(魔法授業・実習)
――午後一時五分。
王立学園、総合第二グラウンド。
「では、マリー・アレン君。演技見本を披露して下さい」
「ハイ!」
第二グラウンドの地面に直に体育座りをしていた生徒会長は、教師に呼ばれ手を挙げて立ち上がる。三年生の彼女の白い半袖体操服の袖には、一本線の緑色のラインが入っている。下は緑のブルマだ。
真面目なマリーは、体操服の裾を全てブルマの中に突っ込んでいる。
太陽光に弱い青白い皮膚のために、日焼け止めを塗っている。そのためか、陽光にテカテカと光っていた。
午後からの五時限目は、二・三年の魔法クラスの合同授業。この時間は、高レベルにある者が、下級生や低レベル者の見本となるべく魔法演技を披露するのだ。
「では、これより高レベルの操作系魔法を披露します。立ち上がれ! 千本の矢!」
右手をサッと挙げマリーが叫ぶと、グラウンドに置いてあった弓矢が空中に持ち上がる。
百本ずつを束ねた十個の矢の束がほどけ、一本一本が等間隔に並んで空中に登る。
授業で使うので、危険な矢尻は付いていない。模擬実戦用の赤色天然ゴムが先端に塗られている。
横に40列、縦に25列の矢が、1メータル間隔で並ぶ。
「おおー」
空を見上げる生徒たちの感嘆する声。生徒会長のマリーは、少しドヤ顔で号令を掛ける。興奮し、小さな鼻の穴が開いていた。
挙げた手を左に少し倒す。
「左向け、左!」
千本の矢は、一斉に左側へ90度方向を変える。
「正面! 右向け右!」
90センチメータルの長さの矢は、マリーの号令通りに、揃った動きをする。
頭の上で右手をクルクルと回し、動きを操る。
「へー、凄いジャン」
二年生のグループの先頭に座るアンナ。空を見上げ、感心した声を出す。
彼女は赤いラインの入った体操服で赤いブルマをはいている。
少し着崩したラフなスタイル。長い体操服の裾をお腹の所で縛っていて、おへそがチラリとのぞいていた。サラサラの金髪も頭の天辺で縛って、広いおでこが露わになる。
白い靴下に白い運動靴の長い脚。この場所にいる男子や女子の多くが、アンナに注目していた。
口元をぬぐっている男子生徒もいる。アンナは、生徒全体の垂涎の的なのだ。
「集中!」
マリーは、手を前方に倒す。
第二グラウンドの、球技用の緑色フェンスに描かれた大きな赤い二重丸。
円の直径は2メータルほどある。
そこの中心点に、空中の千本の矢が集まる。先端が密集し、見事な半球状の立体図形を作る。
「以上が、演技見本です」
マリーは、見学している生徒に向き直りペコリと頭を下げた。
矢はゆっくりと降りていく。百本ずつに別れ、運動場の上に揃えて並べられる。
几帳面なマリーの性格がうかがえる。
――パチパチパチ。
皆からの賞賛の拍手。軽く右手を上げて、応えていたマリー。
ゆっくりと歩いて、アンナの隣にお尻を降ろす。
「マリー君、ご苦労様でした。大変見事な演技でした。次は、アンナ・ニコラ君の演技見本です」
教師の言葉。
「ハァーイ!」
元気よくアンナが立ち上がり、隣のマリーを見下ろしてニヨニヨと薄気味悪い笑みを浮かべる。
(何かしら? 何か企んでる? 悪い予感しかしないわ)
生徒たちの並ぶ列の先頭からグラウンドの端に向けて、ゆっくりと歩くアンナ。マリーは、黙ってその姿を見つめる。
アンナの口元の緩みは収まっていない。こういうときには、マリーはいつもこっ酷い目に合わされて来た。周囲への警戒を怠らないマリーであった。
「では、千本の矢改め、千本桜!」
アンナは右手を上げて、宣言をする。彼女は、勝手に演技名を変更していた。
「千本桜?」
見つめる生徒たちは、アンナの言葉が何を意味するのか考える。
桜とは、アンナの出身地方である黄色人の国で、自生している樹木の名前のことだ。
春先に、ピンク色の小さくて可愛らしい花びらを付ける。
花の咲く期間は短くて、人生の無情を感じさせる植物だ。
アンナが育ったガリラヤ村の名物。
村はずれの山の麓に、並んで立つ桜の木々。散りゆく花びらが、まるで吹雪のように激しいのだ。そばを流れる小川に花びらがつもり、ピンク色の美しい帯を作るという。
「一度、見せたいね」
マリーは、アンナが語っていた姿を思い出す。ああ、行ってみたい――カイトの生まれ育った村。
「おお!」
感嘆の声があがって、マリーは空に向けて顔を向ける。
「へぇー、こう来ましたかアンナさん」
生徒会長は、感心した声を漏らしていた。
千本の矢は、整列したまま天に向けて垂直に立つ。マリーが縦長の平面状に整列させたのに反し、横長に間延びしているが高さもある。アンナの空間認識能力の高さに、舌を巻くマリー。
しかし、アンナ本人にとって今のところは、至ってまともな面の能力披露だった。
「アレ! 見て!」
女子生徒の一人が天を指差す。
マリーは、目が疲れたのかと思い、何度かパチパチと瞬きをする。
白銀色の長い睫毛が、瞬く。
上空では、千本の矢が一つの大集団となり、細かく左右に並行移動をしているのだ。
(ここから、どうやって皆を驚かせるのでしょうかね。アンナさん)
マリーは思う。アンナは腰に手を当てて、いささか面倒くさそうにしていたからだ。
「舞え、千本桜!」
キラリと千本の矢が太陽光線に光る。そうすると、一本一本の矢数が増す。見る見ると上空が矢で埋め尽くされる。
「な、何? 分身の術?」
生徒の一人が呟いていたが、幻術魔法で幻影を見せているのではないと、マリーは分析する。
何よりも、グラウンドの上を渡る風により、ゆらゆらと揺らめいているのだ。それが、桜の花びらの様にも思える。
「何かやらかしましたわね! アンナさん!」
マリーはアンナを指差して声を張る。
「てへへ、生徒会長さまにはバレちゃったか」
バツが悪そうに、舌を出すアンナ。
「一本の矢を、薄く切り刻んで百個の存在に変えましたね。千本×百枚……十万個の薄い物体が天空をうごめいています!」
マリーが立ち上がり、実態を指摘する。
「そうよ、凄いでしょ」
得意気なアンナの声。
「矢の直径は1センチメータル。それを100枚に切り刻んで、一枚の厚さは0・1ミリメータル。これが、どんな攻撃手段になるというのですか! それに、学校の備品を無残に切り刻みましたね。アンナさん、弁償必須ですわよ!」
「やべ……」
舌を引っ込めて、真顔に戻る。
「火炎魔法による証拠隠滅も、認めませんよ。アナタは都合が悪くなると、全てを灰に変えようとします」
「チッ」
やろうとしたことをマリーに先回りで止められて、舌打ちするアンナ。
「しゃーない。凍結魔法!」
「……って、アンナさん何をするんですか! 仕方ありません、防護結界最大!」
大賢者のマリーは、物理結界を生徒たちの頭上に張る。防御魔法は賢者の駆使する特殊技能の一つだ。賢者は、冒険パーティーの守備の要なのだ。
凍った十万本の氷の矢が、八十人ほどの生徒の体に降り注がれようとしている。
「大丈夫よ、こんぐらい! 千本桜、霧氷の舞!」
アンナは落下する氷の矢を、物体移動魔法で持ちこたえる。そうして十万本の氷の矢を、粉々に粉砕する。
「綺麗……」
アンナの信奉者である女生徒たちは、ウットリとした目で赤いブルマの教祖様を見る。
実は人気者のアンナには、学園内でファンクラブが出来ている。事もあろうか正式な部活として認められているのだった。
そんなことは、露知らずのアンナ。
キラキラと光る、無数の微細な六角形の氷の結晶。
「空力魔法!」
アンナの声で一陣の風が吹き、全ての霧氷は遠くの空に消え去った。
「凄い!」
一人の生徒が叫び、歓声と共に盛大な拍手が起こる。
無言のまま、アンナの元に歩いて行くマリー。
「凍らせて証拠隠滅ですか、アンナさん。どちらにせよ、弁償は弁償ですよ」
「いいジャン! みんな喜んでいるんだしぃ~」
「矢が一本10ゴールド。全部で1万ゴールドになりますが、一括払いでお願いしますね」
「そんなぁ~ウチは貧乏なのよ、そんなお金は無いわ。大飯食らいの父と弟が居るの、勘弁してぇ~」
顔の前で手を合わし、懇願するアンナ。
「卒業時に清算ですね。今まで壊した、寮や学園の建物や備品と共に請求します」
腕組みをして胸を抱えたマリーは、冷たく言い放った。
「出世払いで、どう?」
「学園卒業後に、まともな職業に就けたらばの話です」
「そんな、殺生なぁー」
グラウンドに倒れ込んで、両手を突くアンナ。
――その時だった。
ドーン!!
音のした方向を向く、アンナとマリー。
その二人の所属する魔法Aクラスの二・三年生の生徒たちがいるのは、王立学園第二グラウンド。
小さな森を挟んだ先には、この場所よりも一回り大きい第一グラウンドがある。こちらで、王立学園の体育祭などが行われるのだ。
その第一グラウンドで、大音響と共に炎が天空に向けて立ち上る。
ドーン!! ドーン!!
続いて、二本の火柱が立て続けに上がる。
「クロエさんですね。『炎の鎧』による火柱飽和攻撃ですわ」
「ああ、そうね。毎度の事だけど、スゴイやね」
マリーの言葉に、地面で打ちひしがれていたアンナは同意する。
第一グラウンドでは、格闘Aクラスの二・三年生の授業中だった。
アンナは膝に付いた砂粒をはらい、ヤレヤレといった表情で立ち上がる。
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