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勇者と魔法とエッチな防具  作者: 姫宮 雅美
レベル06「盗賊の 鼻を明かして 宝取れ」
39/95

(ミーシャとの格闘戦)

「え?」

 カイトは驚く。その後、瞬間的にミーシャが姿を消していた。


「にゃーあ! 熱い熱い! あちい!」

 次の時間にカイトは、燃え上がった炎に包まれるミーシャを目撃していた。しかも立つ位置はアンナの直ぐそばであった。瞬時に移動していた。


「ふう……。やっと喋れる」

 アンナを拘束していた縄が緩み。ようやく彼女の身体を解放する。絡みついた縄を解いて、アンナは立ち上がった。

 紫色のドレスがよじれていて、色っぽさを醸し出す。


「姉ちゃん、大丈夫?」

 カイトは心配して駆け寄る。アンナは呼吸が出来るようになり、青白くなった肌に赤みが戻り、ピンク色の頬をしていた。

「はあ……。ああ、大丈夫。心配してくれてありがとさん」

 アンナは優しくカイトの頭を撫でていた。

 照れるカイト。


「アチチ、アチチー!」

 いまだにミーシャは、炎に包まれていた。どうにか消そうと試みていて、ピョンピョン跳ねながら体中をバタバタと叩いている。

 ミーシャは手に持っていたステイタスカードを、バラバラと床にぶちまける。

 でも――。


「あれれ、熱くないや」

 近寄ったカイトがミーシャの炎に手をかざしても、全く熱さを感じなかった。



「これは、幻影魔法ですわね。相手と周囲に炎に包まれているような幻覚を見せる、高等魔術」

 マリーは冷静に、アンナの使った魔法を解説する。


「そうなんだ。じゃあ、カチコチに固まったブッチさんも――」

 カイトは床に横たわる氷漬けの盗賊団の体を触る。

「――わぁ! 冷たい!」

 驚いて体を離すカイト。


「げ、幻影魔法?」

 ようやくと、自分の体には異変が起こっていないと気がついたミーシャは、落ち着きを取り戻す。

「ステイタスカードは返して貰うぞ!」

 クロエは床に散らばったカードを拾い上げた。


「ね、姉ちゃん。このままだったらブッチさんたち盗賊団の人たちは、凍死しちゃうよ! 許して上げて」

 カイトは抗議の声を上げる。心優しい彼なのだ。

「いいじゃん別に……。街のゴロツキを退治して始末したのよ。街のリーダーに表彰される、善行だわ」

 あっけらかんと言うアンナ。カイトは知っている。アンナが時折見せる冷酷さ、冷徹さには賛成できない事がある。

「助けてあげてよ。殺してしまうほど、悪いことはして無いよ」

 カイトの慈悲。

 フッ、甘いな――アンナはカイトをチラリと見て言い、不敵な笑みを浮かべた。


「ちきしょう! よくも!」

 ミーシャが叫んだ。

 彼女は、再び消えた。だが、数メータル離れた位置に出現し、床に倒れたまま自分の体を掻きむしっている。

「虫、虫、虫、虫、虫、虫、虫! 嫌、嫌、嫌、嫌、嫌、嫌、嫌!」

 泣き叫ぶミーシャ。


 カイトも彼女の身体を見る。ミーシャの体中を灰色の毛虫が這い回っていた。だが、幻影と思い手を伸ばす。

 一匹の毛虫がカイトの手に乗った。体長は、5センチメータルほどと大きい。矢鱈と長い毛も特徴的である。毛の長さは2センチはある。気持ち悪いソイツが、手のひらの上でムニョムニョとうごめいていた。

「うわ!」

 慌ててはらい落とすカイト。


「降参や降参! 許して、許して! 仲間も助けてくれ! お願いだ、いや、お願いです! 助けて! 助けて下さい! 堪忍やぁ」

 泣きわめくミーシャの姿。

「アハハハハ、キャハハハハ。チョー可笑しい。アハハハハ」

 両手でお腹を抱え、笑い出すアンナ。涙まで流していた。

「姉ちゃん! ヤメテあげてよ!」

 カイトは叫ぶ! 彼は目を閉じ、耳を塞ぐ。

 大好きな姉に、ここまで残酷な一面があるとは知らなかった。


(こんなのは、アンナ姉ェじゃないよ!)


「分かったよカイト。ゴメン」

 アンナは真顔に戻り、右手を挙げた。

 ミーシャの体を這う毛虫は消え、彼女の手下の氷も無くなる。


「ふぅ……。た、助かった?」

 ミーシャは体を起こす。彼女の着ていた服はビリビリに破られ、仄かな胸の膨らみとポッチリが見えていた。恐怖でパニックになったミーシャ自身が、自分の爪で斬り裂いたのだ。カイトは顔を逸らす。

「お、お頭! 服、服!」

 手下のブッチが意識を取り戻し、頭に巻いた黒いバンダナをミーシャに向けて投げる。

「ああ、あんがとな。すまんな、ブッチ」

 日頃は手荒に扱う部下の温情に触れ、涙目になるミーシャ。彼女はバンダナを自分の胸に巻く。細い体なので、少ない布で事足りるのだった。



「ふぅ……ヤレヤレですわね。アンナさんも趣味の悪い魔法を使いますのね。幻滅しましたわ」

 マリーは吐き捨てるように言い、プィと横を向く。

「趣味が悪いの?」

 カイトは、マリーに尋ねる。

「ええ、まずはミーシャさんが忽然に消えた秘密からお話ししましょう。そうしないと話が理解出来ませんわよね。彼女は、大盗賊の特技・時間泥棒を使ったのです」

「時間泥棒?」

 カイトはポカンと口を開けてマリーを見る。時間を盗むってどうやるんだろ? 必死に考えていた。


「言葉の通り、相手の時間を奪うのです。半径十メータル周囲の人々の動きと意識を、十秒間だけ止める。その間に移動して悪さをする。そうですわよね、ミーシャさん?」

 カイトの質問に答えたマリーは、ミーシャに尋ねる。

「そうや、十秒の間にステージの裏に移動したり、ステイタスカードを取り出したりしたんや。大盗賊だけが使える特技、マリーはんは知ってたんか?」

 酒場の床にアグラをかいて座るミーシャ。覚悟を決めた様子だった。

「ええ、わたくしの執事は元は大盗賊。こういった特技を使いこなしていて、母にも重宝されていました」

「へえー、あの執事さんが……」

 カイトはマリーの執事のサイモン・ペイリーの顔を思い浮かべていた。盗賊とは思えない上品な顔立ちだった。

 そして思う。元大盗賊だったなら、今の職業は何だろうと。羊飼い?



「アンナさんは、盗賊の特技・緊縛を受けていても、魔法を使えたのは意外でした。高度の緊縛魔法を受けた時と同じく、体中の筋肉や声帯までも動かせなくなりますからね」

 落ち着き払い胸の前で腕を組むマリーは、静かに言った。

「ああ、目玉は動かせるからね。アタシの作った魔法アイテムを、目の中に入れてあるのよ」

「え? 目の中に? そんなのを? 異物が入って、痛くないの? 自分で、作ったの?」

 カイトは心配そうな顔を向ける。


「うん、大丈夫よ。薄い凹面状のガラスを、魔法アイテムに加工して入れているのよ。眼球の動かす方向で、使える魔法が変わるの。特殊なレンズにもなっているから、視力も強化されるのよ」

 自慢げに語るアンナ。彼女がこんなアイテムを自作したのは、全ては『魔導師』レベル99の相手への対策だ。

 入学式の後、学園からカイトの家に帰って、地下書庫に籠もって作成した。

 いつか、学園長のブルカ・マルカに復讐するつもりだ。


「ふぅーむ。そんなことまで魔法で出来るのだな」

 クロエはアンナの言葉を受け、率直な感想をもらす。全く持って驚くことばかりが起こると感じていた。

 アンナは魔法の天才である。

 持って生まれた天賦の魔法才能だ――その考えが確信に変わる。魔法面では凡人以下のクロエには、想像もつかない使い方をしてくる。


「それで凍結魔法と幻影魔法を使ったのですね。でも、ミーシャさんが時間泥棒を使ったと、おわかりになったのはいつですの?」

「うん、アレ見てた」

 マリーの質問に、ステージ横の時計を指差すアンナ。この時計はステージの開始時刻を知らせる役目がある。暗くなったステージ横で、魔法ネオンで赤く光って時計の針を照らす。下には「禁煙」との表示が出ているが、客の誰も守ってなどいない。


「時計……」

 同じくアンナの指差す方向を見て、言葉をもらすミーシャ。

「アノ時計には、秒針が付いてるでしょ。チンチクリンの大盗賊が移動したときに、十秒分だけ秒針が一瞬に移動していた。転移魔法などの瞬間移動でなければ、意識操作のたぐいと思ったのよね」

 自慢げにドレスの胸を反らして語るアンナ。ツルペタのミーシャに胸の谷間を見せつけているのだった。


「だけど、毛虫はどうやって出したん? アレは魔法やないやろ? ムカつくけど教えて欲しいわ。この通りや」

 ミーシャもアンナの話に引き込まれていた。珍しくしおらしくなり、頭まで下げていた。

 床に両手を突いて、恭順の意思を見せる。


「ああー、あれね。あれはカイトの体の表面にほどこした、虫トラップね」

「虫の罠? ボクの体に?」

 アンナの言葉に、カイトは驚いていた。


「そうよ。文字通りに、悪い虫がカイトに付かないようにしてるの。カイトに変なことをしてくる乳牛ちちうし除けに用意した罠だけど、引っ掛かったのはイタズラ好きのお猿さんの方だった」

 ニカニカと悪い笑顔を浮かべるアンナ。

「ンモー、乳牛とは失礼ですわ! でも、アノ毛虫は本物ですよね。どこから現れたのですか? そして、どこに消えたのですか?」

 マリーはアンナにゆっくりと近づき、顔を見ながら言った。

「ムッキー! その言い草、超ムカつくわ」

 ミーシャも言った。


「毛虫ちゃんは、カイトの背中に今もいるよ。超・縮小魔法を掛けたヤツだから、カイトにイタズラしようとしたやつに、元のサイズに戻って降りかかって行くの。カイトの家の裏山から拾って来た毛虫よ。懐かしい故郷の香りがするでしょ」

「え? ボクの背中にいるの? え? え?」

 カイトは自分の背中に両手を回し、掻きむしる。


「大丈夫よ。今は背中の毛穴の中に隠されているからさ。ナハハ」

 あっけらかんとアンナは笑う。


(え? 毛穴? そんな中に、いっぱい? いっぱいいるのん?)

 カイトは毛穴の中に詰まっている無数の毛虫を想像して、気持ちが悪くなってきた。


「むー」

 一連のアンナの説明を聞き、マリーは口をとがらす。


(カイト君と良い雰囲気になったときに、漏れなく毛虫が出てきますのね)

 マリーは大賢者としての対処方法を考えていた。視覚強化の魔法で、カイトの背中から見つけ出して排除するしかない――そんな結論を出す。



「ところで、王家の宝の在処を聞くんじゃなかったのか?」

 今までのやり取りを冷静に聞いていたクロエが口を挟む。

「そうだわ。アタシに降参したんだから、全てを話して貰いましょ。そうしましょ」

 アンナは床に座るミーシャに迫る。ニシシと嗜虐的な笑みを浮かべ、両手をワサワサと動かしていた。サディスト・アンナの本領発揮である。


「ぐぬぬ」

 ミーシャは歯ぎしりして悔しがった。毛虫は本当に苦手だった、苦手中の苦手だった。そのために全面降伏してしまった。今になって悔やむ。多少、交渉しておけば良かったのにと思う。

「もう一回、毛虫を見る?」

 アンナの冷酷な問い。

「そやな。王家の宝について、知ってることを洗いざらい喋るわ!」

 ミーシャは覚悟を決める。

 その時。


「ぐぅーうううう」

 お腹の鳴る音。

 一同が顔を見合わすと。

「わたくしです」

 マリーが恥ずかしそうに手を挙げた。


 ――午後六時十二分。


 皆が、酒場の時計を見上げた。

「ちょいと早いが晩飯にしよか。飯を食いながら話をしてあげるで。ウチが美味しいお店を知ってるんや。心配せんでもええで、ウチの奢りや!」

 パン――と、ミーシャが薄い胸を叩いていた。



   ◆◇◆



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