(酒場の踊り子)
◆◇◆
――午後四時十二分。
ミヨイ湖畔の街タミアラ、ロイドの酒場。
この街唯一の繁華街、その入口近くに街最大の酒場はあった。
魔法ネオンで、ピンクの蛍光色に輝く看板。大きく「ロイドの酒場」との表示が出ている。
店看板は雨で濡れていて、水滴が垂れている。水分で魔法ネオンが短絡して、バチバチと火花と音を出していた。
「ヒュー、ヒュー」
酒場の正面入口。
ギコギコと音を立てて、扉が開く。
派手な衣装を着た四人の踊り子が入って来て、ロイドの酒場にいた客たちは、後ろを向いて手を叩いて喜び、口笛を鳴らす。
彼らは、既にベロンベロンに酔っているのだった。
夕方の時刻だが、まだ陽は高い。早い時間から飲んだくれている連中だ。客の素性が知れるというものだった。
ピィー、ピ、ピィー♪
指笛を吹かれて、当惑の表情を浮かべる黒髪の踊り子。その子は、ピンク色のドレスを着ていた。一見大人しめに胸元は隠れているが、背中の部分が大きく開いて、お尻の割れ目が見えている。誠に大胆で挑発的なデザインだ。
「ああ、ダメだよ、正面から入って来ちゃ! ステージ裏の控え室に回って回って! しかし、今日の娘っ子は可愛いねぇー。手配師のハロルドも、たまにはイイ仕事をやりおる。いつもは、芽の出たジャガイモの煮っ転がしみたいな娘たちだからな」
酒場のカウンターから出てきた店主のロイドに顔をのぞき込まれて、顔を赤くする黒髪の踊り子。
白色人のロイドは酒焼けしたダミ声だった。彼はバーテンダーも兼ねているので、ラメ入りの紫色のシャツを着て、白いズボンをはいていた。黒いベルトのバックルには銀製のドクロが鈍く光る。
「ねぇ、ご主人。一回目のステージの時間は、いつからなの?」
金髪の可愛い女の子に聞かれて、ロイドは鼻の下を伸ばす。宝石のように青い瞳。陶器のような白い肌。大胆に切れ込まれた紫色のドレスの胸元から、豊かな胸の北半球が二つのぞいている。
「四時半からだよ! 既にお客さんは、ヒートアップしているよ。それにそれに、このウサギちゃんはイイけつしてるな! オイ!」
ロイドは、背中を向けている銀髪の青色人の、大きなお尻を撫で上げる。この娘は、黒い網タイツのバニーガール姿だった。白いポンポンの毛玉尻尾が揺れる。
「お、おほほほほほ」
長い銀髪で緑の瞳の美女は、ロイドの方を向いた。顔を引きつらせて笑っている。
先ほどの金髪娘よりも更に豊かな胸に、ロイドは首をウンウンと動かして満足げな表情を浮かべていた。
バニーちゃんは、ウサ耳も似合っている。
出るところも出て、引っ込むところも引っ込んでいる抜群のプロポーションだった。
「主人! 踊りの演目は、どのような種類が好まれているのだ?」
銀髪バニーの前に立ちはだかる、赤髪の大女。
「た、タンゴとか、フラメンコとか情熱的な踊りを好むな。それよりもオメー、男じゃないだろうな?」
筋肉質な体型の赤色人を、下から見上げて言う酒場の主人。ロイドは身長が170センチメータルはあるが、はるかに見上げる大女の登場に戸惑っていた。
疑いの目を向ける。
「失礼だな、ホラ」
前屈みになり、赤いドレスの胸の谷間を見せつけるゴリラ女。
「そ、そりゃ失敬」
灰色の瞳で筋肉の谷間を見た主人は、赤毛の踊り子の元をとっとと離れる。
「そ、それよりも、キミさ。オイラの好みなんだ。公演が終わったら、ウチの事務所まで来ないかな。この酒場の給仕として、ずっと働く気はない? ねーねー、給料ははずむよ」
ロイドは、黒髪の小柄な踊り子の耳元で囁く。
「あ、はあ、はあ……」
恥ずかしげにうつむいて、顔を赤くする踊り子に、ますます興奮するロイドだった。
「お、オイラはさ、未成熟な女の子が好みでね。特に黄色人の美少女は、ど真ん中ストライクなのだよ。ねぇねぇ、歳はいくつなの? おじさん、お小遣いあげちゃうからさ」
「じゅ、十五です」
か細い声。
「そうか、まだ青い果実だけど、オイラは固い果肉は大好物だ。フヘヘ、じゅるじゅる」
金髪をポマードでオールバックにしているロイドは、ほつれた髪の毛を撫で上げていた。そうして、薄気味悪い笑いをし、よだれをすすり上げていた。
「この子が、何か粗相をしましたか!?」
「アイテ!」
金髪の踊り子は、紫色のピンヒールで酒場の主人の足を踏みつける。
「失礼!」
バーン!
銀髪の娘は手に持った銀盆を、ロイドのアゴに叩き付ける。
息のあった連係プレイ。これは二人の年増踊り子の嫉妬なのだと、ロイドはいったん引き下がる事にした。
「ご主人。ワタシたちの控え室は、そこのステージの裏手にあるのだな」
赤毛の大女はロイドに聞く。
「ああ、ああそうだよ。イテテテテ」
ロイドは足とアゴをさすっている。
◆◇◆
――午後四時二十分。
ロイドの酒場、踊り子の控え室。
「ね、姉ちゃん酷いや! ボクが何で女装なんだよ!」
右の拳を上げてプリプリと怒る、ピンクのドレスで黒髪の踊り子。その正体は、勇者カイト・アーベルであった。
勇者パーティーが拾ったトランク。中にあったのは、四人分の踊り子の衣装であった。
追われていた馬車の乗員の荷物なのだろう。
パーティー四人それぞれが、着られる大きさの服を選ぶと、一番小さなピンクのドレスがカイトに振り分けられる事になった。
大きな鏡が四つ並ぶ控え室。鏡の回りに魔法照明のアイテムがあり、前に立つ人物を明るく照らす。
この場所は、踊り子たちがメイクや衣装の準備をする部屋なのだ。
「でも、似合ってるじゃない! ノー・ノー・プロブレムよ。そんじゃ、これからメイクをしてあげる。ますます、男の娘になっちゃうな、うはは。うーん、カイトにこんな隠された面があるとは……いやはや」
アンナは笑いながら、カイトの背後に立つ。鏡台の前に腰掛けて、誰が使ったのかも分からないピンク色の口紅を、弟の唇に塗っていく。
メイク道具は、鏡台の前に備え付けで置いてあった。
カイトの開いた背中に、服からのぞく胸を直接押しつけるアンナ。口紅がゆっくりとカイトの唇に鮮やかな色を乗せていく。メイクの時には、彼女は真剣な表情に変わっていた。
「どうして踊り子の格好までして、街に繰り出したのですか?」
隣のマリーも渋々メイクを始める。目の上に金粉の入ったアイシャドーを塗っていく。
乗りかかった船は既に港を出て、陸地から遠く離れてしまった。こうなればヤケのヤンパチだ。沈没してゆく運命でも、共にする覚悟は出来ている。全ては、カイトの存在のお陰。
なるべく人相が分からない様に、濃いメイクを心がけるマリーだった。
「ティマイオス王立学園の高等部の制服は有名なので、どうしても目立ってしまうからな。それに、学生風情が出向いても軽くあしらわれてしまう。王家の秘宝の情報を聞き出すには、相手を警戒させてはならぬからな」
八人の座れるメイク席の端に一人座り、ポンポンと白粉を顔面に向け叩くクロエ。なんだかんだ言っても乗り気の彼女であった。しかし、化粧に不釣り合いの、筋肉モリモリの二の腕がのぞいている。
色艶の良い褐色の肌が、ドンドン白くお化粧されていく。
「ねえ、ボクは踊りなんか踊れないよ。タンゴだっけ? 鯉のぼりを上げるヤツ!」
カイトは、育ったガリラヤ村の古くからの風習を言う。
子供の誕生を祝い、魚の形の吹き流しを空に上げる初夏の伝統行事だ。
「それは、端午の節句。タンゴやフラメンコはブルゴー先輩さまの故郷周辺の踊りなのよ。フラメンコは、カスタネットを使ったダンスだっけ? 学園の実習で習ったよね」
アンナは、カイトのメイクを終えて、満足そうだった。
カイトの唇の上を這った同じ口紅を、自分の唇に塗る。
そして、舌でなぞる。
「ダンスは一通り習いましたが、それでどうやって情報収集を?」
バニーガールの衣装の、胸の位置を直すマリー。衣装の持ち主よりも、胸のカップが数段大きいためか、どうしてもパイポジがずれてしまうのだった。
その姿を、鏡越しにガン見してしまうカイト。
(Gカップだと言う噂は、ホントなのかな?)
姉のアンナはDカップだと聞かされているので、カップのランクの違いを指を折って確認するカイトだった。
「大賢者さまの聴覚強化で、酒場の客たちの声を聞き取るのよ。アタシの口上で、話は振ってあげるからさ、必要な情報だけを地獄耳で聞き取るの!」
準備の終わったアンナは、マリーに向けて言って立ち上がる。
鏡に反転して写る時計が、四時半を示していたからだ。
「よし! さあ行くよ、ステージにお出ましだーあ!!」
「え? ボクは何を……」
アンナに言われてカイトは戸惑う。
「ロリコンの観客たちの視線を釘付けにしといてよ。スカートをチラチラと持ち上げてさ」
ニヒヒとアンナは笑う。
控え室のドアを開いて、四人は出ていく。




