならない。しかし、そんな心配を他所に、ソルはまず人間にバレることはないだろうと前置きした上で、話をしてくれた。
『……以前、主と共に精霊界へと導かれただろう?そのとき、我は女神から原初の力を少し分けてもらったのだ。この辺りはちと面倒で説明が出来ないのだが、とりあえず力が強まり、精霊界との繋がりが強くなった我は精霊にしか見えぬという人の色が見えるようになった。それは煌めいていたり霞んでいたり淡かったり鮮やかだったりの違いはあれど、絶対に一つの色しか持っておらんのだ。
でも主、主と……主の姉君は、二つの色を持っていた。そして一つは同じ、生者では見ない黒色。それに加え、先程主は姉君の話を聞いて動揺していただろう?ならば、主は原初の記憶に存在する異世界の民という存在で、そのときの記憶を持っているからこそ二種の色を持っているのだろうと。それなるば、姉君の色が片方薄いのも納得が出来てな』
「……なる、ほど?」
所々隠されているが故に伝わりにくいが、要はソルにはバレてしまったが他の人間にバレることはないということか、と一人納得する。
「ん、じゃあ、お姉様はやっぱり……?」
一方で、思わぬところから裏付けが取れてしまったお姉様私と同じく転生者説。この情報をどうやって処理すれば良いのか頭を抱える私の頭に、ソルの肉球がぽふぽふ当たる。
『主が悩むことではなかろう?どうなるかなど、女神の気分次第よ』
「……うん、そうなんだけど」
考えても仕方のないことだろうという、ソルの言葉は理解出来る。それでも、同郷の人間という存在がどれ程嬉しくて怖いかは、言葉に出来ないのだ。
『まあ……姉君が記憶を取り戻したときにでも考えよ、主』
「……うん」
そんな私の心情を悟ってか、問題はとりあえず先送りにすれば良いというソルの提案を私は受け入れた。
「サラセリーカ様、お夕食の時間となりましたが召し上がられますか?」
『さ、主。もう夕食の時間だぞ』
「あ、はい、今出ます」
話を終え、本でも読もうかと開いたところで丁度重なった声と鐘の音に私は思考を切り替えて部屋を出た。
「あ、ねえサラ、今日一緒に寝ない?」
「はい、そうしましょう」
そして食堂へと移動すればお茶会のときに見せた表情はすっかり潜んでいるお姉様とそんな約束をして、私はお姉様と共に夜を更かしたのだった。




