表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者と魔法とエッチな防具  作者: 姫宮 雅美
レベル12「絢爛の 女王就任 大団円」
90/95

(囚われの姫)


 ――午後零時四十五分。

 ティマイオス臨時王宮、王妃の塔。


「お姉さんさ、今のうちに何か食べるものを口に入れた方がいいよ。これから夜中の祝賀パーティーまで、スケジュールは分刻みで満杯だよ」

 だだっ広い部屋にアナスタシアと二人入れられているのは、勇者アイ・アーベルであった。

 この場所は、「王妃の塔」と名付けられてはいるが、本来は臨時王宮の主であるマイケル大公の愛人を住まわせている場所であった。

 しかし、今はその住人は追いやられ、地方の別荘に身を寄せている。

 本妻のパトリシア一世が、乗り込んで来たためのやむを得ない処置だ。

 王妃とは名ばかりの身分の元・大公付きメイドの部屋。逃げられないように、地上十二階の場所に幽閉されていたのだ。

 だが、この場所だけで衣食住の全てがまかなえるようになっている。


 アイは、カイトの双子の妹である。姿形は兄にそっくりであったが、髪の毛がホンの少し長い。頬に赤みを帯びている。

 アイは、勇者のみが装備出来る鎧を着ていた。万事平和な臨時王宮にしては、物物しい警備ではある。

 銀色の鎧には、緑色のラインが入っている。そうした背中には、勇者の証である三本足の怪鳥のシルエットが黄色で描かれていた。


 その彼女は、部屋の中央の円卓に置かれたサンドイッチをヒョイと一切れ取り上げ、小さな口であっという間に平らげていた。

 新女王に用意された昼食のメニューは、ハムとツナと玉子のミックスサンド。指に付いた玉子サンドの具を、舐め取っている。

「アタシは、食べる気にはなれないんだわ。みょーに、緊張しちゃってね。アハハ。それよりもアイちゃんは、どうしてこの場所に居るの? 九年前にお父さんと一緒に冒険に出て、行方不明のままだったのよね」

 豪華な刺繍のされた布張りの椅子。大陸の南方にある熱帯雨林に生息する野鳥の色鮮やかな縫い取りだ。

 そこに腰掛けるアナスタシアは、元気なく言った。

「ウン。新教皇のパトリシアさまに、父ちゃんと一緒に呼ばれたんだ。あの人は胡散臭くて気に入らないけど、この大陸に召還されちゃったからには、従わなくちゃイケナイんだよ。私たちは、呼ばれないと、この大陸には入れないんだ。だから、今は我慢して大人しくしてる」

 アイは、サンドイッチの付け合わせのピクルスをほおばっていた。ポリポリカリカリと小気味の良い音がした。


「アイちゃんは、カイト……お兄さんに会わないの? それに、アイちゃんのお父さんも、自分の息子に会おうとはしないの?」

 アナスタシアは、疑問に思っていた点を聞く。

 椅子から少し身を乗り出して、アイに対して大きくて青い瞳を向ける。


「この、キュウリの酢漬けは、甘すぎるわね。父ちゃんの方が上手に作れるよ。ああ、兄ちゃんのこと? 会わない方が良いと父ちゃんは判断した。九年ぶりに会っちゃったなら、変に情が湧いちゃうでしょ」

 真っ直ぐ過ぎる王女の視線から逃げるように、鎧姿の背中を向けるアイ。

「情…………って、アナタ!」

 アナスタシアは絶句する。そうして、怒りが沸いてきた。

 二人が失踪したと判明した夜に、カイトは泣いて自分を頼ってきたのだ。

 父娘が真っ先に会わなくてはならないのは教皇や自分ではなく、息子であり、兄であるカイトのはずなのだ。

 家族との関係性を人一倍大切に思っていたアナスタシアは、やりきれない思いを抱えたまま、妹のアイのカブトの被っていない後頭部を睨みつける。


 そんな視線に気が付いたように、振り返るアイ。

「まあまあ、そんなに怒らないでよ、お姉さん。目が、怖い怖い、こわーい♪ 私たち父娘おやこも、依頼を頂いて、成功報酬によって日日暮らしているのですよ。依頼主には忠実な、番犬の身なのでーすよーだ。全てに最優先されるのは、依頼主のご命令。涙の対面はその後で十分だしね。でも、依頼主が約束を反故にすれば、平気で牙も剥く狂犬でもあるけどね」

 無理して明るく振る舞おうとするアイ。

 エヘヘ――可愛らしい顔には似合わない、自嘲的な嗤いを浮かべていた。のんきなカイトと比べ、人一倍の苦労を味わったのだろう。

 アナスタシアは、そこは彼女の気持ちを汲み取ることにした。


「ねえ、アイちゃんたちは、大陸の外に居るときはどんな暮らしをしていたの?」

 怒りの矛を一旦収め、話題を変える。率直な疑問を口にしていた。この事も、この部屋に来てずっと思案していたのだ。


「この大陸ティマイオスは、地球の北太平洋の中心に位置しているんだけど、大陸の外の人間には、見ることも、触ることも出来ないんだ。そこから真っ直ぐ西に向かった島国で、私たちは暮らしているよ。住んでるのは田舎だけど、海と山の自然に囲まれていて、ガリラヤ村にそっくりなんだ。そこにお母さんのお墓がある。お姉さんも一度来てみないかな? きっと好きになるよ」

「そうかい、一度見てみたいんよ。大陸の外を……」

 アナスタシアは大いなる野望を胸に抱いていた。

 自分は、カイトの喜ぶ女王になる。その誓いは忘れていない。そうして、ティマイオスの外の世界も征服して、完全なる平和をこの惑星にもたらすのだ。


「アハハ、お姉さんは凄いよね。大陸国家ティマイオス女王さまになるのだって大変な激務なのに、外の世界に対して興味を持ってるんだ。外世界は、面白いよ。色色あって、飽きることもなかった。様様な依頼を受けて、父ちゃんと一緒に世界中を飛び回ったよ。熱砂の砂漠から、極地の氷山まで、色んな場所で、地球のピンチを救ったんだ。この大陸から迷い出た、はぐれモンスターを退治したんだよ」

 アイはニンマリと笑い、この部屋のもう一脚の椅子に逆向きに座った。

 足をプラプラと動かして、勇者の鎧の具足がカチャカチャと音を立てる。

 はぐれモンスターとは、大陸国家ティマイオスに張り巡らした魔法結界を抜けて、大陸の外に迷い出てしまった怪物の事だ。


「そんな勇猛果敢な勇者さまが、どうしてアタシに付きっきりになっているのかしら? 大抵の敵ならば、アタシ一人で撃退できるわ。これは、警護と言うよりも監視よね。教皇パトリシアさまの命令でしょうけど。ねえ、アイちゃん、アナタの本心は何処にあるの?」

 椅子から立ち上がり、窓際にまで歩み寄ってアナスタシアは言った。室内から見る臨時王宮の敷地は、要塞陣地のような造りであった。

 魔法攻撃以外の物理的な攻撃を想定した、分厚い防御壁に覆われた見通しの悪い外壁。

 緑の植えられた庭には、小山や大穴があって、敵の進軍を阻むのだ。

 本来ならば、すぐ隣の教皇庁の建築物や国会議事堂などが見えるはずであるが、窓の外には高い高い塀が、周囲をグルリと取り囲んでいた。

 その外には深い深い堀があり、運河から引いた大量の水が湛えられている。

 堀は大きさと目的によって区画割りがされており、工事を担当し巨額の費用を捻出した貴族たちの名前が付けられている。


(魔法結界ね)

 王女は同時に、対魔法攻撃用の何重にも張り巡らしている結界の存在を知る。この窓を中心に、不審者が入れぬように魔法結界が張ってあった。

 アナスタシアは、手を外に出そうとして途中で引っ込める。今の彼女なら、結界を簡単に突破して、転移魔法で逃れることが可能だ。

 今ソレをすれば、臨時王宮は大混乱となるだろう。だが、自重する。

 今は、女王への就任が第一の目標なのだ。


「本心? パトリシアさまからの依頼は、お姉さんが女王さまになるまでは、守りきれとの命令よ。邪魔する者が現れたのなら、それがたとえ兄ちゃんでも容赦しない」

 アイは、王女に向いて真剣な表情で語る。それに嘘が無い事は理解した。

 そうしてアイは、サンドイッチの皿の飾りにしてあるパセリを口に放り込んでから、顔をしかめていた。苦かったらしい。

 アナスタシアは、ドジな面も兄妹そっくりであると知り、柔和な表情に戻す。


 ただ――アイの話を聞いて、引っ掛かる点がある。


「ワタシが女王になるまで――守る。そういった命令なのよね。聞きようによっては、女王になった後は、守らなくていい――そんな意味にも取れるわね」

「その辺は、私も詳しくは知らない。教皇さんは本当は、自分の娘を女王に据えようとしてたんでしょ。あの――オッパイの凄い――お姉さんを」

 アイは、自分の指が味わった感触を思い出しながら、鼻の下を伸ばし言った。両手の指が怪しくうごめく。ちなみに、話に登場したお姉さんとはマリー・アレンの事である。


「そうよね。変な話よね。あのパトリシア一世さまが、あっさりと引き下がるとは思えないの……。ねえ、アイちゃんにお願いがあるわ。パトリシアさまの依頼が完遂したら、ワタシの部下にならない? アナタの力を借りて、統一を考えているのよ。良い提案でしょ」

「統一? 大陸は、曲がりなりにも平穏で平和だよ。ももも、もしかして、世界征服とか考えてるのかな!? ねぇねぇねぇ、本気なの? 正気なの? 頭、大丈夫?」

 椅子から立ち上がったアイは、口調とは裏腹に目を爛爛と輝かせてそう言った。

 アナスタシアの前に廻り、尻尾を振って喜ぶ子犬のように、目の前の相手に愛想を振りまいていた。


「ええ、本気の正気よ、頭もしっかりしているわ。ティマイオスの大陸の外は、今も戦乱が続いているのでしょ。そうならば、ワタシが平和の名の下に、世界を平定するのが、この地球の為にもなるといえるでしょ」

 アナスタシアの決意。

 以前の大陸の外からの侵略者は、圧倒的な武力を有していた。

 これらの兵力が、純然として存在するという――意味を、ずっと考えていたのだ。


「アハハ、スゴイや。私たちも、色んな依頼を受けたけど、世界を征服するなんて、そんな大それた野望を口にする人を始めて見たよ。本当にいたんだね、アハハハハ」

 アイは半ば呆れ気味に言う。参ったとばかりに、自分の顔に小さな右手の平を当てる。しかし、指の隙間からは、並びの良い白い歯がのぞいていた。


「そうかしら? とっても名案だと思うけどね。世界に並び立つ者が居ない――魔法力と美貌を備えた――このアナスタシアさまが統治するのよ。世界の未来には幸福しか約束されていないわ」

 アナスタシアの笑顔。何とも自信に満ちた言葉。ソレに向くアイの顔付きが、途端に厳しくなる。


「お姉さんはさ、世界の真実を知らなすぎるよ。何だかんだ言っても、この大陸は豊かで平穏で安定しているんだ。この大陸の外には、一回の食事に必要な穀物が手に入らず、飢え死にしている人が大勢居る。その穀物を生み出す土地や水を巡って、凄惨な殺し合いをしている国が沢山ある。過去に高度な文明のあった地域も、今は圧倒的な砂漠に飲み込まれようとしている。このティマイオスにある砂漠なんて、幼稚園にある砂場みたいな物だよ。お姉さんは、寒さに強い植物さえも拒む絶対の凍土なんて知らないんだ。焼け付く溶岩と有毒ガスで、生物の存在を否定する場所を見たことが無いんだ。ああ――無知は罪だ――と、父ちゃんが言ってたけど、そんな人が、現実に目の前にいるとはね」

 部屋の中央、大げさな動作で芝居がかったしゃべりを続けるアイ。


 「無知は罪だ」その言葉に、ムッ――とした表情になるアナスタシア。

 元来短気な性格なのだ。相手が女の子でなければ、確実に手が出ていた。

 それに、カイトと一緒の顔から生意気な口を聞かれると、無性に腹が立って仕方が無いのだ。


(ム・カ・ツ・ク! ムカツク! ムカツクゥー!!)

 アナスタシアは、さっきまでアイの座っていた椅子のクッションを手にとって、壁に投げつける。


 ポフッ。


 壁にぶつかった座布団は、情けない音を立てた後に、床に落ちていた。


「ダメだよ、お姉さん。物に当たったら……。何に、そんなにイラ立ってるの? 今日は、重い日なの?」

 アイは、壁際に近寄り、クッションを拾い上げる。人差し指の上に乗せ、クルクルと回す。

 そのアイの言葉に、新女王の右眉がピクリと動く。

 アイは、アナスタシアの顔を見た。表情の変化を見逃さない。今はまだ王女であるアナスタシアは、窓の外に視線を移し、無機質な高い壁を漫然と見つめていた。


   ◆◇◆


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ