(盗賊の顔役)
「おお、動けるデブじゃん! でもデブデブー、所詮はデブー!」
アンナは面白い曲芸でも見るかの様に、余裕を持って構えていた。
紫色のドレスの、胸の前で腕を組む。
(姉ちゃん、挑発のしすぎだよ)
カイトは、そんなアンナを心配そうに見つめる。アンナの血の気の多さと短気さは、幼い頃から知っている。負けず嫌いで努力家なのだが、悪い方に転ぶと加減を知らずに反撃に出る傾向がある。カイトには、怒るアンナに殺されかけた事が何度もあった。
「ああ? オメエもトコトン生意気な女だな。この赤毛を片付けたら、今度はオメエを泣くまでいたぶってやるぜ、ぐへへへへ」
ブッチはアンナに向け、口を大きく開けて笑う。
(気持ち悪いわね。あー、よだれが垂れてる。あー、気持ち悪ィ)
アンナは嫌悪感からか、二三歩後ろに下がる。
「ステイタスカード起動!」
今度はクロエの方が叫ぶ。口を横一文字にして覚悟を決める。
「『炎の剣』装備!」
短く言うと、クロエの右手に赤い刀身の両刃剣が現れる。剣を立て、体の方に引き寄せて構える。
「『炎の剣』だあー? でまかせだろうが! こんな餓鬼が手に入れられるような代物んじゃーねえ。本物なら、お宝だあ」
ブッチが言うと、クロエはニヤリと笑う。『炎の剣』は大陸に一本しか存在しない。ブルゴー家の家宝だと聞き覚えのあるブッチ。
クロエの剣からメラメラと炎が立ち上っていた。ブッチは過去に聞き及んだ知識から、それを本物であると確信する。
「大戦士と言えども、魔法は使えないからな。この剣を振るえば、魔法使いの火炎魔法と同じ効果が得られる。まさに百人力だ」
「だ、大戦士だとぅ?」
「ああ、オレは大戦士のレベル47だ」
クロエは自分のステイタスカードを、ブッチに見せる。
「なななな、なにー!」
一歩下がるブッチだが、彼の小さなプライドがそれ以上の後退を踏みとどまらせる。
「ブ、ブッチのダンナ、やっちまって下さいよ!」
「お、おう」
ガラスの破片にまみれた手下の小男に言われ、斧を頭の上に構えるブッチだった。だが小男の方は破片をはらい、そのまま店の出口へと一目散に向かって行く。
「さて、どうする? 子分は出ていったぞ、降参するのは今のウチだ。戦士としてのレベル差は歴然だな。勝てない相手に参ったと言うのは恥ではない。自分の実力を、正確に把握している証拠なのだからな」
クロエはそう言って『炎の剣』をゆらりと動かすと、メラメラと立ち上る炎がブッチの腕の毛を焦がしていた。
「まままま、待て。少し待ってくれ!」
ブッチは左手をあげる。
「何だ、時間稼ぎか?」
クロエは、完全に相手を見下す立場にあった。戦力的にも精神的にも優位に立っている。
「なあ、店は壊さないでくれよ」
今は出番ではないと、手持ちぶさたそうに立っているアンナ。その肩を叩き、店主のロイドが言ってきた。彼の顔面は蒼白だ。借金をして大幅に店内改装をした途端の、珍客……いや、変な踊り子たちの襲来だった。
「ニハハ。うんまあ、努力しまーす♪ ニッカ、ニカー♪」
アンナは歯を見せて、見え見えの笑顔を作る。努力する気なんて、これっぽっちも無いのだ。
(可哀相に、店を目茶苦茶にされるよ)
カイトは思っていた。
彼に色々と触ってくるロイドを、同情する目で眺める。
「さて、斧を見てみろ!」
アゴを上げ、クロエが言った。見事に二つに割れた、男前の形のアゴだった。
「な? なー! な、な、な! あきゃーきゃーあ!! あち、あちち!」
自分の右手を見上げたブッチは、奇声を上げる。自慢の武器がドロドロと溶け出していた。木製の柄が炎を上げて燃え始めたので、慌てて酒場の床に投げ捨てる。
「斧の材料の金属は、1500度に熱すれば簡単に溶ける。『炎の剣』の火炎魔法の特徴は、相手に悟らせずに、そいつの持つ武器を使用不可能にする事だ」
クロエはそう言って、手に持った『炎の剣』の装備を解く。剣は忽然と消え、ステイタスカードの中に戻っていった。
こうやってステイタスカードを使い、重い武器や防具、アイテムなどを簡単に持ち運びすることが出来るのだった。
こういった四人パーティーでも、少ない荷物で旅が出来る。便利な世界なのだ。
「ああー、言わんこっちゃない!」
ロイドは冷静に言う。
ブッチの斧が溶け、熱せられた金属が酒場の木製の床を焦がし、プスプスと煙を上げていた。焦げ臭い匂いが周囲に漂う。
酒場の主人は自分の財産を守るために、ステージ掃除用のバケツに入った水を掛けていた。
「うわ、何にも見えないじゃない!」
アンナが苦情を言う。熱くなった金属は簡単に冷えることなど無い。ぶっかけられた水が水蒸気となり、モウモウと店の中を立ち上っている。
「何だ!」
「火事だ!」
「ヤバイ、危険だぞ!」
「おい! 早く逃げようぜ!」
各各が口々に叫び、ロイドの酒場の客たちは、我先に出口へと殺到する。何も見えない白煙の中、ドタドタとたくさんの足音だけが聞こえていた。
「凍結魔法!」
アンナが叫び、床の融解した金属を凍らせる。シュン――と音がして、酒場内を漂う湯気が瞬時に凍結し、霧氷を作り出す。
「姉ちゃん、寒いよ!」
カイトは、剥き出しの腕を抱いて震えていた。
酒場の天井や壁、床や内装の各所に霜が付く。室内が冬の朝のような光景に変わったので、カイトも驚く。アンナの凍結魔法で、室内の気温までが急激に低下していた。
彼の吐く息も白い。
やっぱり加減を知らないアンナだと、カイトは思っていた。
「ねえ、アンナさん。これでどうやって情報収集しますの?」
マリーが言うのも、もっともだった。酒場の客だけでなく、ブッチまでもが姿を消していた。肝心な情報源を失ってしまった。
「なあ、アンタ。店の床を焦がしたんだ、弁償をお願いしたいぜ。今日のアンタたちのギャラを差し引いても、床板の全面張り替え代金だ。結構な金額になるぜ」
先ほどまで怯えていた酒場の主人のロイドだが、今は厚かましいまでに態度が大きく変わっている。
ズン、ズン、ズンとアンナに迫る。
「えーと、こちらのマリーさまが、全額保証します。何でも買える、不思議なカードをお持ちですからね」
アンナは、両手を差し出して仲間のマリーを紹介する。寒い室内だが、頭から盛大に汗を流す。
仲間のはずのマリーを売ったのだった。
「ええ、このカードの刻印が入った書類と、わたくしの魔法署名があれば、教皇庁からのお金が所定の銀行口座へと振込まれます。ただし、正当な請求書と説明書類の添付が必要です。更に、振込には三ヶ月の期間を有します」
マリーは淀みなく、今後の手続き方法を酒場の主人のロイドに丁寧に説明する。完全にお役所仕事ではあるが、マリーの言う、宗教団体への会計監査が厳しいとの証明でもある。
「ま、まってくれよ。ウチには手持ちの現金は、ほとんど無ぇーんだ。修理も時間が掛かる。それまでの休業補償を今すぐでもくれないと、オイラは首をくくらなきゃなんねえー」
ロイドは顔面から滝のように汗を流す。血走った目で、マリーとアンナの顔を見る。
「そう言われても、ねぇ」
当事者であるアンナだが、万事他人事な感じで両手を上に向け、お手上げだと表現する。




