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気になる蘭子は止まらない  作者: きら
ゴールデンウィークって何だ?

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35/65

【番外編】リンゴ風呂

「うおっ!本当にリンゴが浮いてる……」


ぷかぷかと湯船に浮かんだリンゴを見ながら葵は驚いていた。

本当にそのまま、リンゴが丸ごと浮かんでいるのだ。

さすがに水面を埋め尽くすほどの量ではないが、パッと見た感じ20個前後はありそうだ。

浴槽の壁側には、ライオンの顔だけのオブジェが設置され、その口からはジャバジャバとお湯が流れ出ている。

その流れに乗ってリンゴがプカプカと水面を移動し、甘酸っぱく、どこか落ち着く優しい匂いが立ち込めていた。

「これを食べたのか……あのお姫様は……」

せっかくいい気分に浸っていたところだったが、急に湯船に浸かりながらリンゴをかじっている蘭子を想像してしまい、自分のせいなのにちょっと引いている。

首をブンブンと振って現実に戻ってきた葵は、ぽかーんとした顔で改めて浴場を見渡した。

「いやぁ……それにしても、凄いな……」

お風呂は2階にあった。

ちょうど食堂の真上に当たる部分だ。

そして、男湯と女湯に分かれており、まるでホテルや旅館のような気分を感じてしまう。

広い脱衣所から擦りガラスの扉を開くと、蘭子から聞いていた通りに浴場は広かった。

白とグレーでまとまった大理石の石貼りが、照明の明かりを反射し高級感を演出している。

さすがに温泉のように広くはないが、パーテーションで仕切られた洗い場が4つあり、ちょっとしたスペースを挟んでリンゴが浮いている大きな丸い浴槽があった。

おそらく、ここも大人が4人ぐらい一緒に入れる大きさだろう。

楽しみに意気揚々と浴場に入った葵だったが、目の前に広がった非日常感あふれる光景に圧倒され、結局その場に全裸で立ち尽くしたままなのだ。

そんな葵の横を、タカヤが通り過ぎながら話しかける。

「何をぼーっと突っ立っている?そんな格好で恥ずかしくないのか?」

言われた葵がタカヤの方を見ると、下半身にはタオルを巻いていた。

(なるほど。タカヤはこっちのお風呂文化を知らないんだな)

葵はすぐに察すると、腕を組んで語り出した。

「恥ずかしくない。これはこの世界のお風呂文化だ。裸の付き合いと言ってだな。こうして、互いに隠したりすることなく、心を開いた付き合いができると言われているんだ。お前の世界にはこういう文化はないのか?」

タカヤは葵から目を逸らして少し恥ずかしそうに答える。

「……エルトリアでは、他人に裸を見せるような習慣がない。なぜお前は平気なんだ?」

「俺だけじゃなくて、この国の人は割と平気だと思うぞ?それに、お前も小さい頃は誰かと一緒にお風呂に入っていただろ?それと変わらん。ま、流石に異性と一緒ってわけにはいかないけどな」

この国の伝統であるお風呂文化を語り尽くした葵は、隣の女湯にいる静香と蘭子の事をふと思い出してしまい、ポリポリと頭をかいて誤魔化している。

「そうか。そういうものなのか……」

そして、タカヤは気まずそうに下半身のタオルを気にしながら呟いた。

だが、彼の理解者である葵は優しいのだ。

「別に、無理に取らなくてもいいんじゃないか?少しずつ、こっちの文化に慣れていけばいい」

誰だって文化の違いには戸惑うものだ。

外国から来た人達だって、水着でお風呂に入ってしまう人も居ると聞く。

別にここは公衆の浴場でもないので、そもそも気を使う事なく好きに入ればいいのだ。

そんな話をしながら、葵は洗い場の椅子に座った。

そして、タカヤが隣の洗い場に座ると、パーテーション越しに会話を続ける。

「……この世界には驚かされるばかりだ」

シャワーを出した音と、コトンと洗面器を置く音が聞こえた。

「俺はお前のマッチョ体型に驚いたけどな。サ◯ヤ人かお前は」

普段は服を着ているので気が付かなかったが、ジムで鍛えたのであろうムキムキのボディを目の当たりにした葵は、やたら泡立ちの良いシャンプーで頭をガシガシと洗いながら返した。

「それはジムで流れるテレビでよく見ているから知っている。俺はピッ◯ロさんが好きだ」

すると、意外にもタカヤが葵の冗談に乗っかってきた。

「知ってんのかよ……」

スルーされると思っていた葵は少し面食らったようだ。

ザバンと洗面器のお湯を流す音が響く。

「あの作品は面白い。ジムにいる屈強な男達が食い入るように見ている理由がよくわかった」

パーテーション越しで表情は見えないが、タカヤの声は楽しそうだった。

ピッコ◯さんとわざわざ「さん」付けで呼んでいる辺り、結構好きなのだろう。

「お前の通ってるジムは精神と時の部屋か何かか……」

葵は、タカヤとジム仲間がトレーニングしながらアニメに夢中になっている姿を想像し、いつかタカヤが戦闘時に髪の毛を逆立たせて金髪になるのではないかと要らぬ心配をしていた。

そして、やたら静かになったのでパーテーション越しに覗いてみると、タカヤはシャンプーでまとまった髪をツンツンにして遊んでいた。

お前はベ◯ータか。


「ふぅー。極楽極楽」

肩までザブンと湯船に浸かった葵は、少しぬるめのお湯が身体中をポカポカと包んでいく優しさを感じていた。

タカヤは目を瞑りながら静かに湯船に入っている。

瞑想しているのだろうか?

「アオイ……」

気のせいかと思ったが、タカヤは目を瞑りながら葵を呼んだようだ。

「ん?呼んだか?」

葵は天井を見つめながら、少しボーっとした声で答える。

「ああ。さっき、蘭子に緊張感を持てと言われたこと、覚えているか?」

そう言いながら、目を開けて葵に視線を向けた。

「覚えてるけど、それがどうした?」

視線に気がついた葵もタカヤに向き合った。

すると、タカヤは真面目な表情で葵の目を見ながら言う。

「お前に肩の力を抜けと言われた事は感謝している。だが……、やはり俺は蘭子の騎士として、もう一度気を引き締めようと思っている。どうだ?」

2人の間を流れるリンゴ同士が、コツンとぶつかった。

「どうだ?って言われてもな。お前がそう決めたならいいんじゃないか?ただ、頑張りすぎるなよ。お前は真面目すぎて加減を知らないからな」

そう。葵が心配しているのは、彼の真面目過ぎるところなのだ。

自分の意思で決めた決意は素晴らしいと思う。

だが、決意に引っ張られすぎて自分を見失ってしまっては意味がない。

「フッ、なるほどな。心得ておこう」

タカヤはそう言って笑うと、目の前に流れてきたリンゴを1つ掴んで葵にポンと投げた。

「あと、蘭子はああ言ってたけど、本当は昼間みたいにお前とふざけ合ってた方がいいと思ってるぞ。たまには相手してやれよ」

慌ててリンゴを受け取った葵は、手に取ったリンゴをマジマジと見ながら答える。

「そうだな。だが、それはアオイの方が適任な気がするがな」

タカヤは気を遣っているのか、少しだけ微笑みながら返した。

「おいおい……。まぁ、俺もあいつと冗談言い合ってるのは楽しいけどな。とにかく。どっちにしろ、ほどほどに頑張れよ」

持っていたリンゴを水面にリリースした葵は、おふざけ担当を押し付けられそうになり苦笑いで答える。

「ああ。……ところで、蘭子との勉強は有意義に進んだのだろうな」

すると、突然話題を変えたタカヤが、少し眉間に皺を寄せて、問いかけてきた。

「当然だ。あのノート凄かったぞ。蘭子の本気を感じた。あんなもん見せられたら俺だって考えが変わるよ。あと、蘭子の見たい世界を実現させるには、間違いなくお前の力も必要になる。俺はそう感じたぞ」

タカヤの真剣さを感じた葵は真摯に答える。

「蘭子は……、昔からそうだ。ふざけているように見えて勉強熱心だからな」

昔を思い出しているのか、天井を見上げながら染み染みと呟いている。

「だな。だからお前も、この前言ってたタカヤの騎士道で頑張れよ」

蘭子が勉強熱心なのはよく分かった。

ふざけているように見えて、実はきちんと頭の中で考えている。

本当は生真面目なのかもしれない。

そういった意味ではタカヤとよく似ていると葵は思った。

「ああ!」

タカヤは葵から鼓舞されると短く返事をし、お互いに笑顔を交わした。

こうして、ザブンと湯船から出る2人。

もう、タカヤの腰にタオルは巻かれていなかった。


 


 

「すごい……噂には聞いていたけど、リンゴ風呂って本当にリンゴを浮かべるのね」

湯船に浮かんだリンゴを片手に、静香が驚いている。

「リンゴ風呂にはな、保湿作用と血行促進効果があって、お肌への魔法の力があるってオーナーが言ってたんだ」

蘭子は、右腕を左の手でスベスベさせながら、事前に教えてもらった知識を静香に教えていた。

「そう。蘭子ちゃんのお肌が綺麗なのはそんな秘密があったのね」

静香も蘭子の真似をして、右腕をスベスベしながらリンゴ風呂の効果を確認している。


女子2人は、美容の話で盛り上がっていた。

湯船につかりながら、静香は長い髪を頭の上にまとめてお団子にし、蘭子は動物の耳のように2つのお団子を頭に並べている。

ちなみに、普段の蘭子は髪を下ろしたまま入っている。

こういった所には無頓着なのだ。

しかし、今日は静香がお団子にしている姿を見て、静香に頼んでやってもらったらしい。

浴場は男湯と全く同じデザインで、ふわふわ漂う湯気にはリンゴの優しい香りが馴染んでいるが、湯船にはリンゴに負けないくらいアヒルのおもちゃが大量に浮かんでいて、その中の1匹がプカリとひっくり返っていた。

洗い場には小さなかわいい植物がそれぞれのブースに飾られており、端っこには100円ショップで買ったのであろう水鉄砲などの水遊び道具がいくつか落ちていて、女湯は見事に蘭子湯にコーディネートされている。

静香はあまりにも蘭子らしい贅沢すぎる個性的なお風呂を見渡して、思わず笑みがこぼれた。

そして、アヒルのおもちゃを押しつぶして、水鉄砲みたいに水を飛ばして遊んでいる蘭子へ、静香が優しい声で呼びかける。

「ねぇ、蘭子ちゃん?」

「ん?なんだ?」

アヒルのおもちゃに夢中だが、返事は即答だった。

つぶしたアヒルが元に戻らなくなってちょっと焦っているようだ。

静香はそんな蘭子をみてクスッと笑って続ける。

「もしもの話なんだけど、蘭子ちゃんが笑顔の世界を作ろうとしている時に、悲しみをばら撒いて邪魔をしてくる人が居たら、どうする?」

河川敷で会ったセリスという少女の事が頭から離れなかった。

彼女の目的は明らかになっていないが、タカヤの話が本当であれば、遅かれ早かれ蘭子が乗り越えていかなければいけない障害となる。

せっかくのリラックスタイムにこんな話は良くないと思っていたが、静香は聞かずにはいられなかった。

しかし、蘭子はしっかり答えを持っていた。

手にしたアヒルのおもちゃを浴槽の縁に置くと、少し考えながら、言葉を選んで答える。

「うーん……。それはな。多分、その人は心が泣いているんじゃないか?悲しみに暮れ、誰にも気が付かれず、誰からも手を差し伸べてもらえない。それで、みんなに気がついて欲しくて、自分の気持ちをわかってもらいたくて、そういうことをするのだと、わたしは思うんだ」

蘭子は流れてきたリンゴを両手で掴むと、リンゴに向かって呟くように答えた。

そして、優しく微笑みながら静香へ視線を向けて続ける。

「だから、その問いかけへの答えは『わたしは、そういう人達の心も笑顔にする』だ。わたしは、表情だけの笑顔じゃなくて、泣いている心も笑顔にしたいんだ。静香が言うようなことをする人がいるならば、ちゃんと、その心を理解してあげたい」

エメラルドグリーンの瞳は、強く、そして決意に満ちた目をしている。

その言葉に、静香は強く胸を打たれた。

(蘭子ちゃん……。あなた立派なお姫様だわ。ちゃんと自分の信念を持ってるじゃない)

「蘭子ちゃん、この少しの間に随分と大人になったわね」

「えっ!?そうか!?」

蘭子は大きな目を見開いて驚いている。

ちょっと嬉しそうだ。

「喫茶店で話したこと、覚えてるかしら?今のお話はとても蘭子ちゃんらしくて感動したわ」

あの時の蘭子は迷いがあった。

だが、彼女は懸命で賢い。

あの喫茶店に行った日から数日の間に、色々考えたのだろう。

今は自分の意思で、自分らしく、自分の道を堂々と宣言した。

それだけの強い意思があれば、きっと、セリスも簡単に蘭子の世界を壊す事はできないと思う。

「えへへ。なんかしずかに褒めて貰えるとうれしいな!……でも、なんでそんなこと聞くんだ?」

すると、静香から褒められてデレーっとした表情をしていた蘭子が、突然鋭い返事を返してきた。

ふと、セリスのことを考えていた静香は慌てて返事をする。

「えっ!?……何となくよ。蘭子ちゃんの邪魔するやつが居たらお仕置きしようと思って」

脳裏に浮かんだセリスのせいで、少しバカ正直に答えてしまった自分を反省した。

「しずか……時々目が怖くなるぞ」

蘭子は、頼れるお姉さんである友人が時々見せる『ちょっと危ない目つき』を目撃してしまい、ジト目で静香を見た。

「さ、のぼせないうちに、そろそろ出ましょう」

しかし、静香は話を誤魔化すように笑いながら湯船から立ち上がる。

「……そうだな!」

続いて、蘭子も立ち上がった。

きっと、静香の戦いも大変なのであろう。

それなのに、自分達へ献身的に尽くしてくれるのだ。

裏の顔は気になるけど……その優しさに免じて、今は深く詮索しないことにした。


2人が立ち上がった時に出来た波が水面を走り、アヒルのおもちゃが上下に揺れた。

リンゴは相変わらず優しい匂いで2人を包んでいる。


 

後に葵が聞いた話だが、このリンゴはオーナーが定期的に箱で仕入れているらしい。

なんでも、『リンゴは故郷を思い出す特別なもの』だとか。

オーナーがリンゴにこだわる理由はそういうことだったんだな。

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