薄幸転生侍女と精霊
「サラ、目を開けて」
「……はい」
陛下に何処かへと運ばれ、疲弊した感情によって歩幅の振動が気持ち良くなってきた頃。頭上から降ってきた声に辛うじて反応した私は、うっすらと霞む視界を眺める。
「……陛下、こちらは?」
何度か瞬いた後、漸く鮮明になった見慣れぬ景色。数分程しか移動していないであろうに、何故か全く知らない風景の広がる眼前。
広大な湖のように視界を埋める水は底が見える程に透明で、その奥、青が広がる先に聳えるのは大樹。
「……ん?いや?何処か、見覚えのあるような」
知らないはずなのに、何処か既視感の覚える景色の正体を探ろうとじいっと辺りを探る。それでも、何一つとして一致しない情報と、それでも知っていると訴える感情が絡まって、私の頭がこんがらがってくる。
「サラ、そこ中へ」
「湖の、ですか?」
「ああ。一歩で構わない」
しかし、いくら眺めていようともやはり知らない景色に困惑していれば、それを見計らったように陛下が湖を指差して、中へ入るようにと指示をくれた。
意図は掴めないながらも、それ以外に出来ることのない私はそっと一歩を踏み出して、透明な水へと足を付ける。
さらりとした砂に埋まる足裏。砂浜というのはこんな感じなのだろうか、と自分の足を見ていたら、初夏の風が頬を拭ったかのような優しい温度が頬を撫でた。
「え?」
なんだろう、と大した感情もなく不意に上げた視線に、より強い困惑が宿る声が滑り落ちて、私はただただ変わってしまったその視界の一点を見つめる。
「サラ。あの大樹が……精霊樹の木が、枯れ掛けているのが見えるか?」
「はい……」
つい先程まで、確かに青々とした葉を晴天に広げていたその大樹は見る影もなく枝を枯らし、何かに食われるように幹さえも傷めていた。
「陛下、あれは……?」
『わたしが説明するわ』
何故一瞬でああなってしまったのか。そして何故、それが見えるようになったのか。それを含む疑問を陛下へと投げ掛ければ、陛下が話し出すよりも早く、聞き覚えのある声が耳を掠めた。
「妖精さん?」
『ええ。……こんなに早く会う予定はなかったのだけれど、来てしまったのなら仕方がないわ』
ふわふわと空に浮かぶ、緑色の光を纏う妖精さん。以前、ソルと共に精霊界へ行ってしまったときに何かを話し合っていた、顏馴染みになりつつある妖精さんがちょっと困ったように陛下を見て、ぽつぽつと話し始めてくれる。
『ええ、っと。詳しくはまだ話せないのだけれど、まずはわたし達の子が貴女に迷惑を掛けているようで本当に申し訳ないわ』
「迷惑、ですか?」
妖精さんが謝罪することに対し、特に心当たりのない私は首を傾げて聞き返す。
『ああ、ごめんなさい。貴方にはまだ見せていなかったものね。……どうかしら、これで見える?』
「何、を……?」
ぽん、と手のひらを叩いて、何かを呟いた妖精さんは何かを私に問い掛ける。最初、それを理解出来なかった私だが、明らかに変わったそれを見た瞬間に妖精さんの言葉を理解した。
『この子達、貴女に付いている精霊なの。貴女が精霊界に来て、精霊の力を受け取ったでしょう?それは精霊樹が弱って、住処を失いかけているこの子達にとって凄く居心地が良いから、貴女の傍をずっと漂っていたと思うのね』
「なる、ほど?」
『ええ。それでね、この子達は、貴女と、貴女の力と似ていることが相俟って、貴女の心に凄く敏感なの。貴女が楽しいと思えばこの子達も楽しい。けれど、それ以上に強く不安やストレスを抱えたりすると美しい場所でしか生きていけないこの子達にも負荷が掛かって、それがまた貴女の感情とリンクしてしまって、貴女に必要以上の感情の揺らぎを与えてしまうの』
と、妖精さんの説明してくれたことを呑み込むために少しだけ黙る。
「つまり、最近妙に感情の上下が激しいのは、精霊さん達が私と一緒に楽しんだり悲しんだりしてくれるから、ということですか?」
『うん……その大本になっている力に関しては完全に無視されているけれど、結果的にはそうよ。だからその、身内が貴女に迷惑を掛けてごめんなさい』
ああ、成る程、と、漸く納得出来た自分がいた私は、妖精さんの謝罪に首を振って応える。
「大丈夫です。寧ろ、貴方達に心配を掛けてごめんね」
ふわふわと、妖精さんのように漂いながらも、妖精さんのようには姿を持たない光の珠に謝る。要らぬ感情で振り回してしまって、ごめんねと。
『……貴女が望むのなら、勿論この子達に貴女に近付かないように言い付けるわ。でも、出来れば、貴女の傍に置いて上げて欲しいの。勿論、デメリットばかりじゃなくってメリットもあるわよ?その、精霊の力と親和性が増すから力の扱いがし易くなるし、いや、その分暴走する可能性も上がるけど……って、あの、あのね?』
「良いですよ」
『えっ』
触れないのに、何処か心配してくれるように漂う精霊さんを眺めていたら、妖精さんが続け様にこの子達のことを思って捲し立てる。そもそもメリットがあろうとデメリットがあろうと、私を必要としてくれるのなら断る理由などない。だからそう返事をしたら、何故か驚く妖精さんはじっと私を見て、本当?と、不安げに言葉を重ねる。
「はい、大丈夫です。あ、ただ、一つだけお願いがあるのですが、聞くだけ聞いていただけますか?」
『ええ、勿論よ。内容によっては叶えて上げることは出来ないかもしれないけれど』
手のひらくらいの妖精さんはこくりと大きく頷いて、さあ言ってみろと言わんばかりに胸を張って私のお願いを待ってくれている。可愛いな、なんて失礼なことを思いながらも、私は望みを口にした。
「今と同じように、この子達を見えるようにしていただけませんか?」
『……え?そんなこと?』
傍にいてくれるというのに、姿が見えないというのは寂しい。だから元の場所に戻ったとしても今と同じように精霊さんを見えるようにして欲しいと願ってみれば、きょとんとした顔で聞き返されてしまった。
『ええ、ええ、そんなことは勿論叶えて上げるわ。そもそも、その子がわたしの元に来た理由はそれだったと思うし……ねえ、本当にそれで良いの?もっとこう、欲張った願いでも良いわよ?』
「いえ、精霊さんを見えるようにして下されば、それで充分です」
一度陛下へ視線を送り、幸いにも陛下の望みと一致していたらしいこの願いを変えるつもりはない。だからそう返せば、欲がないわねえと言いながらも妖精さんは聞き取れない言葉で再び何かを呟く。
『貴女の力とこの子達の親和性を高めておいたから、これで見えるようになると思うわ。後はこの子達の心に引っ張られない自衛の仕方をその子から教わって頂戴?今なら、出来ると思うから』
「わかりました。ありがとうございます」
『ええ。あ、そろそろ戻った方が良いと思うわ。名残惜しいけれど、力を強くした貴女にこの場所は苦しいだろうから』
「ああ、邪魔をしたな。戻るぞ、サラ」
きっちり私の願い事を叶えてくれた妖精さんに感謝を告げ、忠告通り陛下と共に元の場所へ戻ることにする。
『……サラ。また、会いましょうね』
「はい。また」
戻り方を知らない私は再度陛下の腕の中に納まる。その様を眺めていた妖精さんとお別れの挨拶を交わして、無口な陛下と共に精霊樹の場所を去る。
『わたしが枯れてしまう前に、会いに来てね。サラ』
去り際、何かを呟いたように見えた妖精さんに少し、引っ張られながら。




