(湖の遺跡)
――午前七時二分。
ミヨイ湖畔。
「この湖に、九年前に幾筋もの光りが落ちたのだな」
クロエが言った。勇者さまご一行+大盗賊は、湖に突き出た桟橋に立っている。
「そうや、九年前の春先に湖に漁に出た漁師が目撃したという話や」
「九年前……」
ミーシャの言葉を受けて、カイトはポツリと寂しそうに呟いた。
その様子をアンナは見る。
九年前にカイトの父親、先代勇者の『ジョー・ジャック・アーベル』とカイトの双子の妹アイが姿を消した。
アンナにも、ジョーとは親友の大戦士アンドレ・ブルゴーに何も告げずに、父娘は行き先も言わずに旅に出て、帰ってこなかった。
「この湖に、お父さんとアイさんが来たかもね」
「え? この場所に?」
アンナの言葉に戸惑うカイト。
「なあ、勇者の兄ちゃんや。この街が、『墓守の街』と呼ばれる理由を知ってるかぇ?」
「さ、さあ……。ニコラエヴァ王家の遺跡がこの街の近くにあるんですよね。街に住む人々は、王家のお墓を守っているんですよね」
ミーシャの問いに、カイトは答える。
「ニャハハ、兄ちゃんはおめでたいなぁー」
「え? じゃあ、どんな理由があるんですか?」
ミーシャに笑われて、プックリとむくれるカイト。
「カイトが知るわけないじゃない! この街は、王家のお宝を狙った『墓荒らし』たちが集まって、自然発生して、ここまで発展した場所よ。湖の近くには、王家に由縁のある人々の墓があって、大半は暴かれてしまったけど、肝心の伝説の女王の『アナスタシア』のお墓は見つからないのよ」
アンナはスラスラと語る。その辺の事情を知っているようだった。
アンナは、何度かこの街の近くに転移して遺跡の調査を行っていたのだ。
「そうや、この街の近くはあらかた掘り返されて、お宝なんて残ってヘン。もう、四百年も繰り返されている作業やで、ペンペン草も生えヘンやん」
「え? 四百年も?」
カイトは率直に驚く。
「そや、だからウチは考えたんや。山を動かし、川の流れを変えた、大魔法使い『アナスタシア』の仕業やで、この湖の形を見てみ。正確な円形で作られている。このミヨイ湖を、ウチは四千年前に作られた人工湖やと推理したんや。そやから、本命の『アナスタシア』のお墓は、湖の底にあると睨んでる」
ミーシャは、鼻高々に語り、他の四人から注目を浴びる。
「ですから、九年前の流れ星は、王家の至宝『エメレオン』が、湖の底の遺跡に帰っていったと分析するのですね。ふぅーむ」
マリーはそう言って湖の底をのぞこうと試みる。桟橋の上から身を乗り出すが、昨日の雨の影響か、少し濁っていて見えにくい。
普段は、湖を優雅に泳ぐ魚たちを見ることが出来るのだ。
「うむ、宿の従業員に聞き取りをしたが、この湖は不自然に深くて、普段は透明度が高いが、決して底をのぞくことが出来ないと。それに、湖には未知のモンスターがいるとの話も耳にしたな」
「も、モンスター?」
カイトは凶悪な魔獣の姿を想像し、自分の肩を抱いて震える。
「ミヨイ湖のミヨッシーなんて居るかもよ。見つけたら、捕まえて見世物にしましょう。この街の新しい観光名所になるわ」
アンナはニハハと笑って、桟橋の突端まで進んだ。
「なあ、姉ちゃん。湖に潜る方法がある――ちゅうーのは、ホンマかいな?」
ミーシャがアンナの後ろに続き、尋ねていた。
「うん、簡単よ。空力魔法と防御魔法の二つを上手く調整すると、水の中に潜れるのよ」
簡単な事よ――そんな顔をするアンナだった。
「そんな事が出来るのですか? アンナさんには驚きの連続ですわ」
マリーは素直な感想を述べる。一人で同時に二つの魔法を展開できる人物は、数は限られる。高レベルの大魔法使いであることに違いない。
「魔法の天才とは居るものだな。四千年前の『アナスタシア』女王は、現在に連なる魔法体系を作り上げた本物の天才だ。それにより、当時発見された化石燃料や錬金物質に頼ることなく、今の文明レベルを維持し続けている」
クロエも語り、カイトの肩をポンと叩いてアンナの元に進む。
(化石燃料? 錬金物質? 高等部になったら、色々難しい事を習うんだ)
カイトは聞き慣れない言葉に戸惑っていた。
「じゃあみんな、集まって集まって。もっと、寄って寄って。二つの魔法を駆使するからさ、バランスが難しいのよ。ハミ出たら、水に突っ込んで窒息しちゃうよ」
「か、カイト君ごめんなさいね」
アンナに言われ、マリーはカイトに体を押しつける。
「う、うん」
豊満なお胸に、窒息しそうになるカイトだが、この感触も悪くないと思うようになってきた。
「筋肉の姉ちゃん、い、痛いで」
「仕方無いだろ、ガマンしろ」
ミーシャは、クロエの体に押しつぶされそうになるが、ガマンすることになる。
「じゃ、行くわよ。空力魔法! 円環の輪!」
アンナが叫ぶと、ドーナツ状の空気の流れが無数に出来てそのまま固まる。皆の回りに出来ていた。
「よし、防御魔法! 絶対空気の壁!」
アンナの声で、白く光る球形の力場が出来て五人を包んでいた。少し圧縮された空気を固定した。
「おお、凄いヤン」
「静かにして、ここからが肝心なの」
アンナは右手を上げ、手のひらを微妙に動かして、球形の空気の膜を動かす。
「浮いた!」
カイトは足元を見た。ゆっくりと体が浮いて湖の中心地点へと進んで行く。
「へー」
マリーが感心した声を漏らす。
「ここからは、大賢者の生徒会長さまの協力が必要なのよ」
「え?」
アンナに言われ、首を曲げて彼女の方を向くマリー。
「このまま水に潜ると、水圧に押されて球形の防御壁が安定しないの。大賢者さまの防御魔法で、内側から支えてくれないかな? ネッ♪」
アンナにウインクされながら言われて、顔を赤らめるマリー。
「こ、こうですか? 同じ大きさの球形の防御結界を展開すればよろしいのですね。防御魔法!」
さすがは大賢者であった。アンナの作る心許ない結界を、内側から強化し補強する。
「じゃあ、潜るね」
アンナの言葉で、五人はゆっくりと湖に沈んでいく。
潜行は順調であった。
「アンナ姉ちゃん。空気が無くなることはないよね」
カイトは不安となり、アンナに尋ねる。
「さあ、こんなに長時間、しかもこんなに深く潜るのは初めてだからね。息が苦しくなったら、大賢者マリーさまの治癒魔法で介抱してもらいなさい」
アンナは軽口を叩いた後に、真剣な表情に戻る。彼女でも困難な任務に属するのだ。
「治癒魔法ですか?」
マリーはカイトの顔を見る。彼がピンチになったら、人工呼吸でも何でもすると誓うのだった。カイトの赤くなっている唇を凝視するマリー。
「あれは何だ! 暗くて見えにくいが」
「ちょいと、待ってーな」
150メータル近く潜り、湖中も太陽光が差し込まず暗くなってくる。
クロエが指差した方向に、大盗賊の照明アイテムを向けるミーシャ。指向性の高い、青白い光だ。
光条が水中を進み、湖底を照らし出す。
「何や、アレ」
ミーシャが指差す。そこには銀色に光る四角い物体があった。
「四角い……いや、四角錐だな。ピラミッドだ」
クロエは抜群の視力で湖底に横たわる物体の正体を見破った。
湖の底に眠る、王家の遺跡はピラミッド型をしていた。カイトたちの乗る大きな水泡は、遺跡の建物に徐々に近づいて行く。
ピラミッドの小型版は、大陸のあちこちに見られる。ニコラエヴァ王家以前の古代王朝の遺跡であるが、建造の目的はよくは分かっていない。
「うわー、デカイ!」
カイトは感嘆の声を漏らす。遺跡の高さは100メータルほどはある。湖面から湖底までの深さは500メータルなので、今までよく見つからなかったものだと感心する。
「や、ヤッパリでかすぎるのも困りものですか? アンナさんみたいなお手頃サイズが、オトコノコの好みなの?」
マリーは顔を赤らめてカイトに聞く。
「ち、違いますよ、会長さん。おっぱいの話ではなく……」
「ホラホラ、何二人でイチャコラしてんのよ! ねえ、入口はここでイイのよね」
アンナが言う。
球形の結界の張られた空気の固まりは、ピラミッドの南面の底辺部分に到着していた。
入口を思わせるように、二本の石柱が立っている。
結界が湖底に着床すると、長年の堆積物が立ち上り、湖の水が濁ってしまう。
「みてみ、参道みたいに石畳が整備してあるで」
ミーシャは石畳を照明で照らし、その先のピラミッドの壁面に光りを向ける。
「あそこから入れそうですね。でも、魔法錠が掛かっています」
マリーが指差した先には、白い石で出来た大扉が見える。
「じゃあ、大賢者さま。お得意の鍵開け作業を、お願いチャン♪」
アンナが言い、結界の面が扉に触れる。
「凄いな。長年水に浸かっているのに、コケさえ生えていない」
クロエはペタペタと扉を触る。豪勢にも白い大理石が使われていた。
「ステイタスカード、起動! 魔法錠アイテム、装備!」
マリーは叫び、自分のステイタスカードを呼び出して、大きな開錠アイテムを取りだして扉に差し込む。金色の錠を左に90度倒して、鍵を開ける。
ガチャリ!
大きな音がして、ゴゴゴゴゴ――振動が足元から伝わってくる。
「扉が!」
カイトは驚く。遺跡の入口が、ひとりでに開いていくからだ。アンナの作る結界が蓋となり、内部への水の浸入を防いでいた。
「凄いヤン! 中には階段があるで! お宝の匂いがプンプンや!」
ミーシャが先走り、遺跡内の階段を一段飛びで昇っていく。
結界の空気の膜を易々と越えて行った。
「大丈夫そうね。内部には、呼吸の出来る空気もあるみたいだし」
アンナはそう言って、ゆっくりと遺跡内に入って行く。先行したミーシャを偵察か斥候のように使っていた。
「うむ、念のため鎧を装備しておこう! ステイタスカード、起動! 『炎の鎧』装着!」
用心深いクロエは、ティマイオスでも最強クラスの防具を装備した。
「わたくしは、皆さんの防御を担当しますね。怪我をした場合には治癒に徹します」
マリーは、恐る恐る踏み込んだ。キョロキョロと周囲を見渡す。
「最後尾を守るのは、ボクか。しんがりを努めるのは、勇者の証」
カイトは結界で守られた空気の泡から一歩踏み出す。
ゴン!
遺跡の入口で、何モノかに阻まれて入ることが出来ない。
「イテテテテ」
鼻をしたたかに打ち付けて、結界の内部で尻餅を突くカイト。
「アンタ、何やってるのよ!」
階段の上から、アンナが叫ぶ。
「待ってよ、姉ちゃん。何か、おかしいんだ」
カイトがおずおずと手を伸ばすと、見えない壁に阻まれて、遺跡内に入れないでいた。手に当たる固い感触。
「おーい! ここの場所は、おもろいで。進んだ先から灯りが点くんや。四千年前の遺跡とは思えんな。天井や、壁自体がポワーンと光ってるんや」
階段を二十四段上った先に、真っ直ぐの廊下がある。幅は2メータルほど、高さも同じくらいだ。その場所からミーシャが叫んでいた。
天井や壁が魔法照明で光っていく。
「うわー、ホントだ! 四千年前の魔法科学、半端ねぇ!」
アンナはカイトを放っていて、一人先に進んでいた。
「どうした」
クロエが引き返し、結界内部に顔をのぞかせる。
「あの、中に入れないんですけど……」
カイトはオドオドと語る。勇ましい大戦士クロエ・ブルゴーに対して、何となく苦手意識を持っている。
「カイト君。何か不具合でも?」
マリーも戻って来て尋ねる。周囲に気を配れる大賢者の優しさだ。
「遺跡の内部に入ろうとすると――」
カイトは実際に行動で示す。足を一歩踏み出して、進入しようと試みるが見えない壁に阻まれて立ち止まる。
アチコチを触るが一歩も侵入できない。パントマイムか何かのような動作に見えて、滑稽であった。
「――こ、こうなるんです」
情けない顔をマリーに向ける。
「何かの障壁があって、カイト君だけに作用しているのだな。こうしてみてもワタシには何とも無いが」
クロエは結界と遺跡内部を何度も行ったり来たりして、何事も無いとアピールする。
「クロエさん、ここを見て下さい! 『女性以外は立ち入り禁止』と書かれていますわ」
マリーが指差した先、入口の壁の横に小さく文字が彫られている。古代文字であるので、カイトには判別出来ない。
一方、その頃。
――遺跡一階、第一の部屋。
先行するアンナとミーシャの二人は、入口から進んだ先に大きな部屋を見つける。
「チョット待ちな! 何やら聞こえてくるで」
ミーシャは部屋の入口の影に隠れ耳をそばだてる。
「それは、大盗賊の秘技なの?」
アンナは立ち止まり、制服の胸の前で腕を組んだまま言う。
「いや、聞こえへんのかいな? こんなに大きな……鳴き声? いびき?」
ミーシャがこっちに来いと手を振って呼ぶので、アンナは首を一回コキと鳴らして、入口にまで駆けつける。
「グガガガガガガ、グゴゴゴゴゴゴ」
アンナが耳をそばだてると聞こえて来た音。
「何かしら? 王家の遺跡を守護する大魔獣でも、居るのかもね」
気楽に言う、アンナ。
「この部屋を越えないと先に進めへんで。ウチが先に踏み込むから、魔法で援護をたのむな」
「ええ、分かったわ。でも、あんまり先行しすぎないでよね。火炎魔法が通用する相手なら良いけど」
そう言って立ち上がり、右手の人差し指の先に、ポッと炎を出すアンナだった。
「行くで!」
「ええ!」
二人は同時に踏み込んだ。
次回より、レベル07「遺跡から 現れ出でた 大魔獣」をお送りしま……。
すみません、最初に謝ります。忙しくなってきましたので、しばらく更新が出来ません。
一ヶ月を目処にして、再開を考えています。再開時には活動報告にてお知らせします。
本当にすみませんでした。
姫宮 雅美




