やるべきことをやる。ただそれだけのこと
葵の提案で、準備体操の後にキャッチボールから始めることになった。
まず未経験者に基本的な『投げる、捕る』という動作を身につけるためだ。
各自10分ほどかけて身体をほぐすと、それぞれ5つのペアに分かれた。
特に打ち合わせて決めたわけではないが、その場の流れで葵は蘭子と、静香はタカヤとの組み合わせになった。
そして、初心者の松井さんとラミーちゃん、松坂先輩と矢部先輩のペアが作られると、最後に、ハグリッドひなのさんとマッスルマンさんが筋肉コンビでペアを組んだ。
この組み合わせは、上手い具合に経験者と未経験者で分かれている。
経験者がフォローすることで、未経験者も基礎を覚えやすくなる。
これは練習の目的としては悪くないぞ。
タカヤとラミーちゃんが用意してくれた道具を広げ、それぞれが自分に合ったグローブを選んでいく。
「そういえば……、静香は野球出来るの?」
グローブを選びながら、葵はふと静香に尋ねる。
運動神経が良いので勝手に出来ると思い込んでいたのだ。
「わからないけれど、小学生の頃に葵達の試合をよく見に行ったもの。何となく要領は掴んでるつもりよ」
さすが、頼もしい返事だ。
しかし、やはりプレーをするのは初めてのようだったので、キャッチボールは葵の隣でやることになった。
葵が蘭子、タカヤ、静香にコーチする形だ。
そして、それぞれがグラウンドへ2列に並んで広がっていく。
そんな短い移動の最中、静香はタカヤに囁くように声をかけた。
「タカヤ。わかってる?本当は私達、こんなことをして遊んでいる場合ではないわ。セリスさんの事を考えると、この試合は絶対に負けられない。いいわね?」
そう。今は彼らだけの秘密を抱えている。
あのお泊まり会の夜。
突然2人の前に現れた不気味な少女──セリス。
そのセリスがいつ、どこで接触してくるかわからない状況の中、蘭子の騎士であるタカヤと、葵を戦いに巻き込みたくない静香の利害は一致している。
だからこそ、2人はその備えを進めておきたかったのだが、その守るべき対象の2人がやる気満々なのだ。
これでは止めることが難しくなってしまった。
「……いちいち言わんでもわかっている。前にも言った通り。俺だって部活をやる気はない。そして、負けるつもりもない」
そんな静香の心配を、タカヤは目を合わさずにぶっきらぼうに言って返した。
小走りにグラウンドへ向かって走りながら続ける。
「もっとも、これだけ人が集まった中ではヤツも変に声をかけられないだろう。いいカモフラージュだ」
この一言だけは静香に顔を向けて言うタカヤだったが、表情は少し笑っていた。
「……そう。それならばいいけど」
なんだかんだで、彼もこの状況を楽しんでいるようだ。
小さくため息をつく静香は、警戒だけは怠らず、自分にできることを考え始めた。
(後にも先にも、まずはこの野球イベントを乗り越えてからね)
静香がこの試合に臨む気持ちは、蘭子と葵とは違っていた。
いつ迫り来るかわからない災害のような危険に立ち向かうべく、左手のグローブの中に右手の拳をぶつけて気合を入れた。
しばらく野球の練習をする回になります。
彼らが真面目にやってくれるのか不安です。




