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気になる蘭子は止まらない  作者: きら
野球って何だ?

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レジェンド降臨、最強の助っ人

──土曜日


いよいよ夏本番が近づいているように感じる6月下旬。

これは梅雨の中休みというのだろうか。

ここ数日は太陽が元気に地上を照らし、雨は降っていない。

しかし、この時期独特のジメジメとした空気が体から水分をじわじわと奪っていく。

葵は右腕の袖で右耳付近を拭うと、河川敷に広がる野球場を見渡した。

「蒸し暑い……」

まだ午前中だというのに気温がぐんぐん上がっていく野球場では、水分だけではなく、やる気まで奪われていくように感じた。

「熱中症に注意ね」

そんな葵の横に並んで立った静香も、額に汗を浮かべながらジャージの上を脱いで紺色のスポーツTシャツ姿へと変わる。

「ん?『ねっちゅーしょー』ってなんだ?」

一方、蘭子はこの暑さよりも己の情熱の方が熱そうだった。

水色のラインの入った白いジャージ姿で、準備体操をしながら涼しい顔で会話に加わる。

「命に関わることだからちゃんと説明しておく。暑さが原因で起こる体の不調だ。体温調節機能がおかしくなって異常に体温が上がったり、脱水で気分が悪くなったりするんだ。特に今日みたいなジメジメした暑い日は気をつけろよ」

葵は足元のクーラーボックスからスポーツドリンクを1本取り出すと、蘭子の手にポンと手渡しする。

「うん!ありがと!」

蘭子が満面の笑みでスポーツドリンクを受け取ると、静香が優しく微笑みながら続けた。

「熱中症予防にはこまめな水分と塩分補給が大事よ。一気に飲むのは体に負担がかかるから、少しずつ飲むのが効果的よ」

「へぇー!そうなのか!」

そして、蘭子はスポーツドリンクのパッケージをまじまじと見つめると、ペットボトルの蓋を勢いよく開けてラッパ飲みを始める。

「少しずつ飲めっての……」

言ってる側から真逆の飲み方を始めた蘭子を横目に、呆れながら葵が呟いた。

「おっ!うまいなこれ!」

既に半分くらい飲んでしまったペットボトルを見ながら、蘭子は嬉しそうに笑っている。

「まぁ……初めて飲んだみたいだし、仕方ないか」

葵は、小さい頃にスポーツドリンクを初めて飲んだ時の衝撃を思い出していた。

ジュースとは違って体に染み渡る不思議な感覚。

程よい甘さに酸味の効いた爽やかな味。

こんなものがあるのかと感動して、つい飲みすぎてしまった思い出がある。

だから、初体験のスポーツドリンクならば仕方がないと、今回は大目見ることにした。

 

「で、あの3人組はどうなのかしら?」

早くもグラウンドに入って練習を始めていた親衛隊トリオを見ながら、静香が葵に尋ねた。

どうやら経験者の矢部先輩を筆頭に、3人でキャッチボールの練習から始めたようだ。

「いくでやんすー!」

「矢部くん!最初だからゆっくり投げてね!」

「これ……、グローブの付け方これで合ってますか?」

そんな3人の動きを見ながら葵が分析する。

「矢部先輩は経験者だから大丈夫そうだな。ああやって積極的にコーチ役やってくれてるし、松坂先輩も運動部だけあってコツを掴めばなんとかなりそうだ。問題は……、松井さんかなぁ……」

矢部先輩の投げたボールを最初こそぎこちなく捕っていた松坂先輩は、動いているうちに段々と様になってきている。

だが、運動が苦手と言っていた松井さんは、やはりちょっと厳しそうだ。

矢部先輩が力無くふわりとワンバウンドで投げた球にも腰が引け、ガチガチに固まってしまっている。

「でも、人数的に試合に出さないわけにもいかないしな……うーん」

葵が顎に手を当て、目を瞑りながら考えだしたところで、蘭子の声がグラウンドに響き渡った。

「おっ!タカヤが来たぞ!おーい!こっちだ!」

考え事を中断した葵が蘭子の視線の先を見ると、野球場から一段高い所にある遊歩道を歩く4人組が見えた。

先頭はタカヤで、無言だが手を挙げて蘭子の呼びかけに応えている。

その後ろには3人の屈強な男達が続いている。

100mくらい離れているが、ここから見てもかなり大柄な体格に見える。

その姿が段々と近づいてくると、その屈強な男の中に葵が知っている人物がいた。

「……う、ウソだろ……?」

それは、身長が高くガッチリした体型でラテン系の男。

自分の心臓がドキドキと音を立て、胸が高鳴っていくのがわかった。

にわかには信じがたいが、遊歩道から野球場に降り、目の前に近づいてくる姿を何度も見て間違いないと確信した。

「マジか!ラミーちゃんだ!」

興奮した葵は、嬉しさのあまり思わず叫んでしまった。

「オオ!ワタシノコト、シッテルネ!ドウモ!ラミーちゃんデス⭐︎」

ラミーちゃんなる人物は、昔流行った芸人のギャグをやりながら叫んだ葵に笑顔で応えてくれた。

「葵……知ってる人なの?」

そんな様子を見ていた静香が、不思議そうな顔をして葵に問いかける。

「知ってるも何も、元プロ野球選手のレジェンドだよ!さっきのギャグはホームランを打った時のパフォーマンスだ!」

葵は笑い半分、驚き半分の表情で周囲にラミーちゃんの凄さを説明している。

まだ興奮冷めやらぬ様子だ。

「へぇー!凄いじゃない!強力な助っ人よ」

葵の興奮具合と、説明を聞いて状況を把握した静香は自然と笑みが溢れる。

「タカヤ!あおいが喜んでいるぞ!よくわからんが凄い人らしい。よくやった!」

蘭子はグッ!っとサムズアップでタカヤに言うと、可愛らしくウインクをしている。

「うっ……あ、ああ。喜んでもらえてよかった。そして、こちらの2人も経験者らしい」

タカヤは続いて残りの2人の紹介に移る。

でも、今ちょっとだけ蘭子の不意打ちウインクにハートを射抜かれてたよね。

しかし、その2人のうちの1人、白いタンクトップ姿の男も葵は知っていた。

「……もしかして、マッスルマンさん……ですか?」

テレビで見たことがある。

肘を前に突き出して『エナジー!!!!』と叫ぶギャグが持ちネタの筋肉自慢芸人だ。

「エナジー!!!!はじめまして三崎くん!」

そして、そのギャグをプライベートなのに見せてくれたマッスルマンは、タカヤから名前を聞いていたらしく、爽やかな笑顔で葵の名前を呼んでくれた。

「おお……本物だ!よ、よろしくお願いします」

声の大きさと、名前を呼んでもらった恥ずかしさで少し萎縮してしまった葵は苦笑いで挨拶を返す。

すると、蘭子がサッと葵の前に出てきた。

「エナジー!!!!あおい!これ楽しいぞ!エナジー!!!!」

マッスルマンのギャグにハマったらしく、振り返りながら『エナジー!!!!』を連呼している。

「おっ、君が噂の蘭子ちゃんだね!ありがとう!エナジー!!!!」

ノリのいい蘭子に応えるように、ギャグがウケて嬉しそうなマッスルマンは更にギャグを返した。

「エナジー!!!!」

そして蘭子も楽しそうに笑顔でギャグを返すと、一旦妙な間が開いてお互いにニヤリと笑い合う。

すると、今度は蘭子がスッとマッスルマンの横に並んで葵と向き合った。

2人は再びニヤリと笑ってシンクロする。


「「エナジー!!!!」」


「なにしてんだ!!」


初めて会ったはずなのに息ぴったりな2人に葵は思わずつっこんでしまった。

M1グランプリにでも出たらいいと思う。

まったく……。

やかましい人が1人増えてしまったよ……。

 

「で、こちらの方は?」

そして最後の1人。

この人だけは初めましてだった。

坊主頭で少しお化粧をしているが、体格はラミーちゃん並にガッチリしている。

「あらぁやだぁ!ちょっと!アタシだけ場違いみたいじゃない!タカヤちゃん、紹介してちょうだい!」

そう言ってタカヤの肩をパンとはたく。

(うっ……喋ったらなんか酒臭いぞこの人)

未成年にとってよろしくない臭いの方が場違いかもしれない。

そして、タカヤもその臭いを感じていたのか、少し困った顔をして紹介を始めた。

「あ……ああ。こちらが、『ハグリッドひなの』さんだ。普段から危ない橋を渡っているらしく、俺たちの間では『あぶさん』と呼んでいる。変わった人だが面倒見が良くて世話になっている良い人だ」

だが、タカヤは慣れた様子で淡々と紹介を進める。

「……ちょっと待て。3人目だけ情報が渋滞してて理解が追いつかん」

少し失礼かもしれないが、実際そうなのだ。

元プロ野球選手から筋肉芸人ときて最後にこの人だ。

キャラ的には1番濃い気がする。

マッスルマンも負けてないけど……。

「やーん!そんな考えなくて良いのっ!アタシ、ただのオカマよ!野球は大好きだから『あぶさん』ってあだ名も気に入ってるの。遠慮しないで呼んで頂戴」

『どんだけー!』のように人差し指をチッチッチと振りながら大きな声で話すあぶさん。

「……なんだろう。なんか代打の切り札として使ってみたい気がする」

「なんか……凄く濃い人達が集まったわね……」

葵と静香は顔を見合わせながら、集まった面々を見て苦笑いをしていた。

そんな微妙な空気など気にもせず、我らがお姫様はあぶさんに握手を求めた。

「あぶさん!よろしく頼む!」

「やーん!あなたが蘭子ちゃんね!タカヤちゃんから聞いてるわよ!かーわーいーいー!よーし!決めた!アタシ、蘭子ちゃんの為に頑張っちゃうから!」

あぶさんは足をバタバタさせながら蘭子の手を取ってブンブン振り回すと、「うーん!若いっていいわね!」とか言いながらウットリしている。

「……う、うん!」

さすがの蘭子も、あぶさんのようなキャラは初体験だったようで引いている様子だ。

珍しく引きつり笑いをしている。

「……あおい、この人お酒くさい」

そして、葵の方へ振り返ると『うぇー』と言いたそうな顔をしながら、小さい声でボソッと言った。

「しっ!それはわかっていても黙っていろ」

幸い、あぶさんは気がついてないようだ。

せっかく好意で手伝ってくれるのに失礼にならないよう気をつけたい。

 

「アオイ、どうだ?これで試合はなんとかなりそうか?」

ジム仲間の紹介を終えたタカヤは葵に確認を取る。

「ああ!これで10人だ。十分な人数だよ!しかも期待できる助っ人達だ。ありがとうタカヤ」

正直、期待していた以上の助っ人だった。

特に元プロ野球選手が手伝ってくれるなんて夢にも思っていなかった葵は、暑さで失っていたやる気が情熱と共に戻ってきたように感じていた。

多分、今の気持ちは蘭子の情熱にも負けないだろう。

 

「よし。それじゃあ、みんな集まってくれ!全員揃ったからチームの顔合わせと、それぞれの自己紹介をしたい」

葵の呼びかけに3塁側のベンチ付近に集まった面々は、丸く並んでそれぞれ自己紹介を始めた。

寄せ集めのチームだが、常識が通用しないトンチキ異世界コンビが連れてきた助っ人達だ。

きっとこれは何か起こるぞ。

今はまだ未知数だが、これなら本当に野球部と渡り合えるかもしれない。


「よし!それじゃあ試合まで1週間しかないけど、打倒野球部!練習を始めよう!」


『オー!!』


葵の掛け声に合わせてチーム全員が一つになった。

これからトンチキ野球チームの伝説が始まる。

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