(温泉で湯煙)
「ふぅ……生き返るね。眺めも抜群だし、今は霧が晴れて見渡しが良くなったからね」
湖のよく見える、旅館の露天風呂。その岩場に腰掛けて、ビキニの水着を着るアンナが言った。
早朝に入ったときには、霧に覆われて真っ白な世界だった。あの時の遺跡内部のように……。
湖は透明度が高いため、濃い藍色を湛えていた。太陽光を受け、キラキラと水面が光っている。
「湖の形が真円で、深さもあるからな。自然の中に溶け込んだ人工物だから、妙なアンバランスさが――逆に調和が取れているように感じる」
黒の競泳水着を着るクロエも湯船の端に浸かり、湖に手を浸ける。
赤い髪の後れ毛が、色っぽいな――カイトは口までお湯に浸かりながら、そんなことを考える。
「ここの温泉の効能は、美肌効果だと聞きましたわ。飲んでも胃腸によいのだそうです」
お湯を両手ですくい、ゴクゴクと飲み干すマリー。
「カイト君の浸かるお湯は、美味ですわ~」
「!」
驚いて顔を上げるマリー。
「アンナさん!」
マリーの口調を真似たアンナはニヒヒと笑って、お湯の中に頭までザボンと沈む。
「なあ、兄ちゃんな。ウチの肌がスベスベなんは、この温泉のお陰なんやで。そもそも、この近くに温泉が湧き出たのも、四千年前の『アナスタシア』女王陛下が、自分のステイタスカードと大陸中から集めたお宝を収めるべく、生前に陵墓を作ったからなんや。女王の強大な魔法力を使って、地面に大きな穴を開けはった。その影響が、地下深くに及んでお湯が吹き上がってきたんや」
カイトの右真横に陣取る紺スク水のミーシャは、彼の右手を取って自分の左肩を触らせている。
本当は嫌なのだが、相手に気を使って手を引っ込めないでいるカイト。
「あら、カイト君だってスベスベですわ。それよりも、手に貼り付くような極めの細やかさを感じます。そう――まるで、赤ちゃんのよう」
カイトの左肩に頭を寄りかかっているのは、ほぼ全裸に近い『過激な水着』を身につけたマリーだった。
長い銀色の髪の毛を濡らさぬように、頭の上でまとめて白いタオルを巻いている。
カイトの水着の開いた背中をペタペタと触っている。
「ね! チョッとスキンシップが過ぎるんじゃないの!」
「ベチャ!」
アンナがそう言って投げた、丸めた手拭いがマリーの顔面の中心に命中する。
「むぅー。何ですのアンナさん! アナタはお姉さんなんでしょ、わたくしとカイト君の親密さが増すように応援するどころか、邪魔ばっかりして!」
ザバァーと立ち上がるマリー。
お湯を押しのけた豊かな胸は、タユタユンと揺れていた。
「ほぇー」
それを下から見上げるカイトは、感心した声を出す。
カイトの肌を散々褒めていたマリーだったが、彼女の胸の表面やお尻では水を弾いていて、綺麗な水滴となって落ちていく。
「ピピ、ピピピ」
お湯は苦手だったのか、露天風呂の上を飛び回っていたピーちゃんが、カイトの頭の上に着地する。
「あ、冷たくて何か気持ちイイかも」
カイトはずっとお湯に浸かり放しだった。他のメンバーの水着姿を見るよりも、他人に自分の水着姿を見られる方が嫌だった。
「ホンマか? ああ、ヒャッコくて気持ちエエなぁ。ほんで、ヤラかくてプニプニしとるの」
カイトの頭の上から奪い取り、自分の頬に押しつけてスリスリとしている。
「ピピピ! ピー、ピッピ!」
抗議の声を上げているのか? 嫌そうな表情になる。
「そういえばオマはんも、特殊アイテムを持っておるのかの? ゴールドもタンマリ持っておるんかのぉ? ステイタスカードを、ウチに見せてみ。し、心配センでもエエで、痛くせえヘンから。優しく、ねぶるように、ヌチョヌチョと」
「ピィー! ピピ!」
ミーシャの手が、ピーちゃんの顔の部分に伸びる。
「大占い師の特殊技能、『カード摘出』!」
ムニュと音がして、赤ちゃんのような小さな手がゼリー・モンスターの顔面に埋まっていく。
「ヤメテあげて! ピーちゃんがかわいそうだよ」
カイトは、手を掴み止めようとするが容赦しない。グロテスクでスプラッタな画面だ。
「ピー、ピー、ピーィイイイ!!! イィ……」
断末魔のような悲鳴。やがて、消え入るような声。
「おっ、取り出せたで。どれどれ」
「キュー」
興味はカードの方に移っていた、興味が無くなったゼリー・モンスターの方は、乱暴に投げ捨てるミーシャ。
「ピーちゃんさん。大丈夫ですの?」
気を失った魔物を胸で受け止めるマリー。人間とは違い、モンスターにとってはステイタスカードの摘出は多大な負担が掛かるようだった。
名 前:ピーちゃん
年 齢:17歳
性 別:女
職 業:ゼリー・モンスター
レベル:99
ミーシャは淡々と読み上げる。
「ピーちゃんが、名前なのかい? ビックラこいた」
アンナは驚いていた。十年前に名付けたのは、姉のマリヤだった。その名前がそっくり採用されているのだ。
モンスターのステイタスカードに隠されている謎。じゃあ、『ウロボロ子』や『ヨルムンガン子』のような、センスのない名前の名付け親の正体は?
「これで17歳なのか、オレと同じ年齢だな。しかし、ゼリー・モンスターのレベル99とは強いのか弱いのか、全く判別が出来ないな」
腕を組むクロエは、唸っていた。ピチピチの競泳水着の生地が、太陽光を浴びて光る。
「ですが、アンナさん。ピーちゃんさんを、今後どうするつもりですの?」
「え、どうするって?」
マリーの質問の意味を理解していないアンナだった。
「モンスターを一緒に連れて歩くのはどうなのか――と、申し上げているのです。この宿に連れてくるときもピーちゃんさんに隠れて貰って、お部屋の窓から入れたのですわ。このまま、学園の女子寮に連れ帰るつもりですか? それとも、カイト君の実家で飼うつもりなのですか?」
「うーん、そこまでは考えが及んでなかったわ。でも、ピーちゃんは害はないでしょ。弱っちい魔物だし、みんなに説明をすれば分かってくれるでしょ」
いたって脳天気なアンナだった。
「そんなワケには、いかへんで。モンスターを意味もなく怖がる人間は、現実にはたくさん存在するんや。十三年前に、モンスターに襲われて壊滅した海洋都市『エナリオス』の出身の学生も大勢おる。当時は小さい子供やったんで、優先的に避難させられたけど、家族を失った人間は大勢おる。ウチの両親も、その時に死んだんや」
ミーシャからの意外な告白。
曾祖母が大占い師サーシャ・フリードルであるのに、盗賊に身をやつしたミーシャの運命。
「そうだったのですかミーシャさん。でも、ミーシャさんはモンスターを恐れませんね」
「そやな。だって、アイツらを倒すとゴールドを得られるし、アイテムも持っておる。お得やろ。そんで、オマエは何か、持ってヘンのかいな!」
再びピーちゃんのステイタスカードを見るミーシャだった。
「おお? 名前欄をいじられるヤン。ていうか、いじった跡がある。なんや、マリヤ・ニコ……」
「ザバッ!」
血相を変えてミーシャに詰め寄るアンナ。お湯をかき分けてやって来る。
「貸しなさい!」
「な、なんや」
カードを奪い取られまいと抵抗するが、アッサリと手渡していた。アンナの凄い剣幕に圧倒されたのだ。
「名前、年齢、職業、レベルを変更できるわ。職業欄は……」
そう言って顔色がハッキリと変わるアンナだった。
「どうした?」
「ううん、何でもないわ、何でもないの。それよりも、今後はピーちゃんのステイタスカードを勝手にいじられないようにロックを掛けます」
クロエに向けて首を振り、アンナはカードに手をかざして、何事かを呟いていた。
「姉ちゃん……」
アンナは重大な隠し事をしている。カイトはハッキリと確信した。
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