(え! カイトの性転換?)
お待たせしました。再開します。しばらくは毎日19時に更新予定です。
――午前七時四十六分。
ミヨイ湖湖底、王家の遺跡入口。
「えー、ボク入れないの?」
勇者カイト・アーベルは、一人結界内に取り残されて戸惑う。せっかくの最初の冒険なのに、肝心な所で役に立たないのだ。
でも、役立たずのポンコツなのは今に始まったことではないので、それでイジイジとイジケる事はなかった。
家事をやらせてもダメだったし、故郷のガリラヤ村では家畜のエサやりが精々の仕事。
近所の人に頼まれてヒツジの番をやっても、二三匹は確実に逃げ出す始末。
でも、その役割を一生懸命に、こなしていた。
そこがカイトの長所でもある。本人に深刻さが無く、脳天気なのがせめてもの救いだった。
遺跡の入口に表示された古代文字は、『女性以外は立ち入り禁止』と表示されている。まあ、当のカイトは古代文字も読めずに、さっぱりピーマンなのであったが……。
古代文字は、学園の高等部の授業で始めて習う。26個の記号の組み合わせで、全ての文字を現す表音文字の一種である。
だがカイトの目には、ミミズがのたくったようにしか見えないのであった。
「まあ、仕方無いな。カイト君は、この場所で待機だ」
伝家の秘宝『炎の鎧』を装備した大戦士クロエ・ブルゴーは、遺跡内部に戻ろうとする。
「待って下さいクロエさん。アンナさんが張ったこの結界、作った本人が遠くに離れて魔力の影響が及ばなくなったら、一定の時間が経過すると自動的に壊れてしまいますわ。わたくしの防御結界も同様ですし、どうしましょう……」
(本当にどうしましょう。カイト君のピンチ! ……ですわ)
勇者パーティーの知恵の泉、王立学園の高等部の生徒会長の大賢者マリー・アレンは、細いアゴに右手の人差し指を当てて思案する。
「女性しか入れないのなら、カイト君を女の子に変えてみてはどうだ」
クロエはぶっきらぼうに言う。まあ、無理な話だとは本人も理解している。苦笑いを浮かべる大戦士だった。
クロエなりに、気を使ったジョークなのだ。
「アンナさんにお願いしてみては? もしくはミーシャさんに。アンナさんはステイタスカードを偽造していたと告白しましたわ。ミーシャさんも、職業欄を操作しているとの話ですし」
マリーは真剣に話す。
「やって、みます」
「「え?」」
「やります」
「「えええ???」」
カイトの言葉に、クロエとマリーの二人は驚きの表情を浮かべる。
ポンコツのオマエに何が出来るんじゃ――そんな目を向ける。
「カイト君は、その……魔法は使えないのでしょう?」
マリーの優しく諭すような言葉。母親のように慈母愛に溢れる言葉。
「そのだな、ヤケになるな。アンナとミーシャを呼び戻してこようか?」
クロエの情けない者を見るかの様な目。不憫な子を哀れむ目。
(ボクだって、みんなの足手まといになりたくないんだ!)
「ステイタスカード、起動!」
カイトは始めて、自分で自分のカードを取り出す事になる。
アンナやマリーたちの見よう見まねであったが、存外上手くいく。自分の胸の中から摘出し、顔の前にかざす。
もう、誰かに頼り切るのはゴメンだった。
「えっ…………と、性別欄書き換え!」
出任せのヤケだった。
(コレで、何とかなるのかな)
しばらくの時間、自分のカードをジッと見つめる。
数秒後、カイトのステイタスカードが、激しくオレンジ色に明滅を始めた。
「え? え?」
カイトは自分のカードを見る。性別欄の項目がオレンジ色に光っていた。
「男」→「女」
表示されていた文字が切り替わる。
すると――。
「カイト君! かかかかかかか、カイトきゅん!」
マリーが驚いて、ズズズと後ろに下がった。
ドン――と、背中が遺跡入口の壁に激突する。驚愕のためか、彼女の尖ったアゴ先がワナワナと震えていた。
「お、オマエ……」
そう言って絶句するクロエ。鎧の右手が、ダランと垂れ下がる。彼女の口も同じように開かれて、呆然の表情を浮かべる。両目が点になっていた。
「え?」
カイトには、自分の身に何が起こっているのか、実感は無い。
マリーとクロエ、二人の両極端な反応に戸惑っていた。
「せ、生徒会長さん。どうして、ボクを避けるんですか?」
カイトはそう言って、遺跡の中に踏み入っていく。男子禁制のこの遺跡にスンナリと入れる彼は、自覚もない。
カイトの元の声も、男子にしては高い方だったので、小さな喉仏が消えていることにも気が付かなかった。
自身の声質の変化を、不自然だとは思っていなかった。
もちろん、胸の膨らみの変化も小さくて、唯一の体の大きな変化は――股間のイチモツが消滅してしまった事。
まあ、こちらも元々のサイズがアレなので、本人は気にも留めない。
「か、カイト君。遺跡に入れましたね。そ、それに顔立ちが更に可愛らしくなって……」
マリーは、今度は興味津々の顔で寄ってきて、カイトの右手を取る。
(ハッ! 柔らかくて、スベスベの手!)
カイトの手を両手で強く握りしめる。
(な、何かイイかも! カイト君が女の子になったら、合法的に一緒のお風呂に入ったり、合法的に一緒のベッドで眠ったり。この校外実習が終わったら旅館のお部屋で二人きりになって、合法的にシッポリと……)
妙に鼻息の荒いマリーに圧倒されるカイト。
フン! フン! と、マリーの顔がカイトに迫る。倒錯した彼女の愛情表現。
「さあ、先を急ごう。二人は奧まで進んで行ったぞ」
クロエは、遺跡の階段を指差す。アッサリとした反応だった。だが、大戦士クロエの右手は震えていた。美少女に変化したカイトに、驚いているのだ。
(オレは、女の子は苦手で、嫌いなはずだったが……)
カイトの顔かたちが、むしゃぶりつきたいほどの好みの造形とは、口に出して言えない大戦士さまだった。
――遺跡一階、第一の部屋。
先行するアンナとミーシャの二人は、同時に最初の部屋に踏み入った。
広い場所である。二人が入ったことで部屋全体の天井、壁、床が白く発光する。自動点灯する魔法照明が設置されているのだ。
恐るべし! 四千年前の魔法科学。
「なんも、あらヘンで」
20メータル四方の石壁の部屋。天井の高さは5メートルほどだ。ミーシャは部屋の中央へと進み、見渡す。
キラキラと光沢のある壁材質。壁面に大盗賊ミーシャ・フリードルの小っちゃい姿がボンヤリと映る。
部屋の内部を埋め尽くす王家のお宝を期待したが、空振りに終わってガックリと肩を落とすミーシャ。
反対に、宝を守護するモンスターに対して身構えていたアンナは、振り上げていた右手をゆっくり降ろす。
「そうね、何もないわね。それに――」
部屋の出入口はアンナたちが入って来た場所だけだった。他には扉さえ無さそうだった。
「――ここで、行き止まり?」
「用心しいや。こういった遺跡には、落とし穴みたいな罠が決まってある。他の遺跡で、ぎょうさん死んだのを目撃したでぇ。床下が開いたと思ったら、お尻から頭まで――ブッツリ――鉄の槍で串刺しや!」
ミーシャのおどろおどろしい言葉。彼女は気楽そうに歩いているように見えるが、歩みは慎重であった。床には1メータル四方の石版が並ぶ。盗賊の特技なのだろうか? アンナもミーシャの足跡をたどっていた。
「あの音の正体は、何だったんだろうね」
アンナも部屋の中央に進む。部屋の入口で聞いた猛獣のうめき声に似た音。
「こういう部屋には、隠し扉があるはずなんや」
ミーシャは奧まで歩き、壁をペタペタと触っていた。
「ふむ……」
アンナは部屋の中心地点に立ち、周囲を360度見渡す。
「にゃあ!」
正面からミーシャの声がした。壁の石版の一箇所が10センチメータルほど引っ込んでいた。その真下の床がポッカリと開いている。
大盗賊は、忽然と姿を消していたのだった。
「大丈夫?」
アンナは床の穴の縁まで進む。下をのぞき込み、ミーシャに尋ねる。穴の底まで5メータルほどの深さがある。
「怪我はしてヘン! ウチは大丈夫や。ホラ、この底に横穴があるで」
穴の底からのミーシャの声。
「そう、それは良かった。アタシは先に進むからさ、それまでそこで救助を待っててね♪」
アンナは冷静に言って、ウインクをする。そうして、ミーシャを置き去りにする。
アンナは、目の前の壁に開いた入口を入って行った。高さ2メータル、幅1メータルの細長い入口。
細い階段があり、更なる上階へと続いている。
「なー、助けてぇーなあー。この高さは、盗賊のウチでも越えられヘン! なー聞いとるのかーい! おーい、無視かいな。そんな殺生なぁー」
ミーシャの声が遠くなる。
「盗掘除けのトラップが作動すると、次の扉が開くのよ。先に進むにつれて、旅のお仲間がドンドン減っていくわ。カイトは男子禁制で入れないから、次は生徒会長さんか、大戦士さんに落っこちてもらいましょう。そうしましょう」
人一人がやっと通れる細くて急な階段。角度が四十五度はある。
アンナは慎重に、左手で壁を触りながら伝い進みする。
ニコラエヴァ王家に代々伝わる伝説の通りだった。
母や姉たちから聞かされた、昔話。子守歌。わらべ歌。
その中に、重要な伝承が隠されているのだ。
「白い壁には、落とし穴♪ 気安く触っちゃ、なりませぬ♪ 仲良しこよしの、お仲間が♪ 一人減っては、金の味♪ もう一人減っては、銀の武具♪」
楽しそうに節を付けて歌うアンナ・ニコラ。彼女は、伝説のエッチな防具『エメレオン』が、この歌の謎に隠されていると確信していた。
長い階段を登り切り、小さな部屋に出る。
「うーん。大切な大切な、お仲間の到着を待ちましょう。ここは金の味がするのかしら?」
ポン――音がして、部屋が明るくなった。5メータル四方の小さな部屋。高さも同じくらいで、キューブ状の部屋だった。だが、何も無い。
猛獣のうめき声も、今は聞こえない。アンナは耳を澄ます。
「ねーえ! アンナさん! 上の階に上がってますのー?」
階段の方向からマリーの呼ぶ声が聞こえてきた。
「えー! そうよー!」
首をそちらに向けて、大声で叫ぶ。
「アンナさーん! ミーシャさんが落っこちてますが、助けなくていいんですかー!?」
マリーの問いかけ。
「大丈夫よ! 後で救出に向かうから、早く上がってきて!」
アンナはそう言って正面に向き直す。口の端を上げてニヤリと笑みを浮かべる。
階段を勢いよく駆け上る音。
「来た来た来た。早く来て、罠に嵌りな、乳牛さん」
アンナは小さく言って、ヒヒヒと口を押さえ笑う。
「姉ちゃん!」
階段を勢いよく昇ってきたのはカイトだった。
「え? どうして、アンタが!」
アンナがカイトに向く。目が合った。
「え?」
部屋の奥に到達したカイトが、壁に手を当てた。スポン――抜けた音がして、カイトの足元に50センチメータル四方の穴が開いた。
「え、ええー!? えー!!」
カイトの声。穴の中は滑り台状になっていて、彼は滑走して落ちていく。彼……いや、彼女の悲鳴が、段々と小さくなってくる。
「アレー、カイトー。なにやってんのー?」
アンナが呆れた声を出すと、パタンと壁の一部が前方に倒れ、次への扉が開いた。
「ハァハァ、か、カイト君はどうしました?」
息を切らし、胸を揺すってマリーが階段を上がってきた。
「罠だらけの遺跡だな。どうやら、命には別状は無いようだが……」
ゆっくりとクロエも階段から出てきた。天井が低かったため、首を曲げて歩きにくそうにしていた。鎧姿であるため、階段のアチコチに体をぶつけていたのだ。
「どうして、カイトのヤツが入れたの?」
アンナはマリーに聞く。
「カイト君は、自分のステイタスカードの性別欄を変更したのです。それよりもアンナさん。アナタは色色と、この遺跡の秘密を知っている様子ですけど……」
マリーは疑いの目を向ける。
アンナは目線を逸らし――。
「何の事でしょう? さあ、次に進みましょう。そうしましょう」
マリーの背後に立ったアンナは、背中を押して次の部屋へと誘導する。
「ええ? な、何ですの?」
後ろをふり返りながら、戸惑うマリー。
「アナスタシアさまのお墓には♪ 女の子しか、入れませぬ♪ 入った女が、見る先は♪ 竜が出るか、蛇が出るか♪ 毒持つヘビに気をつけな♪ しゃべるヘビにも気をつけな♪」
小声でブツブツと歌うアンナ。マリーは怪訝な顔をしながら、振り返る。
「な、何ですの? その、気持ちの悪い『呪いの手毬歌』は?」
「いいの、いいの。それよりも、カイトのヤツが女体化かぁ~。ステイタスカードは、謎が多すぎるのよね。アイツがカードをいじれるのかぁ~」
感慨にふけるアンナは、マリーの背中を押して大きな部屋に出た。その後ろから、鎧姿のクロエが慎重に入って行く。
「き、気持ち悪い像ですわね」
マリーが指差した先。奧の壁には、妙にリアルな龍のレリーフがあった。頭が八つもあり、マリーの良く知る想像上の竜とは違い、体中がウロコで覆われている。
「伝説の女王『アナスタシア』が、退治して従えた水竜だな。頭部が八個あって、尻尾も八本もあり『ヤマタノオロチ』と呼ばれている。元は、黄色人の神の使いのはずだったが、四千年前の国家平定の際に、女王の建国神話に取り込まれてしまった。同様のことが赤色人の神の、火噴き竜『ザラマンダー』にも言える。『アナスタシア』の支配に、もっとも抵抗したのが黄色人と赤色人の二つの種族だった。その二つの竜を配下に置いたのが、ニコラエヴァ王家の紋章に繋がる」
『炎の鎧』をまとうクロエが歩み出し、ドラゴンのレリーフに近づく。
20メータル四方の大きさの壁全面に彫られた像が、今にも動き出しそうであった。
全体を確認するため、上を見上げる。
「像の真ん中に、縦に切れ目がありますわ。何かの機構が動作すると、開くようになっていますのね」
マリーは不用意に近づき、像に触ろうとする。
「用心しろ! トラップが仕掛けてあるぞ!」
クロエが注意し、マリーは右手を引っ込める。
「チィッ!」
アンナは小さく舌打ちする。仲間を、罠の犠牲にするつもりでマンマンだった。
目的の為には手段を選ばない、彼女の冷酷な一面。
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