(偽りの勇者?)
◆◇◆
――午後一時三十分。
総合第一グラウンド、Aステージ。
奇しくも、鎧を装備しない二人の選手が決勝に勝ち上がっていた。
「ガンバッ、テー! クロエさ、まー!」
揃ったかけ声が赤毛の戦士に向けられる。彼女が応えて手を挙げると、
「キャー!!」
黄色い声が返って来る。
(スゴイや)
クロエの正面に立つカイトはそんなことを思う。これまではアンナの魔法で加勢されて何とか勝つことが出来た。
一回戦を除いて、対戦者は全て女子だった。
二回戦では相手の剣を燃やして溶かした。準々決勝では、槍使いの相手の武器を凍らせて手で持てない重さにした。
準決勝では、拘束魔法で相手を動けなくし、剣を奪い取った。
全て、アンナの魔法で。
「フッ……」
クロエは鼻で笑い、カイトの顔を見ていた。全てはお見通しさ――そんな表情だ。
「では、これより本年度の剣術大会の決勝戦を行います。始め!」
マリーの合図で試合は始まる。
ひときわ沸き上がる歓声。学園に徒歩で通える一般の王都民も観客となっていた。
急遽、屋台の出店が出ていて、ポップコーンや綿飴を売っていた。
カイトは、購買部で500ゴールドで買った剣を下段の構えで持ち、ジリジリと右側に移動する。
「どうした! 攻めてこないのか!」
カイトは、クロエに一喝されて首をすくめる。
(姉ちゃん、どうしよう……)
首を傾けてアンナを見る。頼るのは彼女しかいない。
『そこで、振り上げる!』
右耳に入れた通信魔法のアイテム。そこに、アンナの指令が届き、カイトは剣を動かす。
「やあ!」
カイトの声と同時に、ビュンと風が起きる。クロエは体をクルリと回し、空力魔法の効果の外に出る。
ビシ!
地面に大きな亀裂が入った。
「場外! 早く戻るように!」
クロエは試合領域を示す白線から足を出していた。審判のマリーに指摘され、ゆっくりと歩き試合場中央に戻る。
「勇者どのは、凄い剣ですな」
観客席では、アンナの隣に座る人物が尋ねてきた。
「ええ……」
「由緒ある剣のようだ。魔法攻撃も使える特殊武器だ。素晴らしいね」
アンナは隣に座る人物を見て驚く。何と、学園長だった。
「ブ、ブルカ・マルカ学園長! ななな、何かご用ですか?」
アンナは鋭い目で睨みつける。魔法力では叶わない相手なので、今は手を出せない。なにしろ、超級職業『大魔導師』のレベル99なのだ。
「学園長が、生徒の試合を見ることが、不自然ですか?」
「い、いいえ」
アンナは、カイトの方に向き直す。額から汗が噴き出る。
自分の不正行為など、一発で見抜くだろう。
(カイト君、危ない!)
審判のマリーは思わず目をつむっていた。
カイトの死角に深く踏み込んだクロエが、切れないはずの模造剣を振るった。カイトの前髪が数本切れ、驚いた彼は、その場にドスンと尻餅を突く。
「フッ……」
完全に相手を見下した行動だった。それ以上は攻撃せず、元居た場所に戻って剣を構え直す。
(き、切れた。髪の毛が切れたよ! 刃が付いてないって、完全に嘘じゃないか! いくらマリーさんが治癒魔法が使えても、首がちょん切れたらつなげられないよぅー!)
カイトはどうにか立ち上がり、お尻に付いた土ぼこりを払う。
「姉ちゃん……」
弱々しく言って、アンナの方を見る。
「アンナ君、弟君のピンチですよ。どうするんですか? 大怪我をする前に降参してはどうですか?」
学園長はニタニタと気持ち悪い笑いを浮かべて、アンナを追い詰める。
学園長の眼鏡の厚いレンズに青空が映る。目は笑っていないのだろう。
「ぐぬぬ……」
歯を食いしばり、悔しがるアンナ。クロエは実戦経験も豊富な大戦士だ。相手の攻撃魔法をよけながら、技を自在に繰り出してくる。
20メーター四方の試合場は、クロエにとっては軽く一歩で動ける遊技場なのだ。
「ぐぬぬ? ぐぬぬって何だよ! 姉ちゃん、応答してよ!」
アンナからの指示が来ないので焦るカイト。
耳に入れられたアイテムは、送受信機になっている。カイトはアンナに聞こえていないと思い込み、大声で呼びかけていた。
「少年、キサマはやり過ぎたな。姉と共謀して、そうまでして勝ちたいのか、ニセモノの勇者よ。ん?」
あごを上げて聞いてくるクロエ。
アンナとカイトの姉弟の悪巧みは、完全にバレバレなのだった。
「なななな、何のことでしょう?」
カイトの全身が震えてた。
「降参するなら許そうと思ったが、この期に及んでも、とぼける気か? 分かった。ならば、ワタシの本気を見せてやろう。ステイタスカード、起動!」
クロエは剣を左手に持ち直し、右手を驚異的な胸囲の前に突き出す。
「な、何するんですかぁー?」
カイトの膝がガクガクと震える。ちょっとでもショックを与えられたら、チビりそうだった。
「防具『炎の鎧』装着!」
クロエが叫ぶと、銀色の鎧が空中に現れる。それぞれが分解されて部品となり、クロエの体にくっついて、組み上げられていく。
クロエは銀色のカブトを被り、精悍さが際立っている。
(うわー、アンドレおじさんそっくりだ)
どうしても目が行く大きな胸が隠れるので、顔立ちは本当にアンドレそっくりに見える。
『カイト……ガッ……こう……ガッ……プツン』
耳に入れた、通信魔法のアイテムが応答しなくなる。
「ね、姉ちゃん?」
カイトは観客席の姉を見る。アンナは通信が途切れ、カイトと連絡がつかないので、慌てふためいていた。
「どうした? ニセ勇者の少年よ。この『炎の鎧』の特殊作用でな、周囲2メータルの魔法効果は全て打ち消されるのだ。攻撃魔法も効かないぞ。それに、この鎧を装備すると、剣さえも必要ない」
クロエは手に持った剣を腰の鞘に収める。
(カイト君! 早く、降参して!)
マリーは目で訴えるが、彼の方は観客席のアンナの方を向いたままだった。
マリーが知る『炎の鎧』の火柱飽和攻撃。最初から相手の逃げ場所を奪い、そうして徐々に追い詰めて行き、敵を残さず焼き尽くすのだった。
「カイトー!」
アンナが立ち上がり何事か叫ぼうとしていた。頭の上で腕をバッテンにしている。
ドーン!!
目の前に立ち上る、炎の柱。
試合会場の中央で、メラメラと燃えていた。直径が3メータルほどで高さは20メータルはある火柱だ。
炎からの輻射熱で、パチパチと何かが燃えだした。
「アチチ!」
前髪が煙を上げていたので、慌てて左手で叩いて消す。
ムン――と、更に強い熱波を感じたと思ったら、手に持った銅の剣がグニャリと曲がり始めた。
「わー!」
急いで逃げ出した。本当は剣を捨てて逃げたいのだが、どうにか踏みとどまる。
即刻失格になるのは避けたい。アンナの面子が丸つぶれになるからだ。
「どうした? カイト・アーベル。もう一歩下がれば場外だ。このまま場外に逃げ続ければ、反則負けだぞ。このまま降参しろ、インチキ勇者よ」
(カチン!)
何だか無性に腹が立った。このまま負けるのもシャクに障る。
「ああー! やあー! たあー!」
カイトは大声を出し、勝算もなく真っ直ぐにクロエに突っかかっていった。もう破れかぶれだった。
(どうせ勝てないのなら、格好良く散ってしまおう)
手に持った銅剣の根元はグラグラと動いていて、分解寸前だ。
(相手の鎧に一太刀入れて、剣が壊れてしまえば、誰も文句は言わないだろう)
所詮、購買部で買った1本500ゴールドの大量生産の安物だ。
「来いよ! 勇者!」
クロエは剣を構えず、両手もダランと下げて無防備のままだった。右の口の端を上げて、ニヤリと笑う。
(ま、ニセモノとはいえ、勇者どのにも見せ場は用意しないとな)
せめてもの、大戦士の情けだった。
カン!
高い音がグラウンドに響く。カイトの剣が、『炎の鎧』の胸の部分に当たったのだ。だが、炎の紋章が描かれている場所には、傷一つ付いていない。
炎の紋章はブルゴー家の家紋である。
「ガクン」
カイトの剣が、根元から90度の角度で曲がっていた。戦闘続行不可に見えるが、何とかつながっている。
(ええー。何で折れないの!)
チープな作り故の、変な頑丈さに文句を付けるカイト。
キーーーーーン!!!!!
ウワヮーン!
カイトの一太刀から一拍おいて、実に耳に不快な甲高い高周波がグラウンド中に響いた。
「ななな、何の音?」
観客たちは口々に叫びながら、耳を押さえる。塞いでも聞こえて来る不協和音。
――ぽんっ!
何ともマヌケな音が聞こえた、音の主を探ろうと、観客たちはキョロキョロと周囲を見渡す。




