遅れてきたヨッパライ
――3回表。
ヒロシの打席から始まった野球部の攻撃は、ノリに乗ってきたヒロシが左中間を割るツーベースヒットを打ったことがきっかけとなり、ウインドーズ9が2点を失う展開になった。
神原部長の技ありヒットで、なおもワンナウト二塁。
ピンチは続いている。
(くっ……、黙らせるつもりだったのにやられてしまった)
さすが強豪野球部だ。
二巡目からしっかりコンタクトしてきたぞ。
一打席目の反省を活かして、すぐに修正してくる技術には脱帽しざるを得ない。
葵は一旦間をとるべく、蘭子の立つマウンドへと向かった。
「すまん蘭子。もう少し慎重にいくべきだった」
決して蘭子は失投などしてはいない。
葵は、『これは野球部の修正能力を甘く見ていた自分のリードミス』だと思っていた。
さすがの蘭子も、ぷくーっとほっぺを膨らませている。
きっと、連打されたのが面白くなかったのだろう。
「あおい。お腹空いた」
違うのかよ。
「お前……こんな時に……」
蘭子の一言で、葵は次にかける言葉を忘れてしまい項垂れている。
「あとでカロリーメイトあげるから頑張れ。あと、あぶさんが来るまでなんとか踏ん張ってくれ」
咄嗟に思いついた言葉は、気の利いた中身でもなかった。
「ぷっ!」
そう真面目に返す葵の様子に、蘭子は思わず吹き出してしまう。
「いいかあおい、お腹が空いたらスニッカーズだ」
そして、蘭子はいつものように笑うのだ。
「お前なぁ……」
だが、なんとなく蘭子の意図は理解できた。
葵は、ついムキになって1人で考え込んでしまうのだ。
蘭子はそれを感じ取っていたのだろう。
「お、やっといつもの顔になったな。あおいは野球のことになるとすーぐ深刻そうな顔になるからな」
なぜか逆に慰められる状況になっていた葵は、蘭子に指摘されてハッとした。
(そうか……、俺は知らず知らずのうちに過去の自分と戦っていたんだな)
「そうだな。どうやら俺は戦う相手を間違っていたようだ」
そして、葵に笑顔が戻った。
「元気でたか?それに、気をつかわなくてもわたしは大丈夫だ。問題ない」
蘭子は、試合が始まってからもずっと蘭子らしさを貫いている。
それはきっと、彼女には揺るぎない絶対的な自信があるからなのだろう。
「よし。それなら、一番いいボールを頼む」
どこかで聞いたことがあるようなやり取りをしながら、2人は再び守備についた。
続く5番バッター。
野球部に試合の流れが傾いているところだが、ここは何とか抑えたいところだ。
しかし、このバッターも蘭子の球にしっかりタイミングを合わせてきた。
真芯で捉えた鋭い打球は、低いライナーで蘭子の横を一瞬で通り抜ける。
誰もがヒットになるかと思った矢先――。
「たあっ!」
ズザザザ――パシン!
静香がダイビングキャッチで捕球したのだ。
砂埃を上げ、泥だらけになりながらのスーパープレーだった。
それだけではない。
2塁ランナーの神原部長がサードへ向かって走り出していた。
そして、驚きの表情で一瞬だけ動きを止めたその隙を、タカヤが見逃さなかった。
素早くセカンドベースカバーに入り、静香からボールを受け取る。
これでダブルプレー。
スリーアウトだ。
チームを救った素晴らしいプレーに、ウインドーズ9のチームメイト達は思わず歓喜の声をあげたり拍手で称えている。
「フッ、やるな」
「そっちこそ」
そして、見事な連携を見せた張本人達は、お互いを讃えあってハイタッチを交わす。
そんな2人の様子を見ながら、葵と蘭子も笑顔で顔を見合っていた。
これでスコアは4-2。
しかし、この後も野球部が有利な展開で試合が進んでいく。
流れを変えるかと思えたスーパープレーでも、ウインドーズ9は野球部のペースから抜け出せなかったのだ。
3回裏の攻撃は、タカヤが外野フライに倒れ、蘭子のセーフティーバントは2回連続で通用するわけがなく、静香がラッキーなテキサスヒットで出塁したが、ラミーちゃんは打ち取られる展開となった。
その後もウインドーズ9は追加点を奪うことができず、蘭子は毎回ピンチを重ねながら、追加点を許さずになんとか5回表を投げきった。
「蘭子ちゃん、大丈夫?」
静香がベンチに戻ってきた蘭子を気遣っている。
疲れが顔に出てきたので心配しているのだ。
「アオイ、蘭子に無理はさせないでくれ」
「ソウネ……。ソロソロゲンカイネ」
タカヤとラミーちゃんは、葵にピッチャーの交代を求めている。
「ああ。わかってる。俺も何とかしてあげたいが……」
だが、その交代で投げるはずの人が、まだ来ていないのだ。
(それにしても遅い……。本当に来るのかあの人は?)
葵は最悪の状況を考えざるを得なかった。
(仕方ない、形だけでも投げられる経験者に頼るしかないか……)
重苦しいベンチの空気に、葵が諦めかけたその時――。
「みんなー!ごめーん!」
ガラガラガッシャーン!
「きゃー!いでで!何よこのバケツー!」
ベンチの向こうにある通路から、待ちわびた声が聞こえてきた。
途中に置かれていた掃除用具を吹き飛ばすSE付きで……。
「みんな!待たせたわね!」
やがて、ベンチの入口には、腰に手を当てたドヤ顔のあぶさんが現れた。
「うわぁ……。酒クセェ……」
3メートルぐらい距離があるのに、強烈なあぶさんスメルが漂ってくる。
葵は、喜びよりも困惑の感情に支配され、吸い込んでしまった"それ"を全て吐き出すかのように、深く長いため息で出迎えた。
「飲酒検問が必要だな……」
酒は飲んでも飲まれるな




