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勇者と魔法とエッチな防具  作者: 姫宮 雅美
レベル12「絢爛の 女王就任 大団円」
85/95

(逃亡のマリヤ)

  ◆◇◆


 ――午後四時五分。

 大陸ティマイオス南西部、赤色人の国。ザラスシュトラ邸宅。


 ヒュン!


「うんしょ」

「んニャ!」

「殿下、大丈夫ですか?」

「えっと、あら……」

「うわ!」


 砂漠に周囲を覆われた赤色人の国。その中心都市が『アケメネス』だ。街の上空では赤い砂塵が舞い、西側の山塊を赤紫色に霞ませている。

 聖戦士の高レベル者のサラ・ザラスシュトラは転移魔法の能力を使い、王都ティマイオスの王立学園高等部女子寮から、自分の実家にまで一瞬にして移動したのであった。

 赤色人の指導者の住む屋敷だが、塀などの外囲いは無く、警備する兵士の姿も無く、周囲に向けて実にオープンな造りの建物であった。

 家屋自体も、仰々しいまでの派手さはない、見た目も質素な造りの二階建ての家だった。

 白い壁と、赤い屋根のコントラストの差が鮮やかな、実に芸術的センス溢れる建物であった。


「追っ手は、居ないようだ」

 サラの従姉である――同じく聖戦士のクロエ・ブルゴーは、転移完了後、窓際まで直ぐさま移動し、外の様子を伺っていた。小柄な可愛らしい外見には似合わず、射るような鋭い視線を何カ所かに向けていた。


「へー、エヘヘ、エエ部屋やんかー。乙女チックで、メルヘンやんかー」

 しっくいで塗り固められた四方の白い壁。その中に固い黒檀を丁寧に細工した家具が並び、調和の取れている部屋だ。その家具の上方に、花柄の模様が絵の具で鮮やかに描かれている。緑の少ないこの都市住人の精一杯の努力なのだ。

 大盗賊で大占い師のミーシャ・フリードルは、興味深そうにして室内の衣装タンスを開ける。引き出しの一番下の段には、小さく綺麗に丸められて並べられている……パンツの列。


「ひゃ! や、やめて下さいよ!」

 部屋の主であるサラはミーシャの元に駆け寄って、彼女が手にしていた可愛らしい下着を奪い取る。

「結構、エッチな下着やったな」

 ヘヘヘ――ミーシャは歯を見せて笑っていた。両手に持って広げて見せたのは、絹のスケスケの赤色下着だった。

「母が、無理矢理に持たせたんです! 嫁入りするときに持って行けと、何分気の早い母親なんです!」

 サラは必死に、自分の趣味ではないと主張する。赤褐色の彼女の全身が、真っ赤に変化していた。

 黒眼帯をした彼女の顔は、より赤色が濃くなっていた。


「ねー。髪の毛がボタンに絡んじゃったみたいー。取れないよー」

 この部屋のベッドに倒れ込んでいたマリヤ・ニコラエヴァ第三王女は、顔を上げて一同を見る。困っている自分を助けてくれそうな、お人好しの人物を選別していた。

「あー、動くと余計にこんがらがっちゃいますよ」

 マリヤと一緒にベッドに横たわっているのは、我らが勇者カイト・アーベルであった。

 彼の制服の胸ボタンに、マリヤの綺麗な長い金髪が絡みついているのだ。


「もう、痛い痛い。誰か、ハサミ持って無いの? ちょん切っちゃえ!」

 絡まったパズルを解くのが面倒になったのか、マリヤは強引な手段に出ようとする。

 流石は、アナスタシアの姉である。短気な面が、時々に垣間見られる。


「ででで、殿下。ご立派な御髪おぐしが勿体ないです。この場合、切るのは――エイ――コチラの方です」


 シャキン!

 銀色の大きな刃がきらめく。


「ひ、酷いや!」

 ちょん切られたのは、カイトの着る王立学園制服のブレザーボタンを留める糸の方であった。

 二つしかないボタンの上をもぎ取られてしまったので、彼の着る服はだらしなく開いてしまう。


 サラは裁縫用の大きなハサミを使い、断ち切ったのだ。それをテーブル上に戻す。

 黒いテーブルの上には、裁縫道具が並んでいる。これは、サラの趣味なのだ。手先の器用な彼女は、自分で服を仕立てることもする。彼女の作った服の数着が、衣装ダンスの中に収納されているのだ。

 テーブルの上には、切り取られた後の幾種類もの布が、綺麗に並べられている。

 花柄模様の少女趣味だ。


「殿下、絡んでいた髪の毛がとれました」

 サラは、邪魔になっていた金ボタンを窓から投げ捨てようとする。

「ちょっと! 捨てないで下さいよ。ボタンは、アンドレおじさんに付けて貰うんです!」

 カイトは立ち上がって、サラの右手首を掴もうと、手を伸ばした――。


 バタム!


「あれ? あれれ? あれれれれー」

 カイトは床に寝そべって、サラの部屋の天井を見ていた。しっくい塗りの白い天井。その中心点にある大きなファンが、ゆっくりと回っているのが視界の中に入る。

 暑い気候のこの地帯の代表的な冷房装置なのだ。


「そうら、ボタンだ」

 その視界にサラの顔が入る。

 ヒョイ――カイトの胸元に投げられる金ボタン。彼は、右手でしっかりと受け止める。


「カイト君、大丈夫か? サラが……その、すまんな」

 クロエがやって来て、カイトが立ち上がるのを手伝ってくれた。彼女は小さな体だが、右手の腕力だけで男の子を引き上げる。

 彼は、サラに背負い投げ一閃! 床に大の字にされていたのだった。

 サラは、格闘技の腕前も上々であった。黄色人の国の格闘術が、護身用の技にとティマイオスの軍隊で正式採用されているのだ。王立学園の体育の授業プログラムにもある。


「ね……ボタン、頂戴」

「へ? ボタン? え?」

「カイト君の服のボタンが、欲しいの……。ね、頂戴!」

 ベッドに正座しているマリヤが熱い視線をカイトに向けてきた。うるうると潤んだ目で見つめている。サファイヤのような青い瞳がきらめいていた。

 今日の分のおやつを要求する幼児のように、右手を突き出して来た。


「ただのボタンですよ」

「いいの」

 カイトには、マリヤの気持ちが理解出来ない。ただただ、マリヤの髪の毛と絡んでしまった不届きモノの第一ボタンだ。

 成敗されこそすれ、大切にされる理由などは一切無いのだ。


 まあ、ボタンの予備は、仕立屋に数個貰っていてガリラヤ村の実家にもあるし、学園の購買部でも一個8ゴールドで売っている。


「いいですよ。ボタン、どうして欲しいんですか?」

 マリヤの右手の平に、優しく乗せてやる。

「ヤッター!!」

 ベッドから飛び降りてピョンピョンと飛び跳ねるマリヤ。おさげの金髪と、大きな胸とがその度に揺れていた。

 カイトは、そんなシーンが見られて大満足であった。一日一回は揺れる乳房を眺めていたいと願う――お年頃の少年であった。


「大切にするね。カイト君の持ち物が、欲しかったの」


(え!)

 カイトは、頭がクラリとなる。姉のアンナそっくりのマリヤに言われて、天にも昇りそうな気分になる。

 頭に向けて、全身の血液が上昇して来た。顔が見る見る真っ赤になる。


「そりゃ、死亡フラグやな」

 部屋のアチコチを漁っていたミーシャは、見つけ出した大きな団扇で自分の顔をパタパタと扇いで、冷静に言った。団扇には、カイトの見たことが無い鮮やかな青色の鳥が描かれていた。

 そうして、歯を見せて笑うミーシャだった。


「縁起でもないことを口にするな。それよりもサラ、皆に夕食をごちそうしたい。伯父さんと伯母さんにも連絡を頼む。それに、久しブリの帰省の挨拶をしないとな」

 クロエは、後ろからミーシャの団扇を奪い取ると、カイトに手渡していた。カイトは自分の頭を扇ぐのに夢中になる。グッショリと汗を掻いていたからだ。

 クロエの顔を見上げるカイト。


「おじさん? おばさん?」

「ああ、サラは、オレ……いや、私の父の兄夫婦の一人娘だからな」

 クロエが部屋のドアノブに手を掛けた。この地方の特色である、鮮やかな朱色に塗られた木製のドアであった。白色の壁との色彩差が眩しい。

 赤い塗料には、虫除けの成分が含まれているのだ。過去にあった、蚊や蠅を媒介とした伝染病。その予防策として、昆虫が忌避する薬物を含有している自然由来の紅顔料。

 それを、街中の至る所に塗りたくっているのだ。

 こうした地方毎の特色を生かすよう推奨したのが、四千年前の伝説の女王『アナスタシア』であった。


 ガチャ!


 その朱塗りのドアが外から開かれて、クロエは驚いていた。


「クロちゃん! 帰ってきたんだ!」

「母さん!」


(母さん?)

 カイトは首を捻って、二人の女性の抱擁を見る。

 見た目はそっくりな二人である。肌の色、背格好も、赤い髪の長さも、胸の大きさも……。

 まあ、母親の方は多少顔に深い皺が刻まれてはいるが、十七歳の娘がいるとは思えない若々しさを湛えていた。

 カイトには肉親同士の親愛の挨拶が、何だか気恥ずかしく思えた。それとなく、窓から見える外の景色の方に視線を移す。


 カイトの住む、大陸東南の黄色人の国は湿潤温暖な気候であった。しかし、この西南地域には大きな砂漠が広がり乾燥している。都の『アケメネス』は、砂の中にそびえる大都会なのであった。

 二階の部屋の外を、麻縄で縛られた荷物が、ゆっくりと移動している。ラクダの背に乗せられているのだ。

 この国の主たる移動手段に使われる動物には、二つの大きなコブが背中にある。


 そうして、窓際に立つサラに視線を向かわせる。砂漠地帯に住む生物は、漏れなく体の突起部分に脂肪を溜め込むのだろうか――幼い顔には似使わない、大きなオッパイをガン見する。


「何か?」

「いえ……」

 サラにきつく睨まれたので、再び母娘の対面に視線を戻す。


「事情は詳しくは説明出来ないけど、叔父さん叔母さんたちには、迷惑を掛けないようにするよ。母さん」

「子供からのお願いに、応えない親など居ないよ」

「ゴメン。ありがとう」

「いいのよ、クロちゃん」

 しきりに頭を下げるクロエの横に立ち、ポンポンと娘の頭を叩いてやる母親のロザリー・ブルゴーであった。


(何かいいな)

 カイトは笑顔となる。親子のこうした情愛の風景には、顔がニヨニヨと変化してしまうのだ。鼻の下が伸びきってしまう。

 彼の方が照れくさくなって、再び視線を逃がす。どうにも苦手なのだ。


「何や、お母ちゃんが恋しいのかぇ?」

 ミーシャが寄ってきてカイトの隣に立つ。

「そ、そんなことは、ありません!」

 母を知らずに育った彼には、姉のアンナが母親替わりでもあるのだ。そのアンナは、今はこの場には居ない。

 横を向いて、ホッペを膨らますと――。


「マリヤが、仲良くしてあげるよ。寂しくなんか、ないよ」

 その方向には、王女殿下の端整なる顔があった。いつになく真面目な顔付きだ。

 視線を下に向けると――。

 制服のシャツからはみ出した上乳が、彼の顔面に近づいて――押しつけられる。


「オイ! 何をしている!」

 サラに、あっという間に引き剥がされる。

 短い間の至福の感触であった。おっぱいとの逢瀬を邪魔される。

 今度は、柔道の投げ技は無かったので、良しとするカイトではある。


(ああ、柔らかかった)

 思わず顔の表情筋の全てが緩んでしまう。


「ではでは、皆さん。お食事をどうぞ。長旅……と、いうわけでは無かったでしょうが、しばらくは心と体を癒して下さい」

 薄い赤いローブを羽織っているクロエの母親は、エキゾチックな雰囲気を醸し出していた。

 シースルー・ローブの下にはお腹の覗いた、派手な褐色のドレスを着ている。小柄ではあるが、均整の取れた見事なプロポーションであった。


「そやな。メシにするか!」

 元気よくミーシャが言って、部屋を出て行く。


「待ってぇー! あ、君、一緒に行こうね」

 マリヤは先頭を歩くミーシャを追いかけながら、カイトの手を握ってきた。


「あへ?」

「で、殿下。一般庶民との過度なスキンシップは、相手方にいらぬ誤解を与えてしまいます。お控いなされるように」

 サラは、カイトの手を払い。そうして、マリヤの右手を抱えて部屋を出て行った。


「そうか、ボクは平民だった」

 今更のことのように、身分の差を思い知らされる。

 王族・貴族・平民。

 貴族の中にも様様な階級があり、平民の中でも職業による純然たる差がある。


 だから、純粋なレベルで表される魔法力は、個人を計る一つの相対的な価値基準となっている。

 王族で、絶大な魔法力を有しているアナスタシア・ニコラエヴァ第四王女などは、絶対的価値でも突き抜けた存在だ。

 そんな彼女に恋しているカイト。


 ――でも。


(ボクはレベル『00』だし、みんなの足元にも及ばない。月とすっぽんどころか、太陽に無謀に挑もうとする水たまりの中のミジンコだ)


 立ち止まり、皆の背中を見る。

 勇者という大陸唯一の職業だが、これといった目立った活躍などしていない。

 むしろ、足手まといとなって、皆の足を引っ張り続けている。


「姉ちゃん……」

 囚われの姿のアンナを思い出す。彼女の痛めつけられた、弱った姿を始めて目にしていた。

「アンを救いたいの?」

 カイトを心配そうにして、後ろを振り返るマリヤだった。


「救いたい! 救いたいさ!」

 階下へと向かう階段。

 粗末な日干しレンガを積み上げた壁材。そこに、しっくいをタップリと塗りたくって、白い壁が出来上がっている。

 その場で立ち止まり、握り拳を作って大きな声で叫ぶカイトだった。


「思いは皆一緒だ。だが、我我が取るべき方法は限られている。戦力の殆どを占めていたアナスタシア殿下と、裏切り者のマリーの脱落で、コチラには打つ手が残されていないのだよ、カイト君。今は逃げ出して戦力を整え、好機を待つのみだ」

 階段を降りた先で、クロエが立ち止まり待っていた。

 赤い瞳は、炎のようにメラメラと燃えているが、口調はいたって穏やかであった。


「でも!」

 カイトは抗議の意思をみせる。


 ボコン!


 思わず壁を殴ってしまっていた。

 どうしようもない、やりきれない思い。ムシャクシャとした気持ち。

「しゃーないやんか。おお、壁に大穴が開いてるで、弁償モンや」

 極めて冷静にミーシャが言う。

 白壁に開けられた穴に指を突っ込んで、深さを測っている。


「弁償は、結構です。母は夫婦ゲンカで物を投げつけますからね。そこかしこが、穴だらけです。調度品で上手く隠しているだけです。ここは、ボロ布でも詰めておきましょう」

 サラはそう言って、カイトから制服を脱がし、ソイツでいそいそと壁の大穴の補修にかかっていた。彼は慌てて奪い返す。


「中等部の姉ちゃんは容赦ないな。怖い、怖い、ケケケ」

 ミーシャは舌を出して笑い、頭の後ろで両手を組む。

 クンクンと鼻を鳴らし、料理の良い匂いが漂って来る部屋へと踏み入って行った。



   ◆◇◆


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