(ゼリー・モンスターの秘密)
「みんなは、ひと固まりになって近づいて! 『エメレオン』の防御結界で守るわ!
その前に、カイト。ピーちゃんを拾って来て」
「え? あのゼリー・モンスターを?」
カイトは首を傾げながらも、いまだに気絶しているピーちゃんを回収するために走る。 今は、学園の男子制服姿に戻っていた。
「カイト君に向かわせて大丈夫ですの?」
マリーは心配する。
「いいの、湖とは逆の方向だし、ピーちゃんはアタシたちの切り札なのよ」
アンナはマリーに向けて、笑顔で言った。
「切り札? あの小さな体でか?」
クロエも疑惑の目をアンナに向ける。
「まあ、王家の血を引く『アナスタシア』第四王女の言葉を信じるが良い」
アンナはニハハと笑い、満更でもないような表情を浮かべる。
「ね、姉ちゃん! つ、連れてきたよ」
わずか、数十メータルの距離を往復しただけで息の上がっているカイトだった。
意識の無いゼリー・モンスターを抱えている両肩は激しく上下し、手はプルプルと震えていた。
しかし、ついさっきまで大怪我で死にかけていたのだ、これは仕方が無い。
「ミーシャ、ステイタスカードの摘出をお願いできるかしら」
「全く、人使いの荒い、おネーチャンやな」
ブツクサと文句を言いながらも素直に従うミーシャ。その後、アンナは神秘の武具による結界を展開する。
(うわ! やっぱ、グロテスクだよね)
カイトは思う。可愛らしいゼリー・モンスターの顔に侵入していくミーシャの小さな手。それがカードを探し当て、勢いよく出て来たのであった。
「取り出したで」
「かして!」
ミーシャにねぎらいの言葉を掛けるワケでもなく、カードを引ったくるように奪うアンナだった。
「依頼料は高いで!」
「ええ、100万ゴールドで足りるかしら」
アンナはミーシャの方には向かず、ピーちゃんのステイタスカードを見つめ、必死に指を滑らしている。
名 前:ピーちゃん
年 齢:17歳
性 別:女
職 業:ゼリー・モンスター
レベル:99
「ひゃ、100万って、そんなこと言って、嘘やったら承知せえヘンで」
「ええ、アタシにはこれ以上はお金は必要無いから」
「気前エエな」
「ええ――あ、コレね。ゼリー・モンスターの職業変更! 出でよ! 水竜『ヤマタノオロチ』!」
アンナが叫ぶと、カードが強く発光し、項目が変更される。
名 前:ヤマタノオロチ
年 齢:17歳
性 別:女
職 業:水竜
レベル:99
そうしてゼリー・モンスターの姿も青白い光りに包まれていた。
そのままピーちゃんを掴んで、結界に開いた穴からポイ――放り捨てる冷徹なアンナだった。
「何だと!」
クロエが叫ぶ。
「ま、まぶしい」
マリーは手で顔を覆っていた。
「ピーーーーー!!!!」
ピーちゃんの声が響く。
(うひゃあ)
カイトは耳を塞ぐ。断末魔の様な、激しい叫びだったからだ。
「何や、急に静かになったな」
周囲を見渡すミーシャ。陽がすっかりと落ちている。照明のない平原なのだが、勇者の仲間たちの顔がハッキリと見えていた。
『エメレオン』の発する青白い冷たい色ではない。
勇者のパーティー全員の顔や防具が、暖かげな金色に光っている。
その光源を探すべく、顔を上げたミーシャ。
「うわ!」
そう言って結界内で尻餅を突く、大盗賊ミーシャ・フリードルだった。
「どうしたんですか」
勇者カイト・アーベルは、手を伸ばしミーシャを起こそうとする。
「かかか、カイト君、う、上、上」
大神官マリー・アレンが右手人差し指を天空へと指し示していた。
顔は、驚愕でわなないている。胸も一緒にプルプルと震えている。
「凄いな。遺跡内のレリーフ像とそっくりだ、なぁー」
そう言って上を向き、口を開けたまま固まる聖騎士のクロエ・ブルゴーだった。
「フン――これが、四千年前の『アナスタシア』女王が従えた、二匹の龍のウチの一匹よ。『黒龍』をギッタンギッタンに叩きつぶして仕舞いなさい! 行け!『ヤマタノオロチ』」
大魔導師のアンナ・ニコラはニッコリ笑って、湖の方向を指差した。
「「「「「「「「キシャーア!」」」」」」」」
八つの頭が、それぞれに反応する。
バサ、バサ!
大きな翼で羽ばたくと、近くに立っていた木々がしなり、葉っぱをすべて飛ばしていた。
「わあ」
驚いて腰を抜かしたカイトだった。助け上げたはずのミーシャと共に、草むらにドスンとお尻を突く。
「凄いヤン。なあ、兄ちゃんな」
ミーシャはカイトに抱きついていた。
「ホラ、何しているの! 攻撃が来るよ。まとまっているんだよ」
アンナはカイトの近くに寄り、彼の耳を引っ張る。
ボ、ボ、ボ、ボ、ボ、ボ、ボ、ボ、ボ、ボ、ボ、ボ、ボ、ボ、ボ、ボン!
『黒龍』の背中に開いた、十六個の穴。そこから一斉に都市破壊兵器『トビウオ』が飛び立ったのだった。
それぞれが、意思を持っているかのように、別々の方向に向かう。
「アカン! アッチは街の方向や! 『トビウオ』が一匹でも落ちれば、街のみんなが死んでまう!」
『少女戦闘服』を着るミーシャは立ち上がり駆け寄ろうとした。
ドン――アンナの着る『エメレオン』の結界に阻まれる。
「任せて! ピーちゃん! 光線攻撃よ、なぎ払いなさい!」
アンナは左手を鎧の腰に当てて、右手を真っ直ぐに突き出す。
「キシャー!」
中央の首の一つが、振り向いて返答した。
シュバ、バ、バ、バ、バ、バ、バ、バン!
水竜のそれぞれの頭。その口が大きく開かれて、青白い光が放たれる。
その光条が、暗くなった空を縦横に走り回る。
「ふぇ、えええ」
腰を抜かし、ミーシャの足元に座っていたカイトが声を漏らしていた。
バ、バ、バ、バ、バ、バ、バ、バ、バ、バ、バ、バ、バ、バ、バ、バン!
一瞬にして、十六匹の『トビウオ』が打ち落とされていた。
赤い炎が夜空に広がる。
カイトは、故郷のガリラヤ村の夏祭りで見た、花火の大輪を思い出す。もっとも、貧乏な村なので、花火は一発きりではあったが――。
この空には、十六連の打ち上げ花火の壮大さがあった。
「ねえ、マリー。湖の『黒龍』に照準をロックできないかしら?」
カイトに寄り添っていた『過激な水着』を着るマリーに向け、結界の中心部に居るアンナが提案する。
「『魔法照準』の事でしょうか? それを使って何を?」
「ウン。『ヤマタノオロチ』の各個の攻撃は絶大だけど、空を飛び、首を柔軟に動かす水竜には、一点を狙う攻撃は不得手なのよ」
「分かりました。『ブロークン・アロー』出現、『魔法照準』展開……でも、これでどうやって?」
大きな弓を出現させ、弦を弾く。今度は、魔法の矢は出現させずに、弓の前に十字の光る照準だけを出す。
左目が青く光るマリー。
「聞こえる? このままアナタの魔法照準の演算結果を通信魔法でアタシに送って欲しいの。アタシの方は、『ヤマタノオロチ』に意識を同調させるから」
そう言った、アンナの目から光が消える。差し出していた右手が、ゆっくりと下がっていた。
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