(仲良し姉妹)
「オリガ姉さま、髪切った? それにお胸も、成長してるわ。母さまに教わった、オッパイ大体操の成果ね」
ニハハ――綺麗な歯並びを見せ、笑う幼女。
第一王女のオリガは、成績優秀、眉目秀麗な才女であったが、胸の大きさにはコンプレックスを抱えていた。そうして、母親のアレクサンドラ女王に悩みを打ち明けて、相談に乗ってもらっていたのだった。
「ああ、変わらない。今度こそ、本物だ。本物のマリヤ姉さま」
アンナは膝を落とし、目の前の幼女と同じ目の高さになる。
「姉さまどうしたの? マリヤは妹ですよ。それに涙まで流していて、変です」
可愛らしく、小首を傾げる。
アンナの両目から流れ出る大量の涙を、小さな人差し指でぬぐっていた。
「姉さま、驚いて下さい、ワタシはアンなのですよ。六歳のアンは魔法を使って、十六歳の高校生に変身したのです」
涙声で、無理矢理に笑顔を作るアンナ。
「え!? うそー! あなた、アンなの? えー、嘘だぁー」
疑いの目を向けるマリヤ。
「アンは知っていますよ。マリヤ姉さまは、魔法授業を抜け出すためにニコラエ宮殿一階の隠し扉を使って、中庭に逃げ出していた事実を……」
「ああ、やっぱりアンね。その場所は私が発見して、アンだけに教えたのよ。宮殿が作られてから長い時間が経って、忘れられた秘密の扉」
マリヤは、アンナの顔をマジマジと見る。
「それよりも、姉さま――」
アンナはゆっくりと立ち上がり、マリヤをベッドに座らせて、自分も左横に寄り添うようにして腰掛けた。
「――あの時の事を、覚えていないのですか?」
優しく両手を取り、向き合う。
「え? あの時」
「あの日の……王宮の……地下の……」
「え! しししし、知らない! 全然、知らない!」
急に険しくなるマリヤの表情。頭を振り、耳を手で塞ぐ。
目を強くつむる。
「いいのです、いいのですよ、姉さま。無理して思い出さなくて、いいのです」
アンナは焦る。十年前と変わらぬ、七歳の幼女の姿で現れた実の姉。
記憶も、感触も、本人であると確信をする。
遺跡内で見た、幻の姉ではない。
「うん。ゴメンネ、アン。思い出そうとすると、頭が痛くなって、怖くて」
顔を青くして震えだしたので、話題を変えようとする。
「あ、そうだわ姉さま。懐かしい顔を見かけたのです。それは……」
「え? なになに?」
その時だ。
「す、すまない! マリヤ殿下が出現したというのはホントか?」
息せき切って駆けつけたのは聖戦士のクロエ・ブルゴーであった。
彼女は、茶色い男物のパジャマを着ていた。背の高いアンドレの寝間着であるのか、手と足の部分を幾重にも折り返している。
すっかりと小さな姿になってしまったクロエは、マリヤの前でチョコンとひざまずく。
この場の一同が注目していた。
「アラ、あなた。何処かでお会いした事がなかったかしら」
マリヤはクロエに向けて言った。
クロエの真の姿は、初等部一年の頃とそう大差のない形態だった。
「そ、そうです殿下。王立学園の初等部の入学式で、お会いしました。
「んー、そうだっけ? ンハハハハ。今日は、そんな人ばっかりね。ウフフフフ」
アゴに手を当ててチョッピリ考えたが、どうやら思い出せないようで、笑顔を作って誤魔化していた。
その辺は、アンナによく似た性格であった。
「あの時の事を謝りたくて、急ぎ馳せ参じました」
カイトがミーシャに連れ出されて、一階で一悶着合ったのを聞きつけて来たのだった。「あの時?」
「ええ、入学式の最中に、畏れ多くも殿下が話しかけられていらっしゃったのに、ワタシは虫の居所が悪くて、殿下に向かって怒鳴りつけるという、大変に失礼な態度を取ってしまいました」
頭を下げたまま語るクロエ。
「ああ、あの事ね。いいの、いいのよ。私は、学園にはあんまり行きたくなかった。だから、丁度良かった。それなのに母さまやオリガ姉さまは、お友達を沢山作れ、成績のトップになれとうるさかったのよ」
「え? 姉さまは学園に行きたくなかったのですか」
隣に座るアンナが優しく声を掛ける。
「うん、そうなの。地下にいっぱい動物さんたちや虫さんたちを、お母さまや姉さまに内緒で飼っていたから、その世話をしなくちゃならなかったの」
「そうなのですか。ピーちゃんをその檻に押し込んで、隠れて飼ってましたものね」
アンナは得心が行く。宮殿の地下の一室にマリヤが勝手に置いた檻や虫カゴの数々。
でも、直ぐに飽きてしまったのか、世話の方は妹のアンやアンドレが行うことになったのだが……。
「わたくしも、殿下が入学した翌日に学園を辞められて、心を痛めておりました」
マリーは、遠慮がちに顔を上げて言った。
「うん。怒ってなんかないよ。それよりも、みんなに心配掛けちゃってゴメンネ」
マリヤは、ペロリと小さく舌を出す。
「そうそう姉さま、先ほどの話のつづきです。懐かしい顔を見つけました。ピーちゃんですよ、ピーちゃん! 王宮の高い塀の内側に落ちていた、あの、ゼリー・モンスターですよ!」
アンナはシミジミとした空気を変えるために、マリヤの好きな話を持ちかける。
大好物の話題なのだ。
「知ってるわ。だって、ピーちゃんは――私、ですもの……」
「え!」
ポン!
何とも、情けない音がした。
「「「!」」」
アンナ、マリー、クロエの三人は、それぞれ体を硬くしていた。
パタ、パタ、パタ。
マリヤのいたベッドの上で、飛び回るゼリー・モンスターのピーちゃん。そして、消えた金髪幼女。
「ま、まさか、姉さまの正体は、ピーちゃんなの」
飛んでいるモンスターを抱きとめて、アンナは言った。
そういえば、ミーシャに取り出されたピーちゃんのステイタスカード。そこの名前欄に記されていた、マリヤ・ニコラエヴァの名前。
「ピピ」
つぶらな瞳のピーちゃんは、肯定の意味でそう鳴いた。
「確かに、不思議なモンスターだ。『ヤマタノオロチ』に変化したときにも驚いたが、人間の――それも、亡くなった人に――姿を変えるとはな」
赤髪美少女のクロエも、立ち上がりゼリー・モンスターの顔を見つめていた。
太く低い声だった以前のクロエ。今は、か細く高く変化していた。
しかし男性口調であるのは、変わらなかった。
「こう仮定できますわ、クロエさん。アンナさんが、マリヤ殿下と王宮の庭でピーちゃんさんを見つけられたのは、『ヤマタノオロチ』が、王宮の結界に触れて落ちてしまった後と考えられます。マリヤ殿下のお姿や、水竜の形態から、何かのショックがあるとゼリー・モンスターに戻ってしまうのでは、ないでしょうか。わたくしたちを『黒龍』から救った後も、自然にピーちゃんさんに戻られましたわ。王宮の悲劇の時に、ピーちゃんさんも遭遇した。その時に何かの不思議な力が働いて、マリヤ殿下との融合が起こなわれたのでは? でも、分からない事が沢山あります。ミヨイ湖の湖底の遺跡にどうして、いらっしゃったのでしょうか? その辺をお聞きしても構いませんか、殿下」
マリーは、アンナからゼリー・モンスターを受け取って優しく語りかける。
ピーちゃんとの一件は、旅館の食事時に知らされていた。
ポン!
今度も、何とも言えぬ軽い音がした。
「うーん。覚えてないわ、ゴメンネ……えっと……アナタの名前は、何だっけ?」
マリーの胸に抱かれるマリヤは困惑していた。ゼリー・モンスターや水竜の時の記憶は、全てが引き継がれているワケでは無いのだ。
「わたくしの名前は、マリー・アレンです。お見知りおきを、殿下」
「オ……いや、ワタシの名前はクロエ・ブルゴーです。ワタシはニコラエヴァ王家に使える戦士の家系です。困った時には、何なりとお申し付け下さい」
二人はマリヤに対し、うやうやしくも頭を下げる。
「でも、姉さま。あの連れ出された男の子の前では、このお姿をとられないようにして下さい。あのカイトには、ワタシがアナスタシアであることは内緒なのですよ」
アンナはマリヤの肩に、手を乗せる。
「分かったわ。女は謎の部分が多い方が魅力的だと、お父さまも言っていたからね」
ニシシ――お互いが歯を見せて笑い合う、マリヤとアンの姉妹だった。
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