(因縁の相手)
「何や! ヤツは、潜るで!」
ミーシャは叫ぶ。
「え? 見えないよ」
カイトは目懲らすが、暗い湖面は真っ黒で『黒龍』の体の色と同化しているのだ。
今の時間は月も出ていないので、空の星だけが僅かに光っている。
「相手も、コチラの巨大モンスターに対しては、敵わないと判断したのだろう」
クロエも目を細め見つめていた。『黒龍』の背中に開いた穴に蓋がされて、大急ぎで潜ろうとしているのが、辛うじて分かる。
170メータルの長さと13メータルの幅の超大型モンスターに、狙いを定めている伝説の水竜は、ゆっくりと羽ばたいて空中で停止していた。
「姉ちゃん?」
アンナからの反応が消え、妙に大人しくなったので心配するカイト。
「アンナさんは、今、『ヤマタノオロチ』と意識を同調されています。コレが、『大魔導師』の能力の一つなのでしょうか」
弓を構え、湖の一点を狙っているマリーは、後ろを振り返らずにそう言った。
「兄ちゃん。今なら、姉ちゃんのオッパイ触り放題やで」
下品な笑みを顔に貼り付かせて、ゲヘヘと笑うミーシャだった。
「そんなことはしません!」
カイトは凝視していたアンナの胸から視線を外し、前を向く。
「『黒龍』の背中前方にコブがあります。そこを狙っていますが、どうでしょうアンナさん?」
アンナに向けて通信魔法を送るマリーだった。
「ええ、大丈夫。ようやくと、コツを掴めそう。行くわよ、ピーちゃん!」
アンナからの返答は、マリーにしか聞こえていない。
「「「「「「「「キシャ」」」」」」」」
空中に浮かぶ水竜が反応する。
八つの頭に八つの尻尾が、金色に光る。大きな二枚の翼をゆっくりと動かして、滞空姿勢を留めている。
全長50メータルの巨大な体を軽々と浮かべていた。
「一点突破よ! 『草薙の光り』」
アンナの声が皆の頭の中に響く。これも『大魔導師』の能力の一つだ。
ガッ!
音と共に、パーティーの皆に衝撃波が襲ってきた。神秘の防具『エメレオン』は物理・魔法攻撃を防ぐが、音波などはそのまま伝えてしまう性質があった。
カイトの髪と、丘の上の草が揺れる。
八つの光りの列が、湖の手前で一つにまとまる。そのまま、湖面から沈み込もうとしていた『黒龍』の体前方のコブへと迫る。
「惜しい!」
クロエが叫んだ。
一本の太い光条が、『黒龍』にぶつかる前に、水面に衝突する。
光線の熱量が、瞬時に付近の水を蒸発させる。水中で大量の水蒸気の泡が出現し、辺りをかき乱していた。
だが、急速潜行した『黒龍』にダメージを与えられず、そのまま逃走を許してしまっていた。
そして、湖面で反射した光りの一部が、アンナの開けた山腹の穴を通過していく。
「まあ、いいでしょ。これで、再び襲ってくるような事は無いわよね。『エメレオン』装備解除!」
意識を自分の体に戻したアンナが言うと、鎧は白く発光しそのままステイタスカードへと戻っていく。
「ね、姉ちゃん」
パンツ一丁になるアンナの姿。その時、カイトの両目が背後から小さな手でふさがれる。
(な、見えないぞ!)
ミーシャに目隠しされるカイトは、不満の声を心の中で漏らす。ヤッパリ、アンナのオッパイを眺めていたい十五歳の年頃の少年だったのだ。
「のぞき魔の目を塞いでおいたで。姉ちゃんらは、今のうちに制服に着替えな」
「の、のぞき魔とは失礼ですわ、ねえ、カイト君。ステイタスカード起動! 『ブロークン・アロー』『過激な水着』、装備解除!」
「うひゃあ! 生徒会長さんは、オッパイもでかいけど、乳輪と乳首の方も大っきいんやな。巨乳とは、すべからくそうナンや。残念な、ダメダメオッパイや」
悔しそうな声を出すミーシャだった。
(え? え? えええ?)
カイトには、何が何やら分からない。
「ざ、残念オッパイとは何ですか! ダメダメとは失礼ですわ! 乳輪も乳首も小さくて、綺麗なピンク色の敏感乳首チャンですわ!」
「わたくしの声真似をしないで下さい、アンナさん!」
ニハハと笑っていたアンナは、既に王立学園の高等部女子制服に着替えている。
「アハハハハ。メンゴ、メンゴ。もう、着替えが終わったよ。目隠しを解いてあげなさい」
優しげなアンナの声と共に、ミーシャの手がカイトの両眼を解放する。
「あ!」
「あ!」
丁度、『炎の鎧』の装備を解いた瞬間のクロエと目が合った。
彼女は装備の下に白いTシャツを着ていたが、激闘が続き、すっかりと汗だらけになっていた。
その時だった。悪運も重なる。
ザザザー。
一瞬にして、雨が降り出していた。『草薙の光り』によって発生した大量の水蒸気が、雲となって雨になり降り注いだのだ。
雨に濡れ、クロエの肌にピッタリと貼り付くシャツは、透けていた。
鍛えられた筋肉の上に、更なる巨大な乳房があった。
コチラも、小さくてピンク色の乳輪と乳首だった。
「あ…………」
マジマジと見てしまうカイト。言葉が出ない。
「あ…………、エッチ」
クロエは顔を赤らめて、彼に背中を向けた。
◆◇◆
――午後八時二十五分。
ガリラヤ村、カイトの実家。
「ヒュン!」
「アイタ!」
「ピピピ!」
カイトを始めとする、勇者の五人と一匹のパーティーはタミアラの街からこの場所に飛んだのだった。
「街の警護を、ティマイオス国軍に引き継がなくて良かったのですか?」
マリーは、カイトの家の地下書庫の床にお尻をしたたかに打ち付けたミーシャに向く。
「ああ、ウチは官憲にしてみれば、お尋ね者やからな、エエンヤ。今は軍隊がやっと到着しておる頃やろけど、部下のブッチたちに任せておけば安心や」
ミーシャはそう言って立ち上がり、お尻をさすっていた。
他の四人は転移魔法の着地は上手くいったが、始めての経験の、大盗賊で黒頭巾団の頭目であるミーシャは床に足を突き出すタイミングを掴めないでいた。
「転移魔法の着地は、大縄飛びの要領と一緒だ。魔法で転移した瞬間に、一斉に飛び上がり両膝を曲げる。そうして到着した時点で、足を突き出すんだ」
慣れたものよ――そんな感じのクロエは、薄暗い地下書庫を珍しそうに見ていた。
クロエの父、アンドレ・ブルゴーが集めた書籍が並ぶ本棚。
そこに近寄っていく、クロエ。
「ここが、カイト君の育った家ですのね」
「ピピ」
肯定の言葉である。
マリーの胸に抱かれたピーちゃんが何やら答えていた。水竜『ヤマタノオロチ』になっていたのが、今は元に戻っている。
「姉ちゃん、姉ちゃん!」
アンナの側に寄り、耳打ちするカイト。
「何よ、懐かしいの自分の家が? ほんの二日ぶりでしょ」
「違うよ、おじさ……」
カイトは、クロエとアンドレの不意な遭遇に用心する。こんな場所で親子の再会が行われても――心配し、アンナの制服の裾を引っ張るカイトだった。
バン!
地下書庫の入口のドアが勢いよく開いた。
「アンナさま、カイト君。今、お帰りですか? 予定には無かったはずですが……」
何も知らないアンドレが、アンナの方ににこやかに語りかける。
「ウン。まあ、緊急処置ね」
ポリポリと頭を掻くアンナだった。タミアラの街に留まるのも、王都に戻るのもためらわれていた。アンナの方も魔法力を大きく消耗していたので、近い距離のガリラヤ村が選ばれたのだ。
アンナがクロエの方を向くと、彼女は口をあんぐりと開けて、固まっていた所だ。
彼女の右手だけが、プルプルと震えている。
「ところで、この方々はアンナさまのご学友ですか?」
アンドレは、ミーシャ、マリーとそれぞれの顔を見て、軽く会釈を繰り返していた。
クロエの番となり、そこで止まる。
「と、父ちゃん……」
やっと振り絞った、クロエの小さな声。
「やあ、始めましてみなさん。アンナの義理の父親の、アンドレ・ブルーです」
彼は偽名を名乗り、三人に深々と頭を下げていた。




