第八話 真相
ミーシャはまわりの卓を横目で窺い溜息を吐く。
『あーあ、めっちゃ見られてたし……さっきの絶対うわさになるよ』
『べつにかまいやしねえよ。どうせすぐにこの街を出るしな』
投げやりな口調のカイルに、ミーシャは非難がましい視線を向ける。
『ねえ……さっきの、ここでやらなきゃだめだった?』
『あ?』
『宿に戻ってからとかでもよかったんじゃないのって言ってんの』
カイルは鼻で笑う。
『おまえだってわかってんだろ。レンのやつ、腕っぷしの方はからっきしだってのに、無駄に勝ち気だってこと』
『えぇ? だからなに?』
『人目がなきゃ、キレてオレに殴りかかってきたかもしらねえだろ』
ミーシャは顔を顰めて小さく唸る。
『あー……そうれはそうかも』
『オレとレンじゃ喧嘩にならねえ。オレが一方的にボコして終えだ』
『レンくん戦闘でもすぐ前に出るもんね。そう考えるとさっきはよくプリプリ怒って出てくだけで済んだよね』
『あいつはパーティーの評判には一番気ぃ使ってたからな。これから抜けるって状況でも、手ぇ出して来ねえって思ったぜ』
傍らで聞いていたレンは、きつく唇を噛む。
あの時己は、追い出されたパーティーのことを無意識に気遣っていたというのか。
なんというお人好しだ。
ただそれは、酒場で己を追放する理由の説明にはなっていないとも気付く。
カイルが自分で言ったように、己がカイルに殴りかかっても、返り討ちにして叩き出せば済んだ話だ。
『それに、オレらと袂を分かったと噂になりゃあ、レンの奴、他所のパーティーに誘われやすくなんだろ』
『うちら戦闘以外はレンくんに頼りっぱなしだったからねぇ。この街を拠点にしてる冒険者はみんなそのこと知ってるし、きっと引く手あまただろーね』
『ああ。オレの都合で追い出したんだ。せめて再就職ぐらいはしやすいようにしてやらねえとな』
唖然とした顔で、レンはカイルを見つめる。
まるで、己のためを思って、わざわざ酒場で追放したかのような言いまわしだ。
未来のレンに見られているとは想像もしていないカイルは、椅子に深く身を沈め、憂鬱そうな表情を浮かべ髪をかき上げる。
『にしても……くそっ、やっぱきちいな……ダチにあんな仕打ちをすんのは』
「は?」
レンはますます混乱する。
ダチというのは、まさか己のことか?
自分を追放したのは不本意だったとでも言っているようだ。
『みんなそうだよ。そもそもあんな乱暴な追い出し方する必要なんて、本当にあったの?』
そう言ってミーシャは顔を俯ける。
同じく俯いているナディーンは、微かに肩を震わせている。
スーだけは、いつの間にかまた注文した甘味を絶え間なく口に運んでいる。
ただ、いつもなら笑顔を浮かべ、実にうまそうに食べるのに、今は無表情だ。
『それについちゃ説明しただろ。おまえらだってあの時納得したはずだ』
説明とはなんのことだ。
そう疑問を抱いた瞬間、視界が歪み、別の場所が目の前に広がる。
「な、なんだ!?」
眼前には、今までテーブルを囲んでいた四人がいるが、体勢と位置が瞬時に変わっている。
カイルがベッドに腰かけ、少し離れて四人が立っている。
「……ここは、前に逗留していた宿の部屋か」
よく見れば、ベッドはふたつ置かれている。
自分とカイルが泊まっていた部屋だとレンは気付く。
パーティーの女たちは別の部屋に泊まっており、三人でこの部屋へ来たことは、レンが知る限り一度もなかったはずだ。
『どうしたカイル、三人揃って呼び出すなんて』
『レンがいない』
『あいつぁ今買い出しに行ってる。帰ってくるまでには、それなりに時間がかかるはずだ』
そうか、とレンは気付く。
今見ているのは、追放されるよりもさらに以前の出来事だ。
おそらく、先程まで見ていたカイルが口にした「あの時」の光景なのだろう。
それを自分が知りたいと思ったから、〝全能視〟がその〝情報〟を視せているのだ。
つくづく便利な能力だ。
『もしかして、レンくんがいない隙に、私たちにいやらしいことするつもり!? カイの鬼畜!』
ミーシャが揶揄うと、カイルは露骨に顔を顰める。
『するかよ、おまえらにそんなこと! 妹みてえなもんだろ!』
『えーでも孤児院にいた頃、私とナディ子の着替え覗こうとしたでしょ』
『は? な、なんで知って――』
たじろぐカイルを、顔を赤らめたナディーンが睨む。
そういえば、当時ガキ大将だったカイルが、他の男子たちとともに女子の湯浴みを覗こうとしたことがあったとレンは思い出す。
結局、実行する直前に院の大人に気付かれ、カイルたちはきつめの仕置きを受けたうえ、しばらく水場と便所掃除をさせられていた。
女子には知らされていないはずだったが、ミーシャは気付いていたらしい。
レンはといえば、誘われた時に参加を断り、難を逃れた。
そんな己が、離れた場所を見ることのできる〝遠見〟などという〝天分〟を得るとは妙な巡りあわせだと思ったものだった。
カイルはせき払いすると、せせら笑うミーシャに真剣な顔を向ける。
『マジな話だ。茶化さねえでくれ』
声のトーンから、どうやらかなり深刻な話だと気付いたらしく、三人は口を噤み表情を引き締める。
カイルは懐から封筒を取り出す。
「これは……」
自分を追放するきっかけとなった、指名依頼書だとレンは気付く。
『前回のクエスト達成の報告後、オレだけギルドに残されたのを憶えてるか? これはそん時、ギルド支部長から直接手渡されたんだ』
差し出された封筒を受け取ったミーシャは、封蝋を確認して目を丸くする。
『ちょっとこれ、王家の紋章じゃん! 指名依頼ってことだよね!?』
『まあな』
『すっご! そんなの成功させれば昇級確実じゃない! やったね!』
ミーシャがはしゃぎ、ナディーンは穏やかな笑みを浮かべ、スーは感心した様子で「おー」と声を出す。
しかし、カイルの表情は浮かない。
『喜ぶのは、依頼内容を確認してからにしな』
『え? あぁ、そうだよね』
ミーシャは切り開かれた封筒から紙を取り出して広げる。
三人が紙面を覗き込むと、程なくしてその顔が曇る。
『…………え? ね、ねえカイ、これって――』
『ああ、災害指定魔獣、邪竜ニーヴルーンの討伐依頼だ』
「なんだって!?」
レンはおもわず大声を発した。
災害指定魔獣とは、その呼び名の通り、嵐や地震のような災害同様に、人の手ではどうにもできない、生きているだけで人界に大きな被害をもたらすモンスターの総称だ。
そのほとんどは、冒険者ギルドでも常時討伐対象として莫大な懸賞金がかけられているが、進んで挑もうとする者はほとんどいない。
時折命知らずな冒険者が挑戦し、大抵は討伐に向かったまま帰還しない。
ただ、過去に討伐された例がないわけではない。
レンの知る限り、それを成功させたパーティーには、カイルと同じ〝勇者〟の〝天分〟の持ち主が在籍していたケースがほとんどだ。
魔王が討伐されて三百年が経過した今という時代において、なおも〝勇者〟が社会的に厚遇される理由のひとつだ。
指名依頼書に視線を落とし、三人はしばし言葉を失っていたが、ナディーンが最初に口を開いた。
『……断ることは?』
『できねえな』
カイルは苦りきった顔で首を振る。
『〝勇者〟とそのパーティーは、国とギルドの両方から補助金を得て、活動も優遇されるが、見返りとして指名依頼は強制となる。断わりゃ冒険者は続けらんねえ』
『そんなの、普通は軍隊が討伐するものなんじゃないの?』
『国が災害指定魔獣の討伐に軍を派遣することはある。でも、それは最終手段』
ミーシャの呈した疑問に、スーが答える。
『軍隊が討伐に成功したとしても、高確率で被害は甚大なものとなる。そうなれば国防に影響が出る。最悪、他国から侵略を受けることもあり得る』
『スーの言う通りだ。んで、それが冒険者って稼業が成立しているわけでもある』
『国に属する軍が対処できない問題は、フリーの冒険者に委託するわけか。私たちが死んでも、べつに誰も困らないからな』
『ああ。特に〝勇者〟はな』
『え? なんの話?』
『〝勇者〟みてえな〝天分〟は国からすりゃむしろ厄介みたいでな。無理やり徴兵しようとしても反発されちゃ手に負えねえ。軍に入れたところで、やはり制御できるとは限らねえ。それに、〝勇者〟っつうと、それだけで特別視するような奴もいる。そんなのを担ぎ上げてクーデターでも起こされちゃたまったもんじゃねえ。つまり、力がありすぎると組織はかえって持て余すってわけだ。それでいて、他国に引き抜かれりゃでかい脅威になりかねねえ。だから〝勇者〟の〝天分〟持ちには、冒険者になることを奨励し、支援金で適度にコントロールしつつ、国じゃどうにもできねえモンスターの討伐とかを命じんだよ。ある意味厄介もん同士を潰し合わせるわけだな』
『なにそれ、サイアクなんだけど』
『まあ悪いことばかりでもねえ。実際今回みてえな依頼をこなせりゃ莫大な報酬に地位も名誉も手に入る。それに竜種の討伐なら経験がねえ訳でもねえ。さすがに災害級ともなると初めてだが、おまえらとならやってやれねえこともねえとオレは思ってる』
実際、カイルは単独でも小飛竜や地龍ぐらいは余裕で狩ることができる。
それに、〝勇者〟の〝天分〟は当人に戦士と魔導士としての高い素養を併せて与えるのと同時に、少数の味方の能力を大幅に底上げする。
大型の竜種であろうと、四人が力を合わせれば、たしかに討伐できるだろうとレンは考える。
『ただな……レンの奴だけは別だ』
唐突に名を呼ばれ、レンはぎくりと身を強張らせた。