(カイトの花嫁)
「ああ、カイト君。いつかはやらかすとは思ったが……」
カイトの家の一階。早朝から、家族団らん用の食卓で頭を抱えるのは、大戦士アンドレ・ブルゴーであった。
昨晩と同じく、手作りで朝食を持てなそうと、早々に準備に取りかかった所だった。彼は白シャツに茶色のベストと、茶色のズボン。その上から白いエプロンを締めている。
「え、いや誤解ですよ。ミーシャさんも説明して下さいよ」
いつもの自分の椅子に座るカイトは、後ろに立つ大盗賊に向けて抗議する。
「どこからともなく、金髪の幼女さんを攫ってきたのは、事実やろ」
ミーシャは悪ぶれるもなく、横を向いて口笛を吹く真似をする。カイトを自分の趣味で乱暴に扱ってしまったのだ。どうやら彼を虐めてしまうことに、快楽を得ているらしい。
「カイト君は、油断ならないからな。まだ小さな頃も、何かと理由を付けてアンナさまと一緒に入浴や同衾しようと、企てていましたからな。そういう前科があるのですよ。昔から言いますでしょう、『男女七歳にして席を同じゅうせず』。そうやって、カイト君が七歳の時に引き剥がすに成功しましたが――こんな風に育ってしまって――ジョーのヤツに顔向けも出来やしません。もしや、うちのクロちゃんの事も、毒牙に掛けるつもりじゃないだろうね!」
途中までは、穏やかに蕩蕩と説いていたアンドレであったが――。
バン!
目の前のテーブルを強く叩かれて、かしこまって座っていたカイトは首をすくめる。
「ちちち、違いますよ。誤解だって、言ってるでしょう」
こんなにも激しくアンドレに叱られるのは、始めての経験であった。
「ヒヒ、アンドレはんは、娘のクロエはんを目に入れても痛くない存在やったな。そうそう、旅館の朝食時にクロエはんから聞いたで。剣術大会の時には、クロエはんを裸にひん剥いて、衆目に晒したそうやないか。とんだ、鬼畜勇者さまや」
ニシシシと歯を見せて笑うミーシャは、カイトを虐める気がマンマンだった。
「カイト君!」
両肩に乗せられるアンドレの腕。筋肉が盛り上がり、皮膚の赤色がより濃くなっている。
彼の腕の毛が逆立つ。赤い髪の毛も、怒りで立ち上がる。文字通り怒髪天を付く――状態なのだ。赤毛の剛鬼の姿がそこにあった。
「な、何でしょう」
仕方無く、笑顔を向ける。
「クロちゃんに対して、どう責任を取ってくれるんだね?」
「責任? どうって?」
カイトの何とも頼りない細い首に、アンドレの鍛え上げられている太い腕が絡まってくる。
「責任を取るとは、嫁に貰うということだよ。当たり前だろう! クロちゃんは、カイト君の二歳年上になるけど、兄夫婦を見ても、姉さん女房も良いモノだと思うよ。な、カイト君。まさかアンナさまを狙うような、不埒で不敬なことは考えていないよね! ね!」
「ぐぐぐぐ、ぐるじいでず……。そんなわけないです」
アンナとの関係を聞かれて、誤魔化してしまっていた。
「どういうことかね? あんなに可愛いクロちゃんを、辱めたんだ。その責任を取らないとでもいうのかな。幸い、カイト君は勇者さまだ。三人までお嫁さんを貰うことが可能だが、まさかクロちゃんを第三夫人の地位に貶める事などしないよね。あの、女タラシのジョーですら、『カナ』さん一人しか伴侶を取らなかったのに」
(え? 父さんが女タラシ? 母さんの名前って『カナ』だったの?)
アンドレのチョークスリーパーの締めが緩んだので、顔をどうにか逃がすカイトだった。激しく呼吸をする。
全てが初耳であった。
「何してるのよ! カイトに金髪幼女を連れ込むような、度胸も、甲斐性もあるわけないでしょうが!」
アンナが食卓に怒鳴り込む。
学園の制服に着替えているアンナは、胸にゼリー・モンスターを抱いていた。その後ろから、これまた制服姿のマリーとクロエが続いている。
クロエは、昨日までは制服のサイズが合わなくて、ブカブカであった。しかし、今は小柄な彼女にピッタリで似合っている。
「ああ、アレはマリーが首に提げている『幻影の霧』の首飾りが作り出した幻影だ。もっとも、何でマリーの首飾りがカイト君のベッドの中にあったのかは、謎だがな」
クロエは、隣の巨乳青色人の胸元を指差す。
「チョッと何を言い出すんですの、クロエさん」
小声で注意するマリー。
「ま、そういう事にしておくのが無難だ。第二、いや第三夫人さん」
クロエは、目一杯背伸びしてマリーに耳打ちする。ニヤリと笑っていた。
マリーの昨夜は、カイトの部屋に夜這いを掛けるつもりだったが、二階に昇る階段にはアンナの張った泥棒除けの結界があった。
その侵入の事実を、クロエは知っていたのだった。
(ムカッ! ムカつきますわ!)
勝ち誇るような笑顔のクロエ。今までは思ってもみなかったライバルの登場に、マリーは焦っていた。
彼女の父親のアンドレも、カイトとの交際から結婚まで乗り気であったのだ。
マリーは考える。
王女であるアンナが望めば、カイトとの結婚は避けられないだろう。クロエの言う通り、ここは第二夫人の座を狙うのが常道というものだった。
カイトの顔を見つめる。
マリーの嫌う男臭さが、全てそぎ落とされている少女のような顔立ち。
(ああ、やっぱり可愛いですわ。わたくしの勇者さま)
特殊職業・勇者の伴侶に関しては、法律により複雑な取り決めがある。
勇者が十八歳となると、名誉貴族の称号が与えられる。どういうわけか、勇者が出現するのは平民から――しかも白色人・青色人以外からが多かった。
王族からは、過去に勇者が出現したことが一度もなかった。
黄色人の『アーベル』家も、過去より何度も勇者を輩出したが、その子供の将来の職業が、必ずしも勇者になるわけでは無かった。
勇者は、王さまにはなれない。
これは、男・女関係ない決まり事だ。
勇者の周囲には綺羅、星の如く、大陸中の英雄豪傑が自然と集結する。そんな勇者が王の地位に収まってしまうと、絶大な権力と武力が一人に集中してしまうのだ。
そして勇者が、王族と結婚した場合は、勇者の子供は王さまにはなれないのだ。
勇者の血縁は、徹底的に王家とは分断される。
ここで、複雑な状況が起こる。
王位継承権を持つ王族の女子が勇者と結婚して子をなしても、その子は王になれない。
ただし、勇者の配偶者は王になれるが、権限に制限を受ける。
そして、王位継承権の優先順位が問題となる。
法律上の詳しい取り決めがあるので、ここでは省略するが、王位継承権のある王族が全て不在となった場合に、勇者の血筋が始めて機能する。
勇者が王族以外になした子。その子供が勇者の職業で無い場合には、王になれるのだ。
現在の名目上の王位継承権第一位は、父親が元王族であるマリー・アレンなのだった。
しかし、父親のマイケル大公は、教皇の娘のパトリシア・アレン枢機卿と結婚したために王族から離れている。
そこが、肝心である。
カイトとマリーの子は王になれない。マリーは女王になる事は出来るが、その子は王さまにはなれないのだ。
つまり、カイトと結婚した王族以外の娘の子には、王さまになれるチャンスがあるのだ。
アンナが王族であるのは、今のところ秘匿されているが、アンナの子もマリーの子と同様に王さまにはなれない。
カイトを巡る状況に、大きな変化が訪れていた。
その事を知らないのはカイトだけだった。
カイトの家の一階。
粗末な作りの、木製のテーブル。
そこにアンドレお手製の料理が並ぶ。
カイトとアンナが、仲良く食事を始めたので、マリーは同じテーブルの席に座った。
そしてクロエとミーシャも立ったまま、料理に手を伸ばす。
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