(女王の資質)
――女王就任式当日。午後二時五分。
ティマイオス臨時王宮、王妃の塔。
臨時王宮に、鐘の音が響く。王宮の建物の軒下をねぐらにしている鳥たちが、一斉に羽ばたいて逃げていった。
「何事?」
新女王の警護に就く、勇者・アイ・アーベルは窓の外を見る。
装備した鎧の音がカチャカチャと響く。
この鐘の音は、緊急事態の発生を告げる合図だった。十年前の王宮崩壊時と同じだ。
「そうね、就任式の開始には少し早いわね」
ゆっくりと椅子から立ち上がったアナスタシアは、目を閉じて耳を澄ます。
呪文の詠唱もなく、聴覚強化の魔法を使っていた。
「動かないで、賊が侵入した!」
アイは窓から身を乗り出して、下を見そう言った。
臨時王宮にあるこの場所は、地上十ニ階の位置になる。王宮の建物の一番高い場所に幽閉されたお姫さま。
そこに助けが来たのだ。
緑も鮮やかな、王妃の塔横の庭。そこの綺麗な刈り揃えられた芝生のうえに、六本の火柱が出現していた。
あっという間に、芝草を真っ黒に変える。
「この声は、クロエね」
アナスタシアの顔に微笑みが戻る。
「バカだなぁーココの兵士は、火炎魔法に力業で押していっても敵うはずもないのに……」
あーあ――アイはそんなジェスチャーをする。顔を右手で覆いながら、臨時王宮警護隊の不手際を指摘する。
ティマイオス国軍から選抜された部隊なのであるが、訓練自体の時間が少ないのか、練度が低いのだ。
「ふっ……。生徒会長さんも、こんな事がばれたらお母さんに叱られるのにね」
アナスタシアもゆっくりと移動し、窓際に寄る。アイの隣に立つ。
「あ、拘束魔法で全員が縛られちゃった。アイタタタ、私もそろそろ出番かな。ステイタスカード! 勇者の剣、装備!」
アイは、痛恨の極み。そんな表情をしていたのだが、地上部分で戦闘が始まったと知ると、笑顔に変わっていた。
アナスタシアが置かれて居る臨時王宮の塔の部屋。そこに学園の仲間、クロエ・ブルゴーとマリー・アレンが襲撃に訪れたのだ。
「ねえ、アイちゃん。アタシの護衛に関しては、教皇パトリシア一世から依頼されてお金を貰っているのよね」
「ええ、お姉さん。前金で半分の百万ゴールド。成功したら残りの半分を支払ってもらう」
「じゃあ、アタシは全額の倍の四百ゴールドを支払うわ。カイトに会いたい。言わなくちゃならない事があるんだ」
「ムリムリムリ。私らは、依頼は完遂しなくちゃならない。これは勇者であるアーベル家の家訓でもある。お姉さんが女王さまになったらさ、幾らでも兄ちゃんと話せばいいさ。幾らでもイチャイチャすればいいのさ。ホント、二人は仲良かったからさ。妹の私としても、何かムカムカしちゃうんだ」
アイは、アナスタシアの手を取って窓際から遠ざけようとする。
アナスタシアとカイトの仲は、妹が嫉妬するほどの間柄だったのだ。
「妬くことはないのに」
「お姫さまがペラペラ喋っているウチに、本命の部隊が直接ココを急襲するんだね」
地上の戦闘は陽動だ。
アイは既に悟っていた。アナスタシア王女の抱える仲間は優秀だ。
アナスタシアが女王になるのを教皇のパトリシア一世が承認したのも、彼女の手中に伝説の水竜が居るのを知っているからだ。
ティマイオスの国軍や教皇の近衛警護隊が束になっても敵わない、無敵のモンスターなのだ。だから教皇は、今の所アナスタシアに対して従順な態度を取っている。
「凄いわね。流石は歴戦の勇者、アイ・アーベルさまだわ」
「お姉さん、おだてたって何も出ませんよ。空からは伝説の水竜『ヤマタノオロチ』が来るのかな? アハハ、武者震いがしてきちゃった」
剣を持つ手が震え、それがアイの着る鎧を揺らし、カタカタと音を立てる。
恐らくは彼女が対したモンスターでも、最強クラスの敵であろう。
勇者とは言っても、カイトと同じ十五歳の少女なのだ。恐怖心を感じても当然だわ――アナスタシアは優しくアイに微笑み掛けた。
「ここが、お姉ちゃんの閉じ込められている場所かいな!」
声がしてから、唐突にこの部屋の木製ドアが開いた。アナスタシアとアイはその方向に顔を向ける。
「な!」
「ニャ!」
アイと、ドアを開けた先の黒盗賊団の頭目、ミーシャ・フリードルが対峙する。
お見合いするような形になる。
ミーシャの方は、黒ずくめのユニフォームを身につけていた。手足やお腹ののぞく露出の多い服装だが、彼女の戦闘服なのだ。
ミーシャは、大盗賊の特技を活かし、カイトを背中に乗せて塔の外壁をよじ登ってきたのだ。魔法結界の場所は避けてきたので、アナスタシアの控え室の隣の部屋に侵入したのだった。
「姉ちゃん!」
そのミーシャの後ろから、懐かしい声がした。
会ってないのは、ホンの数日しかないのに、遠い遠い昔の思い出のように思えた。
「カイト……。アンタ、何しに来たのよ」
アナスタシアは、王女からカイトの姉に瞬時に戻っていた。
そうして、何時もの憎まれ口を叩いてしまう。
でも、顔は笑顔だった。
「何しに……って、姉ちゃんを連れ去りに来たんだ。女王さまに何か、ならなくていいよ。ボクとガリラヤ村に戻って、二人きりでひっそりと暮らそう。ボクが姉ちゃんを養ってあげるよ。アンドレおじさんに習って、農業をする。自分たちで食べる分は、自分たちで育てるんだ。酪農も漁業も覚えるよ。そうやって、姉ちゃんを絶対に幸せにする!」
一気に叫ぶカイトであった。
「「「そ、それは」」」
この場に居た三人の女性が声を合わせ言った。
(((プ、プロポーズじゃないか!!!)))
同時に思う。
「ななな、なに生意気言ってんのよ! アンタ、学校はどうすんのよ。い、今どきは、高等部卒業の資格がないと、誰も相手にしてくれないわよ!」
アンナは顔を赤くして、カイトを叱っていた。でも、取り乱した姿は可愛いな――カイトと他の二人も、同様の感想を持っていた。
「に、兄ちゃんも大胆やな。まあ、勇者さまがそれを望んだなら、誰も逆らえないんじゃーないんかな。ティマイオスの憲法にも勇者さまの取り決めに関する条項が沢山あったな。姉ちゃんは王族は離れないが、子供は王さまにはなれない。ななな、兄ちゃんな。第二夫人はウチでどうや。一杯、子供を産んでヤルで」
ニハハ――満面の笑顔になるミーシャであった。小ぶりな自分の臀部をパンパンと叩いていた。
子だくさんの母猫のように、子供を育てる気持ちがマンマンであった。
「オイ待て! 抜け駆けは揺るさんぞ!」
「そうですわ! 第二、第三夫人の件に関しては、マーガレットさんも含めて話し合わなければなりません!」
クロエ・ブルゴーとマリー・アレンが、二人してドアから転げ込むように入って来た。 この近くまで、マリーの転移魔法で飛び、その後は走ってきたのだ。
マリーは直前まで教皇庁に居たが、クロエからの魔法通信を聞いて、臨時王宮の案内を自ら申し出たのだった。母親に対する最大の裏切り行為であった。
ハァハァと、二人の肩と大きな胸が上下に激しく動いていた。
「えっとーいいかな、おっぱいの大きなお姉さま方たち。そうは言っても、コチラのお姉さんが女王さまに就任するまで待ってくれないかなー。あと、十五分でそこの大聖堂で戴冠式を行うんだ。教皇さまが、新・女王さまに王冠を飾る。それだけを待ってくれないかなあー」
苛立った表情のアイが、アナスタシアの前に割って入る。両の眉毛がヒクヒクと動いていた。
そうなると――。
「アイ! お前、生きてたんだ。ああ、やっぱりアレは夢じゃなかったんだ」
カイトが前に進み出る。九年前に生き別れになった双子の妹の左手を取って、現実の存在であるのを再確認する。
ミヨイ湖の近くの街で、外世界の無人兵器と戦闘を行い、重傷を負ったカイト。
その時、心肺停止状態の彼が見た幻影は、今とそっくりの状態のアイだった。
「ウン、夢じゃないよ。父ちゃんも、教皇庁に来ている」
「父さんが?」
「ウン、教皇のパトリシアさまと何やら重大な話があるとかで、話し込んでいたよ」
「そっか、父さんも無事なんだね」
安心しきった顔で、先ほどまでアナスタシアの座っていた豪華な飾り付けのされた椅子に向き、腰掛けるカイトであった。
「ななな、兄ちゃんのプロポーズに、姉ちゃんの返事はどないやネン?」
ミーシャが女王のローブを着る彼女に話しかける。
「ええ、決まっているわ――」
ニッコリと微笑む。
ゴクリ――カイトがツバを飲み込む音が、静まっていた室内に響く。
プロポーズに対する返事が、今から行われる。
「――アンタの顔なんか二度と見たくないわ! 今すぐここから立ち去りなさい!!」
うつむき、ドアの方向を指差すアナスタシアであった。
「ね…………」
カイトは、その後の言葉が出せず、うな垂れてトボトボと部屋を出て行った。
「オイ! カイト君! オイ! アンナ・ニコラ! これは、いったいどういったことだ? 今までは教皇殺しの一味として追われ、今度は新・女王誘拐犯として、後ろ指を差されることもいとわずにカイト君に協力を申し出た。オマエの夢が女王になって、ニコラエヴァ王家を再興することは知っている。だが、カイト君の気持ちを考えたことがあるのか? 彼には自分の秘密を語ることもせず、女王になるから大人しく従えと!? それに、オマエに付かず離れずにいた学園長はどうなのだ? ティマイオスの国民は、アナスタシア新女王の夫に、ブルカ・マルカ学園長がなると皆が思っているぞ!」
クロエが、熱弁を奮う。途中から自分の言葉に酔ってきたのか、作った握り拳を振り上げては、将来の女王の不誠実な行いを糾弾していた。
「そうですわ。アンナさん……いいえ、アナスタシア王女殿下。カイト君の望みが、殿下の考えられている未来像と乖離しているのは、認めます。ですが、カイト君の顔も見たくないとの発言は聞き捨てなりません! アナタはおっしゃいましたよね。国民の誰も悲しませない女王になる。その言葉は嘘ではありませんか! 現実に、アナタの一番身近な存在であるカイト君を悲しませているでしょう!」
マリーの真っ直ぐとした視線に射られたように、アナスタシアは顔を逃していた。
「で、殿下! 今、勇者の少年が血相を変えて、塔の階段を駆け下りてまいりました。一体、何が行われたのですか? 私は、殿下の忠実なる忠臣ですが、殿下の暴虐無人な振る舞いを諌める立場にもあります。彼は泣いてましたよ。私は、彼の事を良くは知らないが、殿下への思いは私以上であると認識しています。殿下、勇者である彼を遠ざけるのは如何なものかと、忠告を申し上げます」
この部屋に新しく入ってきたサラ・ザラスシュトラは、王女の前にひざまずき、顔を見上げることなく一気に言った。
「カイト、泣いていたんだ。そうなんだ……」
それだけを言ったアナスタシアは、ゆっくりと顔を正面に向けた。
(アタシは、アイちゃんの事を酷く言えないね)
「ニャ!」
ミーシャは驚く、王女の両目から滝のように流れる涙に、当惑が隠せなかった。
「オイ……オマエも泣くぐらいなら……」
「そうですよ、王女殿下。女王になるためにカイト君を切り離してしまおうとする強い決意なのでしょうが、ムリはなさらないで下さい。わたくしは危惧します。四千年前のアナスタシア女王も、大切な人を失ってからは、一生独り身を貫き、冷静沈着に大陸を平定するために非情な決断も数多く行ったと聞いています。ああ、可哀相なアナスタシア女王さま。そのイメージを、今のあなたに重ねてしまうのですわ。この国のもっとも強くて、もっとも悲劇的な女王さま。それが、わたくしの印象です。このままでは、殿下は同じ過ちを繰り返してしまいそうで怖いのです。わたくしも、学友として殿下に忠告致します。ご自分のお気持ちに嘘を付くのは、お止め下さい」
マリーも恭順の意思を見せて、アナスタシアの前で両膝を床に付ける。だが、一歩も引かないという強い意思を込めた目で、王女の顔を見上げた。
「オレたちも、全力でオマエを守る。オマエの前に立ちはだかる人物は、オレたちの敵でもある。隠したいこともあるだろうが、何でも相談してくれ。オレたちは死線をくぐってきた戦友じゃあないか!」
王女の後ろの回ったクロエが、ポンポンと優しく背中を叩く。
「ゴメンなさい。そして、ありがとう。嬉しいよ、心強いよ。カイトを傷つけてしまったことは、みんなに謝る」
涙声で、体を震わせながら語るアナスタシア。
「ウチらに謝ってもらっても、どうにもならんがな。謝るんなら、弟君に直接言ってやらんとな。カイトはんはカイトはんで、かなりな相当で鈍感のニブチンやから、回りくどい言い回しは、かえって誤解を生む原因になるで」
ミーシャが横から口を挟む。カイトの近くに居る機会の多かった彼女の正確な分析だ。
「ウン、わかってる。カイトには、今から説明する。分かってくれる。分かってくれるよね」
さも自分に言い聞かせる様に言い、長い裾の女王のローブを両手で持ち上げて、足早にこの部屋を出ようとしていた。
「お姉さん、何処行くの? 言ったでしょ、女王就任式が終わるまでは、何処にも行かせないよ――って」
アナスタシアの前にアイが立ちはだかる。至って真面目な表情だ。手に持った勇者の剣の切っ先を王女の喉元に向ける。
「失敬な! キサマはこのお方を誰だと思っているのだ! 例え、勇者の身内であったとしても、無礼な振る舞いであるぞ!」
サラが、素手で勇者の剣を掴む。
サラの手からは、血が流れる訳ではなく、煙が立ち上っていた。
「へぇー。この事実からすると、君の正体はモンスターだね。この聖剣は、邪悪な存在のみに作用する。不思議な事に人間は切れないけど、魔獣は聖なる光りに焼かれてしまい、痛みが一生残るんだ」
アイの言葉。
「やめるんだサラ!」
クロエが、従妹の右手首を掴んで勇者の剣から離す。
「手が…………。直ぐに治癒魔法を使います」
マリーは、焼けただれたサラの右手の平を見て顔をしかめる。そうして、ヒーリング効果のある白い光りを両手の先から発していた。
「ヤメテ! 私の本当の正体は、女勇者が言う通り、火竜『ザラマンダー』なんだ。人間を治癒すべき癒しの光りは、モンスターである私にとっては、かえって毒になるんだ」
そう言って、右手を引っ込めて左手で愛おしそうに抱いていた。
傷ついた場所が赤い光りを発し、自身で治癒を始める。焦げ落ちた細胞が再生していくのだ。
これが、伝説の火竜の力だ。勇者の魔力が及ばない位置に体を逃がすと、自然治癒によって傷口が再生してくるのだ。
だからこそ、その強力なモンスターに対応出来るのは、この大陸には勇者しかいないのである。
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