(ミーシャとの格闘戦)
「え?」
カイトは驚く。その後、瞬間的にミーシャが姿を消していた。
「にゃーあ! 熱い熱い! あちい!」
次の時間にカイトは、燃え上がった炎に包まれるミーシャを目撃していた。しかも立つ位置はアンナの直ぐそばであった。瞬時に移動していた。
「ふう……。やっと喋れる」
アンナを拘束していた縄が緩み。ようやく彼女の身体を解放する。絡みついた縄を解いて、アンナは立ち上がった。
紫色のドレスがよじれていて、色っぽさを醸し出す。
「姉ちゃん、大丈夫?」
カイトは心配して駆け寄る。アンナは呼吸が出来るようになり、青白くなった肌に赤みが戻り、ピンク色の頬をしていた。
「はあ……。ああ、大丈夫。心配してくれてありがとさん」
アンナは優しくカイトの頭を撫でていた。
照れるカイト。
「アチチ、アチチー!」
いまだにミーシャは、炎に包まれていた。どうにか消そうと試みていて、ピョンピョン跳ねながら体中をバタバタと叩いている。
ミーシャは手に持っていたステイタスカードを、バラバラと床にぶちまける。
でも――。
「あれれ、熱くないや」
近寄ったカイトがミーシャの炎に手をかざしても、全く熱さを感じなかった。
「これは、幻影魔法ですわね。相手と周囲に炎に包まれているような幻覚を見せる、高等魔術」
マリーは冷静に、アンナの使った魔法を解説する。
「そうなんだ。じゃあ、カチコチに固まったブッチさんも――」
カイトは床に横たわる氷漬けの盗賊団の体を触る。
「――わぁ! 冷たい!」
驚いて体を離すカイト。
「げ、幻影魔法?」
ようやくと、自分の体には異変が起こっていないと気がついたミーシャは、落ち着きを取り戻す。
「ステイタスカードは返して貰うぞ!」
クロエは床に散らばったカードを拾い上げた。
「ね、姉ちゃん。このままだったらブッチさんたち盗賊団の人たちは、凍死しちゃうよ! 許して上げて」
カイトは抗議の声を上げる。心優しい彼なのだ。
「いいじゃん別に……。街のゴロツキを退治して始末したのよ。街のリーダーに表彰される、善行だわ」
あっけらかんと言うアンナ。カイトは知っている。アンナが時折見せる冷酷さ、冷徹さには賛成できない事がある。
「助けてあげてよ。殺してしまうほど、悪いことはして無いよ」
カイトの慈悲。
フッ、甘いな――アンナはカイトをチラリと見て言い、不敵な笑みを浮かべた。
「ちきしょう! よくも!」
ミーシャが叫んだ。
彼女は、再び消えた。だが、数メータル離れた位置に出現し、床に倒れたまま自分の体を掻きむしっている。
「虫、虫、虫、虫、虫、虫、虫! 嫌、嫌、嫌、嫌、嫌、嫌、嫌!」
泣き叫ぶミーシャ。
カイトも彼女の身体を見る。ミーシャの体中を灰色の毛虫が這い回っていた。だが、幻影と思い手を伸ばす。
一匹の毛虫がカイトの手に乗った。体長は、5センチメータルほどと大きい。矢鱈と長い毛も特徴的である。毛の長さは2センチはある。気持ち悪いソイツが、手のひらの上でムニョムニョとうごめいていた。
「うわ!」
慌ててはらい落とすカイト。
「降参や降参! 許して、許して! 仲間も助けてくれ! お願いだ、いや、お願いです! 助けて! 助けて下さい! 堪忍やぁ」
泣きわめくミーシャの姿。
「アハハハハ、キャハハハハ。チョー可笑しい。アハハハハ」
両手でお腹を抱え、笑い出すアンナ。涙まで流していた。
「姉ちゃん! ヤメテあげてよ!」
カイトは叫ぶ! 彼は目を閉じ、耳を塞ぐ。
大好きな姉に、ここまで残酷な一面があるとは知らなかった。
(こんなのは、アンナ姉ェじゃないよ!)
「分かったよカイト。ゴメン」
アンナは真顔に戻り、右手を挙げた。
ミーシャの体を這う毛虫は消え、彼女の手下の氷も無くなる。
「ふぅ……。た、助かった?」
ミーシャは体を起こす。彼女の着ていた服はビリビリに破られ、仄かな胸の膨らみとポッチリが見えていた。恐怖でパニックになったミーシャ自身が、自分の爪で斬り裂いたのだ。カイトは顔を逸らす。
「お、お頭! 服、服!」
手下のブッチが意識を取り戻し、頭に巻いた黒いバンダナをミーシャに向けて投げる。
「ああ、あんがとな。すまんな、ブッチ」
日頃は手荒に扱う部下の温情に触れ、涙目になるミーシャ。彼女はバンダナを自分の胸に巻く。細い体なので、少ない布で事足りるのだった。
「ふぅ……ヤレヤレですわね。アンナさんも趣味の悪い魔法を使いますのね。幻滅しましたわ」
マリーは吐き捨てるように言い、プィと横を向く。
「趣味が悪いの?」
カイトは、マリーに尋ねる。
「ええ、まずはミーシャさんが忽然に消えた秘密からお話ししましょう。そうしないと話が理解出来ませんわよね。彼女は、大盗賊の特技・時間泥棒を使ったのです」
「時間泥棒?」
カイトはポカンと口を開けてマリーを見る。時間を盗むってどうやるんだろ? 必死に考えていた。
「言葉の通り、相手の時間を奪うのです。半径十メータル周囲の人々の動きと意識を、十秒間だけ止める。その間に移動して悪さをする。そうですわよね、ミーシャさん?」
カイトの質問に答えたマリーは、ミーシャに尋ねる。
「そうや、十秒の間にステージの裏に移動したり、ステイタスカードを取り出したりしたんや。大盗賊だけが使える特技、マリーはんは知ってたんか?」
酒場の床にアグラをかいて座るミーシャ。覚悟を決めた様子だった。
「ええ、わたくしの執事は元は大盗賊。こういった特技を使いこなしていて、母にも重宝されていました」
「へえー、あの執事さんが……」
カイトはマリーの執事のサイモン・ペイリーの顔を思い浮かべていた。盗賊とは思えない上品な顔立ちだった。
そして思う。元大盗賊だったなら、今の職業は何だろうと。羊飼い?
「アンナさんは、盗賊の特技・緊縛を受けていても、魔法を使えたのは意外でした。高度の緊縛魔法を受けた時と同じく、体中の筋肉や声帯までも動かせなくなりますからね」
落ち着き払い胸の前で腕を組むマリーは、静かに言った。
「ああ、目玉は動かせるからね。アタシの作った魔法アイテムを、目の中に入れてあるのよ」
「え? 目の中に? そんなのを? 異物が入って、痛くないの? 自分で、作ったの?」
カイトは心配そうな顔を向ける。
「うん、大丈夫よ。薄い凹面状のガラスを、魔法アイテムに加工して入れているのよ。眼球の動かす方向で、使える魔法が変わるの。特殊なレンズにもなっているから、視力も強化されるのよ」
自慢げに語るアンナ。彼女がこんなアイテムを自作したのは、全ては『魔導師』レベル99の相手への対策だ。
入学式の後、学園からカイトの家に帰って、地下書庫に籠もって作成した。
いつか、学園長のブルカ・マルカに復讐するつもりだ。
「ふぅーむ。そんなことまで魔法で出来るのだな」
クロエはアンナの言葉を受け、率直な感想をもらす。全く持って驚くことばかりが起こると感じていた。
アンナは魔法の天才である。
持って生まれた天賦の魔法才能だ――その考えが確信に変わる。魔法面では凡人以下のクロエには、想像もつかない使い方をしてくる。
「それで凍結魔法と幻影魔法を使ったのですね。でも、ミーシャさんが時間泥棒を使ったと、おわかりになったのはいつですの?」
「うん、アレ見てた」
マリーの質問に、ステージ横の時計を指差すアンナ。この時計はステージの開始時刻を知らせる役目がある。暗くなったステージ横で、魔法ネオンで赤く光って時計の針を照らす。下には「禁煙」との表示が出ているが、客の誰も守ってなどいない。
「時計……」
同じくアンナの指差す方向を見て、言葉をもらすミーシャ。
「アノ時計には、秒針が付いてるでしょ。チンチクリンの大盗賊が移動したときに、十秒分だけ秒針が一瞬に移動していた。転移魔法などの瞬間移動でなければ、意識操作のたぐいと思ったのよね」
自慢げにドレスの胸を反らして語るアンナ。ツルペタのミーシャに胸の谷間を見せつけているのだった。
「だけど、毛虫はどうやって出したん? アレは魔法やないやろ? ムカつくけど教えて欲しいわ。この通りや」
ミーシャもアンナの話に引き込まれていた。珍しくしおらしくなり、頭まで下げていた。
床に両手を突いて、恭順の意思を見せる。
「ああー、あれね。あれはカイトの体の表面にほどこした、虫トラップね」
「虫の罠? ボクの体に?」
アンナの言葉に、カイトは驚いていた。
「そうよ。文字通りに、悪い虫がカイトに付かないようにしてるの。カイトに変なことをしてくる乳牛除けに用意した罠だけど、引っ掛かったのはイタズラ好きのお猿さんの方だった」
ニカニカと悪い笑顔を浮かべるアンナ。
「ンモー、乳牛とは失礼ですわ! でも、アノ毛虫は本物ですよね。どこから現れたのですか? そして、どこに消えたのですか?」
マリーはアンナにゆっくりと近づき、顔を見ながら言った。
「ムッキー! その言い草、超ムカつくわ」
ミーシャも言った。
「毛虫ちゃんは、カイトの背中に今もいるよ。超・縮小魔法を掛けたヤツだから、カイトにイタズラしようとしたやつに、元のサイズに戻って降りかかって行くの。カイトの家の裏山から拾って来た毛虫よ。懐かしい故郷の香りがするでしょ」
「え? ボクの背中にいるの? え? え?」
カイトは自分の背中に両手を回し、掻きむしる。
「大丈夫よ。今は背中の毛穴の中に隠されているからさ。ナハハ」
あっけらかんとアンナは笑う。
(え? 毛穴? そんな中に、いっぱい? いっぱいいるのん?)
カイトは毛穴の中に詰まっている無数の毛虫を想像して、気持ちが悪くなってきた。
「むー」
一連のアンナの説明を聞き、マリーは口をとがらす。
(カイト君と良い雰囲気になったときに、漏れなく毛虫が出てきますのね)
マリーは大賢者としての対処方法を考えていた。視覚強化の魔法で、カイトの背中から見つけ出して排除するしかない――そんな結論を出す。
「ところで、王家の宝の在処を聞くんじゃなかったのか?」
今までのやり取りを冷静に聞いていたクロエが口を挟む。
「そうだわ。アタシに降参したんだから、全てを話して貰いましょ。そうしましょ」
アンナは床に座るミーシャに迫る。ニシシと嗜虐的な笑みを浮かべ、両手をワサワサと動かしていた。サディスト・アンナの本領発揮である。
「ぐぬぬ」
ミーシャは歯ぎしりして悔しがった。毛虫は本当に苦手だった、苦手中の苦手だった。そのために全面降伏してしまった。今になって悔やむ。多少、交渉しておけば良かったのにと思う。
「もう一回、毛虫を見る?」
アンナの冷酷な問い。
「そやな。王家の宝について、知ってることを洗いざらい喋るわ!」
ミーシャは覚悟を決める。
その時。
「ぐぅーうううう」
お腹の鳴る音。
一同が顔を見合わすと。
「わたくしです」
マリーが恥ずかしそうに手を挙げた。
――午後六時十二分。
皆が、酒場の時計を見上げた。
「ちょいと早いが晩飯にしよか。飯を食いながら話をしてあげるで。ウチが美味しいお店を知ってるんや。心配せんでもええで、ウチの奢りや!」
パン――と、ミーシャが薄い胸を叩いていた。
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