(復活のアナスタシア)
――午後二時五十分。
王立学園高等部女子寮、三○七号室。
「お、お母さま! な、何を!」
そう叫んで、マリーは部屋のソファーより立ち上がる。その瞬間に、教皇庁からの緊急魔法放送が終わる。パトリシアの映像も消えていた。
「生徒会長を押さえるんだ!」
「おいや!」
クロエが立ち上がり、マリーを指差す。そうすると、直ちにミーシャの捕縛アイテムである太い縄が延び、彼女の豊満な体を締め上げる。
ドスン!
大きな音を立てて、マリーは床の上に倒れ込む。
「ご、誤解ですわ……。い、痛い……ミーシャさん、縄を解いて下さい! わ、わたくしは無実です。しょ、正真正銘の潔白です」
大盗賊のミーシャの捕縛術。荒縄が、マリーの豊かな胸を制服の上からギリギリと締め上げる。全く容赦のない仕業だった。
マリーが体を動かす度に、縄の縛りがきつくなる。そうして胸の形が強調されていた。
「あっ、ああー」
マリーの悩ましげな声が響く。首を上げ必死に自分の身の潔白を証明しようとしていたが、その頭が床に押しつけられる。
苦悶の表情で、顔を歪める生徒会長であった。
「これは『聖戦士』の『拘束魔法』だ! これで、オマエも一切の反撃が出来ないぞ! まさか、オマエが裏切るとはな……肝心要の王女殿下が捕縛されてしまった。これ以上は、この計画の進行は無理だ。済まない、マーガレット。我我はしばらく逃亡する。オレとミーシャ、それにカイト君とマリヤ殿下。そしてサラは、国家への反逆者として追われる身になるだろう。キミは、ワタシたちに脅迫されて仕方無く従ったと証言すると良い。オイ! ミーシャ! カイト君たちは何処にいる!」
クロエは喋りながらも、クーデターの証拠となり得る品を自分のナップサックに詰めていた。
「人使いが荒いんやな! カイトはんは、自分の教室に向かっておったで……。アカンなあ~、またしても逃亡生活に逆戻りや。ウチは、カタギには戻れん運命なのやな」
ミーシャは諦めたのか、開き直った表情となる。だが、これが彼女の本文なのだ、やがて生き生きとした顔に変わっていく。
「すまない、言いすぎた。しかし、盗賊団の頭目だったキミの人脈は使わせて貰うぞ……おっと」
クロエは、床に横たわるマリーと目が合って口を閉ざす。これ以上は、自分たちの逃亡ルートを敵方に教えるワケにはいかないのだ。
「く、クロエさん! ご、誤解だと説明しているでしょう! 母は、娘であるわたくしをクーデターの首謀者の仲間に連ねさせないように、咄嗟に嘘を……」
「ほっとけ! 逃亡するのが最優先や!」
「あ、あのクロエさま。私は教皇庁の近衛兵団が寮に押し入ったら、出来る限りの時間稼ぎをするつもりです。その間に、皆さんは安全な場所に逃げて下さい。本当はカイト君の力になりたいのだけど、私の魔法力程度では、足手まといにしかなりませんから……」
悲しげなマーガレットの目。
逃亡準備を終え部屋を出て行こうとするクロエとミーシャの背中に、必死に訴えかける。
「キミは心配しなくていい。副会長のナデシコ・アオイと協力するとよい。近衛兵団が学園内に侵入したら、あっさりと警備を解放するんだ。そうすれば、キミらの罪までも問わないだろう。安心して欲しい」
後ろを振り返り、格好良く言ったクロエ。そうして、大股となって部屋を出て行く。
「ほなな!」
ミーシャも後ろを続く。片目をつむってマギーにウィンクしていた。
(キュン♪ なんかクロエさま、とっても頼もしいかも……)
廊下に出て二人の背中を見送るマーガレット。やがて合流するカイトたちも含めて、彼ら彼女らの幸運を祈るだけだった。
◆◇◆
――午後三時十分。
教皇庁アレン宮殿六階、新教皇執務室。
「ねえ、サイモン。私は綺麗に映っていた?」
白亜のフロア。そこの新教皇の玉座に腰掛けているパトリシア・アレンはそう言った。
横からは、彼女の近衛兵団の大戦士たちが、青い鎧を着せ付けていた。両手の部分の小手を装着していた。
アレン家に代代伝わる家宝の鎧。メタリックブルーに輝く由緒ある防具。元元は、彼女の父親であるチャールズ十三世の持ち物であったが、死後にパトリシアのステイタスカードに登録されていたのだ。
直ちに鎧を出現させた彼女だが、一度も装備したこともなく――そもそも、鎧の着方など知っているはずも無いのだった。
マネキン人形の様に、着させられるままになる。
「ええ、お嬢さま。相変わらずに、お美しいお姿でした」
超級職業『隠密』レベル99のサイモン・ペイリーは、右手を前に出して、深深と頭を下げていた。彼は、元元はパトリシアに仕えていた執事であり、今はマリー付きの部下である。
パリッとした白いタキシードが、目にも眩しい。大魔導師のレベル99であるアナスタシアを簡単に捕縛した『隠密』の彼。
服装にも少しの乱れなく、任務を終えたのであった。
「美しい――じゃ、無いでしょう」
パトリシアが立ち上がり、執事を叱る。そうして、彼女には頭から鎧が着せられる。着付け作業は、足の部分に移っていた。彼女は細くて背が小さいので、どうにもサイズはブカブカであった。
「そうでした。世界一カワイイです――教皇さま」
サイモンは、白い床に跪き、彼女の喜ぶ答えを言う。
「ウフフ。やっぱりそうよね。この大陸で一番可愛いのは、教皇であるこの私。正式に教皇に就任したのならば何て名乗りましょうかしら?」
満点の笑顔の彼女が両手を伸ばすと、彼女の拳に手袋がはめられる。
長い爪を痛めないための余計な作業だ。
「矢張り、『パトリシア一世』が宜しいかと、お嬢さま」
サイモンは更に頭を下げていた。
「そうね、そうよね。ヤッパリ私の様な見目麗しい教皇は空前にして絶後の存在。パトリシア一世の名前は、今後一切、誰にも使わせませんわ!」
そんな彼女の小さな頭に、青い色のカブトが被せられる。
ユラユラと揺れていて心もとないが、彼女はコレより、自分の近衛兵団を直接率いて、ティマイオス王立学園に乗り込むつもりなのだった。
裏切り者を見つけ次第、粛正するつもりだ。
平和なる王立学園。
もうすぐそこに、恐怖の嵐が吹き荒れるのだった。
「三十七歳で、カワイイは無いでしょう。おばさんのパトリシア・アレン枢機卿猊下」
この部屋の中で、男性の凜とした声が響いた。
聞き慣れない声に、新教皇を警護する大戦士と大魔法使いの美男子連中は、周囲への目配せをする。
――しかし。
「声はすれど、姿は見えず――です。お嬢さま」
サイモンは、彼女のがら空きとなった背中をカバーするべき位置に立っていた。
「誰! 私を『おばさん』とまで呼んだ事に、覚悟が出来ているのでしょうね!」
パトリシアは悪鬼の表情となり、声のした方向に向けて怒鳴り散らす。
そうして、大理石の椅子より立ち上がるが、重い鎧がカチカチと音を立てるだけで、足を踏み出せないでいた。
「おっとっと、お嬢さま。私が支えておきますので……」
サイモンは彼女の背中に手を添える。そうしてバランスが取れるように、手伝ってやる。
「お久しぶりですね。パトリシアさま。こうした姿でお会いするのは、十年ぶりですよね」
女性の声がして、パトリシアは振り返る。執事のサイモンも、彼女の動きを助けてやるのが精一杯であった。
「あ、あなたはブルカ・マルカ! それも、王宮魔法護衛部隊の魔法部門長の――あの時の姿のまま!」
パトリシアの目が見開かれる。彼女は動揺していた。当時は同年代であったブルカ・マルカは、彼女とはライバル関係でもあったのだ。
教皇直属の近衛兵団の魔法部門長であったブルカ・マルカを、王宮の警護へとアレクサンドラ女王に推挙したのはパトリシアその人であった。
当時から教皇庁の予算を不正に使用し、蓄財していたパトリシアは、その不正をブルカ・マルカから咎められていた。
そうして、王宮への襲撃計画を何処からか聞きつけたパトリシアは、彼女の邪魔になる敵を始末するために、王宮へと送り込んだのだった。
「幽霊でも見るような目ですね。ええ、確かに私は、あの王宮壊滅の朝に死んだのですよ。肉体を失った私でしたが、この指輪のお陰で新しい体を手に入れることが出来たのです」
女性の姿のブルカ・マルカは音もなく新・教皇の前に歩み寄る。
「さ、サイモン……」
こういった時に頼りになるはずの超級職業『隠密』のサイモン・ペイリーは一歩も動けずにいた。
ブルカ・マルカの発する圧倒的な魔法力の前に、押しつぶされそうになっているのだ。
それは、パトリシアの護衛の近衛兵団の美男子大戦士、大魔法使いも同様であった。
一歩も体を動かせず、目だけが二人の様子を追っていた。
のし掛かる暗黒の霧。それらが、彼らの動きをからめ取る。
「わ、私を……こ、殺しに来たの!」
恐怖に震えるパトリシアの顔。
桜色の唇が、瞬時に青くなって震えていた。
「やだな、そんな物騒な事などしませんよ。彼女を頂いて、帰ります。用はそれだけだ」
そう言った時、ブルカ・マルカの姿は、王立学園の学園長の姿に戻っていた。
男前の顔を冴えない印象にする、野暮ったい黒縁の大きな眼鏡。
オールバックにしている金髪の髪の毛、その一束が顔に掛かっていたが、彼は気にしていない様子だった。
「そ、その女は、父殺しの犯人だ。首謀者で実行犯だが、拷問し仲間の所在を割らせる所だった。そうして、公開処刑する予定だ。お、オマエは邪魔をするな」
パトリシアの声が震えている。精一杯虚勢を張って、声を出していた。
「彼女は無実です。証拠もあります」
「な、何だって?」
新・教皇の声はしわがれていた。
「可哀相に、今助けるよ――」
白い柱から、下着姿で吊されているアナスタシア。
彼女の前に立つブルカ・マルカ学園長。
「――お姉ちゃん」
そう言って、凶悪モンスター用の魔法拘束具に手を伸ばし触れる。
ガチャン!
拘束が解かれ、彼女の身体が前に倒れ込む。
「お姉ちゃん?」
パトリシアは体も動かせず、目だけを学園長に向ける。
「ええ、そうですよ。それに――」
自分の着ていた灰色のローブをアナスタシアに掛けてやり、気絶したままの彼女をお姫さま抱っこで抱えてやる。
「――僕の花嫁なんですよ」
パトリシアに向けて満面の笑顔を振りまく彼。
本当に欲しかった宝物を手に入れたかのような、満足した笑顔だった。
次回よりは、レベル12「絢爛の 女王就任 大団円」を、お送りします。
この章にて完結します。
しばらくの期間が空きますが、お待ち下さい。
投稿再開時には、活動報告にてお知らせします。




