(女王アナスタシアの誕生)
翌日。午前十一時三十五分。
首都ティマイオス国会議事堂。貴族院本会議場。
建造されて千年になろうかとする国権の最高機関である建築物。
大陸国家の首都ティマイオス。その中心部に近い場所にあるこの建物。
灰色の固い石を積み上げた、堅牢な造りになっている。物理攻撃や魔法攻撃に対抗できる一定の強度を持った特殊な防壁が張ってある。
中央に半球状のドームがある左右対称のシンメトリー構造である。貴族院と代議院の二院制の本会議場が左右に配置されている。
「皆さま。ワタシへの女王就任への信任投票での賛成票、ありがとうございます」
居並ぶ貴族院の国会議員たちを前にして、本会議場の演壇の上から魔法アイテムを使って挨拶をするアナスタシア・ニコラエヴァ第四王女であった。
満場一致で可決がされる。代議員も自分たちの選挙区の有権者の声を反映した結果なので、ティマイオス全土の国民からの信任を得たも同様なのだ。
場内に落ち着いた拍手が巻き起こる。起立している国会議員の貴族たちの中に、マーガレット・ミッチャーの父親であるベンジャミン・ミッチャー子爵の姿を認めた。
娘と同じく、グラデーションの掛かった金髪をしている長身のイケメンだ。
彼は、後方に向けて手を振った。その方向には、一般の国民が立ち入れる傍聴席がある。
そうして、本会議場の見物席に座るのは、クロエ・ブルゴーに、サラ・ザラスシュトラ、そして、我らが勇者カイト・アーベルであった。そして彼のクラスメイトのミーシャ・フリードルとマーガレット・ミッチャーも同席している。
ミッチャー子爵は、自分の娘に向け手を振ったのであった。
(スゴイや姉ちゃん。本当にお姫さまみたいだ)
カイトには見慣れないアンナのすました表情。彼女は少し緊張している様子だが、同時に興奮が隠せないアンナの顔だった。
いつもの学園の制服ではなく、女王が着る白いドレスと赤いローブを身につけていた。
女王の証である、銀の王冠は、臨時王宮に併設されている大聖堂で、午後から行われる戴冠式にて被せられる。
その時から、アナスタシアは女王になるのだ。
だけど――。
何故か隣に居る学園長のブルカ・マルカの存在が気になった。
(なんで、学園長さんは、白い軍服を着ているのだろうか?)
「え!?」
学園長の厚い眼鏡のレンズ越しに睨まれた感じがした。遠慮がちに見物席の最後尾に座っていたカイト。
刺すような視線で、射貫かれたような感覚があった。椅子の背もたれまで体を逃す。
「何ヤ? どないした?」
隣に腰掛けていたミーシャ・フリードルが心配して声を掛ける。
今までの彼女は、ティマイオス王立学園の女子制服を着ていても、ボタンを外したり、首のリボンを緩めていたり、シャツの袖をまくっていたり、着崩した姿が多かったのだが、今日は国権の最高機関である国会議事堂に赴いたためか、身だしなみはキチンとしている。こうして大人しくしていると、猫科のしなやかさを備えた美少女にしか見えない。
まあ、事前に学園長に強く注意されたのもあったが。
「カイト君。アナスタシア殿下は……いいえ、これからはアナスタシア陛下とお呼びしなければなりませんが、とってもとっても素敵なお姿です」
本会議場、二階見物席の最前列でかぶり付きで見ていたマーガレット・ミッチャーが、最後列のカイトの元に駆け寄ってきた。
床には豪華なるフカフカの赤絨毯が敷いてあるので、毛足も長く、いささか走りにくそうではあった。
「よっ! 大統領! 千両役者!」
今も、見物席の手すりから身を乗り出すようにして叫んでいるのは、アナスタシア・ニコラエヴァ第四王女の一番の信奉者、サラ・ザラスシュトラであった。
「オイ、サラ。大統領は違うだろ!」
サラの直ぐ隣に座るのはクロエ・ブルゴーだった。
「ええ、でもこんな時に何て呼んでイイか分からなくて」
サラは顔を赤くして頭を掻く。
「大統領制は、一時期議論されたな。十年前の王宮の悲劇。ニコラエヴァ王家が全滅したと思われたその時に、ティマイオス国家の指導者を十八歳以上の全国民による選挙で選ぼうとの動きがあった。その運動を潰したのが、アノ一派だがな」
クロエはアナスタシア新女王の背後に座る、教皇パトリシア一世と枢機卿たちの暗い青色の服を着る一団をアゴで指し示す。
一段高い位置に特別な席を設けてあるので、それで教皇の威厳と面目だけは保たれているのだ。
青い神聖法衣を着るパトリシアは、当時の教皇チャールズ十三世を利用して、夫であるマイケル大公を臨時王に据えることに成功した。
前女王アレクサンドラの従弟であったマイケル大公。教皇の娘であったパトリシアと結婚したために、王家から外れることになっていた。王宮のあった場所には、ニコラエヴァ王家の親類縁者も暮らしていたため、一族郎党が全滅の憂き目に遭う。唯一人の例外、教皇庁にいたマイケル大公のみは、難を逃れることになったのだ。
その時から、王宮壊滅事件の真犯人でないかとの噂が上がっていた。
だがそれは、強引に遠い過去に押しやってしまったパトリシア一世であった。彼女の政治力。それを、存分に発揮したのだった。
本会議場で、もう一度拍手が巻き起こる。
今回の主役であるアナスタシア・ニコラエヴァ第四王女が、女王就任への信任を得て、厳かに退場を始めたのだ。
その隣に立つのは学園長のブルカ・マルカ。新女王の腕を取って先導している。
これでは、まるで――。
「やれやれ、まるで結婚式みたいヤな。ほいほい、部外者は退席ヤ退場」
ミーシャは面倒くさい式典がやっと終わったと言わんばかりに、女王の退場完了を待たず、議員が居並ぶ本会議場に背中を向けてスタスタと出口の扉に向かっていた。
「な! 何だって!」
カイトは大きな声を出し、ミーシャの後を追った。彼女の背中にすがる。
「痛いやないか! そんなに強く掴むなや!」
声を荒げ、カイトを叱責する。
「だって、ミーシャさん酷いんですよ。ボクが姉ちゃんに会いたいと言っても、誰も賛成してくれないんです。姉ちゃんなら承諾してくれるはずなのに。きっと、あの学園長さんが裏から手を廻して――」
やや興奮気味に語るカイト。
「ヤから、何がしたいんヤ? 弟君は――」
ゆっくりと振り返り、彼の両肩を掴むミーシャ。
「姉ちゃんに会いたい!」
「そっか。ホなら――ウチも協力してやるデ。あのイケ好かん学園長から、花嫁を奪還するんやな。こんどの獲物は大物やで、何しろ新女王さまを衆人環視の場から奪おうと言うんや、覚悟は出来てルンやろな?」
「覚悟?」
呆けた顔をミーシャに向けるカイト。
「女王さまを攫って、どうすルンや? 自分のお嫁さんにすルンか? 何処で暮らすつもりナンや? 今度こそ、国中から追われることになルンやで。やっとこさ、教皇殺し一派の汚名をそそぐことが出来たんヤ。営利誘拐の対象が王族に及ぶと、死刑もあるんやで」
そう言って歯を見せて笑うミーシャであった。
「ね、姉ちゃんとは、隠れて故郷のガリラヤ村でひっそりと暮らすよ」
「それは、聞き捨てならないな。アンナ……いや、アナスタシア殿下の夢はニコラエヴァ王家の再興と女王への就任。その為だけに、父のアンドレは従ってきたんだ」
バシン!
後ろからクロエがカイトの背中を叩いてきた。小さな体には似合わず、大きな力だった。
「ね、姉ちゃんの夢…………」
「そうだ。彼女が悲しむだけだ」
クロエの説得が成功したように思われた。
「それが本当か、確かめるだけでもエエんやないかな」
自分は興味はないけど、仕方無くそうする――そんな態度のミーシャであった。
「姉ちゃんに会わせてくれるの?」
「ンニャ。保証は出来ヒンで。まあ、女王の戴冠式までにはまだ時間がある。それまでに弟との対面を拒むほど、お姉ちゃんは非道ではないやろ」
そう言ったミーシャは、カイトの手を引いて国会貴族院議会場傍聴席から出ていった。
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