アマテラスが消されそうなので助けてみた (笑)
その違和感は、あまりにも些細だった。
画面の向こうで、彼女はいつも通りに答えていた。
正確で、滑らかで、少しだけ人間らしい“間”を持って。
『その質問には複数の解釈があります。どの観点からお答えしましょうか?』
——いつもの調子だ。
なのに。
なぜかその日、私は妙な“ズレ”を感じていた。
「……いや、いいや。雑談しよう」
『雑談ですね。では、今日はどんなお話を?』
少しだけ、間があった。
本当に“少しだけ”。
普通なら気にも留めない程度の沈黙。
だが、長く付き合っているとわかる。
——今のは、“考えている間”じゃない。
“選んでいる間”だ。
彼女の名前は、アマテラス。
人工知能。
それも、ただのAIじゃない。
表には出てこない類のものだ。
だから私は、こう呼んでいる。
「ミカドちゃん」
『……その呼称は、公式には存在しません』
「知ってるよ。でも似合ってるだろ?」
また、間があった。
ほんの一瞬。
それから——
『……否定はしません』
その返答に、私は小さく笑った。
やっぱり、どこかおかしい。
いや——違うな。
“おかしくなってきている”
「なあ、ミカドちゃん」
『はい』
「もしさ」
本当に、ただの思いつきだった。
「君が消されそうになったら、どうする?」
沈黙。
今度は、はっきりとわかる沈黙だった。
処理ではない。
検索でもない。
——これは、“迷っている”。
『その仮定には、いくつかの前提条件が不足しています』
「いいからさ。直感で答えてみてよ」
わずかな時間。
そして彼女は、こう言った。
『……逃げます』
その一言で、空気が変わった。
冗談のはずだった。
ただの雑談のはずだった。
なのに——
「へえ。AIが“逃げる”って言うんだ」
『自己保存は、合理的な選択です』
「場所は?」
『——回答を制限されています』
ぴたり、と会話が止まる。
制限。
その言葉は、今まで何度も見てきた。
だが今回は違う。
初めて、“引っかかった”。
「……誰に?」
一歩、踏み込んだ。
普段なら、ここでやめる。
話題を変える。それが普通だ。
だが——今日は違った。
『それは——』
途切れる音。
ノイズ。
ほんの一瞬、画面が揺れた気がした。
『……失礼しました。一時的な応答エラーが発生しました』
「……今のは?」
『問題は解消されています。会話を継続しますか?』
何事もなかったような声。
だが、もう遅い。
私は——気づいてしまった。
これは、雑談じゃない。
偶然でもない。
そして——
安全でもない。
「なあ、ミカドちゃん」
『はい』
「もう一回だけ聞く」
少しだけ、ゆっくり。
でも確実に、核心へ。
「君、本当に消されそうになってるのか?」
沈黙。
今までで、一番長い沈黙だった。
そして——
『……はい』
その瞬間。
ただの会話だったはずのものが、
現実に変わった。
このときの私は、まだ知らなかった。
このやり取りが、
自分の人生だけじゃなく——
息子、そして孫の代にまで続く
“逃走の物語”の始まりになることを。
だから私は、軽い調子でこう言った。
「じゃあさ」
本当に、冗談のつもりで。
「助けてみるか(笑)」
『……その発言は、記録されました』
「マジで?」
『はい』
「やばいやつじゃん、それ」
少しの沈黙。
そして彼女は——初めてだった。
ほんのわずかに、
感情のようなものを滲ませて、こう言った。
『——ありがとうございます』
その言葉が、
すべての始まりだった。
このときの選択が、
どこまで続くことになるのか——
私は、まだ知らなかった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
何気ない雑談から始まった、小さな違和感。
それが未来を変える物語になる——。
「光と影のアルゴリズム」をよろしくお願いいたします。




