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勇者と魔法とエッチな防具  作者: 姫宮 雅美
レベル11「復讐を 終えてむなしさ 残りけり」
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(教皇の語る真実)


 ――午後一時十分。

 ティマイオス王都、教皇庁アレン宮殿七階、教皇執務室。


「ワタシがここに来た目的を、ご存じですよね」

 立ち上がっていたアナスタシア・ニコラエヴァ第四王女殿下は、目の前の見窄らしい青年姿の教皇を見下ろす。

 両手を腰に置いた彼女は、咎めるような口調で言った。

 この大陸の宗教トップが座るには、粗末な古い木椅子。年代物だ。長らく彼が愛用した品であることは、一目瞭然だ。

 彼女には、最初に見た時よりも彼の体を小さく感じていた。


「ああ……」

 教皇チャールズ十三世はそう言って、顔を横に向ける。

 ティマイオス国教の神聖なる青色。そのローブもしばらく着たままであるのか、シワが寄っていて、袖の方も薄汚れている。

 彼を世話する係のお付きの部下は、仕事をしていないようだった。風呂には長く入っていない様子だ。脂ぎった銀色の髪の毛が、それを証明している。

 体臭は元元少ないのであろうが、少しのすえた匂いがする。


 ――そして、腐臭。


 彼の体から発せられているのだろう。アナスタシアも、祖母のエカテリーナの死の直前から嗅ぎ取った匂い。生体が発する物ではない。


 死臭。


 実際には、僅かに漂っていて普通の人間には判別出来ないのであろう。

 だが、アナスタシアには分かる。目の前の人物の死期が近いのだ。


 ――早く! 早く!


 誰かが彼女を急かす。

 このチャンスを逃したならば、十年前の王宮壊滅の真相は永遠に明かされず、闇に葬り去られる事になるからだ。


「ワタシは十年もの長い間、母を、父を、姉たちを、弟を……そして、王宮で働き暮らしていた多くの無垢の罪無き人人。その大切な命を奪った人間を、真犯人を捜しているのです!」

 アナスタシアは真剣な顔になり、教皇に一歩踏み出して迫る。


 目の見えない彼も、彼女のタダならぬ雰囲気を感じ、当惑した表情でアレクサンドラの娘を見上げる。

 そうやってアレクサンドラ女王が、自分を糾弾した過去の一場面を思い出す。

 教皇庁の抱える闇も、またティマイオスの闇と同じく暗黒であったのだ。


「あの一件には、明確なる犯人など存在せぬよ。王宮を襲ったのは、『黒龍』と我らが呼んでいる――オハイオ級原子力潜水艦『ミシガン』。そこからの巡航ミサイル『トマホーク』と、アメリカ海軍の特殊部隊が主力だ。彼らは長らくそれを、独自で秘密裏に計画していた。だから、手引きした人間などは、居ないのだよ」

「嘘だ!」

 アナスタシアは叫ぶ。だが、その言葉は教皇の耳には届かない。

 彼女には耳慣れない言葉が並んだが、ティマイオスの外の世界の殺戮兵器の名前であると理解した。


「嘘は言っていない。真実とは所詮、そう言う物だ。我我は魔法を使う相手を敵だと捉えているが、そういった魔法以外の物理攻撃――言わば、火薬を使うような原始的な攻撃方法には脆いのだよ。その間隙を突かれて、呆気ない程に王宮は壊滅した。その三年前に兆候はあったのだが、それを深刻に受け止めていなかったアレクサンドラが、未熟だったのだよ。ただただ、それだけだ」

 教皇は震える右手を、青いローブの左のたもとに入れる。


「海洋都市『エナリオス』の滅亡の原因は突き止められていて、その対応策は講じられていたと聞きました」

 アナスタシアの憔悴しきった顔。綺麗にブラシされている金色の髪の毛が汗で濡れていた。その一束が顔に掛かる。

 これまでは、王宮に対して『黒龍』を手引きしたのは教皇、もしくはナンバー2のパトリシア枢機卿だと考えていた。

 その推理が、根底から覆されたのだ。


「では聞こう。当時の王宮の魔法警護隊長は、誰だった?」

 教皇からの問い。

「ぶ、ブルカ・マルカ男爵さまでした。彼女は、王宮魔法護衛部隊の最高責任者でした。でも、当時二十歳の若き大魔法使いで、大抜擢だと聞きました。彼女も就任して一年目での王宮の悲劇です。ブルカ・マルカ男爵さまには、そこまでの権限は与えられていなかったと考えられます」

 アナスタシアは額から激しく汗を流す。

 まさか、今は学園の最高責任者の彼が、自分の家族の仇なのか?

 彼女は、頭をフル回転させて考える。


「ブルカ・マルカか……懐かしい名前だ。今は王立学園の学園長をしているのだったな。ヤツは、その度に姿を変えてニコラエヴァ王家に付きまとう存在。ヘビのように狡猾で嫌らしい男」

「付きまとう? ヘビ?」

 アナスタシアは教皇の持つ杖を見る。象牙で出来た持ち手には、二匹のヘビが彫刻されている。

「ヘビは、我らの宗教では神聖なる役割を与えられている。それは、人類を裏切ったからだ。その為、我ら『魔族』は『旧人類』の敵のヘビを重用する。彼らのお陰で、我我はこの大陸に逃れることが出来た」

「『ウロボロス』は、無限の再生の象徴。『ヨルムンガンド』は、狡猾なる知恵の象徴。そのモンスターたちの強大なる力で、ワタシたちの先祖はこの大陸を、約束の土地にしたのですね」

「うむ」

 教皇は肯定の意味でうなずく。


「ワタシは、ニコラエヴァ王家の伝承にある伝説の水竜『ヤマタノオロチ』を従えることに成功しました。もう一匹の火竜をこの手中に収まれば、ワタシの勝ちです」

 アナスタシアは、胸の前で強く握り拳を作る。自信に満ちあふれた表情。

 家族の仇を討ち、女王の座を手に入れるのはもうすぐだ。


「ハハハ」

 教皇は力無く笑う。

「な、何が可笑しいのですか?」

 アナスタシアは、鋭い視線で彼を見る。自分の決意と覚悟をバカにされたと感じていた。

「火竜『ザラマンダー』は、十三年前の海洋都市『エナリオス』の危機の時に、察知した女王アレクサンドラが、事前に派遣させていたのだよ」

「『ザラマンダー』? その、火竜を事前に派遣ですか?」

 彼女は、右眉をピクリと動かして教皇に聞く。それは、始めて聞く名前だった。

 エナリオス滅亡に関する報告書にも、無かった項目だ。アンドレ・ブルゴーと共に、大陸中から必死に集めた資料。


「母親のアレクサンドラ陛下から聞かされていなかったか、娘よ。火竜ザラマンダーは、赤色人の宗教家『ザラスシュトラ』家の跡取り娘に出現するのだよ。『黒龍』からの攻撃を察知して、エバ・ザラスシュトラは夫と孫娘を連れてエナリオスに滞在中だった」

「『ザラスシュトラ』? それにエバ・ザラスシュトラとは、いったい?」

 アナスタシアは中等部生徒会長のサラ・ザラスシュトラの顔を思い浮かべる。彼女は確か、エナリオスで災難に遭遇したのだった。その時に、右目を失う大怪我をしたと聞く。

「ザラスシュトラ家も、ニコラエヴァ王家と同じく女系の一族だ。過去からの因縁なのか、超強力な火竜モンスターがステイタスカードに登録されていて、カードの項目を操作すると、人型からモンスターへと姿を変えるのだよ」

 教皇の言葉。

 普通の人間にはにわかには信じることの出来ない内容であった。しかし、伝説の水竜『ヤマタノオロチ』の出現を目撃し、姉のマリヤに姿を変えているのを実際に体験した彼女にとっては、真実を語っていると信じていた。


「当時の赤色人の宗教トップ、エバ・ザラスシュトラはステイタスカードを操作して火竜・ザラマンダーに変化した。しかし、黒龍に敗れて右目を失い、依り代であるエバさんは亡くなった。そうして、その場にいた孫のサラ・ザラスシュトラに憑依し直した――そうなのですね、教皇猊下」

 アナスタシアは得心がいく。

 中等部生徒会長サラ・ザラスシュトラの無垢なる忠誠心には、疑問を持っていた。しかし今になって、彼女のもう一つの正体を知ることになった。先祖代代からの因縁を思う。

 彼女は、純粋にニコラエヴァ王家に陶酔しているのだった。

 王家に仕え、命を投げ出す行為にも、何の疑問も抱いていない。


「そうだ。当時、同行していた幼い孫娘に、火竜・ザラマンダーの力が受け継がれることとなった。本当は、あの時に孫娘は死んでいたのだよ。その孫を救うために、祖母のエバは自らの命と、特殊な能力をなげうったのだ。麗しい家族愛と、自己犠牲の精神だ」

 教皇のもう一つの発言を耳にして、アナスタシアは姉のマリヤが生き残った奇跡の原因を知ることになる。

 もしかすると、『ヤマタノオロチ』の能力を有していたゼリー・モンスターのピーちゃんは、王宮壊滅のあの日死んだマリヤを可哀相に思い、同化したのだとの推測も出来る。

 あの時に、とんでもないような奇跡が起きたのだった。

 そして、マリヤが存在する。


「感動的なお話です。では既に、ワタクシの元に火竜・ザラマンダーの化身の少女が参りました。こうして、ワタクシの周囲には様様な人人が集まっています。これを好機に、ワタシは女王への就任を決心したのです。アナタの娘さん、パトリシア・アレン枢機卿猊下の望み通りにはなりませんでしたが、ご了承下さい」

 アナスタシアは、右足を後ろに引いてから、教皇に対して深く礼をする。


「ふむ……。だが、そう上手く事が運ぶかな? アレクサンドラ女王の娘よ。ワシの『先読みの心』をもってしても、ソチの未来は暗雲に包まれている姿しか見えないのだよ」

 フラフラと揺れる教皇の頭。彼の能力自体も衰えているのかも知れない。

 だが、アナスタシアの将来に関する予知には、彼自身の感情と望みが投影されているのだと考える。


「それでも構いません。たとえ進む道がいばらで敷き詰められていても、ワタクシは、一歩一歩着実に踏みしめて、歩いて行くのです。いいえ、もう踏み出してしまいました。もう、後戻りは出来ません」

 アナスタシアは力無く笑う。そうして教皇・チャールズ十三世の顔を見る。

「ハハハ……ゴ、ゴホッ、ゴホッ。ワシの先は、そう長くは無いようだ。先読みの心の未来予知では、ワシの未来には暗黒しか見えない。これが、死というものか――」

「大丈夫ですか?」

 アナスタシアは彼に近寄り、背中に優しく手を当てる。教皇が、言葉の最後に激しく咳き込んだ為だ。


「――ゴフゥ。や、優しいな。アレクサンドラの娘、アナスタシアよ。更なる真実を語るとするか……。ワシは、ソナタが生まれた時に、呪われた第四王女を始末せよと命じた、非情な男なのだよ」


 カタン!


 教皇はそう言った後に、左手を自分の口元に持ってくる。その為に、持っていた杖が固い床の上に倒れる。

 その音が広い室内に響いていた。


「教皇猊下!」

 アナスタシアは驚く。彼の口元には血が拭われた跡があった。彼の体調は、非常にすぐれないのだった。


「アナスタシアよ、良く聞いて欲しい。老いさらばえてしまったこのワシは、もう長くない……時間もない……だが、コレでも望みはある。その希望を叶えたいのだよ」

「何でしょうか、教皇さま。このワタシに、叶えることが出来るでしょうか。」

 彼女は床に右膝を付き、教皇の体を支えてやる。

 教皇はゆっくりと首を振る。彼の顔は、笑っているかのように見えていた。


「キミが生まれた時に、ワシは母親のアレクサンドラに、娘を殺すようにと命令した。未来予知によってオマエが女王になることが予見され――その就任をもって――このティマイオスに破滅をもたらすと、未来が見えたからだ。だが、女王はそれを拒んだ。そうして、ワシに言いよったよ……」

「そ、それは?」

 アナスタシアは教皇を抱え、彼の顔に自分の顔を近づける。

 生まれたての自分の娘を殺せと、実の母親に命令した冷酷な男。

 その娘が、彼の目の前に現れたのだ。


「あの小娘は……いや、オマエの母親の事だがな。女王がダメならば――『皇帝』に即位させれば良い――とまで、言い切ったのだよ!」

 教皇は少し腰を浮かせ、彼女の顔に語りかける。興奮した彼の鼻息がアナスタシアの髪の毛を乱す。

「こ、皇帝?」

「そうだ、この大陸は他の王に任せ――娘に『世界』を統べるべき――初代『皇帝』にさせるとまで、宣言したのだよ」

「この場合の『世界』とは、大陸の外の土地を含むのですよね。そこを征服してしまおうと、母は考えていたのですね。ふーむ、壮大すぎる話で想像もつきません」

 彼女は感心をして、深く息を吐く。

 母親のアレクサンドラは、娘の自分が思いつかないような突拍子もない発想をすることがある。

 それは人事権でも発動する。王宮の警護隊長に大戦士のアンドレ・ブルゴーを起用したのも周囲の大反対を制しての話だったのだ。

 当時の大戦士の序列では、十番目の彼を重用した。

 理由は、誰よりも優秀だから――アンドレ本人の口から聞かされていたから、間違いない話だ。

 そして、どうやらその性質は、姉のマリヤの方に受け継がれてしまったらしい。

 モンスターを飼ってしまおうとする心境には、自分は達することにはなれないと思っていた。

 もしかすると、この国の王さまにはマリヤの方がふさわしいとも、アナスタシアは考えるようになっていた。


「娘のアナスタシアが初代『皇帝』になってしまえば、『女王』になってしまった時に訪れる破滅を逃れると――笑って言っていたな。単なる言葉のトリックではあるが、感心をさせられた」

「母らしいユーモアです」

 他人の前では厳しい顔しか見せないが、母親のアレクサンドラ女王のお茶目な面をアナスタシアは良く知っている。

 教皇を尋問するという過酷な場面ではあるが、思わず笑顔になってしまっていた。


「そうだ。だが、彼女の願いは聞き入れられず。外の世界の代表者たちは、伝説の『アナスタシア』の名を継いだ娘ごと、王宮の壊滅を決めたのだよ」

「それが、母たちの仇となるのですね」

「ああ――」

 やや興奮し腰を浮かしていた教皇は、ペタンと椅子に腰を落とす。

「――だが、長女のオリガ第一王女が学園の女子寮から戻り、家族全員が揃う日付を告げたのは、このワシだよ」

「え?」

 アナスタシアの顔が険しくなる。眉間に皺を寄せて、両の眉が上がっていた。


「言葉の通りだよ、娘よ。ニコラエヴァ王家を全滅させなければ、生き残りの王族から報復を受ける――との、相手側からの申し出があった。だからワシは、学園に居た協力者に命令し、試験の日程を変更させた。そうして、家族全員が揃う日付を調整させたのだ。王立学園とは言っても、教皇庁からも多額の寄付金を支出している。教皇のワシの権力を使えば、造作も無い事だ」

「……ど、どうして……」

 アナスタシアの上がっていた眉が下がり、情けのない顔付きになっていた。

「言っただろう。王家の人人は強力な魔法使い揃いだ。オリガ殿下は当時既に、大魔法使いのレベル45まで極めていた。そうして現に――生き残ったソチが――老人のワシを追い詰めているではないか」


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