秘めた企て、動き出す影
市街地から離れた森の奥に、ひっそりと佇む教会があった。
白を基調とした木造の小さな教会だが、所々に茶色の染みがあり、割れたステンドガラスが散乱し、建物の中には様々な植物が侵食していた。
教会の前には鉄格子の門があるが、腐ったベニヤ板で囲まれ、長い鎖で雑に巻かれている。
つまり、ここは廃墟となった教会だ。
そんな教会の地下室で、セリスは羊皮紙に羽ペンを走らせていた。
でこぼことした石壁に囲まれた6畳ほどの部屋には、ランタンが吊り下げられているが薄暗い。
そして、その部屋の奥には木製テーブルと椅子が置かれ、そこに座るセリスの手元と、散らばった数枚の羊皮紙がテーブルの上に置かれたランプに照らされている。
すぐ傍には小さな本棚も置かれているが、数冊の本とノートが斜めに並んでいるだけだった。
だが、この部屋は地上が廃教会とは思えないほどに整っており、頻繁に出入りしているであろう生活感が感じられる。
ここは、彼女が身を隠すために用意した秘密基地のような場所なのだ。
そこへ、1人の男が現れた。
地下室の入り口にある階段を静かに降りてきたその男は、黙々と羊皮紙にペンを走らせているセリスの背後から話しかける。
「お嬢様。昨晩はどちらへお出かけで?」
聞き慣れたハスキーボイスに、セリスはピタッとペンを止め、振り向かず、そして表情を変えずに答えた。
「バーニー。その呼び方はやめてって言ったでしょ?私はもう王女ですのよ?」
バーニーと呼ばれる男は、セリスの側近である。
年齢は50代。黒いスーツを着こなし、ロマンスグレーのオールバックできめられた髪と落ち着いた目つきが彼の全てを表していた。
元々はセリスの父親の補佐(主に外交担当)を担っていたが、面倒見の良さや幼いセリスが懐いていたこともあり、自然とセリスの世話役を担うようになっていた。
時が経ち、現在はその信頼から側近へと立場が変わっているが、バーニーの中ではセリスはいつまでも娘のような存在だった。
故に、つい昔の呼び方で呼んでしまうのだ。
「これは失礼。では陛下。昨晩はどちらへお出かけで?」
少し生意気な王女に対しても、ご覧の通り落ち着いた対応ができる。
「どこだっていいじゃない。少し散歩をしていただけですわ」
対するセリスは、親から小言を言われている子供のようにフンっと不機嫌そうに返事をすると、再び羊皮紙に何かを書き始めた。
しかし、いつものことと言わんばかりに、バーニーは気にせず続ける。
「そうですか……。ですが、いくら安全な世界といえど、単身での行動は危険が伴います。監視の目もありますので、どうかお慎み――」
「わかってますわ!私はもう子供ではないのよ。自分の身くらい守る準備はしております。それに、あの監視なんてただのポンコツじゃない。何あれ?無能すぎて張り合いが無さすぎるわ」
バーニーが注意すると、再びペンを止めたセリスが振り返り、食い気味に反論した。
監視が付けられている事を知った2人は、すぐに誰が監視者なのか見破った。
そして、バレてることに気がついていない監視者を何回も撒いている。
影の術に対応出来ていないこともあるが、監視していることがバレバレで、あまりにも簡単に撒けるので優秀な監視役ではないようだ。
「しかし……。この世界の異質さは不可解な点が多すぎます。あまり舐めない方がよろしいかと……?」
それでも、人生経験が豊富なバーニーは、この世界に何か感じることがあるようで、人一倍警戒しているようだった。
「全く、バーニーは心配し過ぎなのよ。……でも、そうね。この世界の異質さは確かに不思議ではありますわね」
すると、セリスは散らばった羊皮紙をガサゴソと漁り出し、その内の一枚を取り出しながら続ける。
「そこで……、良い事を思い付きましたの」
そう言ってバーニーに取り出した羊皮紙を渡した。
「……これは!?……でも、よろしいのですか?隠密行動こそ我らシェイドリアのお家芸。これでは、もはや隠れる意味すらなくなってしまうのでは?」
バーニーは受け取った羊皮紙にサッと目を通して答えた。
「ですから、隠れる必要なんてありませんの。どの道、エルトリアに私のことがバレるのは時間の問題。だったら、最初から堂々としていればいいだけの話」
セリスは不気味な笑顔を浮かべている。
「……ですが、護衛にはあの、タカヤ・ルイン・リシェードが居ます。彼が側に居る以上、やはり危険すぎます」
しかし、バーニーはタカヤの事を知っている。
いや、シェイドリアの中でも、彼は有名だった。
彼はエルトリア騎士団の中でも優秀な騎士なのだ。
風の術式もレベルが高く、戦場に彼が現れるだけで戦局が変わってしまう程強かった。
そんな強者が護衛として蘭子に付いているのだ。
迂闊に姿を見せれば、セリスの安全は保証できない。
「安心しなさい。どうせ何も出来やしないわ。バーニーも聞いているでしょう?他世界への戦禍拡大は禁忌。私も手を出すつもりはありません。だから、あの犬の悔しそうなお顔を目の前で鑑賞させてもらいますわ」
セリスはバーニーの心配をよそに堂々としていた。
昨晩の様子を見て、この世界では彼が騎士としての力を充分に発揮できないと察したのだ。
「……わかりました。では、今後はこの計画で動くということでよろしいですか?」
バーニーは羊皮紙を折り畳んで胸ポケットにしまうと、やや不安そうに再度確認をとった。
「ええ。手続きはお任せします。頼みましたわ。バーニー」
しかし、セリスは本気のようだ。
真面目ながらも冷たい表情でテーブルを片付け始めた。
「承知致しました」
バーニーはその様子を見て、彼女の計画が冗談ではない事を確信すると、静かに振り返って地上へと姿を消した。
(どの道、昨晩のことでエルトリアには私のことがバレているでしょう。にひひ、楽しみですわ。ああ蘭子様。早くあなたにお会いしたいですわ。あなたの見ている景色を、私にも見せてくださいませ)
照明を消しながら部屋を出ていく彼女が、どんな表情をしているかは見えなかった。
そして、元から誰も居なかったかのように、静寂が教会を支配する。
このポンコツ監視者はクビにした方がいいんじゃないか?




